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2 領主の屋敷
しおりを挟むその家は大変大きな屋敷だった。手入れは行き届いてはいないが、元は大層美しい庭だったに違いない。
領主の家だという、その屋敷の玄関で、ドアノックを何度か叩いた。
「はい。どちら様ですか。」
若い女性の声がして、そっとドアが開かれた。姿も顔も確認できないが、人がいることだけはわかる程度の細い隙間から、見つめられているのがわかったので、
「私は旅の者です。領主様に取り次ぎを願いたい。紹介状はここに。」
と、口上を述べた。
女性は手紙を受け取ると、どうやら、扉の向こうで手紙を開いているようだ。カサという音が聞こえた。
「確認しました。どうぞお入りになってください。」
ドアが開かれ、中に案内される。やはり中も手入れは行き届いていないようだ。
「こちらでお待ちください。」
通されたのは、掃除がされていない応接室。
この大きな屋敷に、掃除をする人もいないことは、えらく不釣り合いに思えたが、やはりここも、瘴気の影響で病人が多いのだろうと思った。
ややあってから、先ほどの女性が慣れない手つきでお茶を運んでくる。危なっかしくて、思わず手を出して、手伝ってしまった。
「ありがとうございます。人手が足りていなくて。」
「そうでしょうね。」
「え?」
「町の現状の話を見たらわかります。ああ、警戒しないで。言い方が良くなかった。謝ります。それで、領主様とはいつごろ会えますか?」
「申し訳ありませんが、伏せっております。」
予想していないわけではなかった。だが、今この状況では、話せないことには前に勧めない。
「困ったな……。」
「ご用件は私が伺います。」
「あ、いや、娘さんと話すことでは……、どうか、ほんの少しでも会えませんか?そうだ、私は薬の知識があるので、病状を診させていただいても?」
「薬師様なのですか?」
「はい。この町へ来てから名乗ってはいませんが、その……あまりに患者が多いようなので、手持ちの薬では足りないと思いました。それで、上の人に協力を仰ぐしかないだろうと思ったのです。」
「まあ、そういうことでしたか。」
女性の警戒が緩んだようで、笑顔が溢れた。
「ですが、父も母ももう、話せる状態ではないのです。」
「お嬢様だったのですね。失礼いたしました。とりあえず、診させてください。」
強く言うと、お嬢様は困った様子だったが、渋々といった感じで案内をしてくれた。
なるほど。明らかに瘴気に蝕まれている。肌は浅黒く変色し、体にモヤがかかっていた。看病の手間を減らすためだろうか、領主夫婦と思われる男性と女性が並んで、広いベッドに横たわっていた。
「お嬢様。治療をいたしますので、部屋から出てもらえますか。」
「知らない人と病人だけにするなんてできません。それに、私は手伝えます。」
困ったな。と思った。セインは、まだ知られたくない力を隠していたからだ。
ふと思いついて、
「なら、手伝ってもらいましょう。まず体を拭きましょう。お湯を沸かしてきてください。」
「え、でも……。」
「一緒に行きますか?そうだ。ついでに薬湯を作りましょう。さあ、キッチンは何処です?」
キッチンも、それはもう散らかっていた。どうにか、急須や鍋をみつけて、湯を沸かした。持っていた乳鉢で薬草を潰し、薬湯を作る。その際、お嬢様に見えないように、光魔法を練り込んだ。
体を拭くための湯にも湯加減を確かめる振りをして、光魔法を練り込む。
これで、いくらか、瘴気を払えるだろう。とにかく、話せるだけ回復してくれれば良いのだ。そうすれば、この土地からの退去を提案できて、移住が済めば、自然に良くなるはずだから。
体を拭き薬湯を飲ませると、やはり、2人共、いくらか良くなったようだ。自分の力で上半身を起こしている。
「ありがとうございます。ずいぶん楽になりました。」
2人は泣いてお礼を述べてくれた。
お嬢様は驚き、目をキラキラさせて、
「お父さまお母さま、私、もう独りぼっちになってしまうのかと。」
と、涙を流した。
「すまないな、ラナ。」
「ごめんなさいね、ラナ。」
3人は抱き合って喜んでいる。
時間をあげたいところだが、一刻も早くここを離れた方が良いので、話をさせて欲しいと、お嬢様に退出を促した。
「ああ、そうでした。そうですわね。じゃあ、お父様。私、少し出てくるわね。薬師様と良く話して頂戴。」
「待って、何処へ?」
何処かへ行こうとするお嬢様を引き止めて尋ねると、
「町には病人が沢山おりますの。でも、父も母も倒れてしまって、最近は行けていなかったから……。でも、もう薬師様が居てくださるから大丈夫ね。町の人達を少しでも助けてあげないと。」
「ちょっと待ってください。あなた、熱があるでしょう?」
「え……大丈夫ですわ。」
「いいえ。この屋敷にあなたしかいなかったから、仕方なかったとはいえ、休まなくてはいけません。さあ、これを飲んで、休んでください。町の人達を助けたいと思うのなら、まずあなたが元気でなくては。病人に世話をされたって病人は喜びません。あなたが倒れてしまっては元も子もありませんからね。休みなさい。」
そう言って、熱冷ましの薬と軽い眠り薬を渡して、隣の部屋に寝かせた。薬が良く効いたようで、お嬢様はすぐに寝息を立て始めた。疲れもあったのだろう。ひとりで良く頑張ったものだ、とセインは思った。
領主の寝るベッドの部屋に戻り、2人に改めて挨拶をした。
「私は旅の薬師のセインと申します。」
「この町の領主夫婦です。このような格好で申し訳ない。」
「それは病人なのですからお気になさらないでください。それよりも、この町の現状についてお聞かせ願いたい。」
「はい。と言っても、私達もよくわからないのです。」
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