『青の恋歌(マドリガル)』〜『猫たちの時間』11〜

segakiyui

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4.騎手の歌(赤い月)(4)

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 ほうら引っかかった。
 頭のどこかで声が響いて、思わず眉をしかめた。汀……佳孝。何か引っかかるものがある。汀…佳…孝。どこかで聞いたような覚えが……。
「だから、『ランティエ』に贋作を依頼して、それを渡した、と」
 考えはお由宇の声に遮られた。
「パブロは最後まで気づかなかったでしょう。彼にとって、必要なのは『あの絵』ではなく、『あの絵を手に入れること』だったのですから」
 高野が冷徹に応じる。
「そして、パブロの娘、イレーネ・レオニは、周一郎の身柄と引き換えに、本物の『青の光景』を要求してきたと言う訳なのね?」
「はい、おそらく。『島の庭園』で坊っちゃまを囲んでいたのはレオニの配下でしたし……あの事件の後、『青の光景』を鑑定させたのでしょう」
「おい、高野」
 俺は唸った。
「んなこと、お前、一言も言わなかったじゃないか」
「滝さまは『正直』な方ですので」
「違いない」
 高野が曖昧な笑みを含んで答え、加えて『ランティエ』が口を合わせ、俺は思い切り落ち込んだ。
「悪かったな、すぐに顔に出て」
「でも、結果としては良い方向に転がってるわよ」
 お由宇が慰め顔になった。
「今のところ、あなたにばかり焦点が合っているし……少なくとも、あなたがどう出る気なのかわかるまで、周囲も動かないでしょうね。だって、『氷の貴公子』を救出にしに来るほどの『大物』だから」
「それは嫌みか?」
 お由宇をねめつける。
「あら、真面目に言ってるのよ」
 どーだかな、怪しいもんだ。だがあえて、それは口に出さない。500通りぐらい反論を聞かされるはずだ。
「それより、本物の『青の光景』、本当にあなたが持っているの?」
「『大物』じゃないんで持ってない」
「いじけないの」
 お由宇はちょっとウィンクを送ってきてから表情を一変させ、高野に目を向けた。厳しい口調で、
「高野さん? 状況はあまり好ましくないですね。RETA(ロッホ・エタ)もそうそう待ってはくれないでしょうし、私たちと手を組むのも、周一郎君のためになると思いますが」
「…わかりました……けれども」
 高野は渋々頷いて、苦しげに続けた。
「『青の光景』の在処は、坊っちゃましかご存知ではないのです。秘密は少人数の方がよく保てると仰って…」
「らしいわね。あなたを巻き込みたくもなかったんでしょうけど。その周一郎君は姿を消してしまっているし」
 軽く桜色の唇を噛む。珍しく焦燥が見えた。
「何か手がかりがあれば良いのだけど」
「そう言えば…」
 高野が思い出したように口を開いた。
「大したことではないのかもしれませんが……アランフェスに呼び出された時、坊っちゃまが独り言のように呟いておられたのです、『赤い月に導かれた騎手だな』と。その時はRETA(ロッホ・エタ)のことを指して言われたのかと思っていたのですが」
「コルドバだわ」
 唐突にお由宇が言い放ち、ぎょっとする。なんだなんだ超能力か。
「はあん、なるほど。『騎手の歌』ですね」
 意を得たように『ランティエ』が頷いた。
「何のことだよ」
 鼻白む俺に、お由宇がきらりと瞳を光らせた。
「ガルシア・ロルカの詩の中に『騎手の歌』があるの。2つあるけれども、そのうちの1つに赤い月が出てくるわ。死が自分をコルドバの塔から狙っているという内容が続くのよ」
「っ」
 わああっと笑い声と歓声が沸き起こり、思わず舞台を振り向いた。いつの間にか、あの黒衣の女性が踊りを始めている。いつ俺達のテーブルから離れたのか、アルベーロが相手を務めていた。オーレ、オーレ、と掛け声が入り乱れる中、2人の踏み鳴らす足音が、かきむしられるように激しいギターの音色を鋭く刻む。
「行くんでしょ、志郎」
「ああ」
 その女性の唇が、周一郎を死へと誘う、赤い巨大な月に見えた。
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