『ラズーン』第二部

segakiyui

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12.『白の塔』の攻防(3)

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(ふ…)
 どことも知れぬ場所でユーノは目を覚ました。重い空気、暗い空間。どこかで聞いたことのある高笑いがあたりの闇に谺している。
(そうだ……私…怪我を…)
 そろそろと脇腹に手を滑らせると、ぬるりとした手触りがあった。まだ出血しているらしい。
(くそっ……ここは……どこだ?)
 瞼が重くてすぐに塞がりそうになる。眠気に耐えて周囲を手で探ってみたが、何も触れない。ここへどうやって来たのか、それさえもよく思い出せない。
(私は一体どうして……確か、レスとあの部屋に追い詰められて…)
 ゆっくりと思い出した。絶望的な気分だった。もう最後だ、そう思っていた。
(サマルカンドがきて……そうだ、アシャの剣!)
 閃光のようにことばが蘇った。
 思わず飛び起きると、痛みが全身に広がった。
(つ、うっっ!………)
 しばらく感覚の奔流に耐えていると、足下にぬめりつくような妙な気配がした。
(なに……っ)
 それは赤い蛇だった。
 子どもの手首ぐらいはあろうかという太さ、いやらしく鎌首をもたげてユーノの両脚に絡み付き、ずりずりと這い上ってきている。ざらざらとした鱗の感触、まとわりつき締め付けられて身動き出来ない脚の重さ。チロチロと動く真紅の舌に体中が総毛立つ。
 ふと、視界の端に金色の反射があるのに気づいた。慌てて振り向くと、手が届くよりほんの少し離れた場所に、アシャから託された短剣が転がっている。
(まずい!)
 ユーノは寝そべり、重くて動かせない下半身を引きずって掴もうとした。体が伸びる、無防備になった腹へ思いもかけない速さで蛇が飛び込んできて、傷口へと牙を立てる。
(わ、ああああっ)
 激痛が稲妻となって身体を貫き、声を上げて仰け反った。呼吸が止まりそうになって、必死に喘いで痛みをこらえる。衝撃が去ると同時に、手足から力が抜けて崩れ落ちた。ぐったり寝そべったユーノの体の上で、赤い蛇は満足そうに舌を蠢かしながらとぐろを巻いている。
 荒い息を吐きながら、目を閉じた。汗が滴る。また流れ出していく貴重な水分、汗と血と……涙と?
(…同じことを考えていた、あの時)
 バルコニーに追い詰められ、『運命(リマイン)』から一撃を食らい、手すりに崩折れた時だ。
(アシャの声が聞こえて…)
 だが今、アシャの声は聞こえない。
(バルコニーの外へ倒れて……私は死んだのか?)
「っっ!」
 ふいに、目に見えない何ものかに両手首を押さえ付けられ、体を強張らせた。動かない脚はもとより、体の自由を全て奪われ、首がかろうじて動かせるだけとなる。
 赤い蛇がまたずるずると這い上ってくる。月獣(ハーン)の攻撃に傷ついた怪我の部分を覗き込む。
(くる…)
 激痛を恐れて無意識に体が竦む。空中で煌めく白い牙、閃光が傷口へと降って来る。
(あ…ぅっ)
 唯一動かせる顔を背けた。食いしばる歯、噛んだ唇から血が流れる。乱れる呼吸、速まる鼓動……そして、いきなり、重力は現れたときと同じように唐突に消えた。
(は…あっ……)
 深い吐息をついて、ユーノは緊張を解いた。疲労感が寒さを伴ってやってきていた。身動き一つままならない。
 蛇はどこかに行ってしまったらしく、姿がなかった。
 瞬きを繰り返したが視界は戻らない。闇が目の前まで覆うだけだ。
 ふいと首を支えて顎を上げられ、口元を拭われた。指が唇に触れ、柔らかく開かされる。ひんやりと舌を刺してくる水の感覚が口の中に広がった。
(冷たい…)
 喉を鳴らして水を飲む。自分が渇き切っていたのだと気づく。
 続いて、何かほんのりと温かな液体が入ってくる。
(スープ…? ……私は誰かの手当を受けているのか?)
 意識は戻ってきているのに、どうして体は自由にならないのだろう、とユーノは思った。視界もはっきりしない。目を閉じたまま、唇にあたった濃いとろみのある液体を呑み込む。ゆっくりと喉を通って、胃の腑に落ち着いていく。
(ああ……おいしい…)
 ユーノは思わず体を震わせた。寒さが強くなった気がする。
 いつの間にか、闇に降りしきる雨の中に一人転がされている。体に布がかけられた。それも雨が叩き、みるみるぐっしょり重く冷たい塊に変わっていく。このまま埋葬されていく気がする。
 冷たく体を凍てつかせていく雨。
(寒い…)
 まるで石になっていくようだ。こんな暗い場所でたった一人、置き去られて見捨てられるなんて。予想はしていたが、想像より強い孤独に震えた。
(いや…だ…)
 無意識に伸ばした手を誰かが握ってくれた。だが、何かを思い出したように手が離れかけ、慌てて指を伸ばした。
(行かないで…)
 すぐに再びしっかりと、凍えた指先が受け止められてほっとする。
 相手はユーノが震えているのに気づいたようだった。そっと、手から腕へ、腕から肩へ、肩から首へ、そして顎へとためらうような温もりが移動してくる。
 やがて、少しの間をおいて、唇に軽く何かが触れた。
 さっきの指よりもっと柔らかくて温かくて、どこか甘い薫りがするもの。
(なに…?…)
 知っているような、全く知らない何かのような。
(今のは……?)
 暗闇の中に転がるユーノの傍らに、ぼうっと白い人影が浮かぶ。
(アシャ?)
 影はどうやらじっとユーノを見下ろしているようだ。
(ごめん……アシャ)
 襲ってくる眠気と戦いながら謝った。
(短剣を手放してしまった……あそこにあるけど……でも……私…どうしてか起きられなくって……取りに行けないんだ………ごめんね)
 大丈夫だよ、と影は囁いた。
 ほら、ここにある。
 影が示した片手に、確かに短剣が光っている。
(よかった…)
 吐息をつく。
(大事な短剣を貸してくれて…ありがとう……すごく嬉しかった……)
 安心したせいか、眠気が増して来る。
 寒くないか、と白い影が問いかけてきた。
(うん……寒い……少し…)
 応じるように、ふわりと何かが優しくユーノを包み込んできた。布とは違う、不思議に心を寛がせてくれる温かさ、しかもしっとりとした熱の感触がある。
 まだ寒いか?
 声が静かに尋ねてくる。
(ううん……寒く…ないよ……)
 こんな温かさに包まれてたなら、寒さなんて感じないよ。
 ぼんやりと夢見心地で呟いて目を閉じ、するすると柔らかな空間に吸い込まれていく……。

 目を開ける。
(あれ…?)
 ユーノが考えたのは、今やっと眠ったばかりなのに、どうしてもう目が覚めてしまったんだろう、ということだった。
「……」
 状況の把握がうまくできない。頭のどこかが抜け落ちてしまっている。あるいは、視覚がどうにかなってしまったのかもしれない。
 自分がベッドに横になっている、というのはわかった。顔の半分が深々と枕に沈んでいる、ということもわかった。
 視覚がどうにかなったのではないかと考えたのは、視界の残り半分に、一人の人間がこちらを見つめて微笑しているからだ。今までそんな間近に人が居て、こんなに深く眠り込んだ覚えなどない。
 ひどく綺麗な紫色の瞳だった。虹彩がきららかな太陽の光を含んで透かし、青紫とも赤紫とも言えぬ微妙な色合いに揺れている。中心に据えられた瞳孔の漆黒は、果てしなく奥へ視線を吸い込み、目が離せなくなる。
 妖しく色を変える二粒の瞳がはめ込まれているのは、女性的な整った顔立ちで、笑みを浮かべた唇の形も色も極上品、特別な果実を魔法で凝縮して閉じ込めた、そんな透明感をたたえているのに生き生きと輝いている。
 瞳や唇から感じる線の細さは、内側からにじみ出て来る鋭さときわどく釣り合っていて、脆い感じを与えない。強さも弱さも全てを同時に満たしているような、それでいて、何か一つ突き崩されれば、たちまち得体の知れない闇の気配に溶けそうな不思議な表情だ。
(人では…ない…?)
 まるで何か特別な意図、例えば神に捧げるために作られた細工物、そう言われても納得してしまいそうな、生身を越えた美の結晶。
 けれど、日差しの中で艶やかに輝くその顔が、呆然と見惚れるユーノの前でゆっくりと笑みを深めた。
「やっと目が覚めたか」
「っ!」
 聞き覚えのある深い声が響いたとたん、ユーノは跳ね起きようとして呻いた。
「こら…無茶をするな」
 ふわあっ、と眠そうにあくびをしたアシャが、のんびりと制する。
「っ、っ、っ」
 言われるまでもなく、ユーノは全身を襲った痛みに体を抱えて沈没している。
 その横で、アシャは両手を上げて気持ち良さそうに伸びをし、それで今まで保っていた緊張が途切れたと言いたげに、疲れ切った顔で元の場所に腕を落とした。
「あ」
 ようやく痛みを堪え切って、顔を上げたユーノは、見る見る顔が熱くなるのを感じる。
 その腕の位置はどう見たって。
(私、アシャの腕枕で眠ってたんだ!)
 しかもアシャの上半身にかかっているのは、ユーノの体にかかっている同じ布一枚、つまりは同じ床で体を寄せ合って眠っていたのだ。
「わ…っ」
 体中に広がった熱にうろたえて後じさりしようとしたユーノに、アシャは気怠そうに呟いた。
「三日三晩…意識がなかったんだ」
 ふう、と甘やかな息を吐いて目を閉じる。額に金髪がさらさらと流れ、いつもより白く見える肌に疲労が見えた。目元にうっすらと隈が浮かんでいる。それが彫りの深い顔立ちに一層妖しい翳りを落としている。
「さすが……俺も…疲れ……」
 もごもごと幼い口調で呟いた唇が、ふんわりと頼りなく開いたままで動きを止めた。そのまま、いくら待っても続きを話そうとしない。
 そればかりか、気持ち良さそうに解けた表情が、どんどん邪気なく緩んでいく。
「……アシャ?」
 とろとろと蕩けていく甘い顔に魅入っていたユーノは、戻らない返事に我に返った。
「あれ…アシャ、だったの…?」
「ん…?」
 鼻にかかった眠そうな声が応じる。
「寒いって……いった……ろ…」
 確かに言った、けどまさか、それに応じてくれて?
「ずっと、ついててくれたの?」
 痛くて渇いて寒かった。和らげてくれて潤してくれて温めてくれた、それはまさか、自分の素肌で?
「……」
 どうして、そこまで。
「アシャ?」
 ひょっとして、ここまでしてくれる、その理由は。
 ごくん、と思わず唾を呑み込む。
 そんな事はあり得ないはずだ、だけど、この状況は、仲間という関係を越えているはず、だから。
「アシャ」
「………」
 答えがなくなってしまって、そっとそっと指を伸ばし、乱れ落ちたアシャの髪をかきあげた。
 アシャは長い睫毛に光が当たっても目を開けない。すうすうと健やかな寝息をたてて、ぐっすり眠り込んでしまっている。よっぽど眠かったのだろう、小さな男の子の顔だ。すべすべした頬に陽が跳ねている。
「つ…」
 平和そうなアシャの寝顔に目を奪われていたユーノは、ぶり返した傷の痛みに我に返った。少しためらったものの、そのままもう一度、アシャの隣に体を横たえようとして動きを止める。
「……」
 アシャは深く眠っている。
 きっと今なら、何をしてもわからない。
 何をされても……拒めない。
「……………」
 唇を噛んでしばらく考え、やがてそろそろとユーノはアシャの顔に近づけた。唇を尖らせ、そっとアシャの額に押し当てようとする。
(お礼、だから)
 言い訳だとはわかっている。
(いいよね?)
 だが、もう少しで唇がアシャの額に触れるというところで、ふいに胸の中に冷たい声が響いた。
 誰に許可を得るつもりだ?
「っ」
 脳裏によぎったのは白い掌、微笑みも鮮やかなセレドのレアナの姿。
「ふ…」
 小さく嗤った。
(私は、ずるいな)
 想いを寄せて叶わない相手が抵抗できない隙を狙うなんて。
 軽く首を振り、顔を離す。
(姉さまが側に居ないからって)
 アシャを起こさないように静かに隣で横になる。
(温かいや)
 ほう、と息を吐いて目を閉じる。
 柔らかな熱、とくとくと響く心臓の音、さっきまでの凍えた夢に比べれば、その前に追い詰められて乾燥した孤独な戦場に比べれば、うんと安らかで落ち着ける。
(ここに居られれば……いいよね?)
 たとえアシャが誰を好きでも、声さえ聞ければ、笑顔さえ見られれば、ましてやこんな風に疲れ切って傷ついた体を隣で休められるなら。
(それ以上は望まないよね?)
 もう十分じゃないか、それに。
(こんなに近くても)
 同じ布一枚で身を寄せ合っていても、アシャは穏やかに安らかに眠り続けている。
(私は、アシャにとって特別な存在じゃない、ってことだ)
 心ときめかせる相手なら、これほど側に居て、それ以上を望まないはずもないだろう、ユーノが今揺さぶられたように。三日三晩付き添ってくれた、それはユーノが重傷だったせいもあるだろうが、何より大事な女性の大切な身内、そういう位置にしかいないからだろう。
(アシャ……兄さん、だよね)
 きっと他のどんな娘よりも近くにはいる、けれど、決してユーノが願う触れ合いには届かない。
「……」
 目をきつく閉じ、体を竦め、しがみつきたくなる衝動を堪えて、そっとそっと、額をアシャの胸に寄せる。
(ここまで)
 ここから先は。
(姉さまの、もの)
 だから、それを守ることこそ、ユーノの気持ちの証。
「…わ」
「へ?」
 ふいに、思いもかけない声が響いて目を開けた。体を起こし、戸口に立ちすくんでいるテオに気づく。
 テオは妙に赤くなってうろたえた顔でユーノを見ている。
 いや、ユーノ、ではなく、一つ寝床に入っていて身を寄せ合っているユーノとアシャを見て、うろたえている。
「ユーノ……あなた……いや、それは別に」
 どもりながら意味不明のことばを呟いたテオが忙しく視線を泳がせるのに、相手が何を誤解しているのかわかった。かあああっ、と見る見る体中の血が沸騰する。
「つまりあなたはアシャとはそういう」
「ちがーうっ!」
 戸惑いを弾くようにユーノは全身で否定した。

 十数日後。
(封印された『白の塔』に『紅(あか)の塔』)
 ユーノはゆっくり首を巡らせて、二つの塔を交互に見やった。仮住まいにしている少し離れた場所の、国境を管理する大臣達の家からは、二つの塔が運命を語る一枚の絵のように見える。
(救済と破滅)
 自らを律して運命を選ぶか、『運命(リマイン)』に組して自らを放棄するか。
「ユーノ」
 背後からの声に振り返ると、テオが穏やかに笑っていた。
「御気分はいかがですか」
「もうぴんぴんしてるよ」
 起きる事を許されたのは四日前、それまで十日以上もベッドから動くことさえ禁じられて、別種の拷問だった。
 テオはユーノの側に並び、見ていたものに目をやった。
「二つの塔、ですね」
「大変だったね」
 ユーノの声にテオは少し黙り込んだ。
 風に舞うプラチナブロンドを指先で押さえ、塔を、そしてその上に広がる彼方の空をじっと見上げる。
「辺境のイワイヅタは、水も養分も与えられないところに育ちます」
 静かな低い声が響いた。
「その種が持っているのは、いつも己のもつ生命力だけです」
 亡くなってしまった人を、無くなってしまった繋がりを愛おしみながらも悔やまない、強い意志を含んだ声だった。
「ぼくら辺境の人間も、そのように生きることを、いつも自分に課しています。個の価値のないものはここでは暮らせない……ぼくもこれからが自分の命です」
 ユーノは無言で頷いた。
「ユーノ」
「うん?」
「あなたは…」
 言いかけて一瞬ためらい、やがて吹っ切るようにテオは続けた。
「ぼくの気のせいでなければ、あなたが生死の境を彷徨っている時に求めたのは、アシャだったと思うのですが」
 まっすぐな問いに、ユーノは思わずテオから目を逸らせた。
 『白の塔』を、続いて『紅(あか)の塔』を見つめる。
 追い詰められ、殺されかけた。
 たった一人で、けれどそれは、いつものことで。
 けれど今度は、目覚めるとアシャの腕の中に居た。
 安らかで、恐怖に怯えることもない、夢のような時間。
(でも)
 あれは幻。
(あんなことは……二度と起こらない)
 胸に強く言い聞かせる。
(二度と)
「テオの気のせいだよ」
 きっぱりと言い放つ。
「ユーノ…」
 テオが眉を寄せた。
「何かだめな理由があるんですか? あなたの想いを妨げるようなことがあるんですか?」
(無神経だよ、辺境の王)
 ユーノはテオを振り返った。にこりと笑って、
「違うよ」
 迷いのない声で言い切ろうと決めた。
「私はアシャを好きだけど、テオの言うような意味じゃない。兄さんみたいに、ずっと付き合っていける友人みたいに好きなんだ。テオもアシャを嫌いじゃないだろう? おんなじだよ」
(そうだ、そういうことだ)
 揺れた想いは悪夢が見せたものだ。孤独に耐えかねた心が描いた儚い夢だ。
(そう、決める)
 これ以上卑怯者にならないために。
「……あなたは強い方ですね」
 テオはグレイの目を陰らせた。
「……うん」
 もう一度、笑った。
「ユーノ」
 テオは片足を引き、唐突にユーノの前に跪いた。
「あらためて礼を取らせて下さい。そして、ぼくを祝福してくれませんか、イワイヅタの枯れぬように。ぼくはあなたの強さにあやかりたい」
「…私でよければ」
 ユーノは左手を差し出した。
 テオがそっとその手を押し頂き、甲に静かに唇を押し当てる。けれど、唇を離してもすぐには手を放さずに、低い声で呟いた。
「アシャでは勝ち目がありませんからね」
「え?」
「いえ」
 テオが笑って立ち上がる。
「強くなろう、そう言ったんですよ」
「ユーノ!」 
 バルコニーの下から声がした。覗き込むと、レスファートがぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「行こうよ! もう準備できたって!」
「わかった! ……じゃあ、テオ、いろいろとありがとう」
「ご無事で……あなたなら…」
 さぞ立派な辺境区の王になったでしょうね、ユーノ。
 静かに続いたテオの声を、ユーノはもう聞き取れなかった。
 アシャが、イルファが、そしてレスファートが新たな旅路の支度を整えて待っている。
(進もう、前へ)
「お待たせ!」
「おお、ずいぶん待ったぞ!」
「いいお天気だよ!」
「……調子がおかしくなったらすぐに言えよ?」
 瞳を細めるアシャに片目をつぶる。
「私を誰だと思ってる?」
 セレドのユーノ・セレディスだよ。
「……わかってる」
 アシャが一瞬切なげに笑ったのに、行こう、と声をかけて背中を向けた。
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