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教育実習2週目
誰といたんですか
しおりを挟む千冬とやってきたのは、駅ビルのレディース系のアパレルショップが並ぶフロア。
駅ビルで買い物することはあっても、このフロアだけは立ち入ったことがねぇ。
休日ということもあって、どこもそれなりに客が入っている。当たり前だが女性ばかり。
「…千冬がいて良かったわ」
「っ、ほ、本当ですよ!僕の捨て身の献身、しっかり感謝してくださいよ!」
「うん、ありがとな」
千冬の頭をポンポンと撫でる。
今度なんか奢ってやらねぇとな。ちょっといい飯とか。
「…それで、伊織先輩はどんな服がいいんですか?」
「え?」
「スカートは必須だって、弟達から聞いてますけど」
「…」
たしか、「女子大生のデート服」とか言われた気がするけど、そんなの分かんねぇしな…。
「千冬が適当に選んでくれねぇ?」
「僕がですか?」
「恋人に、デートで着てほしい感じのやつ」
「こっ……」
「千冬の好みでいいからよ」
「…………何着ても、かわいいですけど…」
「ん?何?」
「いいえ」
「あ、スカートは長い方がいい」
「はぁ…、分かりました」
ディスプレイを眺めながら店を選び始める千冬。
マスクとキャップで表情はあまり分からないけど、なんか少しクールな印象を受ける。俺より数センチ高いだけの背中も、妙に大人っぽい。
身につけてるものが黒ばっかだからか?
「ここに入りましょう」
「おう」
千冬に言われるがまま店に入り、千冬の後をついていく。
店内に並ぶ服は、可愛らしいけど少し大人っぽい雰囲気。
へぇ、千冬は、こういう感じが好きなのか。
圭太のメイド服好きと比べるとだいぶ健全だな。
「これはどうかな…いや、こっち…?」
服を手に取っては、俺と見比べて、優しく目を細める。
これこそデートみてぇ。
いや、デートって、知らねぇけど。
「伊織先輩、このマーメイドワンピースはどうですか?胸元に大きめフリルが付いてて女の子らしいですし、スカートは長いですし、それに…」
「あー、それでいいわ。じゃ、買ってくる」
「ちょっと!だめです!ちゃんと試着してください」
「はぁ?」
「サイズ合わなかったらどうするんですか!ほら、行きますよ」
「……へい」
千冬に背中を押され、試着室の前に来る。店の奥まった場所に、4部屋。2部屋ずつ向かい合うように並んでいる。
向かいの2部屋は使用中のようで、カーテンが閉じていた。
「僕はここで待ってますから、着れたら見せてください」
「え、何で」
「………」
「…はい、そうします」
千冬の無言の圧力に負けて、早々に引き下がる。
向かいの部屋から人が出てくる前に、カーテンを閉めた。
…狭ぇな、この部屋。
ワンピースの背中のファスナーを全開にして、足を入れ、持ち上げて袖を通す。
「…ちょっと、キツ…い、か…?」
腰下からファスナーを引き上げていくと、尻周りの布がキュッと締め付けられる。
このワンピース、足元の方はヒラヒラしてんのに、膝上はやたらタイトだ。
ぴったりしたウエスト部分を超えると、そろそろ手が届かなくなる。
カーテンを少し開け、向かいの試着室に動きがないのを確認しつつ、部屋の前でスマホをいじってる千冬を呼ぶ。
「千冬、」
「!はい」
「背中、届かねぇ。やってくれねぇか」
「え」
カーテンを半分ほど開けて、千冬に背中を向けた時、試着室の入り口から声が聞こえた。
「ねぇ、あれって、フユかな?」
「え!似てるかも」
「っっ!」
「ちょ、おいっ」
声に反応した千冬が、慌てて俺を押し込み、自分も試着室に飛び込む。
片手で手早くカーテンを閉めると、俺は鏡に両手をついた状態で後ろから押し付けられ、口は千冬の手で塞がれた。
「んんっ!」
「シー!」
マスクをずらし、口元に人差し指を当てる千冬と、鏡越しに目が合う。
飛び込んだ時にキャップは外れたらしく、ピンクの前髪は少し乱れていた。
俺の口は塞いだまま、俺に覆い被さるようにして、千冬も鏡に手をつく。
千冬の、ほのかに甘い柔らかい匂いに包まれる。
こんな風にされてしまうと、身動きとりようが無いじゃねぇか。
「ごめんなさい。バンドの僕を、知ってるが子いたみたいで、つい…」
「んっ…、」
耳元で囁かれ、思わず体が跳ねた。
くすぐったさから逃れるように、顔を背けると、鏡に映った俺の首元を見て、千冬が目を見開いた。
少しの沈黙の後。
「……伊織、先輩…」
微かに震えた声が、俺を呼んだ。
鏡越しに千冬を見ると、俯いたまま、口を開いたり、閉じたり。
何か言おうとしては、止めて。
そして、鏡に映る綺麗な瞳が、暗く揺れた。
「……昨日の夜、……誰と、いたんですか…?」
小さな声は、やはり震えていて、消えてしまいそうなほど弱々しい。
「……」
尋ねる割に、千冬は俺の口を塞いだままで、何も答えられない。
でも、「昨日の夜」と言われ、首筋と唇に与えられたマキさんの熱を、体が勝手に思い出す。
体温が上がり、顔が赤くなるのが分かる。
そんな俺を、千冬は鏡越しに見て、長いまつ毛を伏せた。
衣服がはだけたままの俺の肩に、額を当て、背中のファスナーに指をかける。
「先輩の部屋…、アホみたいな量の、お酒の空き缶がありましたね」
「…っ、」
小さな小さな声が、言ってはいけないことを確認するかのように、静かに語る。
ジジジ、と、ゆっくりファスナーが下ろされていく。
背中に触れる指先が、冷たくて、微かに震えていて、くすぐったい。
身体がビクッと反応して、少し弓反りになる。
「伊織先輩が好きなレモンサワーと、」
1番下までファスナーが降りると、肩からワンピースが滑り、背中が大きく晒された。
「ノンアルコールの、ハイボール。」
「……んっ、」
千冬の手が、背中から衣服の中に忍び込む。
ウエストの形を確かめるように、腰、脇腹、腹、とゆっくり触れていく。
冷たい指先に、肌が粟立つ。
「誰が……」
「…っ、」
千冬の手はそのまま、腹からゆっくり上へ。
臍、鳩尾、胸の間を通り、俺の首筋を優しく撫でた。
「…教えて…ください…、」
「…ふッ、ン…!」
そして、マキさんに吸われた箇所を、何かを擦り取るように親指の腹で強くなぞられ、思わず声が出てしまう。
ゾワゾワする感覚を逃したくて、鏡に頭を付け、身を捩る。
千冬は動きを止めると、俺の体を弄った手を力なく下ろした。
「……伊織先輩は、その人のこと……好き、なんですか…」
縋るような、泣き出しそうな声だった。
鏡越しに千冬を見ると、目には薄く涙が浮かび、可愛らしく整った顔は、苦しげに歪んでいた。
その時、珍しく勘の冴えていた俺は、直感した。
千冬、もしかして……。
……マキさんのこと、好きなのか……?
口を塞いでいる千冬の手を、そっと引き離す。
「…違う」
「…っ、」
鏡の中の泣き出しそうな顔の千冬と目が合う。
「お前の思ってるような関係は、何もないから」
「!」
可愛らしい丸い目が、パッと見開かれる。
「だから、なんか、その……」
「……はい」
言葉を探し、言い淀む俺に、小さな返事。
それから、俺の後ろに隠れて、ふふ、と笑う声が聞こえた。
「取り乱して、ごめんなさい」
「え?ああ、いや…」
「外の子たち、もう行ったみたいですね」
「そう…だな」
「よし、じゃあ、チャック上げますよ。えいっ」
「えっ、うぐッ」
一気に背中のファスナーが引き上げられ、体が締め付けられる。
先ほどまでの暗さは消え、背後から、イタズラっぽい笑顔の千冬が顔を出した。
「うん、大人の女性って感じですね」
「ぐ…、苦し…」
「でもちょっと…」
「っひゃ!」
千冬の綺麗な指が、俺の腰を掴む。
「体のライン、出過ぎ。やっぱ、ダメです」
「え…?」
耳元に唇が触れそうなほどの距離で、囁かれる。
「こんな格好、他の人に見せないでください」
「…ッ」
サッとファスナーが引き下げられ、千冬がカーテンに手をかける。
「他の服、探してきますね」
「お、おう…。着替えたら俺もいく」
「はい」
可愛らしくニコリと微笑むと、周りを確認して、サッと試着室を出て行く。
一人残された小さな部屋の中で、ため息をつく。
……そうか…。
まさか千冬がそんなにマキさんを好きだったとは、知らなかった。
マキさんも、俺なんかじゃなくて、早く千冬の気持ちに気づいてやればいいのにな…。
ワンピースを脱ぎ、元の服に着替えると、俺はややぼうっとした頭でカーテンを開けた。
──シャッ
「え」
「あ」
向かいの試着室から現れたのは、見知った顔。
「え、いおにゃん…」
「彩葉!?」
「彩葉先輩ー、どうでした?…あ、」
「彩葉、こっちの色もいいんじゃない?…え」
海未、明日香さんにも、遭遇する。
「「「「………」」」」
「伊織先輩っ!………あ」
さらにそこに戻ってきた、間の悪い千冬。
「二人で、何してんの…?」
「いおにゃん、まさか、その手に持ってるワンピース……」
「ちょ、千冬、その格好は…!?」
「「………」」
……逃げ出してぇ。
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