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愛の喜び
しおりを挟む「あはは
やっぱり仲良しだね~」
「え?
あ!
れ、れ、零さん」
「こんばんは
向日葵ちゃん、世呉くん」
「こ、こんばんは!」
「零さん~ いらっしゃいませ」
「あっ…そうだった。いらっしゃいませ!」
世呉とドタバタしている小学生みたいな姿を見られてしまった
しかも私、店員なのに"いらっしゃいませ"を忘れてるし
「2人共元気だね」
「うるさくてすみません…
お仕事お疲れ様です」
「ありがとう。向日葵ちゃんもお疲れ様」
「ご注文はいかがなさいますか?」
「今日は抹茶ラテをお願いしようかな」
「はい、かしこまりました」
こうして零さんの接客をするようになって数日
会話をするのは注文のときだけだから、毎日ほぼ同じやり取りだけど
少しだけ変わったこともある
呼び方が"向日葵さん"から"向日葵ちゃん"になって
敬語からタメ口になった
どちらも世呉が零さんに提案してくれたおかげ
私はその小さな変化がものすごく嬉しくて
零さんに会う度に胸がキュンキュンするのを止められない
「あれ?
向日葵ちゃん、手が……どうしたの?それ」
「あぁ、これですか?実はさっき自分で手にコーヒー零してしまって…へへ」
「火傷しちゃったの?大丈夫?」
「!」
手の甲が赤くなっていることに気づいた零さんは
私の手を取って、火傷の部分をじっと見つめる
零さんの綺麗な手が!
私に触れてる!?
ドッドッドッドッドッと
心臓が暴走し始め、思考が停止する
「ちゃんと冷やした?病院行かなくても大丈夫かな」
「……」
「向日葵ちゃん?」
「へっ?は、はい!あの、えっと」
「大丈夫?痛いなら病院行った方が良いよ」
「だ、だだ、だ、大丈夫です!」
「零さん
向日葵の手を離してみてください。そうすれば少しはまともに話せるはずです」
「うん?」
「向日葵
気味悪い人になりたくなければ深呼吸しな」
「…はい」
世呉に言われた通り、思い切り息を吸ってゆっくりと吐き出す
手が触れ合うだけでこんなに慌てるとは、我ながらびっくり
「あっ
ごめんね向日葵ちゃん、スキンシップ苦手だった?僕何の考えもなしに馴れ馴れしく触ったりして」
「いえ!そんな、違うんです。私…ちょっと、スキンシップ……というか、男性に慣れていないだけなので。零さんは何も悪くないんです!」
思わず熱弁した私を見て、世呉が鼻でフッと笑う
やめてよ~
そんな顔で見ないで
「お待たせしました。抹茶ラテです」
「ありがとう~ 良い香り」
「俺の愛情たっぷりですよ」
「ははっ
それなら特別美味しいだろうね」
零さんのチャームポイントである可愛い笑窪がくっきり
はぁ…ずっと見ていたい
「向日葵ちゃん」
「はい!」
「火傷、薬だけでも塗った方が良いよ?痕が残ったら大変」
「あ…ご心配してくださってありがとうございます。帰りに薬買って行きます」
「早く治ると良いね。
世呉くんは向日葵ちゃんのこと、気をつけて見てあげてね?」
「任せてください」
「それじゃ、僕は帰るよ。残りの時間も頑張って~」
「はい!ありがとうございました!」
「気をつけて帰ってください」
零さんが帰った後も
ほわんとした温かさが胸の中に残っていた
「優しいなぁ…優しすぎる」
「零さんは根っからの善人なんだろうな。オーラが違う」
「だよね!天使みたいだよね!」
零さんにとって私は、まだ顔見知り程度なはずなのに
そんな私の小さな火傷まで心配してくださるなんて
「モテそう」
「うっ
…そうだよね。やっぱり?」
「顔が良くて性格まで良かったらモテない方がおかしい」
「うん。私もそう思う」
「恋人がいるかどうか、今度聞いてみようか?」
「え!
あー…うん。そうだね。現実を知るのは早い方がいい」
「何それ。もう諦めてんの?」
「だって恋人いるよ。絶対。
どうせ叶わない恋なら早く諦めないと。今ならまだ傷は浅い」
「意外とドライ」
「……」
「んなわけないか」
そう
クールぶってみたけれど、心の中はめちゃくちゃ
こんな短期間で人を好きになるのは初めてで
会う度に好きになってしまうのも、異常に胸が高鳴るのも、恋人がいたらどうしようと焦ってしまうのも
全部コントロールできないんだ
「恋人いてもいいじゃん」
「何よ~ 他人事だと思って」
「そうじゃなくて。
恋人がいてもいなくても、向日葵が零さんのことを好きなことには変わりないだろ?」
「…うん」
「気が済むまで好きでいればいいじゃん。恋をするのは自由なんだから」
「おぉ…
ふふ。良いこと言うね世呉。
恋は自由、か」
好きになってほしいなんて図々しいことを言うつもりはない
ただ
零さんを好きでいることを許してほしい
前よりも少し近くなったこの距離で、零さんが幸せそうにしているのを見守っていたい
それだけで充分だから
______
_____
____
白い花が揺れ
降り注ぐ水がキラキラと光る
あぁ
今日も美しい
「零さん
おはようございます」
「あ、向日葵ちゃんおはよう~
今から学校?」
「はい!」
「毎日頑張ってるね。偉い偉い」
「ふふ、ありがとうございます」
以前は遠くから見つめるだけだったけど
カフェで頻繁に会うようになって
せっかく会話もできるようになったんだからと、勇気を出すことにした
ということで
数日前から、大学に行く日は零さんが働いているお花屋さんに寄り道するようになったんだ
「それ、可愛いお花ですね」
「そうでしょう?これはデイジーっていうんだ」
「聞いたことあります!見た目だけじゃなくて名前も可愛いんですね」
「白の他に赤とかピンクとかもあるんだよ~」
「そうなんですね」
「好きなお花はいっぱいあるけど、デイジーは結構お気に入り」
零さんはデイジーがお気に入り
メモメモ
こうして少しずつ零さんのことを知れることが幸せ
「他にはどんなお花がお好きなんですか?」
「ん~ そうだなぁ」
可愛い花?綺麗な花?それとも独特なビジュアルだったりして
顎に手を当てて考える零さんを見ながら、私は予想を楽しんでいた
「僕が好きなのは
スターチスかな」
「へ?ス、スターチス…?」
初めて聞いた名前に
思わず首を傾げてしまう
スターチスとは一体
どんな見た目で何色なのか…
「あっ
ごめんごめん。わからないよね」
「…すみません。勉強不足です」
自分で聞いたくせにどんな花かわからないなんて最悪
格好悪いし情けない
「花びらみたいに見えるところが実は萼で、そこがヒラヒラしてて可愛いんだ。これもピンクとか他の色もあるけど
僕は黄色のスターチスが一番好きなんだ」
ん?
あれ?
何だろう
今
零さんの瞳が、寂しそうに見えた
「お店で出したら見せてあげるね」
「ありがとうございます。楽しみにしてます」
零さんがすぐにいつも通り優しく微笑んだので
これは私の気の所為だろうと思うことにした
.
.
.
「へぇ~
これがスターチスか」
「ん?何それ」
「零さんがこのお花好きなんだってさ」
聞いていた通りヒラヒラで可愛いお花
「“変わらぬ心”」
「え?」
「花言葉。ここに書いてある」
スマホの画面を覗き込んだ世呉が指差す
「本当だ。
ピンクが"永久不変"で薄紫は"上品"、黄色は……
“愛の喜び”」
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