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5.晩鐘(2)
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「『ランティエ』は、どうして『青の光景』を捜してるんだ?」
「ああ、彼ね」
くすっ、とお由宇は可愛らしい笑みを漏らした。
「彼らしいけど……もう一度贋作するためよ」
「はあ?」
「自分の作品が、一度ぐらいの鑑定で見破られたのが気に入らないそうよ」
「はあ……」
ったく、人間って奴は……。
溜息をつきながら角を曲がりかけて、向こうから来た人間と嫌という程ぶつかった。
「わぎゃ!」
「¡Perdóname!」
「No se preocupe. 」
とっさにスペイン語が飛んで来て、答えられない俺に代わってお由宇が応じてくれた。済まなそうに顔を上げた男が俺を見つめ、ぎょっとした顔になる。その顔を見て、俺も思い出した。
「あれ、あんた、確か」
「失敬!」
俺の問いかけを遮り、相手は慌てたように俺達の側を擦り抜けた。そのまま駆け足で、白い壁に囲まれた小路に消えていく。
「知り合い?」
「知り合いと言うか……確か、上尾旅人とか言う奴だよ」
大学に居たろ、と振ってみたが、お由宇は覚えがなさそうに首を傾げる。
「気のせいか、俺達の行く所行く所に居やがるな…」
「行く所行く所? どう言う意味?」
お由宇の声がわずかに緊張したのに、思わず振り返った。
「いや、たぶんだけど、バラハス空港にも居たし、アランフェスじゃ痴話喧嘩してたし」
「どんな?」
お由宇が突っ込む。
珍しい。こんな噂話にお由宇が興味があるとは。
「うん、確か…」
思い出しながら話すと、お由宇は次第にきつい目になった。
「暢子? 暢子と言ったの?」
「ああ。それがどうかしたのか?」
「ちょっと待って」
お由宇はハンドバッグの中から、数枚の写真を取り出した。そのうちの1枚を俺に見せる。
「その子って、こんな感じ?」
「え?」
スナップを見つめる。学内の食堂近くの写真、確かにあの娘の顔があった。そればかりじゃない、それは…。
「どうなの?」
「あ、ああ、この子だ」
「あなたの才能に感謝なさい。私達、見当違いを捜していたのかも知れないわよ」
「見当違い?」
「この娘の名前は汀暢子。佳孝とローラの一人娘なの」
「っ」
どきっ、と心臓が跳ね上がった。瞬く間に頭の中の空白が埋まる。
そうだった、去年の学園祭でフラメンコを踊って見せた娘の名前が汀暢子、スペイン系のハーフだと聞いたことがある。
「佳孝から『青の光景』を奪ったのは朝倉周一郎、恨んでも不思議はないわ」
「ちょっと待ってくれ」
「まだ何かわからないことがあるの?」
「いや、その例のカード、ほら、話したろ、ローラ・レオニのカード」
「あれが?」
学園祭の時に、いやにきつい目で俺を睨みつけていた娘がいた。化粧っ気がないのでピンとこなかったが、あれに相応の化粧をすれば、汀暢子にひどく似てくる。あの時、暢子は俺を睨んでいるのだとばかり思っていた。けれど、本当に睨んでいたのは、周一郎の方だったのかも知れない。
それに、だ。
確か、あのカード、あの娘が消えた後に落ちていた気がする。
「罠、ね」
お由宇が冷ややかに断じた。
「ローラ・レオニのカードで周一郎をおびき出せるとわかっていたんだわ」
そして、周一郎は俺にポートレートと読みかけの本を返し、さよならも言わないで旅立ってしまったのだ。
「¿Hay algún mensaje para mí?」
「Aquí está.」
ホテルへ帰り着いた俺達を『ランティエ』からの伝言が待っていた。さっと目を通したお由宇が凍てついた声で言った。
「アルベーロが殺されたそうよ。『燈火のキリスト広場』で待つ、とあるわ」
どこか遠い夜の国から、黄色い塔に宿る鐘が響き始めたようだった。
「ああ、彼ね」
くすっ、とお由宇は可愛らしい笑みを漏らした。
「彼らしいけど……もう一度贋作するためよ」
「はあ?」
「自分の作品が、一度ぐらいの鑑定で見破られたのが気に入らないそうよ」
「はあ……」
ったく、人間って奴は……。
溜息をつきながら角を曲がりかけて、向こうから来た人間と嫌という程ぶつかった。
「わぎゃ!」
「¡Perdóname!」
「No se preocupe. 」
とっさにスペイン語が飛んで来て、答えられない俺に代わってお由宇が応じてくれた。済まなそうに顔を上げた男が俺を見つめ、ぎょっとした顔になる。その顔を見て、俺も思い出した。
「あれ、あんた、確か」
「失敬!」
俺の問いかけを遮り、相手は慌てたように俺達の側を擦り抜けた。そのまま駆け足で、白い壁に囲まれた小路に消えていく。
「知り合い?」
「知り合いと言うか……確か、上尾旅人とか言う奴だよ」
大学に居たろ、と振ってみたが、お由宇は覚えがなさそうに首を傾げる。
「気のせいか、俺達の行く所行く所に居やがるな…」
「行く所行く所? どう言う意味?」
お由宇の声がわずかに緊張したのに、思わず振り返った。
「いや、たぶんだけど、バラハス空港にも居たし、アランフェスじゃ痴話喧嘩してたし」
「どんな?」
お由宇が突っ込む。
珍しい。こんな噂話にお由宇が興味があるとは。
「うん、確か…」
思い出しながら話すと、お由宇は次第にきつい目になった。
「暢子? 暢子と言ったの?」
「ああ。それがどうかしたのか?」
「ちょっと待って」
お由宇はハンドバッグの中から、数枚の写真を取り出した。そのうちの1枚を俺に見せる。
「その子って、こんな感じ?」
「え?」
スナップを見つめる。学内の食堂近くの写真、確かにあの娘の顔があった。そればかりじゃない、それは…。
「どうなの?」
「あ、ああ、この子だ」
「あなたの才能に感謝なさい。私達、見当違いを捜していたのかも知れないわよ」
「見当違い?」
「この娘の名前は汀暢子。佳孝とローラの一人娘なの」
「っ」
どきっ、と心臓が跳ね上がった。瞬く間に頭の中の空白が埋まる。
そうだった、去年の学園祭でフラメンコを踊って見せた娘の名前が汀暢子、スペイン系のハーフだと聞いたことがある。
「佳孝から『青の光景』を奪ったのは朝倉周一郎、恨んでも不思議はないわ」
「ちょっと待ってくれ」
「まだ何かわからないことがあるの?」
「いや、その例のカード、ほら、話したろ、ローラ・レオニのカード」
「あれが?」
学園祭の時に、いやにきつい目で俺を睨みつけていた娘がいた。化粧っ気がないのでピンとこなかったが、あれに相応の化粧をすれば、汀暢子にひどく似てくる。あの時、暢子は俺を睨んでいるのだとばかり思っていた。けれど、本当に睨んでいたのは、周一郎の方だったのかも知れない。
それに、だ。
確か、あのカード、あの娘が消えた後に落ちていた気がする。
「罠、ね」
お由宇が冷ややかに断じた。
「ローラ・レオニのカードで周一郎をおびき出せるとわかっていたんだわ」
そして、周一郎は俺にポートレートと読みかけの本を返し、さよならも言わないで旅立ってしまったのだ。
「¿Hay algún mensaje para mí?」
「Aquí está.」
ホテルへ帰り着いた俺達を『ランティエ』からの伝言が待っていた。さっと目を通したお由宇が凍てついた声で言った。
「アルベーロが殺されたそうよ。『燈火のキリスト広場』で待つ、とあるわ」
どこか遠い夜の国から、黄色い塔に宿る鐘が響き始めたようだった。
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