『青の恋歌(マドリガル)』〜『猫たちの時間』11〜

segakiyui

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3.月と死神(4)

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「ふ…う…っと」
 ソファから反動をつけて立ち上がる。スペインに来て、2日目の夜が来ようとしていたが、周一郎の行方は相変わらずわからないまま、最後の頼みの綱と掛けたお由宇への電話も、虚しくコール音を続けるだけ。
 ったく、お由宇はいない、周一郎もいない、それで俺に何をしろと言うんだ。
 可哀想に、高野はすっかり窶れて、今日も終日、黙り込んで窓の外の道路を行く人波ばかりに目を走らせていた。
 コンコン。
「はい…じゃない、えーと、その…」
 唐突にノックが響き、俺はドアを振り返った。高野も不審そうに眉をひそめて椅子から立ち上がる。
 俺達がスペインにいることを知っている人間はほとんどいないはずだし、ましてや尋ねてくる人間なぞ、論外だ。
「¿puedo entrar?」
 ドアの向こうから、聞き覚えのある甲高い声が問いかけて来た。
「Adelante.」
 高野がドアの側に寄って応じる。身についた職業意識というのか、執事風に入って来た男を迎え、静かに会釈した。
「Buenas noches.……Mucho gusto,Sr.Taki,Sr.Takano.」
 柔らかなウェーブのかかった短髪を浅黒い肌にまとめ、にっ、と邪気のない笑みを浮かべて、昨日の男は俺と高野を等分に見比べた。いくらスペイン語に疎い俺でも、相手が行き当たりばったりに訪ねて来たのではないことはわかる。顔写真と名前を確認して覚えて来たのか、男は正しく俺と高野を区別した。
「…… Disculpe, ¿cuál es su nombre?」
「No se preocupe.」
 高野の問いに、男はにやりと笑って、肩から掛けた金属のケースを軽く叩いた。どうやらカメラマンらしい。
「Me llamo Alvaro.Alvaro Martinez.」
「アルベーロ・マルティーネス」
「知ってるのか?」
「ええ。まあ知られたカメラマンです。もっとも、トップ屋と言った方が通りがよろしいでしょうか」
 高野は上品に眉を寄せて見せたが、すぐに卒なく椅子を勧めた。ルームサービスでコーヒーを頼み、ソファでアルベーロと向かい合っている俺の背後に立つ。
「何だ? 座ればいいだろ」
「いえ、仕えている身ですし」
「…俺にスペイン語で話をしろなんて言うなよ。そんなこと言ってみろ、俺はここで荷物をまとめて日本に帰る」
「わかりました」
 高野は軽い溜息をついて、隣に腰を降ろした。興味深そうに黒い瞳を輝かせているアルベーロに穏やかに問いかける。
「¿En qué puedo servirle?」
 何の用事かとでも尋ねたのだろう。アルベーロは金属ケースから茶封筒を出してテーブルに置いた。ゆっくり芝居掛かった仕草で押しやってくる。
「¿Qué es esto?」
「Es una  fotos.」
「なんだって?」
「写真だそうです。一体…」
 茶封筒を開け、中身を取り出した高野の顔色が、それとわかるほど変わった。
「周一郎…」「坊っちゃま…」
 十何枚か全て、周一郎の写真だった。半分近くはスペインでの物らしいが、残りは日本でのもの、いつ撮ったのか、学園祭の奴まであった。肩を並べる俺と周一郎、周一郎の方から話しかけている表情が他に比べて驚くほど子どもっぽい。
「滝様!」
「…ああ」
 その中の1枚、ことさら下の方に隠すようにしてあった1枚を引き出し、高野は小さく叫び声を上げた。明らかに『島の庭園』と思われる場所で、両側を背の高い男に囲まれた周一郎が、冷ややかに相手を凝視しているものだった。
「¿Qué pasa?」
 飄々とした様子で、相手は写真を覗き込んだ。
「高野、ひょっとして、こいつ……」
「坊っちゃまの行方を知っていそうですね。掛け合って見ます。¿Cuánto vale esta fotos?」
 アルベーロは薄く笑みを零し、ゆっくりと話し始めた。
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