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11.『運命(リマイン)』狩り(2)
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深い憂いを込めた溜め息が、『紅(あか)の塔』を目前にした荒野の闇に吐き出され、ゆっくりと沈んでいった。
生温い風がアシャの髪を肩から掬い上げるように空へと舞わせる。前髪を上げて留めている飾り紐から零れた髪が、幾筋かの金糸となって額や頬にまとわりつき、顔を撫でていく。
(俺が、『運命(リマイン)』討伐に加わる)
アシャは複雑な思いで目を細めた。
前方にそびえる『紅(あか)の塔』はまだ動かない。暗闇でも重苦しく見える赤黒い塔を、険しい目で凝視する。
(『視察官(オペ)』が中間者たる位置を捨てて動くときが来るとはな)
もともと、『視察官(オペ)』は『運命(リマイン)』と当たらず触らずの関係を保っている。両者は言い換えれば、ラズーンという天秤の両側の皿、どちらが欠けることも世界の均衡を崩すもととなる。
だが、今や世界は、命全てを支配下におさめようとするかのような『運命(リマイン)』の荒々しい手に掴み取られ、人々は恐怖と不安に怯えている。対してラズーンは、二百年祭りのただ中にあって不安定に揺さぶられている。通り過ぎてきた諸国諸村を見ても、迫る脅威に自衛策を立てているところはほとんどなく、国の党首さえ及び腰で傍観する姿勢さえあるのは、二百年の平和が長過ぎたということなのだろうか。
そういう世界の、崩れつつある均衡を保つためには、『視察官(オペ)』が『運命(リマイン)』を狩るのも仕方がないのかも知れない。
その真の意味を、この世界のどれだけの者が理解しているのか。
(ラズーンの中でさえ)
今広がりつつ異常な状況をどこまで把握できているのか。
(『太皇(スーグ)』を除いて)
だが、『太皇(スーグ)』こそは、ラズーンの頂点にありながら、決して世界に干渉しないという重責を担う存在、世界の混乱に手を下すわけにはいかないことを、アシャはよく知っている。
「……」
アシャは緩やかに瞼を伏せる。
脳裏に蘇る白い双宮の静まり返った光景、人気のないその施設の存在を知った者は、すぐにその記憶を、あるいは時にその存在そのものを失うことにもなる。
そこで行われていることは。
(ラズーン二百年祭)
それは、ラズーンという『泉』が生命力を維持できなくなる限界の時だ。
その『泉』は、二百年に一度、豊かな命の力を失う定めにある。守るべき未来への試みを止めなくてはならなくなる。
そこから『運命(リマイン)』は数を増して産み出され、命の形は混乱し、太古生物が復活する。人々の心は不安に澱み、ラズーンへの信頼も揺らいでいく。
そのとき、中間者たる『視察官(オペ)』は、闇の力との均衡を守るため、諸国から『銀の王族』を『泉』の呼び水として集めてくる。『運命(リマイン)』の暗躍については『泉の狩人(オーミノ)』が押さえに回る。
それが長い年月に定められた互いの役割のはずだった。
ところが、今回の二百年祭は、アシャが知っているどの二百年祭とも違っていた。
ラズーンの命の力はこれまでにないほど枯渇している。
建て直すはずの『銀の王族』を集める『視察官(オペ)』は、『運命(リマイン)』の攻撃を必死に躱しながらラズーンを目指す他なく、既に途中で力尽きた者さえあるようだ。
太古生物の復活は種類も数も格段に多く、復活する速さも桁違いだ。
加えて、諸国の動乱は、まるで『運命(リマイン)』の支配を待ち望んでいるかのようにあちこちで沸き起こり、『運命(リマイン)』と手を携えてラズーンの基盤を揺るがしにかかっているようにさえ思える。
(激しい嵐の中で、護られることなく一人で戦い続ける『銀の王族』の娘)
体に秘めている命の力ゆえに、世の幸福と安全を保障されており、たおやかで優しい『銀の王族』。その中にあって、ただ一人、時代の黒雲に気づき、怯むことなく昂然と頭を上げて歩く少女。
ユーノ・セレディス。
その存在は、『銀の王族』の中にも変化しつつある何かの動きを示すように、鮮やかな光と衝撃を周囲にまき散らしながら、ゆっくりと時代の波から浮かび上がってきつつある。
(あの『月獣(ハーン)』のように)
自らの存在をもって、相対する全てに問いかける、
(お前の命は真実か、と)
そして今、その娘を挟んで二人、アシャとギヌアは互いの命の『正しさ』をかけて真っ向から対峙している。
(俺に、そこに立つ資格などない、そんなことはあいつもわかっているはずなのに)
命の正しさというならば。
(俺は、違う)
この世界を引き継ぐべきでは、ない、存在。
(『運命(リマイン)』と同じく)
彼らが闇の命だというなら、アシャもまた。
(なのに)
なぜ、あなたは俺を正当後継者に選んだのだろう?
(『太皇(スーグ)』)
同じ問いを向けた時に返ってきた微笑みは、どこまでも静かで穏やかだった。
(なぜだ)
アシャの存在が何なのか、誰よりも知っているはずの護り手なのに。
(それとも……俺がギヌアに屠られるのを望んだのか…?)
「アシャ」
胸の内に湧いた甘やかで切ない痛みは、背後から呼びかけてくる囁き声に消された。
無言で振り返ったアシャは、同じように物陰に身を潜め、地を這うように近づいてくるテオ二世の姿を認めた。
チュニック一枚とマントという軽装、それと知っていなければ、王子には見えないに違いない。だが、肩に留めていた飾り石にも砂をかぶせて輝きを消しているところは、甘そうに見えてなかなかどうして、油断のならない遣い手なのかもしれない。
「彼からの合図は?」
緊張した声で尋ねてくるが苛立ってはいない。その落ち着きぶりに満足した。
「まだだ。だが…」
ふっとアシャは目を細めて嗤った。瞳の中に魔的なものでも漏らしてしまったのか、テオが奇妙なぎょっとした表情になるのに笑みを消す。
「見張りは入れ替わって八人、たいした数ではない」
我ながらひんやりとした声で応じると、テオが眉をしかめて緩やかに首を振った。
「総勢おそらく八十名はいるでしょう。ぼくには楽な戦いだとは思えない」
「烏合の衆だ」
アシャは淡々と応じた。
「訓練されていてすぐに反応するのは、実質四十人もいるかな。後はミルバの操り人形だろう」
「そのとおりです」
テオは目を伏せた。
「ミルバはぼくにまかせてください。王としての……務めがあります」
少年の顔には苦悩がある。
「……よかろう」
アシャは頷いて、再び『紅(あか)の塔』へ目をやった。
風は甘く香っている。平地の花の匂いを恋人達のために吹き寄せてやる粋な風だ。それは、重く立ち竦んだ『紅(あか)の塔』を取り巻き吹き過ぎ、中の人間達に囁くのだろう、人の心を取り戻せ、と。
ミルバ、と微かにテオが呟いた。
彼もアシャと同じ事を思ったらしい。
「ん」
ちらっ、と『紅(あか)の塔』の基底部で何かが閃いた。
遠くの高空を舞っていた白い鳥がぐるりと旋回して、大きな軌道でアシャの元へ戻ってくる。こんな夜間に飛ぶ鳥はいない。特殊な視力を持つ太古生物クフィラ、サマルカンドの合図だ。
テオ二世の片手が差し上げられ、前へ、と振られた。
夜の澱みをかきまぜていくように、先頭を切ってアシャは動く。走り出しながらさりげなく腰のあたりに触れた手に、魔法のように剣が抜き放たれている。例の金の短剣ではない、人間用の長剣だ。周囲を同時に影が追随する。だが、散開しながら『紅(あか)の塔』へ忍び寄る影は全部で十もない。
周囲に男達が従ってくるのを確認して、アシャは速度を上げた。傍目には一瞬闇に溶け入ったように見えるだろう速さ、そのまま一気に塔の基底部入り口に辿りつく。
「よう、アシャ!」
突然、静寂を破り、アシャ達の隠密行動を無にしかねない無遠慮な声が響いた。ぬっと姿を現したイルファが、陽気に笑いながら手を振っている。さすがに、うるさい、と目で制したアシャににやにやしながら、
「こいつで見張りは最後だぜ」
手に掴んでいた男の頭を、どすっ、と近くの壁に叩きつけた。ぶしゃ、と妙な声をたてた相手はずるずると壁を伝って崩れていく。その男の回りにもごろごろと、体格のいい男達が丸太のように転がっていた。
「待ち切れなくて、少々遊んでた」
イルファはふてぶてしく笑った。
「意外に普通だったぞ?」
「俺達の獲物はなしか?」
「あるぜ」
イルファは塔の上へ顎をしゃくった。
「超一級の奴が、塔の王の階に」
これだけ騒ぎを起こしても、配下一人よこしやがらねえ。よほど自信があると見える。
「自分が負けるはずはない、ってな」
ちらりと視線を投げてきたイルファに、テオが弾けるように飛び出し、塔の中へ駆け込んでいく。
「テオ二世!」
アシャの声に振り返ることもないその背中は、一つの名前を声にならない声で叫びながら、見る見る階段を駆け上がっていく。
「煽ってどうする!」
舌打ちしながらイルファを嗜め、アシャは手にしていた長剣をイルファに譲った。
「外から入れさせるなよ!」
「おうよ!」
イルファに頷いて階段に飛び込み、上がりかけて振り返る。
「…すぐに狩人が来るぞ」
「狩人?」
「来たら邪魔をするなよ? 殺られるぞ」
「……味方じゃねえのか」
「『今回』は、味方についてくれる約束だがな」
言い捨てて階段を駆け上がる。
「おいおい物騒だな。……まあ、ここにいた奴ぁ、災難だってことだな!」
(その『ここにいた奴』に自分が入りかねないことは気づいてないな)
「頼むぞ」
ひんやりと笑いながら、アシャは先を急ぐ。視界の隅で、イルファとともに、急を察して群がりよってくるだろう『運命(リマイン)』とその配下を迎え撃つテオの部下達が、互いを守るように身を寄せ合うのが見えた。
階段の途中で、テオはすぐに敵と出くわしたようだった。引き裂かれるような悲鳴を上げて男が一人、階段を転げ落ちてくる。
とっさに身を躱しながら、アシャは上って来る仲間に叫ぶ。
「スート! ネル! 気をつけろ!」
必死に追いかけてきていた二人が、慌てて避ける。
「うあっ」「ちっ、たあっ」
片腕を落ちてきた男に掴まれて、危うく一緒に転がり落ちようとすネルを、スートがぎりぎりで引き止め、男だけを蹴り落とす。
男は少し下の壁に激しく叩きつけられたかと思うと、ばじゃっ、と奇妙な音をたてて飛び散った。
「ひっ…」「、ぐっ」
凍りつく二人の前、姿は一瞬にして形を失い、べったりと壁から階段に広がる腐臭漂う肉汁と化す。
「覚えておけ」
体を震わせる二人に、アシャは冷えた声を投げた。
「『運命(リマイン)』に与した者の末路はああなる」
二人はがちがち歯を鳴らしながら必死に頷いた。再び階段を駆け上り始めるスートの目には涙が浮かんでいる。ネルの足下はよろめいている。無理もない、そう思ったアシャの視線が流れたのを好機と捉えたのか、前方から飛びかかってきた兵士の剣先がアシャを遮る、が。
甘かった。
アシャの視界には全ての動きが入っている。突き出された剣を短剣で跳ね上げる。我が手から飛び離れていく長剣に気を取られ、無防備に見上げた相手の腹に、蹴りを深々と食い込ませる。巨大なものに弾き飛ばされたように壁に飛んだ体が、やはりぐじゃりと腐臭を放ちながら溶け落ちる。
「、、っげ、えっ」
堪え切れず、スートが吐き戻した。その隙に襲い掛かる敵を倒しながら、アシャは冷酷に告げる。
「『運命(リマイン)』支配下の失敗は死だ」
「は、はい…っ」
側に居たはずのネルは別の相手に襲われたらしく、下の方から剣戟の音、近づいては遠ざかり、なかなか上がってこない。
「油断するな!」
「あ、あっ」
ネルを振り返る暇もなく、次々と降るように現れる敵、汚れた顔で悲鳴を上げながらスートは剣を構える。アシャは先に立って血路を開き、上へ上へと駆け上がり続ける。剣が擦れ合い火花を散らし、意志を削り命を削る。
「テオ!」
相手を見つけたのは、攻撃を凌ぎつつ何とか二階に辿り着いた時だった。大男に床に組み敷かれ、喉元にじりじりと剣を突きつけられている。仰け反る背中、苦しげに歪めた顔、一瞬の隙にアシャの手が素早く動く。金の光条が走り、男の背中を貫く。
「ぐおっ!」
呻いて仰け反った男の傷口から、ぶすぶすと黒い煙が立ち上る。
「ぐ、ぐ、、ふっ……」
背中の中央に突き立った剣を引き抜こうとでもするように、しばらく虚しい身もがきを続けていた男は、やがて四肢を痙攣させ、ぐらりと揺れてテオの横に崩れ落ちた。見る見る剣を中心として黒い染みが広がり、肉の焼け爛れる異臭が辺りを満たす。
絞められて赤くなった喉を押さえ、咳き込みながら起き上がったテオの髪は乱れ、頬にも長い一筋の切り傷が走っている。血と土で汚れた顔が、隣に転がった男の状態を見て凍り付く。
「アシャ…これは…」
声が揺らめいて心細げな響きを宿した。不安げにアシャと男を交互に見る、その恐怖の視線もアシャには慣れたもの、
「話は後だ!」
厳しい声で相手の問いを遮る。
「すぐに下から手が増えるぞ!」
「はい!」
怯む自分の体に舌打ちするような顔で跳ね起き、奥の階段に走り寄ったテオは、かけたことばに動きを止めた。
「ミルバは居たのか?」
ゆっくりと振り返る顔は白い。
「この上の階にいることでしょう。ぼくを待っているはずです」
伏せた目はアシャを見ない。
「殺る気か?」
アシャは尋ねた。
本当は、殺せるのか、と尋ねたかった。それほど怯んで、未練を断ち切れるのかと。
テオは静かに目を上げ、にっと笑った。寂しそうな、けれどもう迷いのない笑み、グレイの目に今度ははっきりと王子の誇りを秘めた色を浮かべて答える。
「ぼくはユーノの祝福を受けた」
「……」
一瞬自分の表情が消えたのをアシャは意識した。
(祝福?)
脳裏によぎる幾つもの慣習、キャサラン辺境ではどうだったか。
アシャは必死に記憶を探る。
「そのためにも、生きて帰らなくてはなりません」
テオの声にはこれまで感じられなかったしなやかで強い意志がある。
すぐに思い出せないキャサランの祝福、だがそれが相手の何かを変えたと感じた。恋人に裏切られ、自分の判断に自信を失って竦んでいた一人の男を、再び困難な人生に挑んで悔いないと思わせた。
(ユーノがこいつに力を…誇りを与えたのか)
軽く唇を噛む。こんな時にと思う気持ちを裏切って、アシャの胸の奥でちり、と小さな炎が身をよじる。
(俺には…?)
だが、その感覚も一瞬だった。
背後から戦闘の気配が迫ってくる。スートとネルがかなり手こずっている。
「では、それを持って行け」
黒焦げになった大男の死体の背中にまだ突き立っている短剣を指差した。
「それなら、ミルバにも『効く』」
『効く』のことばに、テオは改めて敵を思ったのだろう。側に倒れている男の焦げた死体に視線を泳がせた。すぐに振り切るように唇を引き締める。
「……わかりました、アシャ」
険しい顔になって短剣を男の背中から引き抜いた。もうっと白い不快な臭気を立ちのぼらせるそれを、テオは片手にきつく握りしめる。
「お待たせ、しました!」「すみません!」
「行くぞ」
「はい!」
スートとネルが転がるように駆け上がってくるのを合図に、アシャとテオは紅の階段をさらに駆け上った。
途中何度か襲われたが、それに手こずるアシャではない。道を切り開き、護衛の最後の一人を倒し、ついに巨大な金属の扉の前に立った。
「ここに…っ」
はあはあと息を喘がせながら、テオが扉を睨みつける。
「二世!」
「お早くっ!」
背後から迫ってくる足音を聞きつけたのだろう、スートとネルが悲壮な叫びで迫る。アシャはテオと階段、等分に注意を配りながら、横目でテオの動静を伺う。
「ミルバ…っ」
テオが右手に短剣を握りしめたまま、微かに体を震わせながら、扉をゆっくり押し開ける。
広々とした部屋は静かだった。正面に小さな玉座があり、そこを薄布が天幕のように囲んでいる。
繰り返し見て来た『運命(リマイン)』の設営、ことさら聖なるものとして区別するような配置は自らの劣等感を満たすためか。
今、その一番高い玉座に座っているのは、どう見てもテオと同じぐらいの少女だった。天井から吊られている薄布に似た白いドレスを身にまとい、細身の体を玉座に包み込ませ、深く腰掛けている。
そして、少女の両側をまるで守るかのように、兵士とは別の、一見して君主とその奥方とわかる重々しい豪奢な衣装をつけた二人の男女が虚ろな顔で立っていた。
「父君……母君……」
テオの体が硬直した。
わかってはいたこと、けれど、これほどはっきりと両親が敵なのだとは気づかなかった、そういう顔だ。
「待っていたのよ、テオ」
玉座に座っていた少女は、豊かな黒髪を細くて白い指先で、丁寧に後ろに払った。にこりとあどけなく可愛らしく笑ってみせる。甲高い声は、まだほんの少女であることを強調するようだ。
だが、真紅の瞳は、百戦錬磨の剣士のように、正視できないほどの激しい殺意にぎらぎらと猛々しく輝いている。
「これ以上、ばかなことをしないで、テオ」
ミルバは声を低めた。哀しげに眉を寄せてみせる。
「私達の仲間の死に様を見たんでしょう?」
甘く柔らかな囁き声だった。
「惨いこと」
指先で不安がるように、そっと白いドレスの胸元を押さえてみせた。
「怖いわ」
苦しそうにテオの顔が歪む。
「それに……お父様やお母様を、あんな酷い目にあわせたくはないでしょう、テオ? あなたはいつもとてもいい息子だったわよね?」
テオは玉座の側の両親をそれぞれに見やった。ミルバの声に、当然のように深く頷き微笑む相手に、テオの眉が険しく寄っていく。
「辺境の…王者が…」
悲痛な呟きが唇から零れた。
「辺境区に、その人ありと讃えられた、名君が」
掠れた声はかつての日々を懐かしむ。
「その名君を支える賢妃、あなたの知恵に、幾度この地は難を逃れたことだろう」
「テオ」
「嬉しいわ、テオ」
息子に讃えられて微笑みを深める王と女王、その笑みにテオが打ちのめされた顔になる、もう後戻りはできないのか、と。
「あなたさえわかってくれたら、私達は幸せになるわ」
「ミルバ…」
「……その剣を渡してちょうだい、『誰よりも愛しい人(イ・ク・ラトール)』」
「ぼくは…」
階下で起こったどよめきが、テオの掠れた声を消していった。
生温い風がアシャの髪を肩から掬い上げるように空へと舞わせる。前髪を上げて留めている飾り紐から零れた髪が、幾筋かの金糸となって額や頬にまとわりつき、顔を撫でていく。
(俺が、『運命(リマイン)』討伐に加わる)
アシャは複雑な思いで目を細めた。
前方にそびえる『紅(あか)の塔』はまだ動かない。暗闇でも重苦しく見える赤黒い塔を、険しい目で凝視する。
(『視察官(オペ)』が中間者たる位置を捨てて動くときが来るとはな)
もともと、『視察官(オペ)』は『運命(リマイン)』と当たらず触らずの関係を保っている。両者は言い換えれば、ラズーンという天秤の両側の皿、どちらが欠けることも世界の均衡を崩すもととなる。
だが、今や世界は、命全てを支配下におさめようとするかのような『運命(リマイン)』の荒々しい手に掴み取られ、人々は恐怖と不安に怯えている。対してラズーンは、二百年祭りのただ中にあって不安定に揺さぶられている。通り過ぎてきた諸国諸村を見ても、迫る脅威に自衛策を立てているところはほとんどなく、国の党首さえ及び腰で傍観する姿勢さえあるのは、二百年の平和が長過ぎたということなのだろうか。
そういう世界の、崩れつつある均衡を保つためには、『視察官(オペ)』が『運命(リマイン)』を狩るのも仕方がないのかも知れない。
その真の意味を、この世界のどれだけの者が理解しているのか。
(ラズーンの中でさえ)
今広がりつつ異常な状況をどこまで把握できているのか。
(『太皇(スーグ)』を除いて)
だが、『太皇(スーグ)』こそは、ラズーンの頂点にありながら、決して世界に干渉しないという重責を担う存在、世界の混乱に手を下すわけにはいかないことを、アシャはよく知っている。
「……」
アシャは緩やかに瞼を伏せる。
脳裏に蘇る白い双宮の静まり返った光景、人気のないその施設の存在を知った者は、すぐにその記憶を、あるいは時にその存在そのものを失うことにもなる。
そこで行われていることは。
(ラズーン二百年祭)
それは、ラズーンという『泉』が生命力を維持できなくなる限界の時だ。
その『泉』は、二百年に一度、豊かな命の力を失う定めにある。守るべき未来への試みを止めなくてはならなくなる。
そこから『運命(リマイン)』は数を増して産み出され、命の形は混乱し、太古生物が復活する。人々の心は不安に澱み、ラズーンへの信頼も揺らいでいく。
そのとき、中間者たる『視察官(オペ)』は、闇の力との均衡を守るため、諸国から『銀の王族』を『泉』の呼び水として集めてくる。『運命(リマイン)』の暗躍については『泉の狩人(オーミノ)』が押さえに回る。
それが長い年月に定められた互いの役割のはずだった。
ところが、今回の二百年祭は、アシャが知っているどの二百年祭とも違っていた。
ラズーンの命の力はこれまでにないほど枯渇している。
建て直すはずの『銀の王族』を集める『視察官(オペ)』は、『運命(リマイン)』の攻撃を必死に躱しながらラズーンを目指す他なく、既に途中で力尽きた者さえあるようだ。
太古生物の復活は種類も数も格段に多く、復活する速さも桁違いだ。
加えて、諸国の動乱は、まるで『運命(リマイン)』の支配を待ち望んでいるかのようにあちこちで沸き起こり、『運命(リマイン)』と手を携えてラズーンの基盤を揺るがしにかかっているようにさえ思える。
(激しい嵐の中で、護られることなく一人で戦い続ける『銀の王族』の娘)
体に秘めている命の力ゆえに、世の幸福と安全を保障されており、たおやかで優しい『銀の王族』。その中にあって、ただ一人、時代の黒雲に気づき、怯むことなく昂然と頭を上げて歩く少女。
ユーノ・セレディス。
その存在は、『銀の王族』の中にも変化しつつある何かの動きを示すように、鮮やかな光と衝撃を周囲にまき散らしながら、ゆっくりと時代の波から浮かび上がってきつつある。
(あの『月獣(ハーン)』のように)
自らの存在をもって、相対する全てに問いかける、
(お前の命は真実か、と)
そして今、その娘を挟んで二人、アシャとギヌアは互いの命の『正しさ』をかけて真っ向から対峙している。
(俺に、そこに立つ資格などない、そんなことはあいつもわかっているはずなのに)
命の正しさというならば。
(俺は、違う)
この世界を引き継ぐべきでは、ない、存在。
(『運命(リマイン)』と同じく)
彼らが闇の命だというなら、アシャもまた。
(なのに)
なぜ、あなたは俺を正当後継者に選んだのだろう?
(『太皇(スーグ)』)
同じ問いを向けた時に返ってきた微笑みは、どこまでも静かで穏やかだった。
(なぜだ)
アシャの存在が何なのか、誰よりも知っているはずの護り手なのに。
(それとも……俺がギヌアに屠られるのを望んだのか…?)
「アシャ」
胸の内に湧いた甘やかで切ない痛みは、背後から呼びかけてくる囁き声に消された。
無言で振り返ったアシャは、同じように物陰に身を潜め、地を這うように近づいてくるテオ二世の姿を認めた。
チュニック一枚とマントという軽装、それと知っていなければ、王子には見えないに違いない。だが、肩に留めていた飾り石にも砂をかぶせて輝きを消しているところは、甘そうに見えてなかなかどうして、油断のならない遣い手なのかもしれない。
「彼からの合図は?」
緊張した声で尋ねてくるが苛立ってはいない。その落ち着きぶりに満足した。
「まだだ。だが…」
ふっとアシャは目を細めて嗤った。瞳の中に魔的なものでも漏らしてしまったのか、テオが奇妙なぎょっとした表情になるのに笑みを消す。
「見張りは入れ替わって八人、たいした数ではない」
我ながらひんやりとした声で応じると、テオが眉をしかめて緩やかに首を振った。
「総勢おそらく八十名はいるでしょう。ぼくには楽な戦いだとは思えない」
「烏合の衆だ」
アシャは淡々と応じた。
「訓練されていてすぐに反応するのは、実質四十人もいるかな。後はミルバの操り人形だろう」
「そのとおりです」
テオは目を伏せた。
「ミルバはぼくにまかせてください。王としての……務めがあります」
少年の顔には苦悩がある。
「……よかろう」
アシャは頷いて、再び『紅(あか)の塔』へ目をやった。
風は甘く香っている。平地の花の匂いを恋人達のために吹き寄せてやる粋な風だ。それは、重く立ち竦んだ『紅(あか)の塔』を取り巻き吹き過ぎ、中の人間達に囁くのだろう、人の心を取り戻せ、と。
ミルバ、と微かにテオが呟いた。
彼もアシャと同じ事を思ったらしい。
「ん」
ちらっ、と『紅(あか)の塔』の基底部で何かが閃いた。
遠くの高空を舞っていた白い鳥がぐるりと旋回して、大きな軌道でアシャの元へ戻ってくる。こんな夜間に飛ぶ鳥はいない。特殊な視力を持つ太古生物クフィラ、サマルカンドの合図だ。
テオ二世の片手が差し上げられ、前へ、と振られた。
夜の澱みをかきまぜていくように、先頭を切ってアシャは動く。走り出しながらさりげなく腰のあたりに触れた手に、魔法のように剣が抜き放たれている。例の金の短剣ではない、人間用の長剣だ。周囲を同時に影が追随する。だが、散開しながら『紅(あか)の塔』へ忍び寄る影は全部で十もない。
周囲に男達が従ってくるのを確認して、アシャは速度を上げた。傍目には一瞬闇に溶け入ったように見えるだろう速さ、そのまま一気に塔の基底部入り口に辿りつく。
「よう、アシャ!」
突然、静寂を破り、アシャ達の隠密行動を無にしかねない無遠慮な声が響いた。ぬっと姿を現したイルファが、陽気に笑いながら手を振っている。さすがに、うるさい、と目で制したアシャににやにやしながら、
「こいつで見張りは最後だぜ」
手に掴んでいた男の頭を、どすっ、と近くの壁に叩きつけた。ぶしゃ、と妙な声をたてた相手はずるずると壁を伝って崩れていく。その男の回りにもごろごろと、体格のいい男達が丸太のように転がっていた。
「待ち切れなくて、少々遊んでた」
イルファはふてぶてしく笑った。
「意外に普通だったぞ?」
「俺達の獲物はなしか?」
「あるぜ」
イルファは塔の上へ顎をしゃくった。
「超一級の奴が、塔の王の階に」
これだけ騒ぎを起こしても、配下一人よこしやがらねえ。よほど自信があると見える。
「自分が負けるはずはない、ってな」
ちらりと視線を投げてきたイルファに、テオが弾けるように飛び出し、塔の中へ駆け込んでいく。
「テオ二世!」
アシャの声に振り返ることもないその背中は、一つの名前を声にならない声で叫びながら、見る見る階段を駆け上がっていく。
「煽ってどうする!」
舌打ちしながらイルファを嗜め、アシャは手にしていた長剣をイルファに譲った。
「外から入れさせるなよ!」
「おうよ!」
イルファに頷いて階段に飛び込み、上がりかけて振り返る。
「…すぐに狩人が来るぞ」
「狩人?」
「来たら邪魔をするなよ? 殺られるぞ」
「……味方じゃねえのか」
「『今回』は、味方についてくれる約束だがな」
言い捨てて階段を駆け上がる。
「おいおい物騒だな。……まあ、ここにいた奴ぁ、災難だってことだな!」
(その『ここにいた奴』に自分が入りかねないことは気づいてないな)
「頼むぞ」
ひんやりと笑いながら、アシャは先を急ぐ。視界の隅で、イルファとともに、急を察して群がりよってくるだろう『運命(リマイン)』とその配下を迎え撃つテオの部下達が、互いを守るように身を寄せ合うのが見えた。
階段の途中で、テオはすぐに敵と出くわしたようだった。引き裂かれるような悲鳴を上げて男が一人、階段を転げ落ちてくる。
とっさに身を躱しながら、アシャは上って来る仲間に叫ぶ。
「スート! ネル! 気をつけろ!」
必死に追いかけてきていた二人が、慌てて避ける。
「うあっ」「ちっ、たあっ」
片腕を落ちてきた男に掴まれて、危うく一緒に転がり落ちようとすネルを、スートがぎりぎりで引き止め、男だけを蹴り落とす。
男は少し下の壁に激しく叩きつけられたかと思うと、ばじゃっ、と奇妙な音をたてて飛び散った。
「ひっ…」「、ぐっ」
凍りつく二人の前、姿は一瞬にして形を失い、べったりと壁から階段に広がる腐臭漂う肉汁と化す。
「覚えておけ」
体を震わせる二人に、アシャは冷えた声を投げた。
「『運命(リマイン)』に与した者の末路はああなる」
二人はがちがち歯を鳴らしながら必死に頷いた。再び階段を駆け上り始めるスートの目には涙が浮かんでいる。ネルの足下はよろめいている。無理もない、そう思ったアシャの視線が流れたのを好機と捉えたのか、前方から飛びかかってきた兵士の剣先がアシャを遮る、が。
甘かった。
アシャの視界には全ての動きが入っている。突き出された剣を短剣で跳ね上げる。我が手から飛び離れていく長剣に気を取られ、無防備に見上げた相手の腹に、蹴りを深々と食い込ませる。巨大なものに弾き飛ばされたように壁に飛んだ体が、やはりぐじゃりと腐臭を放ちながら溶け落ちる。
「、、っげ、えっ」
堪え切れず、スートが吐き戻した。その隙に襲い掛かる敵を倒しながら、アシャは冷酷に告げる。
「『運命(リマイン)』支配下の失敗は死だ」
「は、はい…っ」
側に居たはずのネルは別の相手に襲われたらしく、下の方から剣戟の音、近づいては遠ざかり、なかなか上がってこない。
「油断するな!」
「あ、あっ」
ネルを振り返る暇もなく、次々と降るように現れる敵、汚れた顔で悲鳴を上げながらスートは剣を構える。アシャは先に立って血路を開き、上へ上へと駆け上がり続ける。剣が擦れ合い火花を散らし、意志を削り命を削る。
「テオ!」
相手を見つけたのは、攻撃を凌ぎつつ何とか二階に辿り着いた時だった。大男に床に組み敷かれ、喉元にじりじりと剣を突きつけられている。仰け反る背中、苦しげに歪めた顔、一瞬の隙にアシャの手が素早く動く。金の光条が走り、男の背中を貫く。
「ぐおっ!」
呻いて仰け反った男の傷口から、ぶすぶすと黒い煙が立ち上る。
「ぐ、ぐ、、ふっ……」
背中の中央に突き立った剣を引き抜こうとでもするように、しばらく虚しい身もがきを続けていた男は、やがて四肢を痙攣させ、ぐらりと揺れてテオの横に崩れ落ちた。見る見る剣を中心として黒い染みが広がり、肉の焼け爛れる異臭が辺りを満たす。
絞められて赤くなった喉を押さえ、咳き込みながら起き上がったテオの髪は乱れ、頬にも長い一筋の切り傷が走っている。血と土で汚れた顔が、隣に転がった男の状態を見て凍り付く。
「アシャ…これは…」
声が揺らめいて心細げな響きを宿した。不安げにアシャと男を交互に見る、その恐怖の視線もアシャには慣れたもの、
「話は後だ!」
厳しい声で相手の問いを遮る。
「すぐに下から手が増えるぞ!」
「はい!」
怯む自分の体に舌打ちするような顔で跳ね起き、奥の階段に走り寄ったテオは、かけたことばに動きを止めた。
「ミルバは居たのか?」
ゆっくりと振り返る顔は白い。
「この上の階にいることでしょう。ぼくを待っているはずです」
伏せた目はアシャを見ない。
「殺る気か?」
アシャは尋ねた。
本当は、殺せるのか、と尋ねたかった。それほど怯んで、未練を断ち切れるのかと。
テオは静かに目を上げ、にっと笑った。寂しそうな、けれどもう迷いのない笑み、グレイの目に今度ははっきりと王子の誇りを秘めた色を浮かべて答える。
「ぼくはユーノの祝福を受けた」
「……」
一瞬自分の表情が消えたのをアシャは意識した。
(祝福?)
脳裏によぎる幾つもの慣習、キャサラン辺境ではどうだったか。
アシャは必死に記憶を探る。
「そのためにも、生きて帰らなくてはなりません」
テオの声にはこれまで感じられなかったしなやかで強い意志がある。
すぐに思い出せないキャサランの祝福、だがそれが相手の何かを変えたと感じた。恋人に裏切られ、自分の判断に自信を失って竦んでいた一人の男を、再び困難な人生に挑んで悔いないと思わせた。
(ユーノがこいつに力を…誇りを与えたのか)
軽く唇を噛む。こんな時にと思う気持ちを裏切って、アシャの胸の奥でちり、と小さな炎が身をよじる。
(俺には…?)
だが、その感覚も一瞬だった。
背後から戦闘の気配が迫ってくる。スートとネルがかなり手こずっている。
「では、それを持って行け」
黒焦げになった大男の死体の背中にまだ突き立っている短剣を指差した。
「それなら、ミルバにも『効く』」
『効く』のことばに、テオは改めて敵を思ったのだろう。側に倒れている男の焦げた死体に視線を泳がせた。すぐに振り切るように唇を引き締める。
「……わかりました、アシャ」
険しい顔になって短剣を男の背中から引き抜いた。もうっと白い不快な臭気を立ちのぼらせるそれを、テオは片手にきつく握りしめる。
「お待たせ、しました!」「すみません!」
「行くぞ」
「はい!」
スートとネルが転がるように駆け上がってくるのを合図に、アシャとテオは紅の階段をさらに駆け上った。
途中何度か襲われたが、それに手こずるアシャではない。道を切り開き、護衛の最後の一人を倒し、ついに巨大な金属の扉の前に立った。
「ここに…っ」
はあはあと息を喘がせながら、テオが扉を睨みつける。
「二世!」
「お早くっ!」
背後から迫ってくる足音を聞きつけたのだろう、スートとネルが悲壮な叫びで迫る。アシャはテオと階段、等分に注意を配りながら、横目でテオの動静を伺う。
「ミルバ…っ」
テオが右手に短剣を握りしめたまま、微かに体を震わせながら、扉をゆっくり押し開ける。
広々とした部屋は静かだった。正面に小さな玉座があり、そこを薄布が天幕のように囲んでいる。
繰り返し見て来た『運命(リマイン)』の設営、ことさら聖なるものとして区別するような配置は自らの劣等感を満たすためか。
今、その一番高い玉座に座っているのは、どう見てもテオと同じぐらいの少女だった。天井から吊られている薄布に似た白いドレスを身にまとい、細身の体を玉座に包み込ませ、深く腰掛けている。
そして、少女の両側をまるで守るかのように、兵士とは別の、一見して君主とその奥方とわかる重々しい豪奢な衣装をつけた二人の男女が虚ろな顔で立っていた。
「父君……母君……」
テオの体が硬直した。
わかってはいたこと、けれど、これほどはっきりと両親が敵なのだとは気づかなかった、そういう顔だ。
「待っていたのよ、テオ」
玉座に座っていた少女は、豊かな黒髪を細くて白い指先で、丁寧に後ろに払った。にこりとあどけなく可愛らしく笑ってみせる。甲高い声は、まだほんの少女であることを強調するようだ。
だが、真紅の瞳は、百戦錬磨の剣士のように、正視できないほどの激しい殺意にぎらぎらと猛々しく輝いている。
「これ以上、ばかなことをしないで、テオ」
ミルバは声を低めた。哀しげに眉を寄せてみせる。
「私達の仲間の死に様を見たんでしょう?」
甘く柔らかな囁き声だった。
「惨いこと」
指先で不安がるように、そっと白いドレスの胸元を押さえてみせた。
「怖いわ」
苦しそうにテオの顔が歪む。
「それに……お父様やお母様を、あんな酷い目にあわせたくはないでしょう、テオ? あなたはいつもとてもいい息子だったわよね?」
テオは玉座の側の両親をそれぞれに見やった。ミルバの声に、当然のように深く頷き微笑む相手に、テオの眉が険しく寄っていく。
「辺境の…王者が…」
悲痛な呟きが唇から零れた。
「辺境区に、その人ありと讃えられた、名君が」
掠れた声はかつての日々を懐かしむ。
「その名君を支える賢妃、あなたの知恵に、幾度この地は難を逃れたことだろう」
「テオ」
「嬉しいわ、テオ」
息子に讃えられて微笑みを深める王と女王、その笑みにテオが打ちのめされた顔になる、もう後戻りはできないのか、と。
「あなたさえわかってくれたら、私達は幸せになるわ」
「ミルバ…」
「……その剣を渡してちょうだい、『誰よりも愛しい人(イ・ク・ラトール)』」
「ぼくは…」
階下で起こったどよめきが、テオの掠れた声を消していった。
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