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4.騎手の歌(赤い月)(3)
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「何?」
「その様子じゃ」
お由宇はほ、と軽い溜息をついた。
「今度も、訳が分からずに飛び込んで来たみたいね」
「今度も、とは何だよ」
むくれて言い返した。
「言っとくが、俺は自分から厄介事に飛び込んだこた、一度もないんだ。文句を言うなら、その辺りでサイコロを振ってる神様に言ってくれ。今度のことだって、高野に引っ張り出されたんだ。俺が来たがったんじゃない」
「どうだか」
お由宇は髪をかけた左耳だけにつけたパールのイヤリングに軽く触れた。
「おい」
唸る俺にさらりと問いかける。
「それより、あなたのことが巷でどう言う噂になっているか、知っている?」
「俺のこと?」
ふ、ふ、ふ、と微かな含み笑いが聞こえて、『ランティエ』を見る。だが、相手は微笑んだまま答えない。仕方なしに、再びお由宇に向き直った。
「一体何だよ。俺はこっちに知り合いなんかいないぞ」
「じゃあね」
お由宇は物分かりの悪い子どもを相手にするように、噛んで含める口調になった。
「このアルベーロ、スペインでも名前の知れたトップ屋が、どうしてあなたの名前を知っているのか、考えたことは?」
「…そりゃ…高野といたからだろ?」
「ターゲットは高野だと思ってるのね?」
「だって…」
口の中でもごもご答える。
「俺がどうして注目される理由がある…?」
ふう。
お由宇は息を吐いてヘレスのグラスを上げ、芝居の台詞のように一気に言い切って酒を口にした。
「『朝倉周一郎誘拐事件に、身代金として、滝という男が「青の光景」を持って渡欧した』」
「は?」
「それが私達の掴んだ情報の全て、よ」
お由宇はどこかうっそりとした視線を俺に向けた。俺がどうにも飲み込めないと言う顔をしていたせいだろう、くすりと軽く笑う。
「つまりね。かの有名な『氷の貴公子』が行方不明って事だけでも随分な出来事なのに、事もあろうに、その身代金として要求された『青の光景』を運ぶ為に、高野が日本から呼んだのが、『滝』と言う、こう言う舞台じゃ全く『無名』の男だったと言う話。トップ屋じゃなくても、『滝』と言うのは何者だろうと探りたくなるもんじゃない?」
諭すように話されて、ようやく意味が染み込んだ。同時に、火の中へ投げ込んだとうもろこしの粒のごとく、頭の中が一瞬にして疑問塗れのパニック状態に陥る。もちろん、素直な俺の体が反応しないわけがない。手からフォークが滑り落ち、ぎょっとして上げた手が皿に引っかかり、押さえようとして別の皿を弾いて飛ばし、落ちたフォークは跳ね上がってコップを倒した。派手な音が響き渡り、周囲の視線が集中しただろう、だが、俺はそれに気づけるほど落ち着いていなかった。
「な…何?」
「ん?」
予想していたのか咄嗟に立ち上がって惨状に巻き込まれるのを防いだお由宇は、散乱した食べ物を片付けるウェイターに小さく会釈し、続いて非常に楽しそうに俺を見下ろした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「はい、どうぞ」
「周一郎が誘拐? 身代金? 『青の光景』? 俺?」
「そう、あなた、よ」
お由宇は席に戻りながら、にっこりと笑った。
「高野さんが朝倉家の当主救出にわざわざ日本から呼び寄せるぐらいだから、『大した』男なんでしょうね、『滝』って言う男は」
「聞いてない!」
思わず高野を振り返る。
「俺は聞いてないぞ、高野!」
高野は神妙な顔でお由宇を凝視している。
「高野さんを責めないで上げなさい。この情報の出所は彼なんだから」
「高野ぉ?!」
「そっ」
お由宇は美味しそうにパエジャを掬って口に運んだ。
「そう言う事にしておけば、少なくともしばらくは、『気になる眼』があなたに惹きつけられて、周一郎君からは外れるでしょう? ダークホースだっただけに、このカムフラージュは最高に効果的だったわね」
「カム…フラージュ…」
俺は椅子にへたり込んだ。だからこう言う裏表のあるやつは嫌いなんだ。ったく、人を夜店のクマのぬいぐるみか何かと間違えてやがる。
殺気立って睨み付けると、高野はわずかに目を伏せ、淡々と答えた。
「坊っちゃまのためでした」
「あ…あのなあ…
んじゃ、俺はどーなってもよかったっつーのか!
「RETA(ロッホ・エタ)の眼が光っている以上、坊っちゃまが何の護りもなしにスペインに放り出されていると思わせることは危険でした。そう判断されたが最後…」
高野の穏やかな面差しに、射るようなきつい光が走る。
「坊っちゃまは殺され……朝倉財閥は崩壊します」
断固とした口調に怒る気力が失せた。悪い癖だと思うが、ここまで坊っちゃま一筋を通されると、仕方ねえなと言う気になってしまう。別に殺されてもいいなぞと言う意味ではさらさらないのだが。やれやれと溜息をついた俺は、ふとあることに気づいた。
「え? 待てよ? 『青の光景』って、パブロ・レオにとやらに、ずっと昔に渡したんだろ?」
「はい…但し…」
高野は幾分苦い顔になった。『ランティエ』が後を継ぐ。
「但し、私の描いた贋作、の方ですが」
「贋作?」
俺はぽかんと口を開けた。
「んじゃ何か、贋作を餌にパブロを釣ったのか?」
「パブロ・レオニは喰えない人間です」
高野は冷ややかに言い放った。
「自分の手は汚さずに、汀佳孝から『青の光景』を奪い取る気だったのです。怨恨と復讐のために」
「その様子じゃ」
お由宇はほ、と軽い溜息をついた。
「今度も、訳が分からずに飛び込んで来たみたいね」
「今度も、とは何だよ」
むくれて言い返した。
「言っとくが、俺は自分から厄介事に飛び込んだこた、一度もないんだ。文句を言うなら、その辺りでサイコロを振ってる神様に言ってくれ。今度のことだって、高野に引っ張り出されたんだ。俺が来たがったんじゃない」
「どうだか」
お由宇は髪をかけた左耳だけにつけたパールのイヤリングに軽く触れた。
「おい」
唸る俺にさらりと問いかける。
「それより、あなたのことが巷でどう言う噂になっているか、知っている?」
「俺のこと?」
ふ、ふ、ふ、と微かな含み笑いが聞こえて、『ランティエ』を見る。だが、相手は微笑んだまま答えない。仕方なしに、再びお由宇に向き直った。
「一体何だよ。俺はこっちに知り合いなんかいないぞ」
「じゃあね」
お由宇は物分かりの悪い子どもを相手にするように、噛んで含める口調になった。
「このアルベーロ、スペインでも名前の知れたトップ屋が、どうしてあなたの名前を知っているのか、考えたことは?」
「…そりゃ…高野といたからだろ?」
「ターゲットは高野だと思ってるのね?」
「だって…」
口の中でもごもご答える。
「俺がどうして注目される理由がある…?」
ふう。
お由宇は息を吐いてヘレスのグラスを上げ、芝居の台詞のように一気に言い切って酒を口にした。
「『朝倉周一郎誘拐事件に、身代金として、滝という男が「青の光景」を持って渡欧した』」
「は?」
「それが私達の掴んだ情報の全て、よ」
お由宇はどこかうっそりとした視線を俺に向けた。俺がどうにも飲み込めないと言う顔をしていたせいだろう、くすりと軽く笑う。
「つまりね。かの有名な『氷の貴公子』が行方不明って事だけでも随分な出来事なのに、事もあろうに、その身代金として要求された『青の光景』を運ぶ為に、高野が日本から呼んだのが、『滝』と言う、こう言う舞台じゃ全く『無名』の男だったと言う話。トップ屋じゃなくても、『滝』と言うのは何者だろうと探りたくなるもんじゃない?」
諭すように話されて、ようやく意味が染み込んだ。同時に、火の中へ投げ込んだとうもろこしの粒のごとく、頭の中が一瞬にして疑問塗れのパニック状態に陥る。もちろん、素直な俺の体が反応しないわけがない。手からフォークが滑り落ち、ぎょっとして上げた手が皿に引っかかり、押さえようとして別の皿を弾いて飛ばし、落ちたフォークは跳ね上がってコップを倒した。派手な音が響き渡り、周囲の視線が集中しただろう、だが、俺はそれに気づけるほど落ち着いていなかった。
「な…何?」
「ん?」
予想していたのか咄嗟に立ち上がって惨状に巻き込まれるのを防いだお由宇は、散乱した食べ物を片付けるウェイターに小さく会釈し、続いて非常に楽しそうに俺を見下ろした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「はい、どうぞ」
「周一郎が誘拐? 身代金? 『青の光景』? 俺?」
「そう、あなた、よ」
お由宇は席に戻りながら、にっこりと笑った。
「高野さんが朝倉家の当主救出にわざわざ日本から呼び寄せるぐらいだから、『大した』男なんでしょうね、『滝』って言う男は」
「聞いてない!」
思わず高野を振り返る。
「俺は聞いてないぞ、高野!」
高野は神妙な顔でお由宇を凝視している。
「高野さんを責めないで上げなさい。この情報の出所は彼なんだから」
「高野ぉ?!」
「そっ」
お由宇は美味しそうにパエジャを掬って口に運んだ。
「そう言う事にしておけば、少なくともしばらくは、『気になる眼』があなたに惹きつけられて、周一郎君からは外れるでしょう? ダークホースだっただけに、このカムフラージュは最高に効果的だったわね」
「カム…フラージュ…」
俺は椅子にへたり込んだ。だからこう言う裏表のあるやつは嫌いなんだ。ったく、人を夜店のクマのぬいぐるみか何かと間違えてやがる。
殺気立って睨み付けると、高野はわずかに目を伏せ、淡々と答えた。
「坊っちゃまのためでした」
「あ…あのなあ…
んじゃ、俺はどーなってもよかったっつーのか!
「RETA(ロッホ・エタ)の眼が光っている以上、坊っちゃまが何の護りもなしにスペインに放り出されていると思わせることは危険でした。そう判断されたが最後…」
高野の穏やかな面差しに、射るようなきつい光が走る。
「坊っちゃまは殺され……朝倉財閥は崩壊します」
断固とした口調に怒る気力が失せた。悪い癖だと思うが、ここまで坊っちゃま一筋を通されると、仕方ねえなと言う気になってしまう。別に殺されてもいいなぞと言う意味ではさらさらないのだが。やれやれと溜息をついた俺は、ふとあることに気づいた。
「え? 待てよ? 『青の光景』って、パブロ・レオにとやらに、ずっと昔に渡したんだろ?」
「はい…但し…」
高野は幾分苦い顔になった。『ランティエ』が後を継ぐ。
「但し、私の描いた贋作、の方ですが」
「贋作?」
俺はぽかんと口を開けた。
「んじゃ何か、贋作を餌にパブロを釣ったのか?」
「パブロ・レオニは喰えない人間です」
高野は冷ややかに言い放った。
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