『ラズーン』第二部

segakiyui

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6.『風の申し子』(4)

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「一体どうして、こんな夜更けに?」
 知らせを聞き、それでも周囲を慮ってユーノの部屋に集まった顔の中、真っ先に問い正したのはメーネだった。
「まさか、あなたがラズーン支配下(ロダ)にいるとは思わなかった……とんでもない失態だ」
 『風の申し子』は難しい顔で呟き、眩そうにアシャを見た。相手が浮かべた複雑な微笑にすぐに目を逸らせ、メーネ、イルファ、ユーノと視線を移して、再びメーネを見つめ、深く頭を下げる。
「申し訳ありません、お許し下さい、姫。お話しできない私の役目があるのです」
「……察していました」
 メーネは厳しく頷いた。
「おまえには何か秘密がある。話せるところまで教えてくれませんか」
「それは…」
 『風の申し子』、本名リーク・スリフはためらうように口ごもった。一瞬アシャに視線を投げて、何かの返答があったのだろうか、軽く頷き、話し始める。
「実は、姫君、私がこの国へ参りましたのは、一人の少年を探すためです。少年の名前はアルト・ディヴイ。少し前まで、王の雪白(レコーマー)の世話をしていたとはわかっておりますが、数日前、突然行方不明になりました」
 アシャがぎくりとした顔でリークを見つめた。心なしか青ざめた顔でリークがもう一度頷き、目を伏せる。
「おそらくは、私の敵に……攫われたものと思います」
「……アシャ」
 唐突にメーネが口を挟んだ。
「その敵とは、あなたの敵でもあるのではないですか」
「……」
 アシャは応えない。曖昧な笑みを浮かべてメーネを見返すだけだ。
 しばらくの沈黙の後、メーネが寂しく笑って話を再開する。
「……『風の申し子』、それで、どうして今頃、どこへ行こうとしているのです? おまえは先ほどまで気を失っていたのですよ」
「そう、情けないことに」
 激しい調子でリークは吐き捨てた。
「アルトを探しにでかけて、見事、奴らに返り討ちにあったというわけです。だが、ここでぐずぐずしていれば、アルトは見るも無惨な殺され方をすることになる」
 ぎりっと歯を強く噛み締める音が響いた。
「どうぞ姫君」
 リークはメーネの前に跪いた。
「行かせて下さいますように」
「…アルトのいる所はわかっているのですか」
「テップの草原、王の雪白(レコーマー)達が草を食む外れの『晶石の谷』か、と」
「…あそこに」
 一瞬息を詰めたメーネは、やがて重々しくことばを継いだ。
「おまえ一人で行くつもりですか」
「私の役目ですから」
「無理です、その体では」
「しかし、姫!」
 リークは激した声を張り上げて食い下がった。
「これは全てのことに優先させねばなりません。何があろうとも優先させねばなりません。さもなくば、我らがラズーンは、いや、この世は滅亡の運命を逃れられないのです!」
「ラズーンの滅亡?」
 ユーノが聞き返したとたん、リークの顔が真っ白になった。ふいに、今目の前に居るのはメーネだけではないと我に返ったように瞬きし、しゃべりすぎたという顔で、黙って腕を組んで壁にもたれているアシャを見やる。だが、相手の表情で、その自分の動きがますます多くを語ってしまったと気づいたらしく、かわいそうなほど肩を落とした。
「わ、私は…」
「『風の申し子』?」
 穏やかな、けれど譲らぬ強さでメーネが真実を告げるように迫る、その声にリークがきつく唇を噛む。なおもちらちらとアシャを伺う、その気弱さにアシャが軽く眉を寄せて目を伏せた。
「…この問いは」
 違う人間に尋ねるべきものですか。
「ひ…姫」
 メーネの問いかけた先は、リークであってリークではない、おそらくは無言でリークに圧力をかけて肝心の部分を黙らせているアシャだろう。
「姫君」
 ユーノは口を開いた。
「彼の手助けをしたいのですが」
「っ」
 アシャが目を見開いた。ユーノを見る。まっすぐ見つめ返すユーノに、メーネが痛ましげに問う。
「どうしてですか、ユーノ」
 なぜあなたが。
「……自分が守ろうとした相手の生死を案じる気持ち、ボクには痛いほどよくわかります」
「冗談じゃない」
 アシャが唸った。ひやりとした殺気を滲ませた声、森林の闇に潜む鋭い牙を持った獣の獰猛さを響かせる。メーネが驚いたようにアシャを振り向く。
「この前死にかけてから、ほんの少ししかたっていないんだぞ」
 怒鳴りつけはしないが、怒りの響きは部屋を圧する。
「ボクは今、生きてるじゃないか」
 平然とユーノはアシャを見返した。燃え上がるような紫の瞳ににやりと笑う。
「それに」
 どれだけ激怒しようと、今ユーノはアシャを制する大きな鍵を手に入れている。
「ラズーンの危機、なんだろう、アシャ」
「……」
 じろり、とアシャは冷たい視線をリークに向けた。
「あなたが動かないはずはないよね?」
「……俺は」
「一人で行くつもりだった? それこそ冗談じゃないよ」
 ボクが大人しく待っているとでも?
「……ユーノ」
 深く重い溜め息をつく相手に、イルファがきょとんとした顔で不思議そうに問う。
「何唸ってるんだ」
 ユーノとアシャを交互に見る。
「いろいろと世話になったのだから、『貴婦人』のためとあらば、おおもちろん一肌脱ぐのは当然だ。しかも、ラズーンの危機なのか? いずれ戦になるんだな?」
「…………」
 アシャは険しい顔でなおもリークを睨みつけ、リークはうろたえた顔で首を竦める。
「戦になるのなら、その前に邪魔な奴は倒しておくのがよい。ユーノの考えはまこと正しい。何の文句があるんだ、アシャ」
「文句はない、ただ」
 こちらを見やったアシャの瞳が一瞬妖しいほど悩ましい色に濡れた。
「ただ、何ですか、アシャ」
「…いえ、まあ」
 はあ、ともう一度溜め息をついて、垂れてきた金髪をうっとうしそうに片手でかきあげる。やがて突き放すように続けた。
「私もあなたには恩恵を受けている。早急に『晶石の谷』に出向いてさっさと始末をつけてきましょう」
「そんな! あなたに来て頂くなんて、アシャ・ラ…」
「ん、ん!」
 リークが興奮して遮ろうとしたのを、アシャが鋭く切った。
「あ、あ、うっ…」
 リークがひくりと顔を強張らせて息を呑む。さっきよりなおうろたえて周囲を見回す、その様子にメーネがはっとしたように瞬いた。
「アシャ……? あなた……もしや…」
「姫君」
 アシャが静かに口を挟む、だが、その制止にも止まらずにメーネは見る見る顔色を変えて、白くなった唇でそっと、
「まさか、あなたはラズーンの」
「ラズーンの?」
「リーク」
 繰り返したユーノを無視するようにアシャがリークを振り向く。
「『晶石の谷』攻略について話し合う。時間はない、そうだな?」
 自分を置き去って進む話に、ユーノは急いで食いついた。
「じゃあ、ボクも行く、それでいいんだね?」
「……仕方なかろう」
 むっつり呟いたアシャが舌打ちして、リークはおどおどと俯いた。

「先ほどの非礼をお詫びいたします」
 一通りの話をまとめて、僅かな休息を取りにそれぞれの部屋へ戻る中、アシャは先を行くメーネにそっと声をかけた。
「……あなたは視察官(オペ)だったのですね」
 背中を向けたまま無言で足を進めていたメーネが振り返り、諦めたような優しい笑みを返してくる。
「それも、視察官(オペ)中の視察官(オペ)、ラズーン支配下(ロダ)を歩き回っているなどとは思いもせぬ視察官(オペ)………ラズーンのアシャ」
「よくご存知です、『貴婦人』」
 そう応えるしかなかった、メーネの聡明さの前では。
「でも、一体どうして……なぜ、『あなた』が?」
「……」
 直接知っているわけがない、公に知らされるわけもない、それでも賢明な思考は軽々と真実を見抜く。
 応えぬアシャに相手は寂しそうに笑みを深める。
「そう…応えないのでしたね。でも一つだけ、私には聞く権利があるはずです………あなたに気持ちを捧げる者の一人として………あなたを引き止める絆とは何ですか」
 青く澄んだまっすぐな瞳にアシャは苦笑いする。
「少女です」
 自分の声が怯まないようにしっかり応えた。
「もし彼女が望むなら、いつでもどこでも、その側に居てやりたいと思う、ただ一人の」
「そ…う」
 メーネは目を伏せ、滲みかけた涙を飲み下すように数回瞬きした。
「あなたのそのような笑みは…初めて見ました」
 掠れた声で続ける。
「セレドのレアナ姫……美しい女性だと聞いています」
「……」
 セレドのレアナなら納得する、そう聞こえて、アシャは複雑な思いになる。
(そうじゃない)
 レアナではない、アシャの忠誠を捧げる相手は。
 だが、それを今口にして一番恐れることは、目の前の美姫の拒否ではなく、他に想う男が居るかもしれないユーノを傷つけることだ。傷ついたユーノが二度と自分に身を委ねてくれなくなることだ。
「だから、あの少女を守るのですか」
「え…」
「ユーナ・セレディス、彼女はレアナの妹ですね?」
「それは」
 いつユーノが何者かに気づいたのか、そう驚いたアシャに、メーネは訝しげに眉を寄せる。
「少女……?」
「『貴婦人』、私は」
「………アシャ………私は、ひょっとして」
 勘違いをしているのでしょうか?
「セレドのレアナ姫は、少女と呼ばれるような方ではありませんね?」
 自分を見上げる澄んだ瞳に、アシャはことばを失った。
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