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「君は俺に翼をくれた」
スティングレイ財団を、いやニア・スティングレイをくどき落として1ヶ月後、マリアはフラウ・ダリンド画廊に居た。
体が緊張に震えている。隣のクリスの声が遠く聞こえる。
「今度は俺が君に翼を上げよう」
「無理」
とうとうクリスのシャツの裾を掴んでしまう。
「あなたは知らないと思うけど」
マリアは上ずった声で囁く。
「ここで私は既に断られてるの」
「いつ?」
「大学に居るころ」
体が揺れている。震えが止まらない。
「今でも覚えてるわ、『あなたの絵には表現というものが見つかりません、マリア』」
一番始めは小さなスケッチだった。
風景を描き、その繊細さに才能を見いだしたと言われて道が開かれた。
ついで褒められたのは光だった。
人物に差し込む光が独特に明るいと評されて、大学の奨学金が出た。
才能があるのだと信じた。
才能があるのだと信じていた。
「クリス、あなた、買いかぶってるのよ」
画廊の主はまだ来ない。2人を待たせて、もう1時間はたつ。
そういう遣り口をマリアはよく知っている。待っている間、飾られた絵を見て気づけと言うのだ、人々が求めるものと自分のものとの落差に。気づいて捨てろと言うのだ、幻の期待を。
「私には才能がないの」
努力はした。生きるために、描くために。
「ほんとうに、何にもないの」
特別な色彩感覚があるわけではない。特殊な視点があるわけでもない。素晴しい技術や巧みな構成力を備えているわけでもない。
「ヒロールのように、チャンスをつかむことさえできない」
描けるだけではだめなのだ。
丁寧に積み上げるだけでは意味がないのだ。
それらを越えて、何かを表現できなければ、芸術にはならない。
「…マリア」
クリスが静かに囁いた。
「俺は君を数万人、いや数億人の中から見つけられるよ?」
「…ありがとう」
「それが個性というものじゃない?」
「個性じゃ、だめ」
ちゃんと伝えられなくちゃ、だめ。
視界が滲む。顔がほてる。
どうしてこんな所に居るのだろう、大事な人に無駄な時間を使わせてまで。
芽理とマースに力づけられて、描き溜めた絵を持ち込みはしたけれど、現実はこの通り、また苦くて辛い経験を重ねるだけ。それなら夢の中で暮らしていた方がいい。
「既にあるような表現に重ねられるようじゃだめ」
「違うよマリア」
クリスが首を振った。
静まり返った画廊にさらと髪の音が聴こえた。
「俺だから断言できる。少なくとも650年前から、ただの1人も、俺は同じ人間を見たことがないよ」
「……どういうこと?」
流れそうになった涙を必死に瞬き,クリスを見上げる。一瞬苦しそうに眉を潜めたクリスが、堪えかねたように額にキスをしてくれて、微笑んで続けた。
「こんなところで誘惑しないで」
「クリス、冗談は」
「マリア、君が怖がっているのは、表現することじゃない?」
「……どういうこと…?」
「君は俺を誘惑する、朝でも昼でも夜でも、バルディアでも、スティングレイ財団でも、今ここでも」
「そんな」
「俺は誘惑され続けている、我慢の閾値はずいぶん鍛えられたな」
視線を逸らせて、ほう、と悩ましげに吐息した。
「でも……もっと、欲しいんだ」
「……」
「忘れたの? もっと君が欲しい。もっと誘惑されたい。君の全てを俺は欲しい」
甘い睦言なのに、違うことばに聞こえた。
「クリス…」
思い出す。描き上げた絵をクリスに見せていた時、彼が尋ねたことを。
『マリア、わからないんだけど』
育ち始めた大好きな庭を描いた1枚、それを厳めしく不安そうに眺めてながら首を傾げる。
『なぜ君は、見ているままを描かないの?』
描いてるわ、と答えると、幾つか絵に指先を当て、
『君はここに鳥が止まっていたと言ったね?』
『ここには若芽が伸びてきていると嬉しそうだった』
『この下草は夕暮れになる黄金色に輝くんだと教えてくれたのに』
でも、それはおかしいでしょう?
マリアの反論になお訝しく眉を寄せた。
『何がおかしいんだ?』
でもだって、デッサンを始めたのは1週間以上前だし、あの鳥が止まっていた時にしなった枝は今は折れているし、この光景は真昼なのよ。
『でも、マリア、君は俺に教えたものを全部見てるんだろう?』
見つめられてぞくりとした。
『今もまだ、それを見ているよね?』
寒気が走ってからだが震える。
『どうい…こと……?』
『待ってて、奥様』
クリスは庭に出て、同じ光景をカメラで撮影し、見せてくれた。
『これが君が描いていると言った、今のこの庭の姿だよ』
衝撃と混乱。
『クリス…いえ、そんな、そんなはずがないわ』
だって、こんなに薄曇りの空のように重苦しくて狭い世界じゃない。
『こんなにつまらない世界じゃない?』
『ええもちろん! だって、ここはもっともっと、もっともっと、美しいわ!』
叫び返したマリアにクリスは微笑み、キスを仕掛けてきて戸惑った。
『あのね、マリア』
いい加減気づかなくちゃ。
『何を?』
『君がどれほど、この世界を愛してるのか』
『愛して…?』
『君が見る世界には飛び去った鳥も、折れて再び伸び始めた枝も、黄金色に輝く下草も全て存在している……俺はそれが欲しいんだ』
キスを繰り返し、囁く。
『君が世界に見つける愛が、俺は全部欲しいんだ』
だから、君が必要なのは,君が見つけたものを俺にくれる手段だけだよ。
「お待たせしました」
やってきた画廊の主を覚えていた。ベントリ・ダリンド。灰色のばさばさの髪、太くて丸い黒ぶち眼鏡、奥から覗く不機嫌そうな灰色の目の男。
「見せて頂ける絵はあれが全てですか?」
嗄れた声はクリスが一緒のせいか丁寧に響く。
「いえ、もう数枚、あります」
「同じような?」
「……ええ、同じような」
マリアは覚悟を決めて歯を食いしばった。
構わないわ、もう何度断られてもののしられても。
才能がないのは知ってる。チャンスを掴む機敏さもなければ、自分を売り込むパワフルさもない。画家としてのデビューは遅すぎるわね。容姿も今一つ,話題性に欠けてるのも認める。
だから、描かれたものが全てよ。
「なぜ…今になって」
ベントリはがっかりしたような溜め息を吐き出した。
マリアの胸が強く締まる。
そうなの、またなのね、また言われるのね。
『精密なのは特技です、けれど芸術ではない』
けれどクリスがふ、と軽く笑って驚いて見上げる。
「あなたは彼女を見ているそうですよ」
「私が?」
腹立たしそうにベントリがクリスを睨む。
「私が、これを、見逃したと?」
「彼女は自分の魅力を十分に伝え切れなかったようですが」
「……ちょっと待ってくれ」
ベントリはわしゃわしゃの灰色眉毛を強く寄せ、急ぎ足に奥へ戻り、すぐに飛びかかるような勢いで戻ってきた。
「マリア? マリア・ビズコッド・グランシア?」
「え、ええ」
「君か! くそっ! 畜生っ! 何てことだ全く!」
いきなりベントリが噴火した。髪を掻きむしり地団駄を踏み叫び続ける。
「神様、どれぐらい時間を無駄にした?! 伝えきれなかっただと?! ちゃんと教えなかったクソ教師どものせいだな! ええいああ違うか、俺か俺がすっからかんの頭でっかちのくそじじいの、ああもう悪魔に喰われっちまえ!」
ののしり倒すこと数分、やがてはあはあ喘ぎながら頭を抱える。
「すまない、マリア」
低い声が謝罪した。
「謝っても時間は取り返せないが、支払いで対応したい」
「?」
「ものの姿には時間が含まれている」
まだふうふうと息を切らせながら、ベントリは2人に椅子を勧め、自らコーヒーを淹れてくれた。
「言わば『現実』とはその『時間』を取り込んだものの姿だ」
描けるのは2種類の人間だけ。
「人は記憶や視界を都合良く編集する。それをいくら描き出されても『現実』にはならない。だが、非常に詳細に全てを描ける能力を持つものが居て、これが1種類目」
ベントリは指を折った。次の指を倒しながら、
「もう1種類は、『現実』の姿から『時間』を読み取り積み重ねていけるキャラクター。絵描きになる場合もならない場合もある。特性としかいいようがないな。彼らはつまり…」
鋭い視線をマリアとクリスに向けて頷く。
「『未来』を作れるんだよ」
「み、らい…?」
突拍子もないことばにマリアは瞬いた。
「そのものがどんな過去の時間を重ねて、どんな未来の時間を過ごすことになるか。実はこれは80%までは過去の時間から確定している」
ベントリはコーヒーを含んだ。不味そうに顔を歪める。
「俺の淹れたこいつがいい例だ。俺はコーヒーをうまく淹れる訓練をしていない。だからこいつは旨く仕上がらない。何の不思議もない。だが、後の20%。マリア、君はこのコーヒーが好きか?」
「あ、ええ、あの、美味しいかどうかは好みがあるかも知れないけれど、好きですわ」
むしろベントリの方が気に入ったかもしれない。こんなばさばさで風変わりな男がどんな顔をして客用のコーヒーを淹れたかと思うと微笑ましい。ましてや、自分の淹れたコーヒーが不味いと知ってて、それでも出そうと頑張ってくれたあたりが、可愛らしいとも言えるかもしれない。
「それが20%」
ぐい、とベントリが指を突き出してぎょっとする。
「マリア、君はこのコーヒーを愛してくれただろ?」
「っ」
がちゃんっとクリスが勢いよくカップを置いてベントリを睨む。そのままもう呑まないぞと言いたげに腕組みをしてしまうのに、思わず微笑んだ。
「早合点するな、お若いの。何もマリアは俺を愛してると言ったわけじゃない」
「その時点で交渉決裂だ。すぐにバルディアに戻る」
「クリス、ちょっと黙って……どういうことですか?」
ベントリが何を言っているのか知りたくて、尋ねた。
「絵が明るいと言われただろう?」
「…ええ」
「君が明るく描いてるんじゃない、見るものの気持ちが明るいんだ」
「見るもの…?」
「君はものの姿を精密に写し取る。そこに含まれた時間を写し取る。そしてその時間から、一番美しいものだけ選び出して定着させる……未来に向かって」
ベントリが目を細めた、とても眩しいものを見るように。
「君の絵は、見るものの胸に、一番美しい未来を与える……それを」
人は、愛、と呼ぶんだよ。
スティングレイ財団を、いやニア・スティングレイをくどき落として1ヶ月後、マリアはフラウ・ダリンド画廊に居た。
体が緊張に震えている。隣のクリスの声が遠く聞こえる。
「今度は俺が君に翼を上げよう」
「無理」
とうとうクリスのシャツの裾を掴んでしまう。
「あなたは知らないと思うけど」
マリアは上ずった声で囁く。
「ここで私は既に断られてるの」
「いつ?」
「大学に居るころ」
体が揺れている。震えが止まらない。
「今でも覚えてるわ、『あなたの絵には表現というものが見つかりません、マリア』」
一番始めは小さなスケッチだった。
風景を描き、その繊細さに才能を見いだしたと言われて道が開かれた。
ついで褒められたのは光だった。
人物に差し込む光が独特に明るいと評されて、大学の奨学金が出た。
才能があるのだと信じた。
才能があるのだと信じていた。
「クリス、あなた、買いかぶってるのよ」
画廊の主はまだ来ない。2人を待たせて、もう1時間はたつ。
そういう遣り口をマリアはよく知っている。待っている間、飾られた絵を見て気づけと言うのだ、人々が求めるものと自分のものとの落差に。気づいて捨てろと言うのだ、幻の期待を。
「私には才能がないの」
努力はした。生きるために、描くために。
「ほんとうに、何にもないの」
特別な色彩感覚があるわけではない。特殊な視点があるわけでもない。素晴しい技術や巧みな構成力を備えているわけでもない。
「ヒロールのように、チャンスをつかむことさえできない」
描けるだけではだめなのだ。
丁寧に積み上げるだけでは意味がないのだ。
それらを越えて、何かを表現できなければ、芸術にはならない。
「…マリア」
クリスが静かに囁いた。
「俺は君を数万人、いや数億人の中から見つけられるよ?」
「…ありがとう」
「それが個性というものじゃない?」
「個性じゃ、だめ」
ちゃんと伝えられなくちゃ、だめ。
視界が滲む。顔がほてる。
どうしてこんな所に居るのだろう、大事な人に無駄な時間を使わせてまで。
芽理とマースに力づけられて、描き溜めた絵を持ち込みはしたけれど、現実はこの通り、また苦くて辛い経験を重ねるだけ。それなら夢の中で暮らしていた方がいい。
「既にあるような表現に重ねられるようじゃだめ」
「違うよマリア」
クリスが首を振った。
静まり返った画廊にさらと髪の音が聴こえた。
「俺だから断言できる。少なくとも650年前から、ただの1人も、俺は同じ人間を見たことがないよ」
「……どういうこと?」
流れそうになった涙を必死に瞬き,クリスを見上げる。一瞬苦しそうに眉を潜めたクリスが、堪えかねたように額にキスをしてくれて、微笑んで続けた。
「こんなところで誘惑しないで」
「クリス、冗談は」
「マリア、君が怖がっているのは、表現することじゃない?」
「……どういうこと…?」
「君は俺を誘惑する、朝でも昼でも夜でも、バルディアでも、スティングレイ財団でも、今ここでも」
「そんな」
「俺は誘惑され続けている、我慢の閾値はずいぶん鍛えられたな」
視線を逸らせて、ほう、と悩ましげに吐息した。
「でも……もっと、欲しいんだ」
「……」
「忘れたの? もっと君が欲しい。もっと誘惑されたい。君の全てを俺は欲しい」
甘い睦言なのに、違うことばに聞こえた。
「クリス…」
思い出す。描き上げた絵をクリスに見せていた時、彼が尋ねたことを。
『マリア、わからないんだけど』
育ち始めた大好きな庭を描いた1枚、それを厳めしく不安そうに眺めてながら首を傾げる。
『なぜ君は、見ているままを描かないの?』
描いてるわ、と答えると、幾つか絵に指先を当て、
『君はここに鳥が止まっていたと言ったね?』
『ここには若芽が伸びてきていると嬉しそうだった』
『この下草は夕暮れになる黄金色に輝くんだと教えてくれたのに』
でも、それはおかしいでしょう?
マリアの反論になお訝しく眉を寄せた。
『何がおかしいんだ?』
でもだって、デッサンを始めたのは1週間以上前だし、あの鳥が止まっていた時にしなった枝は今は折れているし、この光景は真昼なのよ。
『でも、マリア、君は俺に教えたものを全部見てるんだろう?』
見つめられてぞくりとした。
『今もまだ、それを見ているよね?』
寒気が走ってからだが震える。
『どうい…こと……?』
『待ってて、奥様』
クリスは庭に出て、同じ光景をカメラで撮影し、見せてくれた。
『これが君が描いていると言った、今のこの庭の姿だよ』
衝撃と混乱。
『クリス…いえ、そんな、そんなはずがないわ』
だって、こんなに薄曇りの空のように重苦しくて狭い世界じゃない。
『こんなにつまらない世界じゃない?』
『ええもちろん! だって、ここはもっともっと、もっともっと、美しいわ!』
叫び返したマリアにクリスは微笑み、キスを仕掛けてきて戸惑った。
『あのね、マリア』
いい加減気づかなくちゃ。
『何を?』
『君がどれほど、この世界を愛してるのか』
『愛して…?』
『君が見る世界には飛び去った鳥も、折れて再び伸び始めた枝も、黄金色に輝く下草も全て存在している……俺はそれが欲しいんだ』
キスを繰り返し、囁く。
『君が世界に見つける愛が、俺は全部欲しいんだ』
だから、君が必要なのは,君が見つけたものを俺にくれる手段だけだよ。
「お待たせしました」
やってきた画廊の主を覚えていた。ベントリ・ダリンド。灰色のばさばさの髪、太くて丸い黒ぶち眼鏡、奥から覗く不機嫌そうな灰色の目の男。
「見せて頂ける絵はあれが全てですか?」
嗄れた声はクリスが一緒のせいか丁寧に響く。
「いえ、もう数枚、あります」
「同じような?」
「……ええ、同じような」
マリアは覚悟を決めて歯を食いしばった。
構わないわ、もう何度断られてもののしられても。
才能がないのは知ってる。チャンスを掴む機敏さもなければ、自分を売り込むパワフルさもない。画家としてのデビューは遅すぎるわね。容姿も今一つ,話題性に欠けてるのも認める。
だから、描かれたものが全てよ。
「なぜ…今になって」
ベントリはがっかりしたような溜め息を吐き出した。
マリアの胸が強く締まる。
そうなの、またなのね、また言われるのね。
『精密なのは特技です、けれど芸術ではない』
けれどクリスがふ、と軽く笑って驚いて見上げる。
「あなたは彼女を見ているそうですよ」
「私が?」
腹立たしそうにベントリがクリスを睨む。
「私が、これを、見逃したと?」
「彼女は自分の魅力を十分に伝え切れなかったようですが」
「……ちょっと待ってくれ」
ベントリはわしゃわしゃの灰色眉毛を強く寄せ、急ぎ足に奥へ戻り、すぐに飛びかかるような勢いで戻ってきた。
「マリア? マリア・ビズコッド・グランシア?」
「え、ええ」
「君か! くそっ! 畜生っ! 何てことだ全く!」
いきなりベントリが噴火した。髪を掻きむしり地団駄を踏み叫び続ける。
「神様、どれぐらい時間を無駄にした?! 伝えきれなかっただと?! ちゃんと教えなかったクソ教師どものせいだな! ええいああ違うか、俺か俺がすっからかんの頭でっかちのくそじじいの、ああもう悪魔に喰われっちまえ!」
ののしり倒すこと数分、やがてはあはあ喘ぎながら頭を抱える。
「すまない、マリア」
低い声が謝罪した。
「謝っても時間は取り返せないが、支払いで対応したい」
「?」
「ものの姿には時間が含まれている」
まだふうふうと息を切らせながら、ベントリは2人に椅子を勧め、自らコーヒーを淹れてくれた。
「言わば『現実』とはその『時間』を取り込んだものの姿だ」
描けるのは2種類の人間だけ。
「人は記憶や視界を都合良く編集する。それをいくら描き出されても『現実』にはならない。だが、非常に詳細に全てを描ける能力を持つものが居て、これが1種類目」
ベントリは指を折った。次の指を倒しながら、
「もう1種類は、『現実』の姿から『時間』を読み取り積み重ねていけるキャラクター。絵描きになる場合もならない場合もある。特性としかいいようがないな。彼らはつまり…」
鋭い視線をマリアとクリスに向けて頷く。
「『未来』を作れるんだよ」
「み、らい…?」
突拍子もないことばにマリアは瞬いた。
「そのものがどんな過去の時間を重ねて、どんな未来の時間を過ごすことになるか。実はこれは80%までは過去の時間から確定している」
ベントリはコーヒーを含んだ。不味そうに顔を歪める。
「俺の淹れたこいつがいい例だ。俺はコーヒーをうまく淹れる訓練をしていない。だからこいつは旨く仕上がらない。何の不思議もない。だが、後の20%。マリア、君はこのコーヒーが好きか?」
「あ、ええ、あの、美味しいかどうかは好みがあるかも知れないけれど、好きですわ」
むしろベントリの方が気に入ったかもしれない。こんなばさばさで風変わりな男がどんな顔をして客用のコーヒーを淹れたかと思うと微笑ましい。ましてや、自分の淹れたコーヒーが不味いと知ってて、それでも出そうと頑張ってくれたあたりが、可愛らしいとも言えるかもしれない。
「それが20%」
ぐい、とベントリが指を突き出してぎょっとする。
「マリア、君はこのコーヒーを愛してくれただろ?」
「っ」
がちゃんっとクリスが勢いよくカップを置いてベントリを睨む。そのままもう呑まないぞと言いたげに腕組みをしてしまうのに、思わず微笑んだ。
「早合点するな、お若いの。何もマリアは俺を愛してると言ったわけじゃない」
「その時点で交渉決裂だ。すぐにバルディアに戻る」
「クリス、ちょっと黙って……どういうことですか?」
ベントリが何を言っているのか知りたくて、尋ねた。
「絵が明るいと言われただろう?」
「…ええ」
「君が明るく描いてるんじゃない、見るものの気持ちが明るいんだ」
「見るもの…?」
「君はものの姿を精密に写し取る。そこに含まれた時間を写し取る。そしてその時間から、一番美しいものだけ選び出して定着させる……未来に向かって」
ベントリが目を細めた、とても眩しいものを見るように。
「君の絵は、見るものの胸に、一番美しい未来を与える……それを」
人は、愛、と呼ぶんだよ。
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