『指令T.A.K.I.』〜『猫たちの時間』12〜

segakiyui

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3.指令書 A (Aggravation)(2)

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「志郎兄さん?」
「んー」
「ねえ…寒い」
「脱ぐからだろ。ちゃんと服着て寝ろ」
「着ても寒いもん……温めて欲しいな」
「温める…?」
 ってことは、この文章を温めて……って、違う違う、えいくそっ!
 レポート内容を口で呟きながら椅子を立ち、セイヤがなぜかむき出しにしていた肩まで上掛けとタオルケットを引き上げてやった。そのまま席に戻って、考えついた文章を並べてみる。うん、悪くはない気もする、と少し頷いてみる。
「志郎にいさぁん」
「んー…」
 ああわかったぞ何だそうか話したいのかでもそれは俺は無理だからな今夜は。
 漏れかけた溜息を押し殺して、とにかくレポートに意識を集めることにした。
「側に来てよ」
「後でな」
 明日になるか明後日になるかわからんが。
「今はレポート上げなきゃならん」
 ……ってことは、この内容はここに……あれ? 繋がらないぞ。
「一人じゃ…眠れないよ」
「いい歳をして、まだぬいぐるみがいるのか」
「うん………動いて…温かくて……僕を抱いてくれる『ぬいぐるみ』」
「んなものはない。悪いがそこのクッションで我慢しとけ」
「クッションなんか、嫌だぁ」
 鼻にかかった甘え声で続ける。
「志郎兄さんが…欲しい」
「だから俺はしばらく眠れんっつってるだろーが」
「眠っちゃ、やだ」
「俺だって眠りたかない」
 眠ってしまえばレポートはおじゃん。考えるだに恐ろしい。
「ねえ……。………僕のこと…嫌い…?」
「いや、別に」
「憎い?」
「そんなことはない」
「僕…平気だよ、慣れてるから……新亜pしないで」
「心配?」
 うんつまり、心配が結論という……じゃない! いや、一足飛びに結論にいくからややこしくなるわけで……。
「志郎兄さん……僕の方が辛いよ」
「辛い…? どうしてだ?」
 問いかけながらも質問の意味は考えていない。
「だって……こんな気持ちにさせて……ねえ…ったら……」
「こんな気持ちと言われても…」
 どうやって結論に結びつけるかが問題だな。こことここを繋ぐと、始めのは嘘だって意味にもなる…。
「俺としては、そんな気はないし…」
「そんな気はないって……ひどいんだ。周一郎さんには、そういう気になるんでしょ」
「周一郎?」
 そうだな、周一郎にコツを聞くのも一つの手かも知れない。あいつなら、今まで嫌というほどレポートなんか書いてきているだろうし、こういうのを書くのもうまいだろう。
「何せ、俺と違って、すぐにその気になれるからな」
「そんなに周一郎さんがいいの?」
「んー…」
「知ってるんだ、僕。志郎兄さんと周一郎さんのこと……」
「知ってる? ………」
 そうだな。大学の連中は周一郎のことを薄々知ってるものな。特に納屋教授なんか、あの一件で周一郎をよく知ってるし……手を借りたって、すぐ分かっちまうかも知れない。
「それはまずいな」
「まずいって…周一郎さんに知られるのが怖いの? ……周一郎さんって、僕よりもきれい? ……愛しているんだね」
「愛…ねえ…」
 その場合のことを考えていなかったな。ここで前章で愛について触れてあるから、どこかでこれについてまとめておかなきゃならないわけか。
「うん……大切なことだな」
「じゃあ…僕は? 行きずりじゃ、愛してもらえない?」
「行きずりにってのは…」
 良くない。それじゃ本当に、わざわざ付け加えただけみたいじゃないか、やっぱり、
「しっかり、筋を通しておきたいからな」
「志郎兄さんって、想像以上に切れ者なんだね。僕みたいな下っ端は相手にも出来ないってわけ? ………僕、拒まれたの……初めてなんだ。その気の無い男性(ひと)だって、ちゃんと僕の相手をしてくれたよ…? 僕…そんなに魅力ないの?」
「魅力…かあ…」
 そうだな……魅力ってことで間を繋いで、愛の形ということでまとめるだろ。で、ここで筆者の人生観を浮き彫りにする。ってーと……ああ、くそ!
「周一郎なら、すぐなんだろうけどなあ」
「……わかったよ、志郎兄さん」
 ふと背後に気配を感じて振り返ろうとした瞬間、滑らかな肌の感触が首に巻きつき、囁きとともに右頬に吐息が当たり、ふわりと柔らかいものが押し当てられた。
「周一郎さんから誘うの…? こんな風に……キスで?」
「!!!!!!!」
 体が硬直する。肺の中の酸素がなくなる。呼吸困難、口が開かない。声も上げられない。びんっ、と背筋が伸び、四肢が突っ張り、頭が飛び、首が消え失せ、胴体が空っぽになる。周一郎から。キス。忘れようとしていた記憶が一気一気の掛け声も派手に、腹の辺りから駆け上がり、吹っ飛んだ頭の噴火口から、花火のようにどおん、と打ち上がった。
「は……は…はっ…」
「?」
「は……。……う……うわあああああああああーっ!!!」
 引きつり笑いが、俺を硬直から解放した。きょとんとしたセイヤが俺の首に巻きつけた腕を緩め、唇を離してくれる、や否や、俺は全力疾走ダッシュ一本、気が付いた時にはシャーペン片手にドアに張り付き喘いでいた。
「志郎…」
「ちょ、ちょっと待ってくれっ!!」
 何か言いかけたセイヤを遮る。んなろ、夜だろーと人が寝てよーと構うもんか、貞操の危機なんだぞ俺は!
 セイヤは全裸、タオルケットを軽く巻き付けただけの体を、机の上の灯りに淡く浮かび上がらせて立っている。女と言っても通るほどの、得体の知れない妖しい気配を纏っていて……。
 どっ、と嫌な汗が全身から出た。
「セッ、セッ……セイヤ……お前っ……いや…そのっ俺はっ…」
 頭が『わや』だ。日本語なんて糞食らえ、こういう時はできるだけ単純にはっきりと主張をするべきだうん。
「俺は男だっ!!」
「……え?」
 全身全霊を込めた宣言に、一拍遅れてセイヤは小首を傾げた。細いうなじに茶色の猫っ毛が絡み付くのが恐ろしく色っぽかった。
「だっ、だっ、だからなっ…」
 あっさりばらっと砕けた思考を何とかまとめようと焦る。
「お前と俺の間には深い河が……いや、違うっ、深い、大きな誤解があるっ!」
「誤解?」
「そっ、そーだ! どこで何を聞いてきたかは知らんが、俺と周一郎はなーにもないっ! 誓ってない! あるのは」
「愛でしょ…」
「そう、愛…じゃないっ!!!」
 流されて安易に頷きかけ余計にうろたえる。駄目だ、今の俺にこの状況を回避できることばはない。
「とっ、とにかく、俺は、いや、お前、ここで寝てろ! うん、俺が出る! じゃ、な、おやすみっ!!」
「志郎…」
 ばんんっ!
「……おい…」
 勢いよくドアを閉めた俺は、のろのろと額に手を当てた。ドアに背中を押し付けたまま、ずるずると滑り落ちる。
「…待ってくれよ…」
 思い返してみれば、入って来た時からセイヤのことばはおかしかった。しかもそれに、俺がどう対応したかと言えば。
「……お…い……」
 頭が痛い。いや、落ち着いて考えるんだ、きっと何かいい方法が……何か……。
「………」
 何か。
「…………うん」
 結局のところ、俺にわかったのは、今夜レポートを仕上げるのは無理だということだけだった。
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