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13.麦の女王(2)
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「つまりだな」
仕方なしにとりあえずは店の中に腰を落ち着けたアシャは、集まってくる娘達の視線をうっとうしく感じながら、溜め息まじりに説明した。
「アグナイでは、麦の刈り入れの前に麦祭というのをやるんだ。実った麦を喜び、三日から五日間、ばか騒ぎをする。麦の実り方で気づいてもよかったんだが」
再び溜め息をついた。
「ちょっと変わった風習がある。祭りの前日、村の集会場なんかに集まって、集まりの点呼が終わってから、出口の扉を開けた最初の者を、祭りの間の女王に見立てるんだ」
「待て」
イルファが眉をしかめた。
「ユーノは男だぞ」
「老若男女、関係なしだ」
ぼそりと付け加える。
「別の村で、よぼよぼの老人が女王になったのを見たことがある」
「でもよ、小さな村だろ?」
納得し切れない顔でイルファが問い返す。
「最初に扉を開ける者って、旅人ぐらいしかいないんじゃねえか?」
「まあ、一番、旅の方が多いですな」
老人はアシャとイルファに再び酒と食物をすすめ、テーブルの上で手を組んでにこにこと笑った。
「だが、たとえば、それとはなく村はずれになっている者のこともあります。そういう者には集会の知らせが届きにくいのでな」
「一種の、村の団結を高める祭り、というわけだ」
アシャは手にしたゲト酒の味を確かめ、頷いた。濃い黄土色の泡立つ酒からは、麦を炒ったような香ばしい薫りが広がってくる。かなりの上物だ。
「そうですな。麦の刈り入れは村を上げての仕事、その前に一同の気持ちを合わせておくのが麦祭ですじゃ」
「でも、はずれ者も旅人もいない時は?」
イルファが不思議そうに尋ねた。
部屋のあちらこちらから含み笑いが聞こえる。何度も麦祭を経験してきて、そういう場合にも出くわしたことがある者らしい。
老人ももちろん、その一人なのだろう、穏やかな笑みを少し控え、澄ました顔で応じた。
「集まる場所には、どうにも我慢できぬものを果たせぬところを選びますのでな。酒を振る舞って待っておれば、そのうち誰かが扉を開けて走って出ていきますわい」
「そいつぁ、ひでえよ」
イルファが呆れた声を上げる。
く、くくっ、とアシャは笑った。
「それで、あいつはどうなるんだ?」
イルファは握りしめた骨付き肉で、くいくいと隣室を指した。
未だにそこではどたんばたんと激しい物音が響いている。時々、うわっ、とか、ええっ、とか、挙げ句にボクがやるっ、とか悲鳴じみた声が上がっており、ユーノはかなり抵抗しているらしい。
イルファ達とテーブルについて、ふんわりと焼いた丸い菓子をかじっていたレスファートが、ちょっと心配そうにそちらを見る。
「まず、『女王』として最高に美しく装って頂いて、後は祭りの間、この村に滞在して頂くだけです」
「大変なのは村人の方かもしれないな」
アシャはにやりと笑った。
「それぞれの畑の持ち主の家から一人、候補者が出る。彼らはその『女王』にひたすら愛の告白を繰り返し、『女王』の心を射止めることに努力する。『女王』はそれに応えて、祭りの最後に一人を選んでキスをする。と、その候補者の畑は来期の豊かな実りを約束される、というわけだ」
イルファが妙な顔になった。
「候補って……男か?」
「はい」
老人が予期していたように頷く。
「ユーノ、男だぞ」
「ですから、老若男女おかまいなし、でしてな。それが麦祭ですわい。こんな拙い村長の下でもできる、我が村にはよい祭りだと思っておりますよ」
老人の満足そうな口ぶりには村の充実と団結を誇る響きがあった。
「けれども確か、『女王』が候補者を選ぶ前に、一つ肝試しが行われるんでしたね?」
「ほう」
村長は目を細めた。
「よくご存知ですな。その通り、今年は村はずれのティアンカ神の神殿奥、神像の前に火を灯してくるというのが行われます」
「ふうん、神殿奥のね」
アシャも笑みに目を細めた。ふと思いついたと言いたげににこやかに話を続ける。
「どうでしょう、村長。私も参加させえてもらえないでしょうか、その肝試しに。もちろん、それまでの求愛に加わってもいいですよ。何せ、今あそこでどたばたやってる奴は生意気でしてね、この際、ちょっとからかってやりたいというのも本音で。祭りとあれば騒ぎもしないでしょうし」
「ふうむ」
「おいおい」
イルファが呆気にとられた顔になる。対して軽く片目をつぶってみせて、アシャは重ねてねだった。
「いや、ご迷惑をかけはしません。あいつも、仲間を選ぶような無粋はしないでしょう」
「そうですな」
村長はふいと目をあげ、にこりと笑った。
「よいでしょう。どうせ、祭りの間はこの村に泊まって頂くのだし、何かと退屈されるよりは、そうして一緒に楽しんで頂いたほうがいいかもしれぬ。それに、祭りは恵みを分つもの、喜びを与えるものですからな」
「おいってば」
イルファが我慢しきれなくなったようにアシャの袖を引いた。
「本気か?」
「本気だよ」
「いやしかし、ユーノだぞ? あいつだぞ、あの顔だぞ? いくら装ったってたかが知れてる、楽しみどころかうんざりしねえか? あ、それともやっぱり、男も嫌いじゃないとか、だからとりあえず手近のところで」
「イルファ」
最後のことばが妙な艶を帯びた気がして、慌てて否定する。
「そんなんじゃない」
「おお」
村長が唐突に嬉しそうな声を上げた。
「『女王』の装いが終わったようじゃな」
微かなきしみ音をたてて、ゆっくりと、これみよがしにゆっくりと境の扉が開かれる。くす、くすくす、と娘達のくすぐったそうな笑い声が零れ出してくる。
「ほおう」
「これはこれは」
開いた扉の向こうに仁王立ちになっているユーノの姿に、イルファと村長が意外そうに感嘆の声を上げた。
「さ、どうぞ」
一人の娘が手を取り、ユーノを誘導してこちらの部屋に引き入れてくる。同時に、周囲から戸惑ったような、どこか妖しい溜め息が漏れた。
細い足元は銀色のサンダルで包まれている。体をきちんと覆う麦色の長いドレスの上から、柔らかく煙るような淡いピンクの薄物が重ねられている。焦茶のぴんぴんとはねていた髪は櫛をいれられ、うなじを見せつけるように銀の髪飾りでまとめて結い上げられている。散らされた小花は乱れ落ちるのを防ぐためだろうが、絡み付きまとわりつく髪が花を溢れさせているようにも見える。濃いめの紅をさした口元は片意地な表情をたたえてどこか不安定で、目を強く惹き付けて離さない。
その磁力に似た輝きは、少年の女装というには艶やかすぎて、かといって娘が美しく装ったというのには、今にも全てが崩れそうな危うさに満ちて、見る者の胸を締め付ける、今この瞬間に手を伸ばさなくては消えてしまう幻に出会っているのではないか、と。
(ユーノ)
その想いはアシャとて例外ではなかった。
(髪が、長かったんだ)
ユーノの髪をまとめ上げている銀の髪飾りが掬っていった動きを思って、くらりとしためまいを味わう。その髪飾りのかわりに、自分の指を這わせたかった、そんな気持ちに胸が疼く。
(まいった…)
これは。
(まずい)
暴走しそうな気持ちを抱えたのは、きっと自分一人ではないはず。
ふいに気づいて周囲の男を目で制しようとしたアシャの視界の端で、ユーノの紅の唇がふわりと開いた。
ごく、と唾を呑み込んだ男達にあやうい緊張が走る。
だが。
「てめえらなあっっ!」
いきなり殺気立った怒鳴り声が響いて、揺れた気持ちにざぶりと冷や水がかかった。
「よくも人の都合もきかずに…っ!」
周囲の緊迫感もあっという間に解ける。
なんだ、やっぱりこういうことか、そうだよなあ、そんな、男が着替えると美少女でした、なんてなあ。
失望感と苦笑があたりを満たしていくにつれ、アシャも冷静になった。
「ボクは女装はごめんだっっっ!」
「まあ、そう怒るな」
やっぱりユーノだよな。
ほっとしたの半分、くすくす笑いながら立ち上がると、相手は見る見る真っ赤になった。
「よく似合うぞ、なかなかの『女王』様だ」
ユーノがわずかに青ざめる。今にも切れそうなほど怒っている、それがますますユーノらしくて安堵が広がる。
「入るな、とは止めたぞ?」
「くっそおおおお!」
ユーノは眉を逆立てて悔しがった。
「もっと早くに教えろよっ!」
「仕方ないだろ、あ、それにな」
「何だよ!」
いつものユーノだ、けれど姿形はとびきりだ、他の男がどう思おうとも、今の俺には。
(最高の、獲物)
思わぬ楽しみに唇が綻ぶ。
「俺も麦祭に参加するからな」
今度は確実のユーノの顔から血の気が引いた。
「その顔を見ると、聞いたんだな、祭りの内容を?」
「聞いたよ、それで? このうえまだ、ボクをからかおうって言うのか?」
「ま、そんなとこだ」
アシャはうきうきと頷いた。ドレス姿で喚いているユーノが可愛くて仕方がない。選ばれることはないだろう、だが公然と迫ることはできる、ただの遊びとして、けれど本心かけて真剣に。
(これは祭り、だからな)
真実ではない、仮面の役割、物語の中の出来事。拒まれることさえ、想定範囲。そんな逃げ口上を用意しなくては近づくことさえできなくなっている自分に改めて気づく。
(怖いのか、ほんの少しでも拒まれるのが)
浮き名を流したアシャ・ラズーンが聞いて呆れる。
「んじゃあ、俺もでよう」
「は?」
いきなりイルファが能天気な声で言い出してぎょっとした。
「祭りだもんなあ、楽しまなきゃなあ」
ちらっとこちらを見られて苛立った。
(何を考えてんだ、こいつ。いや、ひょっとして)
ユーノの『女王』の姿を見て、イルファも意外に悪くない、などと思ったのか。
(まさか)
イルファは女性だけではなく冗談半分にアシャも口説くことを思い出して、なお複雑な気持ちになる。
(男としてユーノを好みだと感じた、とか)
それはそれで安全、でもないのか。
「イルファっ、てめえっ!」
「ぼくも出る!」
きりきりしたユーノの罵声に重ねるように、レスファートが大慌てで宣言した。
「ユーノのキスがもらえるんなら、ぼくも出る!」
「あ、あのねえ……」
さすがに理由が真っ当すぎて、ユーノが引き攣った顔で口ごもる。
「おお、盛り上がっておりますなあ……まあ、祭りですから、みなさんもどうぞ、楽しんでくだされば」
「た、楽しめって……」
村長が上機嫌でまとめて、ユーノがぐったりと頭を垂れた。
仕方なしにとりあえずは店の中に腰を落ち着けたアシャは、集まってくる娘達の視線をうっとうしく感じながら、溜め息まじりに説明した。
「アグナイでは、麦の刈り入れの前に麦祭というのをやるんだ。実った麦を喜び、三日から五日間、ばか騒ぎをする。麦の実り方で気づいてもよかったんだが」
再び溜め息をついた。
「ちょっと変わった風習がある。祭りの前日、村の集会場なんかに集まって、集まりの点呼が終わってから、出口の扉を開けた最初の者を、祭りの間の女王に見立てるんだ」
「待て」
イルファが眉をしかめた。
「ユーノは男だぞ」
「老若男女、関係なしだ」
ぼそりと付け加える。
「別の村で、よぼよぼの老人が女王になったのを見たことがある」
「でもよ、小さな村だろ?」
納得し切れない顔でイルファが問い返す。
「最初に扉を開ける者って、旅人ぐらいしかいないんじゃねえか?」
「まあ、一番、旅の方が多いですな」
老人はアシャとイルファに再び酒と食物をすすめ、テーブルの上で手を組んでにこにこと笑った。
「だが、たとえば、それとはなく村はずれになっている者のこともあります。そういう者には集会の知らせが届きにくいのでな」
「一種の、村の団結を高める祭り、というわけだ」
アシャは手にしたゲト酒の味を確かめ、頷いた。濃い黄土色の泡立つ酒からは、麦を炒ったような香ばしい薫りが広がってくる。かなりの上物だ。
「そうですな。麦の刈り入れは村を上げての仕事、その前に一同の気持ちを合わせておくのが麦祭ですじゃ」
「でも、はずれ者も旅人もいない時は?」
イルファが不思議そうに尋ねた。
部屋のあちらこちらから含み笑いが聞こえる。何度も麦祭を経験してきて、そういう場合にも出くわしたことがある者らしい。
老人ももちろん、その一人なのだろう、穏やかな笑みを少し控え、澄ました顔で応じた。
「集まる場所には、どうにも我慢できぬものを果たせぬところを選びますのでな。酒を振る舞って待っておれば、そのうち誰かが扉を開けて走って出ていきますわい」
「そいつぁ、ひでえよ」
イルファが呆れた声を上げる。
く、くくっ、とアシャは笑った。
「それで、あいつはどうなるんだ?」
イルファは握りしめた骨付き肉で、くいくいと隣室を指した。
未だにそこではどたんばたんと激しい物音が響いている。時々、うわっ、とか、ええっ、とか、挙げ句にボクがやるっ、とか悲鳴じみた声が上がっており、ユーノはかなり抵抗しているらしい。
イルファ達とテーブルについて、ふんわりと焼いた丸い菓子をかじっていたレスファートが、ちょっと心配そうにそちらを見る。
「まず、『女王』として最高に美しく装って頂いて、後は祭りの間、この村に滞在して頂くだけです」
「大変なのは村人の方かもしれないな」
アシャはにやりと笑った。
「それぞれの畑の持ち主の家から一人、候補者が出る。彼らはその『女王』にひたすら愛の告白を繰り返し、『女王』の心を射止めることに努力する。『女王』はそれに応えて、祭りの最後に一人を選んでキスをする。と、その候補者の畑は来期の豊かな実りを約束される、というわけだ」
イルファが妙な顔になった。
「候補って……男か?」
「はい」
老人が予期していたように頷く。
「ユーノ、男だぞ」
「ですから、老若男女おかまいなし、でしてな。それが麦祭ですわい。こんな拙い村長の下でもできる、我が村にはよい祭りだと思っておりますよ」
老人の満足そうな口ぶりには村の充実と団結を誇る響きがあった。
「けれども確か、『女王』が候補者を選ぶ前に、一つ肝試しが行われるんでしたね?」
「ほう」
村長は目を細めた。
「よくご存知ですな。その通り、今年は村はずれのティアンカ神の神殿奥、神像の前に火を灯してくるというのが行われます」
「ふうん、神殿奥のね」
アシャも笑みに目を細めた。ふと思いついたと言いたげににこやかに話を続ける。
「どうでしょう、村長。私も参加させえてもらえないでしょうか、その肝試しに。もちろん、それまでの求愛に加わってもいいですよ。何せ、今あそこでどたばたやってる奴は生意気でしてね、この際、ちょっとからかってやりたいというのも本音で。祭りとあれば騒ぎもしないでしょうし」
「ふうむ」
「おいおい」
イルファが呆気にとられた顔になる。対して軽く片目をつぶってみせて、アシャは重ねてねだった。
「いや、ご迷惑をかけはしません。あいつも、仲間を選ぶような無粋はしないでしょう」
「そうですな」
村長はふいと目をあげ、にこりと笑った。
「よいでしょう。どうせ、祭りの間はこの村に泊まって頂くのだし、何かと退屈されるよりは、そうして一緒に楽しんで頂いたほうがいいかもしれぬ。それに、祭りは恵みを分つもの、喜びを与えるものですからな」
「おいってば」
イルファが我慢しきれなくなったようにアシャの袖を引いた。
「本気か?」
「本気だよ」
「いやしかし、ユーノだぞ? あいつだぞ、あの顔だぞ? いくら装ったってたかが知れてる、楽しみどころかうんざりしねえか? あ、それともやっぱり、男も嫌いじゃないとか、だからとりあえず手近のところで」
「イルファ」
最後のことばが妙な艶を帯びた気がして、慌てて否定する。
「そんなんじゃない」
「おお」
村長が唐突に嬉しそうな声を上げた。
「『女王』の装いが終わったようじゃな」
微かなきしみ音をたてて、ゆっくりと、これみよがしにゆっくりと境の扉が開かれる。くす、くすくす、と娘達のくすぐったそうな笑い声が零れ出してくる。
「ほおう」
「これはこれは」
開いた扉の向こうに仁王立ちになっているユーノの姿に、イルファと村長が意外そうに感嘆の声を上げた。
「さ、どうぞ」
一人の娘が手を取り、ユーノを誘導してこちらの部屋に引き入れてくる。同時に、周囲から戸惑ったような、どこか妖しい溜め息が漏れた。
細い足元は銀色のサンダルで包まれている。体をきちんと覆う麦色の長いドレスの上から、柔らかく煙るような淡いピンクの薄物が重ねられている。焦茶のぴんぴんとはねていた髪は櫛をいれられ、うなじを見せつけるように銀の髪飾りでまとめて結い上げられている。散らされた小花は乱れ落ちるのを防ぐためだろうが、絡み付きまとわりつく髪が花を溢れさせているようにも見える。濃いめの紅をさした口元は片意地な表情をたたえてどこか不安定で、目を強く惹き付けて離さない。
その磁力に似た輝きは、少年の女装というには艶やかすぎて、かといって娘が美しく装ったというのには、今にも全てが崩れそうな危うさに満ちて、見る者の胸を締め付ける、今この瞬間に手を伸ばさなくては消えてしまう幻に出会っているのではないか、と。
(ユーノ)
その想いはアシャとて例外ではなかった。
(髪が、長かったんだ)
ユーノの髪をまとめ上げている銀の髪飾りが掬っていった動きを思って、くらりとしためまいを味わう。その髪飾りのかわりに、自分の指を這わせたかった、そんな気持ちに胸が疼く。
(まいった…)
これは。
(まずい)
暴走しそうな気持ちを抱えたのは、きっと自分一人ではないはず。
ふいに気づいて周囲の男を目で制しようとしたアシャの視界の端で、ユーノの紅の唇がふわりと開いた。
ごく、と唾を呑み込んだ男達にあやうい緊張が走る。
だが。
「てめえらなあっっ!」
いきなり殺気立った怒鳴り声が響いて、揺れた気持ちにざぶりと冷や水がかかった。
「よくも人の都合もきかずに…っ!」
周囲の緊迫感もあっという間に解ける。
なんだ、やっぱりこういうことか、そうだよなあ、そんな、男が着替えると美少女でした、なんてなあ。
失望感と苦笑があたりを満たしていくにつれ、アシャも冷静になった。
「ボクは女装はごめんだっっっ!」
「まあ、そう怒るな」
やっぱりユーノだよな。
ほっとしたの半分、くすくす笑いながら立ち上がると、相手は見る見る真っ赤になった。
「よく似合うぞ、なかなかの『女王』様だ」
ユーノがわずかに青ざめる。今にも切れそうなほど怒っている、それがますますユーノらしくて安堵が広がる。
「入るな、とは止めたぞ?」
「くっそおおおお!」
ユーノは眉を逆立てて悔しがった。
「もっと早くに教えろよっ!」
「仕方ないだろ、あ、それにな」
「何だよ!」
いつものユーノだ、けれど姿形はとびきりだ、他の男がどう思おうとも、今の俺には。
(最高の、獲物)
思わぬ楽しみに唇が綻ぶ。
「俺も麦祭に参加するからな」
今度は確実のユーノの顔から血の気が引いた。
「その顔を見ると、聞いたんだな、祭りの内容を?」
「聞いたよ、それで? このうえまだ、ボクをからかおうって言うのか?」
「ま、そんなとこだ」
アシャはうきうきと頷いた。ドレス姿で喚いているユーノが可愛くて仕方がない。選ばれることはないだろう、だが公然と迫ることはできる、ただの遊びとして、けれど本心かけて真剣に。
(これは祭り、だからな)
真実ではない、仮面の役割、物語の中の出来事。拒まれることさえ、想定範囲。そんな逃げ口上を用意しなくては近づくことさえできなくなっている自分に改めて気づく。
(怖いのか、ほんの少しでも拒まれるのが)
浮き名を流したアシャ・ラズーンが聞いて呆れる。
「んじゃあ、俺もでよう」
「は?」
いきなりイルファが能天気な声で言い出してぎょっとした。
「祭りだもんなあ、楽しまなきゃなあ」
ちらっとこちらを見られて苛立った。
(何を考えてんだ、こいつ。いや、ひょっとして)
ユーノの『女王』の姿を見て、イルファも意外に悪くない、などと思ったのか。
(まさか)
イルファは女性だけではなく冗談半分にアシャも口説くことを思い出して、なお複雑な気持ちになる。
(男としてユーノを好みだと感じた、とか)
それはそれで安全、でもないのか。
「イルファっ、てめえっ!」
「ぼくも出る!」
きりきりしたユーノの罵声に重ねるように、レスファートが大慌てで宣言した。
「ユーノのキスがもらえるんなら、ぼくも出る!」
「あ、あのねえ……」
さすがに理由が真っ当すぎて、ユーノが引き攣った顔で口ごもる。
「おお、盛り上がっておりますなあ……まあ、祭りですから、みなさんもどうぞ、楽しんでくだされば」
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