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大切な日
しおりを挟む花言葉は"希望"
"これから向日葵ちゃんにとって、幸せなことがたくさん起こりますようにって願いを込めて"
「…
……はぁ」
朝起きて
テーブルの上に飾ったガーベラを見て
ため息をつく
ここ数日
私はそんな毎日を過ごしているのだ
ご飯を食べているときも
テレビを見ているときも
外を歩いているときも
零さんのことが頭から離れない
「向日葵
おーい
向日葵ってば」
「…へ?」
「全然聞いてなかっただろ」
「ご、ごめん。
何の話だったっけ?」
「この講義、来週小テストあるから勉強しとけってさ。
今までのプリント全部持ってる?」
「……」
「貸して。俺が確認する」
私の鞄からファイルを勝手に取り出して、講義のプリントを漁り始めた
「1~5があれば良いから…
ん?
向日葵、2のプリントが無いけど」
「え?足りないの?」
「どこやったんだよ。なくした?」
「えー…わかんない」
「ったく、しっかりしろよ。
ちょっと待ってて。今俺のコピーしてくるから」
「あ、自分でやるから大丈夫。プリント貸してくれたら…」
「今のお前に預けたら、俺のプリントがどうなるかわかんないだろ。最悪コピー機まで壊しそうだし」
「……」
「大人しく座って待ってなさい。お礼は後でしっかり貰うから」
「…はい。すみません」
知らぬ間に講義は終わってるし
プリントは失くすし
世呉に迷惑かけるし(それはいつも)
とにかくダメダメだ
"僕は黄色のスターチスが一番好き"
"花屋が天職だねって、僕に言ってくれた人がいたんだ"
零さんの頭に浮かぶのは、きっといつも同じ人だろう
それはもちろん私ではなくて
スターチスが似合う素敵な女性
…どんな人かな
会ってみたいな
確実に落ち込むだろうけど、それでも気になる
このままずっと報われない恋をして、ダメダメ人間まっしぐらになるくらいなら
いっそのこと
お二人の幸せそうな姿を目の当たりにして、きっぱり諦めるチャンスが欲しい
…
とか言いつつ
"恋人いるんですか?"なんて怖くて聞けない。絶対に聞けない
「はぁ…」
諦めたいとか
忘れたいとか
そんなこと言ってるけど
結局は、諦められないし忘れられないんだ
「ほら、プリント」
「…世呉」
「何」
「私、どうしよう」
「何が」
どうしたら良いのかな
「はぁ……もうダメだ」
「向日葵、カフェ行こう」
「え?なんで?今日バイト無いのに」
「プリントのお礼」
「カフェで?」
「うん」
「コーヒー?」
「今日は甘いのが飲みたい気分。キャラメルラテとか」
「…はい。承知しました」
色々と迷惑をかけてる自覚はあるので、さっさと荷物を整理して立ち上がる
「…あ
世呉
今日はいつもと違うカフェに行かない?」
「なんで」
「だって…ほら。あそこに行くと、零さんに会うかもしれないし」
「バカだな」
「え」
「零さんに会えるかもしれないから、わざわざ行くんだろ」
「へ…?な、なんで」
「本当は会いたいんだろ?」
「……」
「本人がいないところでも零さんのことばっかり考えてるんだから、悩んでないで会いに行けばいいじゃん。
会って、顔見て、言いたいこと全部言えば?」
「そ、そんな簡単に言わないでよ!
言いたいことって…全部って…
いやいや。無理でしょ。
絶対無理!」
「いいからとりあえず行くぞ」
「やだ!行かない!」
「会えるかどうかもわかんないじゃん。今日はいないかもしれないし」
「いるかどうかわかんないのが一番緊張するの!」
「じゃあ電話してみるか」
「え!?」
スマホを取り出して
既に耳に当ててる
さすが仕事が早い
……じゃなくて!
「待って世呉!電話は、」
「あ、もしもし零さん?」
「ッ!?」
ひゃー!!繋がってしまった!
電話の向こうに…零さんが
「もう仕事終わったんですか?これからいつものカフェに?」
「……」
「俺らも今からカフェに行こうかって話してて。今日はバイト休みなんで、客として。
…
はーい。では、また後で」
電話を切って
私の顔を見る
「行くぞ」
「無理だって!」
「零さん、仕事終わったからカフェ行くんだって。丁度良かったな」
「よ、良くない!何も良くない!私行くなんて一言も」
「行かないの?会いたくない?」
「……」
会いたくない
あの目を見たくない
好きじゃない
そう言えたら楽なのに
「…
会いたい、よ」
「うん。じゃあ行こう」
「うぅ…」
世呉の後を追うようにして
重たい足取りで、カフェへと向かった
.
.
.
「ズズズズー…」
「向日葵、音。行儀悪い」
「…あっ
ご、ごめん。失礼しました」
吸い上げたレモンティーを飲み込み、ストローから口を離す
「落ち着きないな」
「だって…だってぇ…」
「泣くなよ?零さんがびっくりするだろ」
「…うん」
鼻をすすって
そっと辺りを見回すと
「!」
入り口付近に立つ零さんと目が合ってしまった
「…っ、た!」
「た?」
「来た!いた!!うわぁー…どうしよう」
「落ち着けって」
「向日葵ちゃん、世呉くん
こんばんは」
「こんばんは」
「……」
「おい、向日葵」
零さんの方を見れなくて俯いていたら、世呉に肘でつつかれる
痛い痛い。地味に痛い
「挨拶ぐらいしろよ」
「…
わかってるよ。
こ、こんばんは
零さ…」
「ん?」
「……」
「おい。どうしたんだよ」
「向日葵ちゃん、大丈夫?」
…ドクン
ドクン、ドクン
「……」
胸が苦しくて
頭が真っ白で
何も、言葉が出てこない
「向日葵?」
「……」
零さんの手に握られているお花
黄色くて
ヒラヒラしてて
前にネットで調べたのとそっくり
「…
…それ」
「うん?」
「そのお花…」
「あ、」
「あ~ これ。
前に言ったことあったよね?
僕が一番好きなお花
スターチスだよ」
「…これがスターチス、なんですね。初めて見ました」
「綺麗でしょう?
ほら、このヒラヒラしてるところが萼なんだ」
「…それが花びらじゃないなんて、不思議ですね。
すごく、綺麗です」
「偶然だったけど向日葵ちゃんに見せられてよかった」
「…
…あの
零さん」
聞きたい
聞きたくない
知りたい
知りたくない
そんなことが頭の中でぐるぐる回って
最終的に
知りたいという気持ちが勝った
「零さん
もしかしてそのお花、誰かに…プレゼントするんですか?」
「ん?あ~うん、そうなんだ。
この後会いに行くから持って来ちゃった」
お花を見つめる零さんの瞳
愛しさ?
切なさ?
正解はわからないけど、大切に思ってるんだってことは伝わってくる
「相手は、恋人ですか?」
「え…?」
「向日葵、」
世呉が驚いたように私の肩を掴み
心配そうな声で呼び止める
…大丈夫
聞く準備はできてる
もうはっきりさせたいの
大丈夫
大丈夫だよ
頭の中でそう繰り返し
再び口を開く
「そのスターチスは
恋人へのプレゼントですか?」
最初は驚いた表情をしていた零さんだったけど
私の質問を聞くと
お花を見つめてすぐに微笑んだ
「うん…
そう。恋人にプレゼントするんだ。
彼女はこのお花が大好きだから」
"恋人"
"彼女"
零さんの口から初めて聞く言葉
そっか
スターチスは零さんの好きなお花でもあるけど
零さんの恋人が好きなお花でもあるんだ
「…
今日は、記念日か何かですか?」
「記念……というか、大切な日…かな」
「そうなんですね。
…
……
ちょっと待っててください」
「おい、向日葵
どこ行くんだよ」
世呉の声を聞いても振り向くことなく
カウンターへまっしぐら
そこで注文をし、会計を済ませ、2人のところへ戻る
「向日葵?それ…」
「零さん
彼女さんは…甘いもの、お好きでしょうか」
「え?うん。好きだよ」
「よかったです。
では、これは是非お二人で召し上がってください」
「え!これって…ケーキ?」
「はい。ここで1番人気のチーズケーキです」
「わぁ…どうしよう。良いのかな?貰っちゃって」
「はい。受け取ってください。
このケーキを食べながら、素敵な時間を過ごしてもらえたら嬉しいです。
大切な日、ですから」
「なんだか気を遣わせちゃったね。
ありがとう向日葵ちゃん。有り難く頂きます」
ケーキが入った紙袋が零さんの手に渡り
全身の力が抜けていくのがわかった
「彼女さんにも、よろしくお伝えください。
…それでは
私は、急用を思い出したので」
「帰っちゃうの?
お礼したいのにな……何か飲み物を買って行ったら?僕が奢るよ」
「いえ、大丈夫です」
「待てよ向日葵」
「ごめん世呉…私、帰るね」
「そんなに急いでるなら仕方ないね。
ケーキのお礼はまた今度会ったときに」
「…はい。ありがとうございます。
では、……さようなら」
「気をつけて。またね」
優しい笑顔で手を振る零さんに手を振り返し
震える足でカフェを出た
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