『青の恋歌(マドリガル)』〜『猫たちの時間』11〜

segakiyui

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6.騎手の歌(黒い子馬)(4)

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 回教徒のモスク跡に1402年から100年ほどかかって建てられた116m×76mの規模はスペイン最大のカテドラル、入り口のパロスの門を足元に、『ヒラルダの塔』はある。
 高さは97.5m、大小28個の鐘が並んだ70mの高さの展望台から最上にある風見(ヒラルダ)までの部分は16世紀、その下は12世紀に建てられたらしい。正方形の塔の内部には階段がなくて、内側を伝う緩やかな坂が、セビーリャを見渡せる展望台へと導いてくれる。
 『ランティエ』を入り口に、高尾と上尾を坂の中ほどに残して、俺とお由宇は9時の開場を待つのももどかしく、『ヒラルダの塔』展望台への坂を登り続けていた。昨夜のカー・チェイスの後、車で仮眠をとっただけの体は、ともすれば安らかな眠りを求めてのめり込みそうになる。重い足を引きずりあげながら、俺はこう言う酔狂なものを建てた人間と言う代物を呪っていた。
「ったく……こんな高いものを作り上げやがって…」
「そうね」
 対照的に軽々と足を運びながら、お由宇が不思議に甘い笑みを浮かべた。
「どうして人は塔を作るのかしらね」
 俺達を追い抜かして行った男が、すれ違いざまにお由宇ににっと笑っていく。
「バベルの塔然り、アントニオ・ガウディの聖家族教会然り、近代の高層建築然り。何を求めて天空へと手を伸ばしたがるのかしらね、届かないとわかっていながら懸ける恋人への想いのよう」
「んな良いもんでもないだろ。狭い所にたくさんの人を詰め込むのに都合がいいだけで」
「教会に人が住むわけ?」
「いや、そう言うわけじゃないけど」
「人を詰め込む為なら、地下を掘ってもいいわけでしょう? 地下に建造する技術と、地上に積み上げていく技術、そう大差があるようには思えないけど」
 そうだな。どうして人は空に焦がれるのか、と言う歌が昔あった気もする。重力から逃れて、支えるものも縛るものもない空を目指す数々の塔の行き先に、人は何を見ようとしたのか。
「だけどさ、お由宇」
「え?」
「暢子の行き先は、本当にここでいいのかな」
 前後の人々の中に、あの娘の顔を見つけられないまま、お由宇を、それから再び前を見つめた。
「上尾だって、はっきりここだって聞いたわけじゃないし、あの『覚え書』からの発想だって、怪しいと言や、怪しいもんだろ?」
「まず間違いないと思うわ」
 お由宇はに薄く魔的な笑みを浮かべた。
「RETA(ロッホ・エタ)が追ってきたことで、暢子がセビーリャに来ているらしいのはほぼ確かだし……何より、アルベーロがそう教えてくれているものね」
「アルベーロ?」
 きょとんとする。俺達が辿り着いたのは、アルベーロが死んだ後だ。いくらお由宇が人の心が読めるとは言え、死人の心まで読めるとは思えない。
 俺がぼやくと、お由宇はくすりと笑って、久しぶりに例の決まり文句を口にした。
「ばかねえ」
「どーせ、俺はバカだ」
「いじけないの。アルベーロが紙幣を握ってたって言ってたでしょ、『ランティエ』は」
「ああ?」
 ますますわけがわからず首を傾げる。
「あれ、旧100pts.紙幣だったって聞いた?」
「いや…でも、それがどーしたってんだ?」
「グスタボ・A・ベッケルの姿が印刷された100pts.紙幣の裏には『ヒラルダの塔』が描かれているの」
「さよーで」
 一度、お由宇の頭の中を覗き込んでやりたい。きっと常人の数倍の速さで神経のパルスが飛び回っているに違いない。
「ふう…」
 ようやく展望台に辿り着き、次第に増えてくる人々の間から、眼下を眺める。冬だと言うのに、弱々しくなるにはまだ早いと言いたげに日差しはきつく、独特な猛々しさで辺りを照らし出している。南から東にかけてはアルカサルとマリア・ルイサ公園、東から北は茶色の屋根と陽をなお白く輝かせる白壁の街並み、西側へ目を向ければカテドラルの建物が、そしてその後方には円形の闘牛場が見える。彼方にはグァダルキビール河が大きくうねりながら流れているはずだった。
(周一郎…)
 色と形が鮮やかに交錯する光景を見渡しながら、胸の中で呼びかける。
(お前……この風景の…どこにいるんだ?)
「ん?」
 視線を移していった俺は、展望台の隅にどこかで見たような顔を見つけた。寂しげな、けれどもきれいな顔立ち、朱い唇が不似合いに目立つ。
(え?)
 確かあれは、あの小さなタブラオで踊っていた舞姫、そう思い出すと同時に、女性が被っていた帽子を深く引き下げ、俺はぎょっとした。広い帽子のつばの下、朱色の唇が魔的な色合いに変わる。エレベーターですれ違った女とそっくりだ。
 だが、俺が本当に驚いたのは、女性が次にとった行動だった。展望台の隅、トレーナーを着てジーパンを履いたショートカットで小柄な人間に、踊るような足取りで忍び寄ると、何のためらいもなく体を強く押し付けた。ぎくりとして振り返った顔が驚愕に、続いて激痛に歪む。
「うっああああああ!」
「暢子!」
 俺の警告はほんのわずか遅すぎた。少年のような格好をした暢子は叫び声を上げて崩れ落ち、必死に抱え込んだ身体から大量の血が流れ落ちる。周囲の観光客から悲鳴が上がり、逃げようとするもの覗き込もうとするもの呆然と立ちすくむものが入り乱れた。その中を1人悠々と体を翻して坂を駆け下りていく女性の姿が、まるで影の中に逃げ込もうとする魔性の何かにも見えたのか、慌てて道を譲る人々をすり抜け舞姫は姿を消していく。
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