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かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい2
何より大切な
中級者コースをなんとか滑り終わった俺は、麓に到着すると盛大にため息をついてゲレンデを振り返った。
土曜の午後。人が増えてきたな。
宿泊先の旅館へは車で移動する予定だけど、出発までまだ1時間半はある。
だから、レンタル品を返しに行く時間を含めても、もう一滑りはできるけど…、
「疲れた……」
「ふふ、疲れましたね」
「千冬は余裕そうだったじゃねぇか。もう一回行ってくるか?俺は下で待ってるけど」
「僕ももう終わりにします」
普段使わない筋肉まで酷使された脚は、もうパンパンだ。早く解放されたくてボードのバックルを外す。
両足が自由になり、ボードを両手に抱え顔を上げると、千冬が幸せそうに微笑んでいた。
「伊織先輩、写真撮ってもいいですか?」
「おう、好きに撮れよ。撮ってやるか?」
「ありがとうございます。でも、僕は伊織先輩を撮りたいんです」
「おー。……え?俺?」
俺にスマホのカメラを向けた千冬は、すかさずシャッターを押した。
見事、俺の間抜けヅラをカメラに納めることに成功したようで、千冬は大変満足そうだ。
「不意打ちはずりぃだろ」
「ごめんなさい。ボードを抱える伊織先輩がかわいくて、つい」
「かわ……はぁ?」
ボードを抱えてかわいい…?
女子っぽいふわふわのぬいぐるみとかならまだ分かるけど…、ボードってかわいいか?
それに千冬理論でいくと、このゲレンデにいる大多数の人間は、「かわいい」ってことか?
自分のボードをしげしげと見ていると、千冬が小さく笑った。
「伊織先輩、あっちのキッチンカー、見に行ってみませんか?」
「あ、行きてぇ!」
「ふふ、クレープとか美味しそうですよね」
「……ゴホン。…チフユくん、見る目があるなキミは」
「ブッ!何キャラですか、それ、あはは!」
千冬が声を上げて笑うと、俺も嬉しくなって一緒に笑う。
そもそも千冬が提案したクレープは、俺も昼に見かけてから、ずっと気になってたものだった。
いちごプリンクレープ。
千冬も気になってたんだな、素直じゃないやつめ。
ルンルン気分でボードをレストハウス前のボードラックまで運ぶ。
千冬のボードの隣に俺のボードも並べて立て掛けたところで、柚月の声が聞こえた。
「伊織くん、千冬くんっ!良かったぁ…!」
「どうかしたのか?カゲヤンは一緒じゃねぇのか?」
「それが、岳くんとはぐれちゃったの。LINEしようかと思ったけど、私のスマホ、寒さで充電切れて使えなくなっちゃってて……」
重そうにボードを抱え危なげな足取りでやってきた柚月は、瞳が少し濡れていて、眉は悲しげに下がっていた。
ピンクの髪の束がもこもこのネックウォーマーの側面にクシャリと当たる。
「全くしょうがねぇな、アイツは…。俺から電話してやるから待ってろ」
「ごめんね、ありがとう」
ポケットからスマホを取り出し、グローブを外す。千冬が無言で差し出した手にグローブを預け、カゲヤンの名前の横の通話アイコンを押した。
俺がスマホの呼び出し音を聞いている傍らで、柚月は、カゲヤンとはぐれた場所を千冬に説明し始めていた。
「滑り終わって、一度トイレ休憩にしてて…」
「あそこで別れたんですね?」
「そうなの。それで、人が多いからあっちで待ち合わせしようって…きゃっ!」
俺に背を向けた柚月が、遠くを指差しながら数歩踏み出すと、足場が悪く片足を滑らせてしまう。
千冬が反射的に、柚月の腕とボードを支えて事なきを得た。
「大丈夫ですか?」
「わっ、ごめんね!スノボで足が疲れちゃってて…。千冬くんは平気?」
「僕は大丈夫です。でも伊織先輩は、滑り終わってから足取りが少し怠そうになってました」
「あはは!さすが千冬くん、伊織くんのことよく見てるね」
「はい。大きなボードを抱えてよたよた歩くところが、すごく可愛かったです」
笑顔を浮かべ、楽しそうに話す2人。
周りの騒がしさと数歩分の距離のせいで、2人の会話はよく聞こえない。
……だけど。
優しい横顔で微笑む千冬と、その隣にちょこんと立つ柚月。防寒具の間から覗く、同じピンク色の髪。
なんだか、胸の奥がチクリとした。
千冬のあの幸せそうな目は、いつも俺を温かい気持ちにさせるのに。
なんで今は、そう感じられねぇんだろ……
「よぉ、伊織。どないしたん?」
「っ、カゲヤンお前どこにいんだよ?」
「何をそんなキレてんねん?」
「……別にキレてねぇけど」
ようやく応答したアホに、思わず強めの口調で返してしまう。
千冬と柚月が俺の声に気付いた瞬間、2人は見知らぬ女性客に声をかけられた。
小さなカメラを持った、お洒落な三人組だ。
「すみませーん、私たち、YouTube撮っててー、」
「ゲレンデに来てるカップルコーデを紹介する企画なんですけどー、」
「てかお兄さんめっちゃイケメンですよねー!?モデルさんとかですかー?」
何だろう。
千冬の周りにはすぐ女子が集まるからな…、またインスタ教えてとかそういうのかな。
会話が気にはなるけど、俺は今は迷子のアホと通話中だ。
その光景を見ないように一歩後ずさりし、カゲヤンとの通話を続ける。
「柚月が困ってんぞ。彼女ほったらかしてどこ行ってんだよ」
「ほんま!?柚月チャン伊織とおるん?なかなかトイレ出てこん思て、女子トイレ前で張っとったわぁ」
「不審者かよ。通報される前に早く来い。レストハウス正面にいるから」
通話を切り、はぁとため息をつく。
胸の奥は、まだ少し痛む。
でも、柚月にカゲヤンのこと、言ってやらねぇと。
視線を上げると、ちょうど柚月と千冬が俺の方を見ていた。二人と話してた三人組の女性客も興味深そうに、…というか疑わしそうに俺の方をのぞいている。
なんだ?
疑問に思いながら、とりあえず千冬の元へ行こうとして片足を踏み出した。
その時。
──ガコンッ
「ぅわっ!?」
「伊織先輩!」
疲労が溜まった足は地面を軽く滑ってしまい、立て掛けていた自分のボードを蹴ってしまった。
咄嗟に素手でボードを受け止める。
手のひらにボードの縁が擦れ、金属の冷たさと、追いかけるようにヒリヒリした痛みを感じた。
「いっ……」
「伊織先輩!?大丈夫ですかっ!?」
「大丈夫…、ちょっと、手が…、」
「手ですか!?」
ひどく焦った様子で、千冬が俺に駆け寄る。俺からボードを取り上げ、片手で軽々立て掛け直しながら、俺の手首を掴んだ。
右手の手のひらには、赤い直線が滲んでいた。
切ったんだ。ボードのエッジで。
そう理解すると同時に、痛みはピークに到達した。
「痛ぇっ……」
「っ、これで押さえててください!すみません、」
「え?、うわぁ!?」
千冬にハンカチを握らされたと思ったら、いきなり脚が宙に浮き視界が反転した。
視界いっぱいの、千冬の整った顔。
背中と膝裏を支える力強い腕。
「大丈夫です、すぐ連れて行きますからね」
「な、なに、どこに、…っ!」
突然のことに驚く俺に、千冬は顔を近付けた。
長いまつ毛がかかる栗色の瞳が、俺の視線を絡み取る。
「大丈夫です…、先輩…」
「……、」
掠れた声で囁かれ、千冬の顔がゼロ距離まで近付くと、前髪に柔らかいものが触れた気がした。
千冬の香りが胸に広がり、トクンと胸が鳴る。視界の端に映るのは、綺麗な青空だけ。あとは千冬しか見えない。
「これはおまじないなので、ノーカウントで」
「……?」
手の痛みさえ忘れ、ぼーっとのぼせる感覚に気を取られていると、周りから黄色い悲鳴が聞こえ、ようやく今の自分の状況に気付いた。
え、てか俺……
お姫様抱っこされてる…!?
「ちっ、ち、千冬!?」
「ごめんなさい、僕がいながら…先輩に、怪我させて…」
周りの様子など全く気にしてないような千冬は、俺を抱えたまま歩き出し、レストハウスの救護室へ向かう。
男が抱えられている様を見てか、レストハウス内も俄かにざわつく。
恥ずかしい。
非常に恥ずかしい。
「千冬、大した怪我じゃねぇから、お、降ろせ」
「ダメです!もう一度転んで怪我でもされたら、…僕は、もう…、不甲斐なさで死んでしまいます!」
「は!?死ぬな、そんなことでっ」
「そんなことじゃないです!僕の…、僕の何より大切な、伊織先輩に……!」
腕の力が強まり、更にぎゅっと身体が密着する。俺を見下ろした栗色の瞳は、うるうると煌めいていた。
甘く整った顔は罪悪感でいっぱいの泣き出しそうな表情を浮かべている。
そんな顔も、やっぱりびっくりするくらい綺麗だけど。
「先輩が僕以外の何かで傷付くなんて、1ミリでも、1ミクロンでも耐えられません……。絶対に嫌です…」
「千冬……」
何アホなこと言ってんだと、ツッコむことも忘れ、千冬に見入ってしまう。
さっきまで柚月と笑っていた千冬の横顔を思い出して、今はその瞳が俺だけを見ていることに、何故か胸の内側が温かくなった。
きめ細やかな白い肌に、長いまつ毛と甘い瞳。不安げにきゅっと結ばれた唇も、ふわっと柔らかそうだ。
手を伸ばせば、その頬にも、その唇にも、触れられる。
傷口を押さえる手を、自分でぎゅっと握り込んだ。
代わりに、千冬の肩口に頭を預け、熱くなった頬で小さく千冬の胸元を撫でた。
そおっと千冬を見上げる。
「1ミクロンなんて、もはや傷じゃねぇだろ……」
俺のぼやきに、千冬はゴクリと喉を上下させると、眉を下げたまま口元だけで小さく微笑む。
「…、早く手当してもらいましょう。痛いですよね…、…僕が代われたらいいのに……」
周囲のざわめきなど目もくれず、千冬は真っ直ぐに救護室に向かった。
耳も、頬も、腕も、脇腹も、太ももも。千冬の体にぴったりくっついて、ウェア越しだけど、あったかい。
千冬が歩くたびに伝わる振動と熱。
それだけで、手のひらの痛みが和らぐ気がした。
…ずっと、こうしていたい…。
「先輩、着きましたよ」
「……おう」
救護室に辿り着くと、抱えられた俺を見たスタッフ達が血相を変え、飛んで駆けつけて来た。
スタッフの慌ただしい足音に、千冬に集中していた俺の意識も、急速に現実に引き戻される。
「千冬、もう下ろし──」
「事故ですか!?」
「意識はありますか!?」
「違いますっ、先輩が、手を…、」
美形の苦し気な表情に、スタッフ達がどんな大怪我かと身構えたのが見て取れて、俺は二度目の羞恥を覚えた。
俺は千冬から降りるより先に、傷口を押さえたままの手で、自分の顔を覆った。
「…切り傷です、ただの……」
「「……」」
消えそうな声で伝えた俺と、言葉を失うスタッフ達。
羞恥による大火傷も、誰か手当てしてくれ。
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