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休み明け、北野は日勤から入った。
看護師の働く時間は病院によってまちまちだが、北野が勤めている病院では、深夜勤務は午前零時から朝八時半までだ。日勤は午前八時から午後四時半まで、準夜勤務は午後四時から夜中の二十四時半までになっている。
それぞれ三十分重なっているのは、申し送りと呼ばれる患者の状況報告と引き継ぎの時間で、この間は身動き取れなくなることが多い。
そして、何か問題が起こりやすいのも、なぜかこの時間帯だった。
「おはようございまーす」
声をかけて詰め所に入っていくと、深夜勤務の板垣が目の下に隈をつくった顔で北野を見上げた。
「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないよ」
ねっとりとからむ口調に、北野はいやな予感を覚えた。
板垣は勤めて六年、ベテランで腕もいいが口も悪い。北野とは入ってきたときから今一つ合わない相手だ。
「いいかげんにしてほしいものだわねえ。こっちまで、変な疑いを持たれて困ること困ること」
「……何のことですか」
体を固くした北野に、板垣はなおも粘る口調で言った。
「あんたでしょ。岩見さんを悪者扱いしているの。岩見さん怒ってて、あたし達にも口をきいてくれないのよ。時計だか何だか知らないけど、早く返すなり謝るなりしてくれないかしらねえ。あんたのプライドのために、こっちの仕事をやりにくくされたんじゃ、たまらないってこと」
北野はむっとした。
「私、時計なんか、盗ってません」
「あら、じゃあ、何で、岩見さんの時計がなくなってるのよ。それに、何で、部屋の整理を一人でしたの? いろんな患者がいるんだから、疑いを持たれないようにするのは当然でしょうに」
「私…」
顔に血が上るのを感じて、北野はますますいら立った。岩見を助けたのは北野だ。その命の恩人とも言える相手を疑う岩見が信じられなかったし、尻馬に乗って、同僚を責める板垣も信じられなかった。
「板垣さん」
ふいに静かな穏やかな声が割って入って、北野は我に返った。もう一人の深夜勤務、大原がゆっくりと机の上を整理しながら、
「もう申し送りの時間なんですが、すいません、わたし、小野さんの尿量を見てくるのを忘れました」
「何ですって」
板垣はきいきい声で叫んで大原を振り返った。
「小野さんの尿量を、あなたどうして忘れられるの! これだから、ほんと、新人と組むと苦労するんだから……」
わめきながらひったくるように自分の検温板を抱えて詰め所を出て行く。大原は動じた様子もなく。無言でぺこりとその後ろ姿に頭を下げ、管理日誌に記入を始めた。
あまりにも鮮やかに板垣をおさめたのにあ然としていた北野は、何げなく大原の手元を見て気がついた。
小野の尿量は大原の検温板にきちんとメモされているのだ。
「あ…」
かばってくれたのだと気づいて、北野はあわてて顔を上げた。視線を感じたのか、大原がちらりと北野を見て小さくうなずいた。日勤のもう一人が用意を整え終わったのを見て、浮かべていた微笑を消し、申し送りを始める。
その時、ナースコールが鳴った。
はっとして振り返ると、岩見の部屋に赤い光がついている。
大原ともう一人の看護婦は申し送りの最中で動けない。板垣はまだ帰らない。
北野は席を立って、足早に岩見の部屋に向かった。
看護師の働く時間は病院によってまちまちだが、北野が勤めている病院では、深夜勤務は午前零時から朝八時半までだ。日勤は午前八時から午後四時半まで、準夜勤務は午後四時から夜中の二十四時半までになっている。
それぞれ三十分重なっているのは、申し送りと呼ばれる患者の状況報告と引き継ぎの時間で、この間は身動き取れなくなることが多い。
そして、何か問題が起こりやすいのも、なぜかこの時間帯だった。
「おはようございまーす」
声をかけて詰め所に入っていくと、深夜勤務の板垣が目の下に隈をつくった顔で北野を見上げた。
「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないよ」
ねっとりとからむ口調に、北野はいやな予感を覚えた。
板垣は勤めて六年、ベテランで腕もいいが口も悪い。北野とは入ってきたときから今一つ合わない相手だ。
「いいかげんにしてほしいものだわねえ。こっちまで、変な疑いを持たれて困ること困ること」
「……何のことですか」
体を固くした北野に、板垣はなおも粘る口調で言った。
「あんたでしょ。岩見さんを悪者扱いしているの。岩見さん怒ってて、あたし達にも口をきいてくれないのよ。時計だか何だか知らないけど、早く返すなり謝るなりしてくれないかしらねえ。あんたのプライドのために、こっちの仕事をやりにくくされたんじゃ、たまらないってこと」
北野はむっとした。
「私、時計なんか、盗ってません」
「あら、じゃあ、何で、岩見さんの時計がなくなってるのよ。それに、何で、部屋の整理を一人でしたの? いろんな患者がいるんだから、疑いを持たれないようにするのは当然でしょうに」
「私…」
顔に血が上るのを感じて、北野はますますいら立った。岩見を助けたのは北野だ。その命の恩人とも言える相手を疑う岩見が信じられなかったし、尻馬に乗って、同僚を責める板垣も信じられなかった。
「板垣さん」
ふいに静かな穏やかな声が割って入って、北野は我に返った。もう一人の深夜勤務、大原がゆっくりと机の上を整理しながら、
「もう申し送りの時間なんですが、すいません、わたし、小野さんの尿量を見てくるのを忘れました」
「何ですって」
板垣はきいきい声で叫んで大原を振り返った。
「小野さんの尿量を、あなたどうして忘れられるの! これだから、ほんと、新人と組むと苦労するんだから……」
わめきながらひったくるように自分の検温板を抱えて詰め所を出て行く。大原は動じた様子もなく。無言でぺこりとその後ろ姿に頭を下げ、管理日誌に記入を始めた。
あまりにも鮮やかに板垣をおさめたのにあ然としていた北野は、何げなく大原の手元を見て気がついた。
小野の尿量は大原の検温板にきちんとメモされているのだ。
「あ…」
かばってくれたのだと気づいて、北野はあわてて顔を上げた。視線を感じたのか、大原がちらりと北野を見て小さくうなずいた。日勤のもう一人が用意を整え終わったのを見て、浮かべていた微笑を消し、申し送りを始める。
その時、ナースコールが鳴った。
はっとして振り返ると、岩見の部屋に赤い光がついている。
大原ともう一人の看護婦は申し送りの最中で動けない。板垣はまだ帰らない。
北野は席を立って、足早に岩見の部屋に向かった。
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