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5.晩鐘(3)
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夜は深々と、家々の壁に、黒い鉄の茎で支えられた8本のカンテラの真下に、その明かりに浮かび上がった十字架のキリスト像の、削げたような頬に、あばらの浮いた体に、その身を食い込ませて、一層影を濃くしていた。
「アルベーロが刺されたのはここではないかも知れませんが、発見されたのはここです」
淡々と『ランティエ』は十字架の周囲の柵の外、キリストの正面あたりの黒々とした染みを顎で示して見せた。
「救いと絶望の見事な構図でしたが、コルドバ随一と言われる広場を汚してしまいました」
普通人とやっぱり感覚が違うのか、『ランティエ』はアルベーロの死にも大して動じた様子はなかった。むしろ、側に控えている高野の方が寒々とした顔つきだ。
「彼からの最後の連絡は、手がかりを掴んだというものでした。『燈火のキリスト広場』で売ろうとのことだったのですが、その時にはもう、刺されていたのかも知れませんね」
アルベーロの傷は背後から一突き、力が弱い刺し方だったらしく、しばらくは生きていて、何とかここまで辿り着いて逝ったらしかった。
「見つかった時は片手に紙幣を握って蹲っていたようです。私は、そうそう表に出るわけにはいかないので……」
『ランティエ』はひょいと肩を竦めて見せた。
「物陰から冥福を祈りましたが、神の御前です、悪くはない死に方だ」
上品に十字を切ってみせる仕草が、不思議に嫌味がなかった、が。
「く、そっ!」
信心深い人間がいたら、さぞかし驚いただろう激しさで、俺は舌打ちした。
「手がかりを掴んだと思えば、片っ端から消えて行きやがる!」
重苦しい沈黙が辺りに澱む。
「Señor.」
「ひっ」
唐突に間近で声が響いて、飛び上がるほど驚いた。
いつの間にそこに居たのか、建物と建物の間の陰に、薄ぼんやりと小さな黒い影が浮かび上がる。続いたスペイン語をお由宇が訳してくれた。
「人を捜しているなら、占ってあげよう、と言ってるわ」
「え?」
時が時だけにどきりとして、俺は相手の姿を透かし見た。男とも女ともつかぬしわがれた声、黒衣に身を包み、指先まで覆った黒布の中に、小さな水晶玉が抱かれている。
「私は長い病気の果てに人に見せられぬ体となったが、未来を見る目は確かだ。見ればお困りの様子、神の前だ、代金は要らないから聞いていきなさい、ですって」
「わかるのか?」
思わず口走った。
「あいつの行方がわかるのか?」
「その人は小さな男の子だろう。魂の放浪者、彷徨う中で傷ついている。しかし神は見捨てない。その少年は風見の中に居る」
お由宇の通訳に体が強張った。
『覚え書』の一文を思い出した。わたしが死んだら……埋めてください……風見の中に……。
「もう…死んでるって言うのか?」
干からびた俺のことばを、お由宇が相手に伝える。相手のことばがゆったりと、夜の空気を伝わって戻ってくる。
「まだ死にはしていない。だが、急ぐことだ。生命の火は尽きようとしている」
「そうか!」
ふいに高野が叫んだ。
「風見……ヒラルダだ。『ヒラルダの塔』です、滝様。もし坊っちゃまを葬るために、あのカードを使ったのなら、『風見(ヒラルダ)の塔』ほどぴったりしたところはありません」
相手は重々しく頷くと、のろのろと立ち上がり、向きを変えた。と、どうしたのか、お由宇と『ランティエ』の間に素早い目配せが飛び、次の瞬間『ランティエ』が相手に襲いかかった。
「あっ!!」「へっ?」
どこかで聞いた声が黒衣の人物の唇を突く。
「演出効果はあったけど…」
お由宇がにっこりと艶やかに笑いながら続けた。
「少しばかり乗りすぎたみたいね、上尾さん?」
「アルベーロが刺されたのはここではないかも知れませんが、発見されたのはここです」
淡々と『ランティエ』は十字架の周囲の柵の外、キリストの正面あたりの黒々とした染みを顎で示して見せた。
「救いと絶望の見事な構図でしたが、コルドバ随一と言われる広場を汚してしまいました」
普通人とやっぱり感覚が違うのか、『ランティエ』はアルベーロの死にも大して動じた様子はなかった。むしろ、側に控えている高野の方が寒々とした顔つきだ。
「彼からの最後の連絡は、手がかりを掴んだというものでした。『燈火のキリスト広場』で売ろうとのことだったのですが、その時にはもう、刺されていたのかも知れませんね」
アルベーロの傷は背後から一突き、力が弱い刺し方だったらしく、しばらくは生きていて、何とかここまで辿り着いて逝ったらしかった。
「見つかった時は片手に紙幣を握って蹲っていたようです。私は、そうそう表に出るわけにはいかないので……」
『ランティエ』はひょいと肩を竦めて見せた。
「物陰から冥福を祈りましたが、神の御前です、悪くはない死に方だ」
上品に十字を切ってみせる仕草が、不思議に嫌味がなかった、が。
「く、そっ!」
信心深い人間がいたら、さぞかし驚いただろう激しさで、俺は舌打ちした。
「手がかりを掴んだと思えば、片っ端から消えて行きやがる!」
重苦しい沈黙が辺りに澱む。
「Señor.」
「ひっ」
唐突に間近で声が響いて、飛び上がるほど驚いた。
いつの間にそこに居たのか、建物と建物の間の陰に、薄ぼんやりと小さな黒い影が浮かび上がる。続いたスペイン語をお由宇が訳してくれた。
「人を捜しているなら、占ってあげよう、と言ってるわ」
「え?」
時が時だけにどきりとして、俺は相手の姿を透かし見た。男とも女ともつかぬしわがれた声、黒衣に身を包み、指先まで覆った黒布の中に、小さな水晶玉が抱かれている。
「私は長い病気の果てに人に見せられぬ体となったが、未来を見る目は確かだ。見ればお困りの様子、神の前だ、代金は要らないから聞いていきなさい、ですって」
「わかるのか?」
思わず口走った。
「あいつの行方がわかるのか?」
「その人は小さな男の子だろう。魂の放浪者、彷徨う中で傷ついている。しかし神は見捨てない。その少年は風見の中に居る」
お由宇の通訳に体が強張った。
『覚え書』の一文を思い出した。わたしが死んだら……埋めてください……風見の中に……。
「もう…死んでるって言うのか?」
干からびた俺のことばを、お由宇が相手に伝える。相手のことばがゆったりと、夜の空気を伝わって戻ってくる。
「まだ死にはしていない。だが、急ぐことだ。生命の火は尽きようとしている」
「そうか!」
ふいに高野が叫んだ。
「風見……ヒラルダだ。『ヒラルダの塔』です、滝様。もし坊っちゃまを葬るために、あのカードを使ったのなら、『風見(ヒラルダ)の塔』ほどぴったりしたところはありません」
相手は重々しく頷くと、のろのろと立ち上がり、向きを変えた。と、どうしたのか、お由宇と『ランティエ』の間に素早い目配せが飛び、次の瞬間『ランティエ』が相手に襲いかかった。
「あっ!!」「へっ?」
どこかで聞いた声が黒衣の人物の唇を突く。
「演出効果はあったけど…」
お由宇がにっこりと艶やかに笑いながら続けた。
「少しばかり乗りすぎたみたいね、上尾さん?」
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