Missing You

17CARAT

文字の大きさ
5 / 11

一輪の花

しおりを挟む
零さんが一番好きな黄色のスターチス

花言葉は"愛の喜び"



そして、ここで思い出されるのは

あのときの寂しそうな瞳




あれがもし
寂しいという感情ではなく、誰かを恋しいと思っている瞳だったら…





「…

終わった」

「え?」

「失恋決定」

「は?なんで」

「零さん、好きな人がいるみたい」



自分で言って自分で傷つく

馬鹿みたいに痛々しい



「何だよ急に。本人に聞いたの?」

「ううん。聞かなくてもわかる」

「なんで」

「だって、"愛の喜び"だよ?

告白のときに"君は僕に愛の喜びを教えてくれた"とかって言って相手の方にプレゼントしたんだよ。きっと」

「考えすぎじゃない?俺だったらそんなセリフ、恥ずかしくて言えないけど」

「零さんは自分の想いを素直に伝えてしまうロマンチストだから」

「へぇ~そうなんだ」

「知らない。想像で言っただけ」

「何だそれ」


零さんがロマンチストかどうかは知らないけど
スターチスに関連する思い出があるのは間違いないだろう


だって


そうじゃなきゃ、あんな表情にはならない




「ヒラヒラして可愛らしいスターチスみたいな女性…」

「向日葵って、そんな妄想だけで盛り上がるような性格だっけ」

「……」

「恋は人を変えるんだな」



世呉の言う通りだ

私は変わってしまった




今までの私なら、一目惚れなんてしなかったし

こんな風に脳内が暴走することもなかったし

想像だけで心臓がドキドキしたりズキズキしたり忙しくなることもなかった




「世呉」

「ん?」

「私、今まで本当の恋を知らなかったのかも」

「本当の恋?」

「人を好きになったことはあるけど、失恋しても落ち込んだことなんてないの」

「マジか」

「でも今は、零さんの好きな人を想像するだけで心臓が潰れそう」

「それは立派な病気だな」



零さんの笑顔を見ると胸がきゅーっとなって苦しくて

零さんの愛する人を思うともっと苦しくて

どうせ失恋なら、この辺で会うのをやめにしようかと考えると
もっともっと苦しい




押しても引いても開かない扉の前で立ち止まってる気分




「恋ってこんなにしんどいものなんだね」

「恋を自覚してすぐ失恋なら、そりゃしんどいだろうな」

「う…」

「てか、まだ確定したわけじゃないんだからそんな落ち込むなよ」

「でも…スターチス…」

「単純にその花が好きなだけかもしれないじゃん。花言葉も偶然」


そうかもしれないけど

でも


あの表情は…







_______



_____


____






「みんなおはよう~
今お水替えてあげるからね?綺麗に咲くんだよ」



零さんは毎日こうしてお花たちに声を掛けているらしい

その様子を眺めているだけで幸せな気分になる



この人何だろう。ファンタジーかな




「おはようございます、零さん」

「おはよう向日葵ちゃん
今日も早起きだね。1限目から授業なの?」

「いえ、今日は午後からです」

「ん?じゃあどうしてこの時間に??」

「1限から講義があると勘違いして、間違って家を出て来ちゃったんです。さっき気がつきました」

「え~?向日葵ちゃんったら。おっちょこちょいだね」



零さん、ごめんなさい

嘘をつきました


本当は零さんに会いたくて
わざわざ早起きして、メイクして、お気に入りの服を着て来たんです




これが叶わぬ恋だってわかったし
告白する気なんてない

早く諦めて忘れた方が自分のため


頭ではそう思っていても

ここへ向かう足を止められなかった




「午後から学校ってことは、今からまたお家に戻るの?」

「…

…あの


零さん」

「うん?」

「私、しばらくここにいたらダメですか?

大学に行く時間まで、ここで零さんがお仕事するところを見ていたいんです」

「え?」

「突然変なこと言ってすみません。ご迷惑でしたら断ってください」

「ううん。迷惑だなんてことはないよ。
ただ、仕事の様子なんか見てて楽しいかなって」

「はい。是非見てみたいです」

「本当?

…あ
もしかして、向日葵ちゃんはお花屋さんに興味があるのかな?将来の夢とか」

「あー…えっと。その……はい」

「それは嬉しいなぁ。もしかしたら将来は同業者かもしれないね」



ごめんなさい零さん。また嘘をつきました


私が興味を持っているのは
お花屋さんのことではなく、零さんのことなのです



『零
水の取り替え終わった?』

「あっ、ごめんなさい。今やってる途中です」



店の奥から出て来たのは

長い黒髪を一つに束ねた
綺麗なお姉さん



『あら、お客様でしたか。失礼致しました。
いらっしゃいませ』

「あ…」

「違うんです店長。この子は」

「あ、あの、零さん
お花を1本頂いてもよろしいでしょうか」

「気を遣わなくて大丈夫だよ?無理に買わなくても」

「無理してませんよ。前からここでお花を買いたいと思ってたんですけど、タイミングを逃してしまって」

「本当に?」

「はい!」

『こちらのお客様は零のお友だち?』

「はい。向日葵ちゃんです」

「は、はじめまして!吉田向日葵です」

『はじめまして。店長の清水しみずです』



清水さん…


目元がキリッとしていて

でも気さくな笑顔で


なんか、デキる女って感じの人



もしかして

この方が零さんの…?




『ふふ、私がいたらゆっくり選べなさそうね』

「え?あっ、いえ」

『お邪魔してしまってごめんなさい。

じゃあ私は店の奥に戻ってるわ。ここは零に任せるわね?』

「はい。任せてください」



サラサラな髪を左右に揺らして遠ざかって行く

その後ろ姿を見つめながら、"私があんな人に勝てるわけがない"なんて思った



……ハッ

何考えてるんだろう。元々立ち向かう気もないはずだったでしょ




「向日葵ちゃん、どのお花にするかもう決めてる?」

「あ…いえ。今から決めようかと」

「そっかそっか。ゆっくり見てね~」


お花の手入れをしながら優しく微笑む零さん


その横顔が美しくて
本当に本当に美しくて
この世のものとは思えないくらい美しくて


ずっと見つめていたら涙が出そう



あなたの好きな人はきっと
あなたのように素敵で美しい人



零さんの特別な存在になりたいなんて、そんな欲張りなことは言いませんから

どうかお願いです


その花たちのように
ただ傍にいさせてください






「零さん」

「ん?良いのあった?」

「…

零さんのオススメをください」

「へ?」


ぽかんと口を開けて首を傾げる


可愛いなぁ…この人、本当に年上かな



「私 優柔不断で決められないんです。だから零さんに選んでほしいです」

「僕で良いの?」

「零さんが良いんです」

「うーん…へへ
僕も迷っちゃうなぁ」


顎に手を当てて選び始める

突然の申し出なのに、すぐ受け入れてくれるんだ。やっぱり優しい



そして
しばらくの間あっちに行ったりこっちに来たりしながら

私のためにお花を選んでくれた



「ん~ 向日葵ちゃんにはこれかな」

「見たことあります」

「ガーベラだよ。可愛いでしょう?」

「はい!すごく可愛いです」


真っ白な花びらがたくさん並んでいる

華やかで、見ているだけで気分が明るくなりそう


「白のガーベラにはね、"希望"っていう花言葉があるんだ。
これから向日葵ちゃんにとって、幸せなことがたくさん起こりますようにって願いを込めて

僕からプレゼント!」

「え…?」


ラッピングしたガーベラを差し出して
にっこりと微笑んだ


「はい、どうぞ」

「でも…私」

「うん?」

「プレゼントだなんて…私、自分で買おうと」

「向日葵ちゃんが受け取ってくれないと、僕悲しいなぁ」

「へ?」

「真剣に選んだのにな~」

「わ、わわ、」

「僕の気持ちなんだけどな~残念だな~」

「あ、あの…

有り難く頂きます!」


零さんが悲しいなんて言うので、慌ててガーベラを受け取った


「ははっ
向日葵ちゃん面白いね」

「お、面白いですか?」

「うん。可愛い」

「え!?」


話が噛み合ってない気がするのですが…


まぁ

いっか


にこにこ笑う零さんが可愛いから




「僕は今から配達に行くんだけど、向日葵ちゃんも一緒に来る?」

「え?私なんかがついて行ったら邪魔じゃないですか?」

「大丈夫だよ~ 車に乗ってるだけならお客さんも気にならないだろうし」

「そう…ですか?」

美咲みさきさんに知られたら怒られちゃうから、内緒でね」

「美咲さん…?」

「あ~
清水美咲しみずみさきさん!さっきの店長だよ」

「あ…」


名前で呼んでるんだ
仲良しなんだな

やっぱり、ただの店長と店員ではなさそう





仕事の邪魔をしてしまうこと

店長である清水さんに内緒で、配達先までついて行くこと


零さんに迷惑をかけている自覚はあるし、気が咎めるけど



「……」

「ん?
どうかした?向日葵ちゃん」



申し訳ない気持ちよりも

零さんの傍にいたい気持ちが勝ってしまった



「配達は何時からですか?」

「30分後くらいかな」

「では、一度家に戻ってからまた来ますね」

「何か用事があった?」

「このお花を花瓶に入れて来ようかと」


ガーベラをこのまま持ち歩いていたら萎れてしまうだろうし
どのみち、大学に持って行くことはできない

零さんからのプレゼントなのだから、できる限り長く綺麗な状態で保存したいんだ


「なるほど。
行ったり来たりするのは大変だろうから、ここに置いておく?配達が終わった後か大学が終わった後にでも取りに来ればいいから」

「預かってくださるんですか?」

「うん!僕がプレゼントしたものだし、問題ないよ」

「ではお言葉に甘えて…
講義は17時くらいに終わる予定なんですけど、このお店の営業時間は何時までですか?」

「18時までやってるよ~」

「それなら講義終わりに寄っても大丈夫ですね」

「じゃあ、それまで預かっておくね。

これが向日葵ちゃんのガーベラだってわかるようにしておかないと」


そう言った零さんは
カウンターにあったメモ用紙を1枚取って、そこに"予約"と書いた


「これをテープで貼っておけば大丈夫~
ね?完璧!」

「ふふ…はい。ありがとうございます」



得意げな表情が可愛すぎて
思わず笑みが溢れた
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...