青き瞳、青い惑星(ほし)

マキノトシヒメ

文字の大きさ
3 / 3

後編

しおりを挟む
 クレイオスは古い名家ではあるが、古いしきたりに捉えられた家ではなかった。さすがに礼儀作法は厳しいが、新しいことへの挑戦には寛容で、多くの新規事業の後援を担っていた。
 この抜け道は二世代前の執事が施したもので、当時の戦争の戦禍が伸びてきた時の対策であった。幸い、この国は大きな戦禍に巻き込まれることはなく、抜け道の施工自体は戦時中のどさくさもあって、家の者に知られることはなく、今に至っている。管理は歴代の執事が行なっており、執事が代替わりしても、受け継がれてきた。
 本来の使い方ではないが、執事の方もセイコの行動には信頼を置いているので、鍵を渡し、実質黙認しているような状況である。

 ある日、セイコは母親から呼び出された。
 その日の一昨日のバレエの練習を休んだことについてである。予定日に休んだことは初めてではないが、今までは遅くとも二日前には休む旨の連絡をいれていた。しかし、今回は当日。それも二時間前というギリギリのことであった。
 詰問というほどではないが、今までにないことだったので、気がかりだった母親は事情を確認したかった。
 話を聞いて母親は納得した様子であったが、その日、セイコは初めて母親に嘘をついてしまった。子供の頃のたわいないものは何度かあったことだが、自身の行動を隠すための嘘は初めてであった。

 この日の夜、眠りにつく前に神頼みと言える祈りを捧げているセイコの姿があった。
 この時はまだ、自分勝手な理由であり、ただ母親に嘘がばれないようにいうだけのものだった。
 だが、日が経つにつれ、祈りだけではなく、その日の事、学校で学んだことを反復するようになり、自分の行動を客観的に見られるようになった。
 あの時、母親に嘘をついた元のことは、例の推しのライブチケットが緊急発売されたためだったのだが、嘘をついてまで行動したことに悔いが残ったセイコは反省に向かい、母親に嘘をついたことを謝罪し、これより先、より勉学に集中するようになった。
 そして、国立第一大学への入学が叶う。
 過日、セイコが国立第一で教授となるのはエリート中のエリートと言ったように、入学にも試験だけでなく厳しい審査があり、名家クレイオスの者であっても、門戸が緩むことは決してない。セイコの実力が認められての入学であった。

 あの抜け道はもう使っていない。鍵は執事に返した。変装と言えるようなメイク道具一式も押入れの奥にしまわれて埃をかぶっているような状態である。


 十年後。
 多国籍プロジェクトの元で建造された国際宇宙ステーションの中に、セイコはいた。
 セイロー教授の立案による、宇宙空間でのみ製造が可能な新合金の製造試験の主要メンバーとしてであった。理論上、強度が数倍にもなるその新合金は、今後のロケット開発にも多くの恩恵をもたらす事になる。

 衛星軌道であるとはいえ、セイコが宇宙に出たのは今回が初めてのことである。その感動に浸る間もなく、様々な試験項目をこなしてゆく。そして三ヶ月後についに理論値に達する強度を持つ合金の製造に成功した。

「計測結果は理論値の1.002倍を記録しています」
「誤差ではありません。安定してその数値が出ています」
 管制センターに大歓声が沸き起こった。
 ステーション内も細やかながら、パーティーとなっている。マスコミへの中継も抜かりなく行なわれていた。
 この段になって、セイコは初めて地球を見降ろした気がする。それまでは、実験のことで常に頭が一杯であったから、視界に入っていたとしても、頭には入ってこなかった。
 インタビューが始まる。
 宇宙ステーションからであるから、一人の時間は限られている。開発チーフに始まり、セイコの番は最後である。
「実験が成功して、初めて地球の姿を見た気がします。ここに来ることができたのも、セイロー教授のおかげであり、新合金によって今後多くの可能性が開かれていくと思います」
「ありがとうございます。それでは最後に一言お願いします」
 通常であれば、再度チーフに戻って締めるところなのだろうが、ステーションにいるスタッフ全員がセイコを前に出すように導いた。
「ここに送り出して下さった地上の方々、ステーションにおいて協力して下さった方々、すべての人に感謝を捧げます。そして」
 ここでセイコは一息ついて、大きく息を吸った。
「セイロー教授に感謝を」
 一瞬の間があったが意を決して言葉を続けた。
「セイロー教授、愛しています。あなたに出会えた事に、あなたの力になれた事に、これからに…最大の感謝を込めて」
 後ろにいたステーションのスタッフ全員が拍手を贈った。
 そして地上の管制室にいたセイロー教授は、周囲から手荒い祝福を受けていた。
「私も愛している。セイコ」

 初めて二人が出会った日、メンデル・セイローが目を奪われたのは、その澄んだ青い瞳にであった。
 だが、その当日のうちに、それがカラー・コンタクトのものであることがわかってしまった。しかし、セイコ自身にそのイメージを重ね合わせていたメンデルは、二年後に自分の研究室にセイコが来たことに驚きとともに、表には出さなかったが、内心は大きな喜びをもって迎えていた。

 新合金はロケットだけでなく、宇宙エレベーターの実現にも寄与することになった。
 夫婦となり、二人は今、宇宙エレベーターの建設現場の主任格として精力的に仕事を続けている。
 その二人の薬指に輝く結婚指輪に使われていたのは、あの時の瞳の色であり、国際宇宙ステーションから見た時の地球の色である、澄んだ青い色の石だった。

(了)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

短編 お前なんか一生結婚できないって笑ってたくせに、私が王太子妃になったら泣き出すのはどういうこと?

朝陽千早
恋愛
「お前なんか、一生結婚できない」 そう笑ってた幼馴染、今どんな気持ち? ――私、王太子殿下の婚約者になりましたけど? 地味で冴えない伯爵令嬢エリナは、幼い頃からずっと幼馴染のカイルに「お前に嫁の貰い手なんていない」とからかわれてきた。 けれどある日、王都で開かれた舞踏会で、偶然王太子殿下と出会い――そして、求婚された。 はじめは噂だと笑っていたカイルも、正式な婚約発表を前に動揺を隠せない。 ついには「お前に王太子妃なんて務まるわけがない」と暴言を吐くが、王太子殿下がきっぱりと言い返す。 「見る目がないのは君のほうだ」 「私の婚約者を侮辱するのなら、貴族であろうと容赦はしない」 格の違いを見せつけられ、崩れ落ちるカイル。 そんな姿を、もう私は振り返らない。 ――これは、ずっと見下されていた令嬢が、運命の人に見初められる物語。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【完結】元お義父様が謝りに来ました。 「婚約破棄にした息子を許して欲しい」って…。

BBやっこ
恋愛
婚約はお父様の親友同士の約束だった。 だから、生まれた時から婚約者だったし。成長を共にしたようなもの。仲もほどほどに良かった。そんな私達も学園に入学して、色んな人と交流する中。彼は変わったわ。 女学生と腕を組んでいたという、噂とか。婚約破棄、婚約者はにないと言っている。噂よね? けど、噂が本当ではなくても、真にうけて行動する人もいる。やり方は選べた筈なのに。

ほんの少しの仕返し

turarin
恋愛
公爵夫人のアリーは気づいてしまった。夫のイディオンが、離婚して戻ってきた従姉妹フリンと恋をしていることを。 アリーの実家クレバー侯爵家は、王国一の商会を経営している。その財力を頼られての政略結婚であった。 アリーは皇太子マークと幼なじみであり、マークには皇太子妃にと求められていたが、クレバー侯爵家の影響力が大きくなることを恐れた国王が認めなかった。 皇太子妃教育まで終えている、優秀なアリーは、陰に日向にイディオンを支えてきたが、真実を知って、怒りに震えた。侯爵家からの離縁は難しい。 ならば、周りから、離縁を勧めてもらいましょう。日々、ちょっとずつ、仕返ししていけばいいのです。 もうすぐです。 さようなら、イディオン たくさんのお気に入りや♥ありがとうございます。感激しています。

【完結】狡い人

ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。 レイラは、狡い。 レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。 双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。 口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。 そこには、人それぞれの『狡さ』があった。 そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。 恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。 2人の違いは、一体なんだったのか?

【書籍化決定】憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 7月31日完結予定

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...