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8.月獣(ハーン)(1)
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「ほんとに……なんて月だろう」
ユーノは溜め息まじりに、深い紺色の夜空を見上げた。
温かく湿気を帯びた夜風が、柔らかく髪を撫でていく。静まり返った夜の闇は、人々の吐息でも含んでいるのか、それとも疎らに生えているくすんだ深緑の草が囁くのか、微かなざわめきに満ちている。
蠢く気配が満ちた静けさの中、ユーノ達は夜の強行軍に踏み切っていた。
一つには、この湿地帯が昼間は熱気に蒸されて進めたものではないということ、もう一つは今もユーノ達を煌々と照らす月にある。
「真昼と言っても通るぜ、こいつあ…おっと」
感嘆をあげて頭上の月を見上げたイルファが、腕の間で寝息をたてているレスファートの体がずり落ちかけたのに、慌てて片手で支える。
「金の光だな」
アシャが笑った。その髪にも光は惜しみなく降り注ぎ、淡い銀色を潜ませた黄金色に輝かせ、身動きするたび金粉を散らすように光が体に跳ねる。
天上から降りた聖なる遣いのようなアシャの姿に笑みを返し、ユーノもそっと空を見上げる。
大きくて美しい月。
その月を眺めながら、ユーノの意識にあったのは。
(アシャ)
正体はもうわかっている。アシャも知られたと察しているかもしれない。
けれど、それをユーノはまだ口にしていない、あなたはラズーンの王子なのか、と。
(馬鹿なことを…している)
くす、と寂しく笑う。
一旦それを口にし、確かめてしまうと、これまで一緒に居たアシャ、側で支え守り続けてくれていたアシャが遠くへ消え去ってしまうような気がして、ユーノは知らぬふりを続けている。
(幻はいつか消える)
どれほどごまかしていても、真実は必ず明らかになる。
(でも……ラズーンの正統後継者が、どうして諸国を巡る視察官(オペ)なんかになったんだろう)
話には聞いたことがある。諸国の王族が庶民の暮らしを知るため、よりよき王と育つために、身分を偽り下々の世界へ入り込むことがある、と。
だがしかし、ラズーンをこれほど遠く離れ、しかもアシャは所在を明らかにしていない様子、そんな酔狂が許されるのはきっと後継者の中でも順位が低いせいなのだろうと推察しているが。
(ラズーンを継ぐのではないなら、なおさら、何のために恵まれた居場所を捨てて、こんな辺境に)
そもそも視察官(オペ)として動いているのなら、後継者としての身分を離れたのかとも思うが、他の視察官(オペ)の応対の仕方から、おそらくアシャの称号(クラノ)は依然として『ラズーン正統後継者』のままなのだろう。
(なぜ?)
そんな男が、ただ一人、あんなぼろぼろの姿で。
ヒストがふい、と頭を上げ、立ち止まった。
ピシャッ、と濡れた草が踏みしだかれる音が、夜の眠りを妨げるように大きく響く。
「アシャ?」
「そのまま行って大丈夫だ」
アシャの声は落ち着いている。
「この辺りには危険な動物はいない」
頷いて、ユーノは再び静かにヒストを進め始める。濡れた足音は時に深みを知らせるが、沼と沼の間には意外にしっかりとした地面があり、アシャが停止を命じることはない。
静けさは再びユーノの頭に疑問を次々と浮かばせる。
(どうしてラズーンの危機を『銀の王族』が救える? そもそもラズーンの二百年祭って何だ? 諸国の動乱と太古生物の復活は二百年祭と関係があるのか?)
謎はまだ解かれぬまま、ラズーンへ続く闇の中に横たわっている。
(アシャに問い正してみるか? でも、何から切り出す?)
話し始めると出自に触れることになるだろうか。この先の処遇について答えなくてはならないだろうか。あるいはまた、それを知ったからにはもう一緒には行けないと、拒まれることにならないのか。
(何か、大きなものがある)
今ユーノがぶつかっている謎は、単にアシャの正体や『銀の王族』の存在の秘密を越えたもの、世界の成り立ちを語るもののような気がしてしまうのは、考えすぎだろうか。
(尋ねられたらどうする?)
謎の答えを教えよう、その代わりにユーノの生き方を即時決めろ、と迫られたら。
(たとえばセレドを見捨てるような選択が待っているとしたら)
今まで守ってきたものを全て捨てる、そんな選択しか示されないとしたら。
「…ん?」
つい、と前方の金の月光の中を、何か陽炎のようなものが過っていった気がして、手綱を絞り、ヒストを止めた。
目を凝らし、じっと見つめる。
「どうした?」
不審そうなイルファの問いを無視して、ユーノは前方を見つめ、眉を寄せた。
「…何か、いる」
「何か?」
イルファが同じように馬を止め、ユーノが示す月光が照らし出している空間を見た。
「何かって…何が」
見渡すばかりの湿地帯、ところどころにある水たまりが、風を受けて水面が動くのか、きらっ……きらっ…と微かな光を反射しているだけだ。
「どこにいる? 俺には見えん」
「う…ん」
ユーノは曖昧に唸った。
なるほど、目には見えない。目を凝らして見つめれば見つめるほど、何も見えてこない。
だが、少し視線を外し、意識の場所を動かすと、どうもそこだけ月光の反射具合が違うというのか、光の跳ね具合が狂っているというのか、淡く微かに、しかし確かにある種の密度と存在感をもった何かが踞っているように思える。
ヒストが苛立つようにゆっくり頭を上下させた。たてがみが月光を跳ねる。細かな反射が巻き散らされ、それが前方の何かを刺激したように、ユーノの前に茫洋と広がっていた『何か』が、じわじわと集まり、凝り始めた。
「……」
得体の知れないもの。
今は敵意はなくとも、いつ何があるかわからない。
ユーノは目を細めて剣に手をかけ、いつでも引き抜けるように構える。チッ…チッと、イルファとアシャの手元からも同じ微かな音が弾ける。
何も知らずに眠るレスファートの寝息が、柔らかく優しく響いている。
三人の考えはおそらく同じ。
(『運命(リマイン)』か?)
我知らず緊張してくる体から、ユーノはあえて力を抜いた。息を細く吐き、力を腹に落とす。
体が強張っていては命取りになる、特に『運命(リマイン)』相手には。
(最大限の力を出しても、逃げるのが精一杯の相手)
アシャに鍛えてはもらっているが、相対するたびに『運命(リマイン)』には全く足りないと感じるばかりだ。正面切ってやりあったら、おそらく数瞬で屠られてしまう。ましてや、逃げることを考えて向かったら、それで終わってしまうはず。
堪えても堪えても、腹の辺りに氷塊が生じる。胸が締まる。
目の前の金色の靄は粉っぽくなり塊になり、今やはっきりと、ある形を取り始めていた。
ヒストと同じぐらいの四つ足の動物だ。淡く緑色に輝く目が、中央に瞳孔を浮かせてこちらを見据える。
ブルルッ、とヒストが鼻を鳴らし、体を動かした。怯えているのではない。猛らせてくれない主人をじれったがって煽っている。
「だめだ、ヒスト」
低く簡潔に命じたユーノの声に、ヒストは不服そうに嘶く。と、それに脅されたように、目の前の動物の形が揺れ、引き延ばされるようにふうっと伸び上がった。
「?」
命あるものとは思えない自由奔放で不安定な動き、呆気にとられるユーノ達の前で、伸び上がった金の靄が見る見る凝り固まり、額に猛々しいねじり角を戴いた馬の姿になる。
「おい何だよ、アシャ、こいつあ!」
イルファががらがら声を素っ頓狂に張り上げる。
金の一角の馬は、びくんと身を震わせた。無数の小さな粉の渦を思わせるたてがみと尾が、夜風に嬲られるように激しく蠢く。
(怯えてる?)
緑の目がおどおどとイルファを見つめるのに、ユーノはきょとんとした。
「たいしたことねえな、俺一人でやれるぜ」
ずい、とイルファが馬を進める。抜き放った両刃の大振りの剣が、月光を浴びてぎらつく。一刀両断しようと殺気を込めたイルファに、相手が明らかな怯えを浮かべて、慌てて一歩、後ずさる。
「待てよ、イルファ」
今にも切りかかろうとするイルファを、ユーノは危うく押しとどめた。
「何だ」
「こいつ、ボクらを襲う気はないみたいだ」
「じゃ、どうしてこんな所に突っ立ってやがる?」
「よくわからないけど……そうだ、レスを起こしてよ」
「あん? 起こしてどうする」
「レスなら、もっと何か見えるかもしれない」
「なるほどな。よし、おい、レス! レス!」
「ん……」
レスファートは揺さぶられてうっとうしそうに眉をひそめた。薄目を開けたが、眠そうにイルファを見返し、再び瞼をふせようとするのを、イルファがしつこく揺り起こす。
「レス! おい、起きろ!」
「ねむいの…」
「レス、起きてくれる?」
「ユーノ!」
ぱちっとレスファートは目を開けた。
「なに?」
「どういうんだ、この態度の違い?」
イルファのぼやきはお構いなし、ユーノに目で促されて、レスファートは金の馬を振り向き、大きく目を見開いた。
「わぁ!」
「ほら、やっぱりこいつ」
「待てって!」
すぐに剣を振り上げようとするイルファを止めかけたユーノ、その声に被さってレスファートが嬉しそうに叫ぶ。
「かわいい!」
「可愛い?」「かわいい?」
ユーノとイルファが異口同音に繰り返すのに、レスファートは不満そうに振り返る。
「かわいいよ、あのちっちゃいの」
「ちっちゃい?」「小さい?」
「あっ、にげちゃう」
金の馬が堪えられたのはそこまでだったらしい。ふっと身を翻し、たちまち金の靄に戻って空間に溶け入るように、姿を消しながら走り去っていってしまう。
「…何だよ…あれは」
「これくらいの」
茫然としたイルファの声に、レスファートが自分の腕を輪にして見せた。
「動物でしょ? 金のまき毛が頭とせなかにあって、長い長いまき毛のしっぽをしてた、草猫みたいなの。緑の目がとてもきれいだったけど……あんなの、ぼく、はじめて見た」
「……月獣(ハーン)だよ」
背後から重い声がして、ユーノは振り返った。
険しい表情になったアシャが、金色の馬が駆け去った方向に厳しい眼を向けているのにどきりとする。
「月獣(ハーン)?」
「ああ」
アシャは緩やかに頭を巡らせた。
「大抵は群れでいるものなんだが……どうして一頭で…」
「なにか、いいたいことがあったみたいだよ、アシャ」
レスファートはすっかり目が覚めてしまったらしい。月光に不思議な色に透けるアクアマリンの瞳をアシャに据えている。
「何をだ?」
「わかんないけど……なにか、こわがってた」
「月獣(ハーン)が群れでいないということは、二つの原因が考えられる。一つは月獣(ハーン)を狩るものが現れたということ、もう一つは…」
アシャは苦い顔になった。
「この辺りに人間がいなくなっているということだ」
「どういうこと?」
「月獣(ハーン)は、人間の側でないと生きられない動物なんだ。一定距離よりは人間に近づかない。だが、人間のいる場所でないと生きていけない。衰弱して死んでいってしまう」
「でも、アシャ、この湿地帯の向こうにキャサランっていう国があるって言ってた…」
ふいに、ユーノはアシャの言う意味を悟ってぎくりとした。
「まさか、アシャ」
「既に『運命(リマイン)』の手が回っているかも知れない」
「冗談じゃねえ」
ぞっとした顔でイルファが応じる。
「わざわざ、そんな中へ行くのか?」
「キャサランの迂回はできないな、国が大きすぎる」
アシャは紫水晶の瞳の奥に冷えた色をたたえた。美しい顔に凄んだ笑みを浮かべる。
「どうする?」
「そこしかないなら」
ユーノはぐっと手綱を引き締めた。
「行くしかないな」
今度はやや穏やかな笑みを返して、アシャが頷く。
「ったく! 喧嘩好きな奴ばっかり揃ってやがる!」
イルファは溜め息まじりに唇を曲げたが、レスファートのことばに思わずがっくりした。
「それって、イルファのこと?」
「人の気配がない…」
低く呟いて、ユーノはヒストを止めた。
不揃いな石が敷き詰められた街路には、そこここに茂るジェブやヒスパ、タイノンの木々の、枯れた葉がうすら寒い風に舞っている。街路の両側、灰色の石造りの家並みも重い沈黙を守り続け、屋根にも砂埃が覆っているような鈍さが澱んでいた。
「おい、アシャ」
イルファが眉をしかめて辺りを見回しながら尋ねる。
「これが金の都と噂に名高いキャサランか?」
「嫌な予感が当たったね、アシャ」
ヒストの手綱を握り直しながら、ユーノは苦々しく吐いた。
カツッ、と蹄の当たる固い音が、虚ろに、人っ子一人いない街に谺し、吸い込まれて消えていく。
「誰も…いない…」
竦んだようなレスファートの声が不安に揺れた。
「どうする、アシャ………アシャ?」
答えがないのに振り返ったユーノは、相手が凍りついたように一軒の家の窓を見つめているのに気がついた。それは道に面した平屋の一つで、石を彫って作り上げたと思われる飾り窓が、壁の所々に配置されている。
アシャの目は、その窓の一つの格子に結ばれた黒い布に惹き付けられているようだ。
やがて、アシャはゆっくりと馬を進め、身を屈ませて布の結び目を解いた。ふわりと風に翻る黒布の隅に、金色の紋章のようなものが縫い取ってある。それを目にしたアシャの顔がいよいよ険しくなった。
「アシャ?」
「っ」
問いかけたユーノの声に、はっとしたようにアシャは黒布を荷物に突っ込み振り返った。
「何?」
まっすぐ見つめると、アシャは苦い表情を浮かべた。
「紋章だ」
「誰の?」
「『運命(リマイン)』の王を名乗る人間の。……これは、俺達への挑戦だろうな」
「挑戦?!」
「ああ。俺達がここを通る事を予想して、あらかじめここを襲ったんだ、自分達の力を誇示するために」
「それだけのために?」
ユーノは目を細めた。
「それだけのために、この街を廃墟にしたって言うのか?」
「あいつらのやりそうなこったぜ」
イルファが殺気立った口調で吐き捨てた、と同時にぐっと周囲の気配が硬化した。瞬時にユーノが顔を上げる。
「第一陣が」
「来たようだね!」
アシャのことばを継ぐや否や、ユーノが引き抜いて振り上げた剣に短剣があたって跳ね返る。う、わあっ、と閧の声が周囲から上がり、静まり返っていた街路に見る間にカザドの黒兵士の姿が溢れた。
「イルファ!」
剣を交えて突っ込みながら、ユーノは叫ぶ。
「レスを頼む!!」
「おうさ!!」
片腕でレスファートを抱きかかえながら、イルファが馬上で両刃の剣を振り回す。
あれほど人の気配がなかった街に、これほどの手勢をどうやって隠していたのか、カザド兵は次々とユーノ達に襲い掛かってきた。レスファートを抱えている分だけ、どうしても隙ができやすいイルファに、三人のカザド兵が同時に飛びかかる。
「んなろくそ!」
イルファが怒号とともに一人を切り捨て、もう一人の腹を刺し貫く。残った一人がイルファの太い首を狙うところへ、ぎりぎりユーノの切っ先が剣を跳ね上げる。伸び切ったユーノの腹を狙った剣に、脚を振り上げ相手を蹴り倒す。カザド兵は倒れた仲間を容赦なく踏みつけ、迫ってくる。激しい剣戟の音が石造りの窓や軒に響いて反響し合い、方向感覚を狂わせていく。
「ちいっ!」
ユーノは鋭く舌打ちをして手綱を引き、幾人かのカザド兵を蹴散らした。
(一体どうして)
過熱しきらない頭の冷静な部分が呟いている。
(どうしてカザドがこんな所まで来られる? これほどの人数、尾行してくるにしても、噂を聞かないはずがないのに)
「ユーノ!」
後ろに気配を感じると同時にアシャの警告が響いた。振り向き様に剣を一閃、だが反応はやや遅く、相手の剣が左腕を掠める。ぴりっと走った痛みに一瞬眉をしかめたが、たじろぐことなくユーノは敵を倒す。
「大丈夫か?!」
儀式を思わせる優雅さで敵を倒しながらアシャが尋ねてくるのに笑い返す。
「これぐらい傷に入らないさ、は、あっ!」
ヒストを駆り、またもや動きの鈍いイルファに群がろうとするカザド兵に向かう。
(右……左、右!)
一瞬の隙も見逃すことなく、アシャに教えられた剣術を生かす。斬りつける、突き入れる、攻撃動作と同時に、次の急所、次の獲物に狙いを定める。空いた手足で相手の無防備な部分を攻め、その動きを生かしながら自分の体を守るため、見た目には緩やかな曲線を描く動きに集中する。
「、つっ」
ヒストを脚の合図だけで操るのがレノほどはうまくいかず、再び傷を受けた、その瞬間、またもやぴりっと妙な感触が広がる。
(まさか)
嫌な予感がした。
剣に毒を塗るなど、名のある剣士、誇りを持った者は行わないが、カザドなら常道だ。だが、ユーノを殺すはずはない。前のように痺れ薬の類だろうか。
(冗談じゃない)
ラズーンへ辿り着く前にカザドの捕虜になるなどごめんだ。楽しい歓迎が待っていないことぐらい想像がつく。
気のせいか、重くなってきた左腕をことさら無視して剣を揮う。切られたカザド兵の絶叫、倒れた兵士は『運命(リマイン)』への忠誠を示すように見る見るどす黒い汚泥と化す。それにも怯まず屍を跳ね散らかし、踏みにじって迫ってくる、カザドの猛攻。
「んっ?」
(あれは)
ふいにユーノの視線は喧噪の彼方、争いの場から遠く離れた所でぽつんと一人、馬に跨がっている男に止まった。
白髪に見える淡い色の髪、若々しくすらりとした身体には黒衣を纏っている。胸元には、毒々しい色を放つ真紅の宝石を取り巻く金の翼と、その宝石の内部を貫く一本の捩じれた金の棒を組み合わせたものが、ペンダントになって下げられている。
その『紋章』はさっきアシャが素早く荷物に押し込んだ、黒布に描かれていたのとそっくりだ。
(では、あれが『運命(リマイン)』の王!)
息を呑むユーノに気づいたように、男はにんまりと唇の両端を上げて見せた。真紅の瞳が禍々しい色をたたえてユーノを射抜く。
ぞくり、とした。
思わず竦んだ背中をことさら伸ばすようにして見返すと、男は皮肉なほど丁寧な一礼をして、馬ごと向きを変えた。同時に、今の今までユーノ達を攻め立てていたカザド兵が、次々と蜘蛛の子を散らすように姿を消していく。
「おい、何だ、何だよ、拍子抜けじゃねえか……おい、ユーノ?」
暴れ足りなさそうなイルファの声に、ユーノはますます重くなってくる左腕を持て余していた。まるで金を計る錘でも括り付けられたようだ。去っていった白髪の男の引力に体の力が奪われていく。寒気が襲ってくる。
剣を鞘に納めるのがやっとだった。
ユーノはそのままぐったりとヒストの背中を身を委ねて息を喘がせていた。
ユーノは溜め息まじりに、深い紺色の夜空を見上げた。
温かく湿気を帯びた夜風が、柔らかく髪を撫でていく。静まり返った夜の闇は、人々の吐息でも含んでいるのか、それとも疎らに生えているくすんだ深緑の草が囁くのか、微かなざわめきに満ちている。
蠢く気配が満ちた静けさの中、ユーノ達は夜の強行軍に踏み切っていた。
一つには、この湿地帯が昼間は熱気に蒸されて進めたものではないということ、もう一つは今もユーノ達を煌々と照らす月にある。
「真昼と言っても通るぜ、こいつあ…おっと」
感嘆をあげて頭上の月を見上げたイルファが、腕の間で寝息をたてているレスファートの体がずり落ちかけたのに、慌てて片手で支える。
「金の光だな」
アシャが笑った。その髪にも光は惜しみなく降り注ぎ、淡い銀色を潜ませた黄金色に輝かせ、身動きするたび金粉を散らすように光が体に跳ねる。
天上から降りた聖なる遣いのようなアシャの姿に笑みを返し、ユーノもそっと空を見上げる。
大きくて美しい月。
その月を眺めながら、ユーノの意識にあったのは。
(アシャ)
正体はもうわかっている。アシャも知られたと察しているかもしれない。
けれど、それをユーノはまだ口にしていない、あなたはラズーンの王子なのか、と。
(馬鹿なことを…している)
くす、と寂しく笑う。
一旦それを口にし、確かめてしまうと、これまで一緒に居たアシャ、側で支え守り続けてくれていたアシャが遠くへ消え去ってしまうような気がして、ユーノは知らぬふりを続けている。
(幻はいつか消える)
どれほどごまかしていても、真実は必ず明らかになる。
(でも……ラズーンの正統後継者が、どうして諸国を巡る視察官(オペ)なんかになったんだろう)
話には聞いたことがある。諸国の王族が庶民の暮らしを知るため、よりよき王と育つために、身分を偽り下々の世界へ入り込むことがある、と。
だがしかし、ラズーンをこれほど遠く離れ、しかもアシャは所在を明らかにしていない様子、そんな酔狂が許されるのはきっと後継者の中でも順位が低いせいなのだろうと推察しているが。
(ラズーンを継ぐのではないなら、なおさら、何のために恵まれた居場所を捨てて、こんな辺境に)
そもそも視察官(オペ)として動いているのなら、後継者としての身分を離れたのかとも思うが、他の視察官(オペ)の応対の仕方から、おそらくアシャの称号(クラノ)は依然として『ラズーン正統後継者』のままなのだろう。
(なぜ?)
そんな男が、ただ一人、あんなぼろぼろの姿で。
ヒストがふい、と頭を上げ、立ち止まった。
ピシャッ、と濡れた草が踏みしだかれる音が、夜の眠りを妨げるように大きく響く。
「アシャ?」
「そのまま行って大丈夫だ」
アシャの声は落ち着いている。
「この辺りには危険な動物はいない」
頷いて、ユーノは再び静かにヒストを進め始める。濡れた足音は時に深みを知らせるが、沼と沼の間には意外にしっかりとした地面があり、アシャが停止を命じることはない。
静けさは再びユーノの頭に疑問を次々と浮かばせる。
(どうしてラズーンの危機を『銀の王族』が救える? そもそもラズーンの二百年祭って何だ? 諸国の動乱と太古生物の復活は二百年祭と関係があるのか?)
謎はまだ解かれぬまま、ラズーンへ続く闇の中に横たわっている。
(アシャに問い正してみるか? でも、何から切り出す?)
話し始めると出自に触れることになるだろうか。この先の処遇について答えなくてはならないだろうか。あるいはまた、それを知ったからにはもう一緒には行けないと、拒まれることにならないのか。
(何か、大きなものがある)
今ユーノがぶつかっている謎は、単にアシャの正体や『銀の王族』の存在の秘密を越えたもの、世界の成り立ちを語るもののような気がしてしまうのは、考えすぎだろうか。
(尋ねられたらどうする?)
謎の答えを教えよう、その代わりにユーノの生き方を即時決めろ、と迫られたら。
(たとえばセレドを見捨てるような選択が待っているとしたら)
今まで守ってきたものを全て捨てる、そんな選択しか示されないとしたら。
「…ん?」
つい、と前方の金の月光の中を、何か陽炎のようなものが過っていった気がして、手綱を絞り、ヒストを止めた。
目を凝らし、じっと見つめる。
「どうした?」
不審そうなイルファの問いを無視して、ユーノは前方を見つめ、眉を寄せた。
「…何か、いる」
「何か?」
イルファが同じように馬を止め、ユーノが示す月光が照らし出している空間を見た。
「何かって…何が」
見渡すばかりの湿地帯、ところどころにある水たまりが、風を受けて水面が動くのか、きらっ……きらっ…と微かな光を反射しているだけだ。
「どこにいる? 俺には見えん」
「う…ん」
ユーノは曖昧に唸った。
なるほど、目には見えない。目を凝らして見つめれば見つめるほど、何も見えてこない。
だが、少し視線を外し、意識の場所を動かすと、どうもそこだけ月光の反射具合が違うというのか、光の跳ね具合が狂っているというのか、淡く微かに、しかし確かにある種の密度と存在感をもった何かが踞っているように思える。
ヒストが苛立つようにゆっくり頭を上下させた。たてがみが月光を跳ねる。細かな反射が巻き散らされ、それが前方の何かを刺激したように、ユーノの前に茫洋と広がっていた『何か』が、じわじわと集まり、凝り始めた。
「……」
得体の知れないもの。
今は敵意はなくとも、いつ何があるかわからない。
ユーノは目を細めて剣に手をかけ、いつでも引き抜けるように構える。チッ…チッと、イルファとアシャの手元からも同じ微かな音が弾ける。
何も知らずに眠るレスファートの寝息が、柔らかく優しく響いている。
三人の考えはおそらく同じ。
(『運命(リマイン)』か?)
我知らず緊張してくる体から、ユーノはあえて力を抜いた。息を細く吐き、力を腹に落とす。
体が強張っていては命取りになる、特に『運命(リマイン)』相手には。
(最大限の力を出しても、逃げるのが精一杯の相手)
アシャに鍛えてはもらっているが、相対するたびに『運命(リマイン)』には全く足りないと感じるばかりだ。正面切ってやりあったら、おそらく数瞬で屠られてしまう。ましてや、逃げることを考えて向かったら、それで終わってしまうはず。
堪えても堪えても、腹の辺りに氷塊が生じる。胸が締まる。
目の前の金色の靄は粉っぽくなり塊になり、今やはっきりと、ある形を取り始めていた。
ヒストと同じぐらいの四つ足の動物だ。淡く緑色に輝く目が、中央に瞳孔を浮かせてこちらを見据える。
ブルルッ、とヒストが鼻を鳴らし、体を動かした。怯えているのではない。猛らせてくれない主人をじれったがって煽っている。
「だめだ、ヒスト」
低く簡潔に命じたユーノの声に、ヒストは不服そうに嘶く。と、それに脅されたように、目の前の動物の形が揺れ、引き延ばされるようにふうっと伸び上がった。
「?」
命あるものとは思えない自由奔放で不安定な動き、呆気にとられるユーノ達の前で、伸び上がった金の靄が見る見る凝り固まり、額に猛々しいねじり角を戴いた馬の姿になる。
「おい何だよ、アシャ、こいつあ!」
イルファががらがら声を素っ頓狂に張り上げる。
金の一角の馬は、びくんと身を震わせた。無数の小さな粉の渦を思わせるたてがみと尾が、夜風に嬲られるように激しく蠢く。
(怯えてる?)
緑の目がおどおどとイルファを見つめるのに、ユーノはきょとんとした。
「たいしたことねえな、俺一人でやれるぜ」
ずい、とイルファが馬を進める。抜き放った両刃の大振りの剣が、月光を浴びてぎらつく。一刀両断しようと殺気を込めたイルファに、相手が明らかな怯えを浮かべて、慌てて一歩、後ずさる。
「待てよ、イルファ」
今にも切りかかろうとするイルファを、ユーノは危うく押しとどめた。
「何だ」
「こいつ、ボクらを襲う気はないみたいだ」
「じゃ、どうしてこんな所に突っ立ってやがる?」
「よくわからないけど……そうだ、レスを起こしてよ」
「あん? 起こしてどうする」
「レスなら、もっと何か見えるかもしれない」
「なるほどな。よし、おい、レス! レス!」
「ん……」
レスファートは揺さぶられてうっとうしそうに眉をひそめた。薄目を開けたが、眠そうにイルファを見返し、再び瞼をふせようとするのを、イルファがしつこく揺り起こす。
「レス! おい、起きろ!」
「ねむいの…」
「レス、起きてくれる?」
「ユーノ!」
ぱちっとレスファートは目を開けた。
「なに?」
「どういうんだ、この態度の違い?」
イルファのぼやきはお構いなし、ユーノに目で促されて、レスファートは金の馬を振り向き、大きく目を見開いた。
「わぁ!」
「ほら、やっぱりこいつ」
「待てって!」
すぐに剣を振り上げようとするイルファを止めかけたユーノ、その声に被さってレスファートが嬉しそうに叫ぶ。
「かわいい!」
「可愛い?」「かわいい?」
ユーノとイルファが異口同音に繰り返すのに、レスファートは不満そうに振り返る。
「かわいいよ、あのちっちゃいの」
「ちっちゃい?」「小さい?」
「あっ、にげちゃう」
金の馬が堪えられたのはそこまでだったらしい。ふっと身を翻し、たちまち金の靄に戻って空間に溶け入るように、姿を消しながら走り去っていってしまう。
「…何だよ…あれは」
「これくらいの」
茫然としたイルファの声に、レスファートが自分の腕を輪にして見せた。
「動物でしょ? 金のまき毛が頭とせなかにあって、長い長いまき毛のしっぽをしてた、草猫みたいなの。緑の目がとてもきれいだったけど……あんなの、ぼく、はじめて見た」
「……月獣(ハーン)だよ」
背後から重い声がして、ユーノは振り返った。
険しい表情になったアシャが、金色の馬が駆け去った方向に厳しい眼を向けているのにどきりとする。
「月獣(ハーン)?」
「ああ」
アシャは緩やかに頭を巡らせた。
「大抵は群れでいるものなんだが……どうして一頭で…」
「なにか、いいたいことがあったみたいだよ、アシャ」
レスファートはすっかり目が覚めてしまったらしい。月光に不思議な色に透けるアクアマリンの瞳をアシャに据えている。
「何をだ?」
「わかんないけど……なにか、こわがってた」
「月獣(ハーン)が群れでいないということは、二つの原因が考えられる。一つは月獣(ハーン)を狩るものが現れたということ、もう一つは…」
アシャは苦い顔になった。
「この辺りに人間がいなくなっているということだ」
「どういうこと?」
「月獣(ハーン)は、人間の側でないと生きられない動物なんだ。一定距離よりは人間に近づかない。だが、人間のいる場所でないと生きていけない。衰弱して死んでいってしまう」
「でも、アシャ、この湿地帯の向こうにキャサランっていう国があるって言ってた…」
ふいに、ユーノはアシャの言う意味を悟ってぎくりとした。
「まさか、アシャ」
「既に『運命(リマイン)』の手が回っているかも知れない」
「冗談じゃねえ」
ぞっとした顔でイルファが応じる。
「わざわざ、そんな中へ行くのか?」
「キャサランの迂回はできないな、国が大きすぎる」
アシャは紫水晶の瞳の奥に冷えた色をたたえた。美しい顔に凄んだ笑みを浮かべる。
「どうする?」
「そこしかないなら」
ユーノはぐっと手綱を引き締めた。
「行くしかないな」
今度はやや穏やかな笑みを返して、アシャが頷く。
「ったく! 喧嘩好きな奴ばっかり揃ってやがる!」
イルファは溜め息まじりに唇を曲げたが、レスファートのことばに思わずがっくりした。
「それって、イルファのこと?」
「人の気配がない…」
低く呟いて、ユーノはヒストを止めた。
不揃いな石が敷き詰められた街路には、そこここに茂るジェブやヒスパ、タイノンの木々の、枯れた葉がうすら寒い風に舞っている。街路の両側、灰色の石造りの家並みも重い沈黙を守り続け、屋根にも砂埃が覆っているような鈍さが澱んでいた。
「おい、アシャ」
イルファが眉をしかめて辺りを見回しながら尋ねる。
「これが金の都と噂に名高いキャサランか?」
「嫌な予感が当たったね、アシャ」
ヒストの手綱を握り直しながら、ユーノは苦々しく吐いた。
カツッ、と蹄の当たる固い音が、虚ろに、人っ子一人いない街に谺し、吸い込まれて消えていく。
「誰も…いない…」
竦んだようなレスファートの声が不安に揺れた。
「どうする、アシャ………アシャ?」
答えがないのに振り返ったユーノは、相手が凍りついたように一軒の家の窓を見つめているのに気がついた。それは道に面した平屋の一つで、石を彫って作り上げたと思われる飾り窓が、壁の所々に配置されている。
アシャの目は、その窓の一つの格子に結ばれた黒い布に惹き付けられているようだ。
やがて、アシャはゆっくりと馬を進め、身を屈ませて布の結び目を解いた。ふわりと風に翻る黒布の隅に、金色の紋章のようなものが縫い取ってある。それを目にしたアシャの顔がいよいよ険しくなった。
「アシャ?」
「っ」
問いかけたユーノの声に、はっとしたようにアシャは黒布を荷物に突っ込み振り返った。
「何?」
まっすぐ見つめると、アシャは苦い表情を浮かべた。
「紋章だ」
「誰の?」
「『運命(リマイン)』の王を名乗る人間の。……これは、俺達への挑戦だろうな」
「挑戦?!」
「ああ。俺達がここを通る事を予想して、あらかじめここを襲ったんだ、自分達の力を誇示するために」
「それだけのために?」
ユーノは目を細めた。
「それだけのために、この街を廃墟にしたって言うのか?」
「あいつらのやりそうなこったぜ」
イルファが殺気立った口調で吐き捨てた、と同時にぐっと周囲の気配が硬化した。瞬時にユーノが顔を上げる。
「第一陣が」
「来たようだね!」
アシャのことばを継ぐや否や、ユーノが引き抜いて振り上げた剣に短剣があたって跳ね返る。う、わあっ、と閧の声が周囲から上がり、静まり返っていた街路に見る間にカザドの黒兵士の姿が溢れた。
「イルファ!」
剣を交えて突っ込みながら、ユーノは叫ぶ。
「レスを頼む!!」
「おうさ!!」
片腕でレスファートを抱きかかえながら、イルファが馬上で両刃の剣を振り回す。
あれほど人の気配がなかった街に、これほどの手勢をどうやって隠していたのか、カザド兵は次々とユーノ達に襲い掛かってきた。レスファートを抱えている分だけ、どうしても隙ができやすいイルファに、三人のカザド兵が同時に飛びかかる。
「んなろくそ!」
イルファが怒号とともに一人を切り捨て、もう一人の腹を刺し貫く。残った一人がイルファの太い首を狙うところへ、ぎりぎりユーノの切っ先が剣を跳ね上げる。伸び切ったユーノの腹を狙った剣に、脚を振り上げ相手を蹴り倒す。カザド兵は倒れた仲間を容赦なく踏みつけ、迫ってくる。激しい剣戟の音が石造りの窓や軒に響いて反響し合い、方向感覚を狂わせていく。
「ちいっ!」
ユーノは鋭く舌打ちをして手綱を引き、幾人かのカザド兵を蹴散らした。
(一体どうして)
過熱しきらない頭の冷静な部分が呟いている。
(どうしてカザドがこんな所まで来られる? これほどの人数、尾行してくるにしても、噂を聞かないはずがないのに)
「ユーノ!」
後ろに気配を感じると同時にアシャの警告が響いた。振り向き様に剣を一閃、だが反応はやや遅く、相手の剣が左腕を掠める。ぴりっと走った痛みに一瞬眉をしかめたが、たじろぐことなくユーノは敵を倒す。
「大丈夫か?!」
儀式を思わせる優雅さで敵を倒しながらアシャが尋ねてくるのに笑い返す。
「これぐらい傷に入らないさ、は、あっ!」
ヒストを駆り、またもや動きの鈍いイルファに群がろうとするカザド兵に向かう。
(右……左、右!)
一瞬の隙も見逃すことなく、アシャに教えられた剣術を生かす。斬りつける、突き入れる、攻撃動作と同時に、次の急所、次の獲物に狙いを定める。空いた手足で相手の無防備な部分を攻め、その動きを生かしながら自分の体を守るため、見た目には緩やかな曲線を描く動きに集中する。
「、つっ」
ヒストを脚の合図だけで操るのがレノほどはうまくいかず、再び傷を受けた、その瞬間、またもやぴりっと妙な感触が広がる。
(まさか)
嫌な予感がした。
剣に毒を塗るなど、名のある剣士、誇りを持った者は行わないが、カザドなら常道だ。だが、ユーノを殺すはずはない。前のように痺れ薬の類だろうか。
(冗談じゃない)
ラズーンへ辿り着く前にカザドの捕虜になるなどごめんだ。楽しい歓迎が待っていないことぐらい想像がつく。
気のせいか、重くなってきた左腕をことさら無視して剣を揮う。切られたカザド兵の絶叫、倒れた兵士は『運命(リマイン)』への忠誠を示すように見る見るどす黒い汚泥と化す。それにも怯まず屍を跳ね散らかし、踏みにじって迫ってくる、カザドの猛攻。
「んっ?」
(あれは)
ふいにユーノの視線は喧噪の彼方、争いの場から遠く離れた所でぽつんと一人、馬に跨がっている男に止まった。
白髪に見える淡い色の髪、若々しくすらりとした身体には黒衣を纏っている。胸元には、毒々しい色を放つ真紅の宝石を取り巻く金の翼と、その宝石の内部を貫く一本の捩じれた金の棒を組み合わせたものが、ペンダントになって下げられている。
その『紋章』はさっきアシャが素早く荷物に押し込んだ、黒布に描かれていたのとそっくりだ。
(では、あれが『運命(リマイン)』の王!)
息を呑むユーノに気づいたように、男はにんまりと唇の両端を上げて見せた。真紅の瞳が禍々しい色をたたえてユーノを射抜く。
ぞくり、とした。
思わず竦んだ背中をことさら伸ばすようにして見返すと、男は皮肉なほど丁寧な一礼をして、馬ごと向きを変えた。同時に、今の今までユーノ達を攻め立てていたカザド兵が、次々と蜘蛛の子を散らすように姿を消していく。
「おい、何だ、何だよ、拍子抜けじゃねえか……おい、ユーノ?」
暴れ足りなさそうなイルファの声に、ユーノはますます重くなってくる左腕を持て余していた。まるで金を計る錘でも括り付けられたようだ。去っていった白髪の男の引力に体の力が奪われていく。寒気が襲ってくる。
剣を鞘に納めるのがやっとだった。
ユーノはそのままぐったりとヒストの背中を身を委ねて息を喘がせていた。
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