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【最終話】愛し抜きたい人
バイト終わり、宣言通り千冬はカラオケについて来た。
「伊織、なんで千冬クンがおるんや…?」
「千冬っち、笑顔なのになんか怖いんだけど…。何かあったのぉ?」
「いやぁ…、…なんか…流れで…?」
待ち合わせは、バイト先のすぐ近くのカラオケ屋。
千冬は、どうしても行くと言って聞かず、とうとうここまでついて来てしまった。
マンティスが受付をしている間に、カゲヤンとマロに問い詰められる。
「あの、突然お邪魔してすみません。僕、どうしても…、伊織先輩と、ご一緒したくて…」
誰でも見惚れてしまうような、かわいらしい笑顔で小首を傾げる千冬。
「お、おお…それは構へんけど」
「受付してきたぞ。403号室だ」
「マンティスありがとぉ~。4階だとドリンクバーちょっと遠いねぇ」
「ソフトクリームデコ対決やるんだろ?」
「それは必須だ」
マイクとドリンクバー用のカップを受け取って部屋へ向かう。
ここのカラオケは、ドリンクバーにあるソフトクリーム食べ放題が人気だ。トッピングも豊富にあるから、俺たちはカラオケの得点に応じた持ち時間でデコレーションをして、順位を競うという遊びをよくしている。
「あ。ちょ、千冬…」
「どうしました?」
「……お前、歌って大丈夫なの?…その、…バレねぇ?」
「僕は歌わないので大丈夫ですよ」
「えー…」
マジで何しに来たんだよ…。
「あの角の部屋だ」
「一番乗り~!うわぁ、狭い~」
「土曜の夜やから、混んどるんやろ」
ドリンクバーで飲み物を調達して、部屋に入る。
ほぼ正方形の室内は、大きなモニターの反対側に、コの字型のソファが設置されている。
マロ、マンティス、カゲヤンと、部屋に入った順に奥から座る。
カゲヤンに続いて俺が席に着こうとすると、千冬がそっと俺の手を引き、カゲヤンと俺の間に割り込む。
俺は1番端の席。千冬の隣。
マロはソファの一辺を独占して、カゲヤンとマンティスも二人で座る。
「おっしゃ!そんじゃまずは声出しやんなぁ!」
「お腹すいたから何か頼んで良い~?」
「メガ盛りポテト」
「ミックスピザ」
「たこ焼き」
「焼きうどん」
「便乗多くない~!?覚えられないし!ていうか、誰か2回言ったよねぇ!?」
「マロ先輩、僕が頼みますよ。マロ先輩は何が良いですか?」
「わぁ…千冬っち、しごできぃ…。ぼくは炒飯でお願い!」
カゲヤンが爆音で歌い始める中、千冬が立ち上がり、フード注文用のパネルをマロから受け取り、座り直す。
…妙に、近い。
膝や肩がぶつかりそうな距離感に、ちょっとドキドキする…。
「聴いてくれてサンキュー!…えっ、62点?もっといってええやろ!」
「アレンジしすぎなんだよ」
「次は俺のターンだな」
「千冬っちは、入れないのぉ?」
「僕は聴いてるの方が好きなので」
「そうなんだ?」
その後、料理も届き、各々食べながら順に歌う。
マンティスが歌い、マロも歌い、俺の番が来たタイミングで、カゲヤンの予約が割り込んだ。
しかも同じ曲が3曲も。
「は?お前もう歌っただろ?」
「…おん?…え?俺やないで?」
「はーい。カゲヤンは下手すぎるからもう一度チャンスあげるよぉ。その間に、ぼくとマンティスと…、千冬っちは、ドリンクのおかわり貰ってくるね」
「え、僕は…」
「さっ、カゲヤンの騒音リサイタルが始まる前に行こうかぁ!」
「騒音ってなんやねん!」
「頼んだぞカゲヤン」
「はぁ!?…あ、えっ、俺1人で!?」
千冬もマロに半強制的に連行され、部屋には俺とカゲヤンだけが残る。
さっきも聴いた前奏が流れ始め、俺は近くにあったポテトをつまみながら、モニターを観る。
すると、カゲヤンは、音量を極限まで下げて、俺と一緒にポテトをつまみ始めた。
「歌わねぇの?」
「……おん」
「…?」
「……あ~!まどるっこしいのは苦手やねん!」
「なんだよ、どうかしたのか?」
「…伊織、なんで千冬クンと付き合わへんの?」
「は、……はぁ!?」
「千冬クンは、好きって言うとるんやろ?それに、伊織も…」
それだけ言うと、チラッと俺を見て、黙々とポテトを食うカゲヤン。
何だよ、急に。
そんな真面目な顔して…。
…あ、そうか。
この前、俺になんか聞いてやるって言ってたのは、このことだったのか…。
「…心配してくれてんのか?」
「まぁ?そういうこっちゃな?」
とぼけたような顔をするカゲヤンに少し笑う。
そっか。
良い友達だな、ほんと。
…相談、してみるかな…。
「俺、……怖ぇんだよ」
「何が?」
「………」
腹は括ったつもりだけど、やっぱりこんな話、ちょっと恥ずかしい。頬が熱くなる。
でもカゲヤンは真剣に聞いてくれてるのも分かるから、恥を忍んで続ける。
「俺が、千冬に、釣り合わねぇっていうか…。千冬の周りには、俺よりずっといい人がたくさんいて…、多分これからも、それは増えていって…。」
「……」
「千冬のことを好きな人は、たくさんいるんだ。だから、俺なんか、…いつか、…その…、捨てられるんじゃねぇかって…」
途中で、手を止め、俺を見る。
「伊織…。ほんま、あかんたれやなぁ」
「あかん……は?何て?」
「ほら、食べや?」
小さい子供を見るような優しい目で見られ、ポテトを差し出される。
よく分かんねぇけど、大人しく差し出されたポテトを咥えた。
「ジブン、千冬クン自身やのうて、千冬クンの周りの人を見て恋愛するんか?」
「………」
「千冬クンは、伊織やないとアカン言うとんねん。信じてやり。それは、伊織にしかできへんから」
「………カゲヤンにしては、まともなこと言うな…。……でも、……確かに。…ありがとな」
「ハハ!なんや泣きそうなっとるやん!かわいいやっちゃな~。こっち来ぃや」
「うるせぇ」
カゲヤンが俺の首に腕をかけて引き寄せ、頭をワシワシ撫でる。
ちょっと苦しいけど、胸の中の靄がすうっと晴れていく。
カゲヤン達がいて、良かった。
「分かったなら、はよ、ぶちゅっとしぃ」
「ぶちゅ…っ!?」
「初心な伊織チャンはやり方知らんか?ほれ、ここにやってみぃ。やさーしく、やさーーーしく触れるんやで!」
首を固定されたまま、目の前にケチャップをつけたポテトを差し出される。
カゲヤンの言う「ぶちゅ」って…、キスだよな?
「はぁ?やんねぇ……ょ…」
なんて言いつつ、脳裏では千冬のことを思い出している。
千冬の、唇…に………。
赤くテラテラ光るケチャップに、千冬の唇を重ねる。
もっとも、千冬の唇はこんな真っ赤じゃなくて、ふっくらした桜色だけど……。
「うぉぉ…、伊織……、そんな顔、すんのや…な……」
カゲヤンの喉がゴクリと鳴った瞬間。
──ガチャッ
「戻ったよぉ~…げ、」
「帰還……あ」
「……っ」
「あ」
「ん?わっ!」
扉の開いた音にハッとした途端、体が思い切り引っ張られた。
千冬が俺の腕を引き、抱き寄せていた。
「ちゃ、ちゃうねん…!誤解や!誤解やから!千冬クン…!!」
「お、落ち着いて千冬っち!」
「美形の怒った顔…怖すぎる…。部屋、間違えました」
「マンティスゥゥ!一人だけ外に逃げようとすんなやボケェエ!」
俺の視界は千冬で塞がれていて、状況はよく分かんねぇ。
「千冬っち!カゲヤンには、ぼくがちゃーんと言っておくから、許してあげて!こっち来てカゲヤン!」
「俺が悪いとちゃうやろ!」
「悪いよバカ!いいから早く!伊織に任せよう」
扉がバタンと閉まる音がして、やっと静かになる。
部屋には俺と千冬だけになっていた。
「……伊織先輩、何もされてないですか?」
「何って何だよ?何もねぇよ」
「~っ、」
「うっ、苦し…っ」
泣きそうな顔を見せて、また俺をキツく抱きしめる。
「誰にも、取られたく、ないんです…」
「千冬……。」
相手はカゲヤンだぞ?とも思うけど、…誰にもられたく無いって気持ち…、今の俺にはよく分かる。
千冬の背中に手を回して、優しく叩いてやる。
「余計な心配かけて、悪かった」
「……いいえ、僕こそ、雰囲気悪くして…。伊織先輩のお友達にあんな態度…、大人気ないです。…ごめんなさい」
「大丈夫だ。そのうち盛り盛りにデコったソフトクリーム持って帰ってくるだろうから、その時、俺と謝ろうな?」
「…はい…」
千冬のピンクの髪をポンポンと撫でる。
千冬は俺の体を離すと、きゅるんとした瞳で俺を見る。
なんか…子犬みてぇでかわいい。
「千冬、一緒に歌わねぇか?」
「え…」
「せっかく来たんだし、アイツらはまだ戻らねぇだろうし。何歌う?」
「……なら、さっき伊織先輩が歌おうとしてた曲で」
「おう」
予約を入れ直し、音量を調節する。
「俺、全く上手くねぇから。先に謝っとく」
「ふふ。好きな人と好きなことを一緒にできるなんて…嬉しいです」
「っ…、そうかよ」
俺が入れたのは、中学生の頃に流行っていたアニメの主題歌。
最近の曲はよく知らねぇから、いつも同じような曲ばかり歌う。
有名な曲だから千冬も知っているようで、キラキラした目で、画面より俺を見ながら、控えめに歌っている。
…そんな見られるとやりずれぇんだけど…。
サビに差し掛かかると、千冬はハモリパートを歌い出した。
びっくりして千冬を見ると、優しい微笑み。
「すげぇな!即興?」
「3度ズラしただけですよ」
「おう?よく分かんねぇけどすげぇ!」
「ふふ、喜んでもらえて僕も嬉しいです」
間奏中にマイク越しに興奮を伝えると、千冬も嬉しそうに笑った。
うまい人がハモってくれると、俺もなんだか上手くなったように錯覚すんな…。
「2番、よく分かんねぇから、千冬が歌ってくんねえ?」
「そうなんですか?それなら別の曲に…」
「ううん、…千冬の歌声、聴きてぇの」
「……そういうことなら喜んで。伊織先輩のために、歌います」
にっこり微笑んで、2番を歌い始める。
アップテンポの曲なのに、千冬の声は気持ちよく響いて、思わず聴き入ってしまう。
動画で投稿される歌は、全てのファンに向けた歌に聞こえるけど、…今は。今だけは。
俺のためだけに歌ってくれている。
……それで、十分だ。
「すげー!やっぱ上手ぇな!金取れるレベルだと思う」
「ふふ、ありがとうございます」
歌が終わって、拍手で感動を伝える。
千冬は照れくさそうに笑って、ドリンクに口をつけた。
採点結果は、92点。
「こんな高得点取ったことねぇわ」
「カラオケの採点基準もいろいろありますからね。僕にとっては、歌ってる伊織先輩は、すっごく可愛くて百点満点でした」
「っ、お前……恥ずかしいやつだな…」
しょうもない会話をしていると、部屋の扉がそっと開き、千冬がすぐに立ち上がり駆け寄った。
「あ…、千冬クン…」
「カゲヤン先輩っ、ごめんなさい!さっき、僕…」
「俺からも謝る。ごめんな、カゲヤン」
「え、あ…、びっくりしたぁ。なら、もう怒ってない?よかったあ!」
「早く進め、後ろがつかえてる。そしてソフトクリームが溶ける」
「ぼくの『エッフェルソフ塔クリーム』も崩れるぅ~」
「ネーミングセンスは既に崩壊してるな」
予想通り、盛り盛りにデコレーションしたソフトクリームを持って帰ってきた三人に笑う。
カゲヤンと千冬も笑顔で言葉を交わしていて、一安心。
良かった。
「結構混んでたよぉ。二人も行ってくれば~?」
「おう。そうすっかな」
「今のところの暫定一位は、俺の『マンティスカラフルパレス-幻惑の迷宮(ラビリンス)-』だ」
「だからネーミングセンスが意味不明なんだよ。行こうぜ、千冬」
「ふふ、はい」
ドリンクバーは奇数階にしかないから、階段で3階に降りる。
「千冬は、ひとりカラオケとかも、あんま来ねぇの?」
「高校生の時まではよく行ってましたよ。大学に入ってからは、マンションの作業部屋の中に防音室を作ったので、今は専らそっちで歌ってます」
「あー、あの電話ボックスみたいな個室か」
「はい。今度入ってみますか?」
「いいのか?見てみてぇ!」
以前、千冬の作業部屋を覗いた時に見えた、小さな個室を思い出す。
確かに、ガラスの小窓から、マイクとか見えたな。
千冬の作業部屋の風景を思い出すのに夢中になっていると、すぐ近くの部屋の扉が開き、退室する団体客とぶつかりそうになる。
「伊織先輩」
「あ…。わり。ありがとな」
千冬に肩を優しく押されて壁に寄る。
団体客の向こうには、ドリンクバーコーナーがもう見えている。
マロが言っていた通り、混んでるな。特に女性客が多い。
…スカート短かっ。
「そういえばさっき、カゲヤン先輩とは、何の話をしてたんですか?」
「へっ!?」
「……僕に話せないことですか…?」
「い…いや…。」
話せなくはないけど、恥ずかしい。
ていうかそれは…、ここで言うのか…!?
団体客が捌けて、ドリンクバーコーナーに近づく。
「えっと……、」
「ねぇ!さっき4階のトイレ行ったら、403号室からフユみたいな声聞こえたんだけど!?」
「え!うそ!?」
「偶然通りかかったフリして、出待ちしてみようかな…っ」
「!、千冬っ、こっち!」
「え?」
偶然、女性客たちの会話を耳が拾った。
俺は千冬の手を引いて、さっきの団体客が出て行った部屋に千冬を押し込んだ。
「どうしたんですか?」
「シッ!喋るな!特にお前は!」
「むごご…」
千冬の口を手で塞ぎ、そっと扉を開け、隙間から覗く。
女性客たちはソフトクリームを絞りながら楽しげに笑っている。
もう少し、かかりそうだな……。
「…お前の、ファンらしき人たちが、…お前の歌声が聞こえたって話してて…」
「………」
扉を閉めて千冬を見ると、千冬は特に驚いた様子もなく、ただじっと俺を見ていた。
千冬の目を見つめ返し、静かに切り出す。
「なぁ…、このまま聞いてくれねぇか…?」
千冬の口を塞いだ格好のまま頼むと、千冬がゆっくり瞬きした。
「さっき、カゲヤンと話してたのは…、千冬の、ことだ」
緊張で、顔に熱が集まる。
「千冬に、こ、告白、された時…俺、『恋人は、いつか別れる未来があるかもだから、怖い』って…、話、したよな?」
千冬の顔が見れず、視線を落とした。
「千冬は、その…歌い手としても、人気で、千冬のとこが好きって言うファンがたくさんいる。だから、余計…、俺なんかすぐに捨てられんじゃないかって…」
千冬が眉を顰めて、俺の手を外そうとする。
「まだ、最後まで聞け」と言うと、大人しく手を下げる。
「俺…、そんなことばっか考えて、逃げ腰になってた。でも、決めた。」
心臓が、バクバク鳴る。
千冬の目を、しっかりと見つめた。
「俺、千冬を信じる。千冬が、…好きだ。友達じゃなくて、…か、彼氏に、なって欲しい。未来がどうなるかなんて分かんねぇけど、俺の方から、お前から離れることは無いって、約束───っ!?」
千冬の手が腰に回され、抱きしめられる。
そして、口を塞がれたまま顔を近づけ、俺は自分の手の甲を、自分の口に押し付けられる。
そして、千冬は俺の手のひらに、キスを落とした。
「~っ、な、ななっ…何っ!?」
「嬉し、過ぎますっ…!伊織先輩っ!すき、好き、大好きです!」
「ちょっ、待っ…!」
手のひら越しのキス。
もはや千冬の口を塞いでいた手は、機能してない。ただ、千冬の口付けを受け止めるだけになっている。
指の内側を千冬の柔らかい唇が喰む感触に、身体が甘く痺れる。
「伊織先輩、僕、先輩に『怖くないって証明する』って言いましたよね?」
「え…?あ、ああ、そうだな」
「伊織先輩の不安になるなら、僕は歌い手をやめます」
「そう……、はっ!?」
「伊織先輩さえいてくれたら、僕はもう十分幸せですから」
「アホ」
「いたっ!」
「俺は、千冬の夢ごと、千冬が好きなんだ。千冬が続けたいなら、むしろ、続けて欲しい」
俺のせいで千冬のやりたいことが制限されるなんて、絶対にごめんだ。
そこは間違えて欲しくない。
千冬の胸を押して可能な限り距離を取り、真剣に伝える。
ちゃんと、伝わって欲しい。
「……かっこ、良すぎます…。やめてください、僕より、かっこよくするの……」
「はぁ?」
千冬は俺の腰から手を放し、両手で顔を隠す。
萎む風船のようにみるみる縮こまっていく。
「……大丈夫か?」
指の間から表情を伺おうと、顔を覗き込むと、長いまつ毛が繊細に揺れ、キラキラした栗色の瞳と目があった。
千冬が手を外すと、赤い顔が現れる。
「今から、俺の部屋、来てください」
返事をする間もなく手を握られ、部屋から連れ出される。
カゲヤンたちにスマホで連絡を入れ、そのままカラオケを出た。
道中、千冬は特に何も話さず、でも何かを確かめるように俺の指を弄んだりしていた。
千冬に手を繋がれ、千冬のマンションまで真っ直ぐに帰宅する。
「伊織先輩は、ここに居てください。これで、観てて」
「?」
リビングのソファに座らされ、ノートパソコンを開き俺の前に置く。
そのまま置き去りにされ、千冬は部屋を出る。
どうやら作業部屋に行ったらしい。
「何だ……?…あ、」
しばらくすると、千冬の名前でリンクが送られてくる。
開くと、フユの、生配信ページに飛んだ。
──♪
「あ、この前の曲だ…」
いつもと同じ、ギターを弾く手元が映し出され、配信が始まるなり、歌い出す千冬。
週末に新曲投稿するって言ってたけど、生配信でだったのか。
…?いや、マジか?
曲が終わる頃には数万の視聴者が集まっている。
コメントも続々と流れる。
さすが。すげぇ。
『こんばんは。初めまして。フユです。』
「え……、何する気だ?あいつ…」
『いつも聴いてくださって、本当にありがとうございます』
コメントが一気に流れる。
≫生配信!?生でも上手い!
≫うそ!ふーくんの喋り初めて聞いた!
≫話し声もめっちゃ癒される♡
コメントに対して返事をすることはなく、千冬は続ける。
『………実は、僕には、大好きな人がいます。とてもとても、大切な人です。』
≫ふーくんの話もっと聞きたい!
≫顔見せて~
≫は?何の話?
≫ファンに言わなくても良くないですか?裏切られた気分。
『例え全てを捨てたとしても、愛し抜きたい人です。』
「千冬……、」
コメント欄にはポジティブなコメントもあるものの、千冬を恋慕っていたファンからは、心無いコメントも寄せられ始める。
それでも全てのコメントを無視して、千冬は続ける。
『その人へ、永遠の愛を誓って歌わせてください。『初春の月』。』
──♪
千冬の代表曲である、甘く切ない初恋の歌。
≫もう応援するのやめます
≫利用された気分
≫応援してます!頑張って!
≫この曲が一番好きです
ただ、歌詞が違う。
恋焦がれる切ない歌じゃなく、変わらない愛と、大切にしたいと気持ちが、優しいメロディに乗せて紡がれる。
「千冬…、……好き…だ」
世界に向けて歌われる歌が、初めて、ただ1人、自分に向けた歌だと感じる。
涙が溢れた。
千冬が恋しくて、触れたくて、抱きしめたくて…。
「千冬っ、」
曲が終わる頃には、俺は部屋を出ていた。
千冬の作業室に入り、防音室のガラス窓に触れる。
千冬が気付き、慌てて立ち上がる。
配信を止めようとして何か落としたのか、機材の前でわたわたしていたピンク頭が、焦った様子で防音室の扉を開けた。
驚いたような、不安なような表情。
そんな顔も、愛おしくてたまらない。
「伊織…、先輩…」
おそるおそる伸ばされた千冬の手に、そっと触れる。
「千冬…、ありがとう」
「…先輩の不安、怖くないって、僕、証明できましたか…?」
許しを乞うように尋ねられて、また愛おしさで胸がきゅっとなる。
「キス…してぇんだろ?」
「っ、………いいんですか…?」
「…ん」
千冬の指が、優しく絡まる。
はちみつを垂らしたような、あまいあまい栗色の瞳が、愛おしげに俺を見つめる。
俺は緊張と期待を込めて、ゆっくり目を閉じた。
そして。
──ふにゃ、
柔らかくて温かいものが、そっと、唇に触れる。
唇を当てるだけの、優しいキス。
心臓が痛いほどドキドキする。
唇から、指先から、千冬に触れる全てから、幸せが溢れ流れ出す。
「…はぁ、」
「っ……」
唇が静かに離れ、またゆっくりと目を開ける。
千冬の熱い吐息を感じて、身体がぼうっと熱くなる。
千冬は、薄い瞼の下で、蕩けるような瞳でうっとり見つめている。
身体中が心臓になったかのように鼓動がうるさい。
「伊織先輩、大好きです。…ずっと、大切にします」
千冬の腕が腰に回り、強く抱き寄せられる。
「俺、も……。…大好き、」
そっと千冬の背中に手を添えると、更に強く抱きしめられ、千冬が俺の肩に顔を埋めた。
「俺、…もう、絶対に離しません。先輩が嫌って言っても、絶対に、絶対に…」
「、俺から嫌なんて言わねぇよ。」
「……僕、重いですよ?」
「望むところだ」
小さく笑い合って、また唇を重ねた。
fin.
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👥 主要キャラクター紹介
🐱 宮瀬 琥珀(みやせ こはく) / 38歳・オメガ
属性: オメガ(極端にフェロモンが薄く、周囲からは『ベータ』だと思われている)
職業: カフェ&バー『AMBRA』の店長兼オーナー
性格: 口は悪いが曲がったことが大嫌いな男気溢れる性格。
🐺 佐伯 航一郎(さえき こういちろう) / 24歳・アルファ
属性: アルファ(焦げたビターチョコレートのような、非常に強くて極上のフェロモンを持つ)
職業: 『AMBRA』の新人料理人
外見・性格: 身長185cmオーバー、黒いライダースが似合う鋭利で彫刻のようなイケメン。無愛想で冷徹、周囲を拒絶する「野良犬」のような目をしている。
🦊 柚希(ゆずき) / 38歳・オメガ
属性: オメガ(大手飲食グループの統括マネージャー・黒塚と番っている)
職業: 専業主婦
外見・性格: ふんわりとした栗色髪のタレ目。いくつになっても愛嬌があり、マイペース。
ポジション: 琥珀の十代からの悪友で、数少ない「オメガの親友」。琥珀の前では一切気取らず、毎度キレのあるのろけ話を投下していく良き相棒。