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合宿2日目
ニャン!
しおりを挟む侮っていた。
「はっ…、くしゅんっ!」
アトラクションは、期待通り楽しかった。
しかし、かなり濡れた。
一番前の席だと喜んでいたが、同じ列でポンチョを着ていないのは、俺と蓮くらいなもんだった。
「伊織さん、大丈夫?」
「…お前こそびしょ濡れじゃねぇか」
水も滴るいい男、というのは、こういうことを言うのかも知れねぇ。
サングラスを外した蓮は、それだけでちょっと注目を集めるというのに、更に今は、濡れた前髪に束感が出て、その先を雫が伝っている。それが妙に、色っぽい。
水で張り付いた服も、程よく筋肉のついた体のラインを明らかにしている。
「うん!すっごい濡れた!」
「服脱いで絞った方が良さそうなくらいだな。…やめろッ、こんなとこで本当に脱ごうとするなアホ!」
だめだ。
多分コレは、歩く18禁ってやつだ。
「服…、買うか」
「伊織さんと買い物?」
「そうなるな」
「行く!早く行こう!」
…中身は犬なのにな。
「お前、ほんと何着ても似合うな」
「ありがとう!伊織さんも、似合ってるよ!」
「…どーも」
結局俺が買ったのは、映画のロゴが入っただけの、無難な黒いシャツ。
蓮は、真っ黄色の地色に、このエリアで売っているターキーレッグの実物大ほどの写真がいくつも配置されているド派手なシャツ。
俺が冗談で勧めたら、何の疑いもせず即購入し、見事着こなしている。
絶対ネタだろ?この服。
なのにコイツが着ると、なんだか様になっている。
コイツの写真、この商品の宣材写真に使うことをおすすめする。
「あ、伊織さん!写真撮ろう!」
「いいけど」
面白いしな、その服。
せっかく撮るなら、ジュラシックパークエリアらしい背景がいいよな、と辺りを見回して、アトラクションのデカい看板の前まで移動する。
「伊織さん、耳!」
「耳?」
「カチューシャ、付けて」
忘れてた。
アトラクションに乗るときに外して、そのままになっていた。
…お前も忘れてろよ。
「無くてもいいだろ、別に」
「んーん、見たい」
アトラクション乗る前まで存分に見ただろ。
と心の中で抗議するが、ニコニコと笑顔を向ける蓮を見てると、それ以上、文句を垂れる気も無くなる。
どうせ目玉カチューシャ達と会うときには、着けてねぇと怒られるだろうしな。
割り切るしかねぇか。
カバンを漁ってカチューシャを取り出す。
昼に着けた時は、マキさんに不意打ちで嵌められたけど、こうやって自分から着けるのは、ちょっと恥ずかしい。
はぁ。
いや、こういう時は、恥ずかしがってると余計キモいからな。
開き直るか。
「着けた…ニャン!」
サッと頭に装着すると、変顔を作って、手をグーにした猫ポーズも付ける。
ほら、笑うとこだぞ。
「……」
「…蓮?」
「………」
俺を見つめたまま、微動だにしない蓮。
俺、スベったのか?
…恥ずっ…。
顔が熱くなる。
後輩の前で猫耳つけてスベんのは、かなり痛ぇ。
助けてくれ、誰か。
羞恥に燃える顔を伏せ、この空気をどうしてやろうかと考えていると、急に腰を引き寄せられた。
そして、ふわりと抱きしめられる。
は?
「………何してんだ?」
「…」
「おい」
「……伊織さん、かわいすぎる…」
絞り出したような声。
ぎゅううっと、腕の力が強まる。
…これがコイツなりの、俺のボケに対するフォローか?
「………どーも。とりあえず、放せ」
正しい対応が全く分かんねぇ。
ぐっ、と腕で蓮の体を押し返すが、びくともしねぇ。
苦しい。
「蓮、こんなとこで、目立つからやめろ」
「うん、そうだね。赤くなったほっぺも、濡れてる毛先も、黒の猫耳も、恥ずかしそうな声も、不服そうな目も、全部、全部、本当にかわいい。誰にも見せたくないくらい、すごくかわいい…すごく、すごく…」
俺の肩口に顔を埋めたまま、なんかブツブツ言ってる。
くすぐってぇ。
「何?呪文?お前、大丈夫か?」
会話が噛み合ってねぇことだけは分かる。
それより、こんな人通りの多い往来で、猫耳の男と、ターキーレッグシャツのイケメンが抱き合ってて、さっきから通行人の視線が痛い。
早急にやめろ、頼む。
「とにかく放せ。写真撮るんだろ」
「うん…」
蓮が顔を上げて、やっと目が合う。
ずっと顔を伏せていたせいか、頬は赤くなってるし、目は少し潤んでいて、なんだか憂いを帯びているように見える。
いつ見ても綺麗すぎる顔だ。
猫耳も、こういう奴に着けられた方が本望だろうな。
「ねえ伊織さん…、もう一回、ニャンって言って…?」
「っ、お前、いい加減にしろ!」
「う゛ッ!」
金髪の頭に手刀打ちをかまして、やっとカメラを構える余裕ができる。
写真撮るだけでこんなに疲れることってあるかよ?
はぁ。
俺たちがいた場所は、他にも写真を撮りたい人がちらほらいて、邪魔にならないよう、すぐに数枚撮って退散した。
蓮は、足りないだの、もっと他のポーズがいいだの、色々言っていたが無視する。
うるせぇ、そろそろ集合の時間だ。
明日香さんが言っていた、「1番大きいジェットコースター」へ向かうと、すでに俺たち以外は揃っていた。
「「「その服、何!?」」」
登場するなり、蓮のターキーレッグシャツが話題の的になる。
主に女性陣と圭太が笑っている。
いや、マキさんも笑ってる。慈愛に満ちた笑顔で。
「伊織さんが、似合うって勧めてくれました!」
「いおにゃん、こんな純粋な後輩を騙して…。悪い先輩ね」
「レンレンは何着てもカッコいいけど、嫌な時は『嫌だ』って言っていいんだからね?」
「私はこの服好みです!すごくいいと思いますよ。あー、私も彼氏とペアで買ってこうかな~」
「美味しそうで良いと思うよ、蓮くん」
「蓮、あとでターキーレッグ食べよう!そんで、両手に肉持って写真撮ろう!」
蓮を中心にしながら、ぞろぞろとコースターの待機列に進む中、俺の横にやってきた、ピンク頭。
千冬だ。
「……」
「?」
てっきり用があるのかと思ったが、横にぴったりくっついているだけで、何も話さねぇ。
なんだ?
まあいいかと流そうとして、ふと気付く。
「…千冬、お前、もしかしてジェットコースターダメなのか?」
「え?」
「高いところ苦手なんだろ?」
なんで隠したがるのかは分かんねぇが、昨日、展望台で怖がっていた千冬を思い出す。
そういえば昼飯の後解散した時も、俺に何か言いたそうだったよな。
あれは、コイツなりのヘルプだったのか…?
仕方ねぇ。
後輩のために一肌脱いでやるか。
「僕、ジェットコースターは別にだいじょ…」
「なぁ、俺、ちょっと頭痛ぇから休んでるわ。皆んな行ってきて」
蓮を中心に盛り上がっている他のメンバーに声をかける。
「え、そうなの?大丈夫、伊織?」
「朝も頭痛薬飲んでたもんね。大丈夫?」
「伊織さん具合悪いの!?」
「ちょっと疲れただけ。大丈夫。千冬が付き添ってくれるらしいから」
「え」
「そう?じゃあ私たちだけで行ってくるね?」
「ああ、下で待ってんな」
ヒラっと手を振って、千冬の頭をポンポンと叩きながら「頼むな、千冬」と声をかける。
「…はい。…行きましょう、か」
若干ぎこちなくそう言うと、千冬が列を抜け、俺もそれに続く。
少し歩いたところで、千冬が俺を振り返った。
「……伊織先輩」
「何だよ?」
「あの…、僕のために、嘘ついてくれたんですよね?」
「余計なお世話だったか?」
「いえ!……嬉しい、です」
俺の推測は合っていたらしい。
良かった。
千冬はほんのり頬を赤らめて、儚げに視線を落とす。
「あの……、少しだけ、手、繋いでも、いいですか」
自分の服の裾を強く握り込んでいる千冬。
やっぱ怖かったんだな、コイツ。
「いーけど。それで落ち着くならな。ほら、」
手のひらを差し出すと、千冬はゴクリと小さく喉を鳴らして、そっと俺の手に触れる。
そのまま、ゆっくり指先を滑らせると、指を絡めて、きゅっ、と握り込んだ。
「はぁ…」
千冬が、切なげにため息をつく。
千冬の手は、今日は、昨日みたいに冷たくない。
むしろ少し熱く感じるくれぇだ。
「…攫っちゃいたい、な…」
ボソリと、何かを呟いた。
痛い、って聞こえた気がする。
「どっか痛ぇの?大丈夫か?」
心配して尋ねると、困ったように眉を下げながら、かわいらしく微笑んだ。
「伊織先輩は、ずるいです」
「は?」
握る手を持ち上げて、俺の手の甲を、千冬の頬にあてる。
首を傾げる仕草までついて、何とも愛らしいし、頬はすべすべだ。
本当に男だよな、こいつ?
「…今だけは、僕だけの、伊織先輩です」
「…はぁ…?」
ふふっと笑って、手を戻す。
「なんでもないです。皆んなが戻るまで、どこか見に行きましょうか?」
「ああ、そうだな。俺あんま詳しくねぇんだけど、千冬は行きてぇとこねぇの?」
「僕が行きたいところですか?」
「おう」
「あ、あります!」
「じゃあ行こうぜ」
「…ふふ」
「何笑ってんだよ」
「なんか、楽しくて。こっちです!」
千冬に手を引かれて歩き出す。
無邪気にはしゃぐ千冬は、今まで見た中で1番ガキっぽかった。
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