風の吹く街

彩柚月

文字の大きさ
2 / 7

2 領主の屋敷

しおりを挟む

 その家は大変大きな屋敷だった。手入れは行き届いてはいないが、元は大層美しい庭だったに違いない。

 領主の家だという、その屋敷の玄関で、ドアノックを何度か叩いた。

 「はい。どちら様ですか。」
 若い女性の声がして、そっとドアが開かれた。姿も顔も確認できないが、人がいることだけはわかる程度の細い隙間から、見つめられているのがわかったので、
 「私は旅の者です。領主様に取り次ぎを願いたい。紹介状はここに。」
 と、口上を述べた。

 女性は手紙を受け取ると、どうやら、扉の向こうで手紙を開いているようだ。カサという音が聞こえた。

 「確認しました。どうぞお入りになってください。」

 ドアが開かれ、中に案内される。やはり中も手入れは行き届いていないようだ。

 「こちらでお待ちください。」
 通されたのは、掃除がされていない応接室。
 この大きな屋敷に、掃除をする人もいないことは、えらく不釣り合いに思えたが、やはりここも、瘴気の影響で病人が多いのだろうと思った。

 ややあってから、先ほどの女性が慣れない手つきでお茶を運んでくる。危なっかしくて、思わず手を出して、手伝ってしまった。
 
 「ありがとうございます。人手が足りていなくて。」
 「そうでしょうね。」
 「え?」
 「町の現状の話を見たらわかります。ああ、警戒しないで。言い方が良くなかった。謝ります。それで、領主様とはいつごろ会えますか?」
 
 「申し訳ありませんが、伏せっております。」

 予想していないわけではなかった。だが、今この状況では、話せないことには前に勧めない。
 「困ったな……。」
 「ご用件は私が伺います。」
 「あ、いや、娘さんと話すことでは……、どうか、ほんの少しでも会えませんか?そうだ、私は薬の知識があるので、病状を診させていただいても?」

 「薬師様なのですか?」
 「はい。この町へ来てから名乗ってはいませんが、その……あまりに患者が多いようなので、手持ちの薬では足りないと思いました。それで、上の人に協力を仰ぐしかないだろうと思ったのです。」
 「まあ、そういうことでしたか。」
 女性の警戒が緩んだようで、笑顔が溢れた。

 「ですが、父も母ももう、話せる状態ではないのです。」
 「お嬢様だったのですね。失礼いたしました。とりあえず、診させてください。」

 強く言うと、お嬢様は困った様子だったが、渋々といった感じで案内をしてくれた。

 なるほど。明らかに瘴気に蝕まれている。肌は浅黒く変色し、体にモヤがかかっていた。看病の手間を減らすためだろうか、領主夫婦と思われる男性と女性が並んで、広いベッドに横たわっていた。

 「お嬢様。治療をいたしますので、部屋から出てもらえますか。」
 「知らない人と病人だけにするなんてできません。それに、私は手伝えます。」

 困ったな。と思った。セインは、まだ知られたくない力を隠していたからだ。

 ふと思いついて、
 「なら、手伝ってもらいましょう。まず体を拭きましょう。お湯を沸かしてきてください。」

 「え、でも……。」
 「一緒に行きますか?そうだ。ついでに薬湯を作りましょう。さあ、キッチンは何処です?」
 
 キッチンも、それはもう散らかっていた。どうにか、急須や鍋をみつけて、湯を沸かした。持っていた乳鉢で薬草を潰し、薬湯を作る。その際、お嬢様に見えないように、光魔法を練り込んだ。

 体を拭くための湯にも湯加減を確かめる振りをして、光魔法を練り込む。

 これで、いくらか、瘴気を払えるだろう。とにかく、話せるだけ回復してくれれば良いのだ。そうすれば、この土地からの退去を提案できて、移住が済めば、自然に良くなるはずだから。

 体を拭き薬湯を飲ませると、やはり、2人共、いくらか良くなったようだ。自分の力で上半身を起こしている。

 「ありがとうございます。ずいぶん楽になりました。」
 2人は泣いてお礼を述べてくれた。

 お嬢様は驚き、目をキラキラさせて、
 「お父さまお母さま、私、もう独りぼっちになってしまうのかと。」
 と、涙を流した。

 「すまないな、ラナ。」
 「ごめんなさいね、ラナ。」
 3人は抱き合って喜んでいる。

 時間をあげたいところだが、一刻も早くここを離れた方が良いので、話をさせて欲しいと、お嬢様に退出を促した。

 「ああ、そうでした。そうですわね。じゃあ、お父様。私、少し出てくるわね。薬師様と良く話して頂戴。」
 「待って、何処へ?」
 何処かへ行こうとするお嬢様を引き止めて尋ねると、
 「町には病人が沢山おりますの。でも、父も母も倒れてしまって、最近は行けていなかったから……。でも、もう薬師様が居てくださるから大丈夫ね。町の人達を少しでも助けてあげないと。」

 「ちょっと待ってください。あなた、熱があるでしょう?」
 「え……大丈夫ですわ。」
 「いいえ。この屋敷にあなたしかいなかったから、仕方なかったとはいえ、休まなくてはいけません。さあ、これを飲んで、休んでください。町の人達を助けたいと思うのなら、まずあなたが元気でなくては。病人に世話をされたって病人は喜びません。あなたが倒れてしまっては元も子もありませんからね。休みなさい。」

 そう言って、熱冷ましの薬と軽い眠り薬を渡して、隣の部屋に寝かせた。薬が良く効いたようで、お嬢様はすぐに寝息を立て始めた。疲れもあったのだろう。ひとりで良く頑張ったものだ、とセインは思った。

 領主の寝るベッドの部屋に戻り、2人に改めて挨拶をした。

 「私は旅の薬師のセインと申します。」
 「この町の領主夫婦です。このような格好で申し訳ない。」
 「それは病人なのですからお気になさらないでください。それよりも、この町の現状についてお聞かせ願いたい。」
 「はい。と言っても、私達もよくわからないのです。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

行き遅れ令嬢の再婚相手は、ダンディな騎士団長 ~息子イケメンの禁断の守護愛~

柴田はつみ
恋愛
貧乏貴族の行き遅れ令嬢リアナは、28歳で社交を苦手とする大人しい性格ゆえに、結婚を諦めかけていた。 そんな彼女に王宮から政略結婚の命令が下る。再婚相手は、妻を亡くしたダンディな騎士団長ギルバート。 クールで頼れる40代のイケメンだが、リアナは「便利な道具として選ばれただけ」と誤解し、切ない想いを抱く。 さらに、ギルバートの息子で爽やかイケメンのエリオット(21歳)が義理の息子となる。

それは立派な『不正行為』だ!

恋愛
宮廷治癒師を目指すオリビア・ガーディナー。宮廷騎士団を目指す幼馴染ノエル・スコフィールドと試験前に少々ナーバスな気分になっていたところに、男たちに囲まれたエミリー・ハイドがやってくる。多人数をあっという間に治す治癒能力を持っている彼女を男たちは褒めたたえるが、オリビアは複雑な気分で……。 ※小説家になろう、pixiv、カクヨムにも同じものを投稿しています。

目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。 卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。 理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。 …と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。 全二話で完結します、予約投稿済み

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

だから言いましたでしょ

王水
恋愛
それまでと違い、華やかな世界に、素敵な男性たちに囲まれ、少女は勘違いをした。

処理中です...