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5.晩鐘(1)
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ぽつりぽつりと建つ黄色の塔で弔いの鐘が鳴っている。一本の道を萎れたオレンジの花を頭に乗せた『死』が歌いながら通っていく……不吉でやり切れない、乾いた光景。
(読まなきゃ良かった)
俺は本を閉じ、頭に広がったイメージに顔を顰めた。
この家の女主人らしい婦人に送られて戸口を出てくるお由宇に気づき、凭れていた白い壁から身を起こす。
これが夕方なら、旅行者そのものの俺は人目を引いただろうが、午前中の今は老人が珍しそうに見て行くだけだ。
「どうだった?」
陽射しの眩さに目を細めながら問い掛ける。
お由宇はわずかに頭を振って見せた。
「この街へ連れてこられたのは確かみたいだけれど……そこから先がどうしても掴めないわ」
「せっかくの手掛かりも消えた、か」
お由宇と並んで歩きながらぼやく。
アルベーロは、引き続き周一郎の情報を集めてくるとどこかに姿を消し、高野と『ランティエ』は『青の光景』の方から探りを入れ始めている。
俺達はと言えば、周一郎の足取りを追って、ようやくあいつの泊まったホテルは突き止めたが、その後の行方がさっぱりわからず、立ち往生しているところだった。
(生きてるんだろうな?)
ホテルに連れて来られた時、周一郎は男に肩を支え上げられるようにして入って来たと言う。高野の渡した数枚の札で口の滑りが良くなった男は、あれはどこかでリンチでも受けたんだろうよ、といやらしい笑い方をした。
『そうだな、片足ぐらいは折れてるんじゃないのかな…逃げ出せないようにさ』
お由宇の通訳に、俺はさりげなく側の電話のコードで相手の首を絞め、さりげなく近くの机に頭を叩きつけ、ついでにもって、『さりげなく』釜茹でにしてやりたいと言う欲求を抑えるのに、ひどく苦労した。
頭の中にズタボロになった周一郎とガルシア・ロルカの『晩鐘』が重なる。
(冗談じゃねえぞ!)
人がこれだけ捜し回ってやってるのに、どっかで死んでるなんて酔狂なことをやっててみろ、あの世だろうがこの世だろうが、首に縄つけて引っ張って来て、お詫びの手紙と感謝状を嫌っつーほど書かせてやる。
俺はやり場のない怒りを持て余して、一つ大きく首を振り、無理やり違う話題を口にした。
「それよりお由宇」
「何?」
「この間さ、高野が、パブロが怨恨と復讐のために、汀…なんとかから『青の光景』を奪おうとしたって言ってたろ? あれ、どう言う意味なんだ?」
「…本当に、何も知らないで飛び込んで来たのね」
お由宇は呆れた。
「よくそれで周一郎捜しなんかしようと思ったわね?」
「ほっといてくれ。どーせ俺はアホだ」
「いいわ」
小さく溜息をついて、お由宇は髪を払った。すれ違った男のじろじろと舐め回すような視線を気にした様子もなく、ことばを継ぐ。
「パブロとローラが夫婦だったことは知ってるわね?」
「ローラにとっては不本意な結婚だったんだろ?」
「おそらくは、パブロにとっても、ね」
「へ?」
俺は首を傾げた。
何もお互い嫌いな同士なら、結婚なんぞしなくても良さそうなもんだが。
「なぜなら、ローラはパブロと結ばれる前に1人の男性と結ばれていたの。それが汀佳孝」
ちくん、と頭の裏側あたりに微かな痛みが響いた。
どうも引っかかる、この名前。
「ローラは元々定住のジプシーだったの。今から何年前になるのかしらね。若かったローラは、ちょうどスペインを訪れた青年画商、汀佳孝と激しい恋に落ちた。ロムニとガージョが結ばれないのは常だけど、2人はジプシーから抜け出し、ささやかな家庭を築こうとしたわ。けれども、佳孝の父が急死して、彼は急ぎ帰国しなくてならなくなり、ローラとの暮らしは終わりを迎えたの。ローラは今更ジプシーに戻るわけにもいかず、孤独な生活を続けていたけれども、彼女の美貌にもう1人の男が目をつけた……それがパブロと言うわけ」
「でも、ローラは佳孝を愛していたんだろう?」
「愛だけでは生きていけない、と言うのも通説ね」
お由宇は憂いを含んだ微笑を浮かべた。
「パブロは生活を保障し、ローラを手に入れた。けれども、ローラの心までは手に入らなかった。そればかりじゃない、パブロは以前から趣味で画商もしていたけれど、そこでも悉く対立する相手が汀佳孝だった」
「……」
「『青の光景』はピカソの隠された作品、とてつもない価値を秘めているのは当然だけど、パブロにとってはもう1つの価値があった……父を亡くし、ローラを失ったことで力が衰えて来ていた佳孝にとっての唯一の切り札が『青の光景』、それがもし奪われたとしたら、彼の希望は全て失われたのと同じことになる……これほど、素晴らしい復讐はない」
「復讐、か」
復讐のためにローラと結婚し、イレーネを引き取り、佳孝を破滅させようとした。
人間って奴は、そこまで人を憎み切れるものなのか。
(読まなきゃ良かった)
俺は本を閉じ、頭に広がったイメージに顔を顰めた。
この家の女主人らしい婦人に送られて戸口を出てくるお由宇に気づき、凭れていた白い壁から身を起こす。
これが夕方なら、旅行者そのものの俺は人目を引いただろうが、午前中の今は老人が珍しそうに見て行くだけだ。
「どうだった?」
陽射しの眩さに目を細めながら問い掛ける。
お由宇はわずかに頭を振って見せた。
「この街へ連れてこられたのは確かみたいだけれど……そこから先がどうしても掴めないわ」
「せっかくの手掛かりも消えた、か」
お由宇と並んで歩きながらぼやく。
アルベーロは、引き続き周一郎の情報を集めてくるとどこかに姿を消し、高野と『ランティエ』は『青の光景』の方から探りを入れ始めている。
俺達はと言えば、周一郎の足取りを追って、ようやくあいつの泊まったホテルは突き止めたが、その後の行方がさっぱりわからず、立ち往生しているところだった。
(生きてるんだろうな?)
ホテルに連れて来られた時、周一郎は男に肩を支え上げられるようにして入って来たと言う。高野の渡した数枚の札で口の滑りが良くなった男は、あれはどこかでリンチでも受けたんだろうよ、といやらしい笑い方をした。
『そうだな、片足ぐらいは折れてるんじゃないのかな…逃げ出せないようにさ』
お由宇の通訳に、俺はさりげなく側の電話のコードで相手の首を絞め、さりげなく近くの机に頭を叩きつけ、ついでにもって、『さりげなく』釜茹でにしてやりたいと言う欲求を抑えるのに、ひどく苦労した。
頭の中にズタボロになった周一郎とガルシア・ロルカの『晩鐘』が重なる。
(冗談じゃねえぞ!)
人がこれだけ捜し回ってやってるのに、どっかで死んでるなんて酔狂なことをやっててみろ、あの世だろうがこの世だろうが、首に縄つけて引っ張って来て、お詫びの手紙と感謝状を嫌っつーほど書かせてやる。
俺はやり場のない怒りを持て余して、一つ大きく首を振り、無理やり違う話題を口にした。
「それよりお由宇」
「何?」
「この間さ、高野が、パブロが怨恨と復讐のために、汀…なんとかから『青の光景』を奪おうとしたって言ってたろ? あれ、どう言う意味なんだ?」
「…本当に、何も知らないで飛び込んで来たのね」
お由宇は呆れた。
「よくそれで周一郎捜しなんかしようと思ったわね?」
「ほっといてくれ。どーせ俺はアホだ」
「いいわ」
小さく溜息をついて、お由宇は髪を払った。すれ違った男のじろじろと舐め回すような視線を気にした様子もなく、ことばを継ぐ。
「パブロとローラが夫婦だったことは知ってるわね?」
「ローラにとっては不本意な結婚だったんだろ?」
「おそらくは、パブロにとっても、ね」
「へ?」
俺は首を傾げた。
何もお互い嫌いな同士なら、結婚なんぞしなくても良さそうなもんだが。
「なぜなら、ローラはパブロと結ばれる前に1人の男性と結ばれていたの。それが汀佳孝」
ちくん、と頭の裏側あたりに微かな痛みが響いた。
どうも引っかかる、この名前。
「ローラは元々定住のジプシーだったの。今から何年前になるのかしらね。若かったローラは、ちょうどスペインを訪れた青年画商、汀佳孝と激しい恋に落ちた。ロムニとガージョが結ばれないのは常だけど、2人はジプシーから抜け出し、ささやかな家庭を築こうとしたわ。けれども、佳孝の父が急死して、彼は急ぎ帰国しなくてならなくなり、ローラとの暮らしは終わりを迎えたの。ローラは今更ジプシーに戻るわけにもいかず、孤独な生活を続けていたけれども、彼女の美貌にもう1人の男が目をつけた……それがパブロと言うわけ」
「でも、ローラは佳孝を愛していたんだろう?」
「愛だけでは生きていけない、と言うのも通説ね」
お由宇は憂いを含んだ微笑を浮かべた。
「パブロは生活を保障し、ローラを手に入れた。けれども、ローラの心までは手に入らなかった。そればかりじゃない、パブロは以前から趣味で画商もしていたけれど、そこでも悉く対立する相手が汀佳孝だった」
「……」
「『青の光景』はピカソの隠された作品、とてつもない価値を秘めているのは当然だけど、パブロにとってはもう1つの価値があった……父を亡くし、ローラを失ったことで力が衰えて来ていた佳孝にとっての唯一の切り札が『青の光景』、それがもし奪われたとしたら、彼の希望は全て失われたのと同じことになる……これほど、素晴らしい復讐はない」
「復讐、か」
復讐のためにローラと結婚し、イレーネを引き取り、佳孝を破滅させようとした。
人間って奴は、そこまで人を憎み切れるものなのか。
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