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回廊を抜けて、奥まった扉から外へ出ると森があった。
「……ここもアシュレイの持ち物?」
「そうだね。けれどここは君が1人で入っちゃいけない」
「どうして?」
「ここは兄のもの……マース・アシュレイの場所だから」
「…わかったわ」
頷いて、小道の先を行くクリスに従う。
ハイヒールでは確実に無理ね。
下草を踏み越え、這い回る根を渡り、ちらちらする陽射しに目を細めながら、小さな空き地にたどり着く。
「ここに?」
「そうだよ」
尋ねて再び目の前の建物に目を向ける。
テラスと深緑の屋根。木製の小屋は『アシュレイ家の光』が住んでいるにしてはあまりにもみすぼらしい。豪華な調度、煌めくシャンデリア、並ぶ著名な作家の絵画などを予想していたマリアは戸惑う。
「見かけとは違う。冷暖房完備、セキュリティも万全」
「セキュリティ?」
「…芽理は数年前、『不死研究』が神への冒涜だと考える奴らに襲われたんだ」
顔から血の気が引くのがわかった。
当然考えてもいいはずだ。
マリアでさえ、不老不死の研究をうさんくさく思う一方で、失った家族の復活をちらりと考えてしまった。
もっと切実に願い、もっと強く拒否する人々は一杯いるだろう。
「…表舞台に彼女が出なくなったのは」
「……一番始めの脅迫は10年ほど前になるよ」
それでも芽理は退かなかったんだ。
低く呟くクリスの背中が固く強張っている。
小屋に近づくにつれて、足取りは重く、肩は下がり、さっきまでの覇気が見る見る失せていく。
マリアも緊張してきた。
これは全く違う。
服や化粧や、そういう段階の心配ではない。
後ろを振り返った。
既にかなり森の奥深くに入り込んでいる。マリアから見れば、アシュレイ家の奥、しかもこんな森の中にどうやって侵入するのかと言うところだけれど、それでも安全ではなかったから、クリスがこんなに警戒し、恐れているのだろう。
小屋に近づくとクリスはポケットから小さなプレートを出して指を滑らせた。マリアの問いを察したのだろう、小さな声で教えてくれた。
「…警報器の解除」
「いつも?」
「いつも」
クリスが苦く笑う。ポケットに戻して先に立ち、歩き出すといきなり小屋の戸が開け放たれた。
「芽理!」
「大丈夫よ。クリス、いらっしゃい!」
家の中から響いた声に振り返りもせず言い返し、1人の女性が走り出してくる。
「芽理! 駄目だよ、僕達が入るまで待ってって言ってるだろう!」
慌てた様子でクリスも駆け寄る。
「大丈夫、梨々香、慎、クリスおじちゃまですよ!」
女性の後ろからころころと飛び出してくる小さな子ども2人、そしてその後ろからのっそりと姿を見せた黒づくめの男にぎょっとした。
魔王降臨。
「…彼女か」
冷ややかな声に思わずクリスを追っていた脚を止めた。
マース・アシュレイ。
アシュレイ家の前当主。黒髪に灰白色が混じり始め、がっしりとした体を黒スーツで包み、色がほとんどないような瞳は無表情にマリアを眺める。
「睨まないの、マース!」
「でも、芽理」
あら、兄弟だわ。
思わず感心したのは、芽理に叱られて一瞬口を尖らせかけた幼い表情がクリスそっくりだから。
逆ね、クリスがマースそっくり。
ううん、違う、2人が同じ血の持ち主だって言うことよね。
「マリアね。良かった、すぐに来れて!」
近寄ってきた芽理・アシュレイに改めて竦んでしまった。
銀髪。
顔はそれほど老いて見えないのに。
「クリスがごちゃごちゃ言うから、連れてきてくれないのかと心配した」
にこやかに笑って見上げてくる顔から目が離せない。
どうしてなの? カラーリング? でもこの銀髪は、母親に混じり出したものと同じ色。
「…何か言いたげね」
「あの…」
「とにかく入って。出ないと、うちの魔王が爆発しそう」
ちらっとマースを見やって囁かれ、マリアは思わず微笑んだ。
小屋が小さく見えたのは、周囲の樹々が巨大だったからだとわかった。中には幾つも部屋があり、居間だけでもかなりの広さだ。
「すぐにお茶をいれるわ。カモミール、ダージリン、ミント、ローズヒップ、それともコーヒーがいい?」
「ローズヒップを」
「了解。居間で待ってて」
「あの」
「え?」
「お手伝いしても?」
そっと尋ねる。ついつい、銀色に輝き編み上げてまとまっている髪に目をやってしまう。スパイには本当に向いていない。
「…ええいいわ。スティングレイ財団はそれほど心配しているの?」
思わず相手を見た。
そうだった。この人は大人しく可愛いらしく守られているお姫様ではなかった。
『不死研究』というとんでもないものを商品として、マース・アシュレイとともに世界の諸機関と渡り合い、企業として成り立たせてきた人。
絶対無二のクイーン。
「…心配しています」
背後の2人を気にしながら答えた。
隠せる気がしない。
口にしたことから全て読み取られてしまいそう。
「マースがデータを渡していないの?」
本当にいろいろお見通しらしい。
「滞っています。だから」
この先の研究はあなた方なしで、私が持ち帰るはずのクリスの子種で進めようなんてひどいことまで考えています。
さすがにそこまでは言えなかった。
「だから?」
「……様子を見てくるように、と」
「で?」
「……お尋ねしてもいいでしょうか」
「どうぞ」
質問をわかっているように芽理はマリアに向き直った。
蒸らし始めたロースヒップの甘酸っぱい香りが広がる。陽射し溢れるキッチンで、芽理の銀髪が王冠のように光り輝く。
「不老不死は存在しますか?」
「……ここもアシュレイの持ち物?」
「そうだね。けれどここは君が1人で入っちゃいけない」
「どうして?」
「ここは兄のもの……マース・アシュレイの場所だから」
「…わかったわ」
頷いて、小道の先を行くクリスに従う。
ハイヒールでは確実に無理ね。
下草を踏み越え、這い回る根を渡り、ちらちらする陽射しに目を細めながら、小さな空き地にたどり着く。
「ここに?」
「そうだよ」
尋ねて再び目の前の建物に目を向ける。
テラスと深緑の屋根。木製の小屋は『アシュレイ家の光』が住んでいるにしてはあまりにもみすぼらしい。豪華な調度、煌めくシャンデリア、並ぶ著名な作家の絵画などを予想していたマリアは戸惑う。
「見かけとは違う。冷暖房完備、セキュリティも万全」
「セキュリティ?」
「…芽理は数年前、『不死研究』が神への冒涜だと考える奴らに襲われたんだ」
顔から血の気が引くのがわかった。
当然考えてもいいはずだ。
マリアでさえ、不老不死の研究をうさんくさく思う一方で、失った家族の復活をちらりと考えてしまった。
もっと切実に願い、もっと強く拒否する人々は一杯いるだろう。
「…表舞台に彼女が出なくなったのは」
「……一番始めの脅迫は10年ほど前になるよ」
それでも芽理は退かなかったんだ。
低く呟くクリスの背中が固く強張っている。
小屋に近づくにつれて、足取りは重く、肩は下がり、さっきまでの覇気が見る見る失せていく。
マリアも緊張してきた。
これは全く違う。
服や化粧や、そういう段階の心配ではない。
後ろを振り返った。
既にかなり森の奥深くに入り込んでいる。マリアから見れば、アシュレイ家の奥、しかもこんな森の中にどうやって侵入するのかと言うところだけれど、それでも安全ではなかったから、クリスがこんなに警戒し、恐れているのだろう。
小屋に近づくとクリスはポケットから小さなプレートを出して指を滑らせた。マリアの問いを察したのだろう、小さな声で教えてくれた。
「…警報器の解除」
「いつも?」
「いつも」
クリスが苦く笑う。ポケットに戻して先に立ち、歩き出すといきなり小屋の戸が開け放たれた。
「芽理!」
「大丈夫よ。クリス、いらっしゃい!」
家の中から響いた声に振り返りもせず言い返し、1人の女性が走り出してくる。
「芽理! 駄目だよ、僕達が入るまで待ってって言ってるだろう!」
慌てた様子でクリスも駆け寄る。
「大丈夫、梨々香、慎、クリスおじちゃまですよ!」
女性の後ろからころころと飛び出してくる小さな子ども2人、そしてその後ろからのっそりと姿を見せた黒づくめの男にぎょっとした。
魔王降臨。
「…彼女か」
冷ややかな声に思わずクリスを追っていた脚を止めた。
マース・アシュレイ。
アシュレイ家の前当主。黒髪に灰白色が混じり始め、がっしりとした体を黒スーツで包み、色がほとんどないような瞳は無表情にマリアを眺める。
「睨まないの、マース!」
「でも、芽理」
あら、兄弟だわ。
思わず感心したのは、芽理に叱られて一瞬口を尖らせかけた幼い表情がクリスそっくりだから。
逆ね、クリスがマースそっくり。
ううん、違う、2人が同じ血の持ち主だって言うことよね。
「マリアね。良かった、すぐに来れて!」
近寄ってきた芽理・アシュレイに改めて竦んでしまった。
銀髪。
顔はそれほど老いて見えないのに。
「クリスがごちゃごちゃ言うから、連れてきてくれないのかと心配した」
にこやかに笑って見上げてくる顔から目が離せない。
どうしてなの? カラーリング? でもこの銀髪は、母親に混じり出したものと同じ色。
「…何か言いたげね」
「あの…」
「とにかく入って。出ないと、うちの魔王が爆発しそう」
ちらっとマースを見やって囁かれ、マリアは思わず微笑んだ。
小屋が小さく見えたのは、周囲の樹々が巨大だったからだとわかった。中には幾つも部屋があり、居間だけでもかなりの広さだ。
「すぐにお茶をいれるわ。カモミール、ダージリン、ミント、ローズヒップ、それともコーヒーがいい?」
「ローズヒップを」
「了解。居間で待ってて」
「あの」
「え?」
「お手伝いしても?」
そっと尋ねる。ついつい、銀色に輝き編み上げてまとまっている髪に目をやってしまう。スパイには本当に向いていない。
「…ええいいわ。スティングレイ財団はそれほど心配しているの?」
思わず相手を見た。
そうだった。この人は大人しく可愛いらしく守られているお姫様ではなかった。
『不死研究』というとんでもないものを商品として、マース・アシュレイとともに世界の諸機関と渡り合い、企業として成り立たせてきた人。
絶対無二のクイーン。
「…心配しています」
背後の2人を気にしながら答えた。
隠せる気がしない。
口にしたことから全て読み取られてしまいそう。
「マースがデータを渡していないの?」
本当にいろいろお見通しらしい。
「滞っています。だから」
この先の研究はあなた方なしで、私が持ち帰るはずのクリスの子種で進めようなんてひどいことまで考えています。
さすがにそこまでは言えなかった。
「だから?」
「……様子を見てくるように、と」
「で?」
「……お尋ねしてもいいでしょうか」
「どうぞ」
質問をわかっているように芽理はマリアに向き直った。
蒸らし始めたロースヒップの甘酸っぱい香りが広がる。陽射し溢れるキッチンで、芽理の銀髪が王冠のように光り輝く。
「不老不死は存在しますか?」
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