『ハートレイト』

segakiyui

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「……あの…」
「謝る気になったの」
 岩見夫人が好奇心一杯でのぞき込むのに、北野は首を振った。
「いいえ。思い出したんです。夜中にごそごそしていたのは、巡回のときに部屋で写真を拾ったからです」
 北野は安堵で緩みそうになる気持ちを引き締めた。
 その写真を、以前岩見が持っていた時にのぞき込んで、ひどく怒られたこと。それは岩見と孫の写真で、怒ったのは照れ臭かったためらしいこと。同室者から、ときおり出しては眺めていて、大事に引き出しにしまっていたと聞いたこと。
 そして、今度もまた、見てしまったことで気分を害されるかもしれないと思って、夜中にそっと引き出しに片付けたこと。
「ああ、そういえば、岩見さん、持ってましたね。僕が見たときも、ひどくしかられた」
 主治医が北野の話を裏付けた。
「…それは少し、軽率だったかもしれないわね」
 落ち着いてきたらしい師長が言った。北野はうなずいて、
「そうですね。黙って、床頭台の上に置いておいたほうが…怒られてもよかったかもしれない…」
 岩見夫人は、さっきまでの勢いはどこへやら、急に老け込んだように背中を丸めた。押さえつけるように黙っていたが、やがて、絞るような声で、
「……私達に子供はいませんから……それは、弟のところの孫です……でも、弟とは少しもめて…孫とも行き来がなくなっていて……」
 詰まった声音に、誰もがベッドでそれを眺めていた岩見の気持ちを思ったのだろう、唐突に沈黙が広がった。
 主治医がぽつりと言った。
「会いたかったんですね」
 岩見夫人は答えなかった。
「あの…」
 ふいに、カンファレンス・ルームのドアが開かれ、四人は顔を振り向けた。少し開いたドアの隙間から、大原が気遣うようにのぞき込んでいる。
「何?」
 師長が尋ねた。
「あの……ちょっと…いいでしょうか」
「今、大事な話を…」
「そのことなんですが…」
 大原は言いにくそうにつぶやいて、するりと部屋に入り込んだ。後ろ手にドアを閉め、そっと師長に近寄り、何事かをささやく。
「え……ほんとう?」
 師長の目が慌ただしく岩見夫人と北野を往復した。すぐに立ち上がって、医師と岩見夫人に耳打ちする。
「そんな…」
 岩見夫人の顔に驚きが、続いて不思議な納得が見る見る広がった。医師が軽くうなずいて、
「早い方がいいですね、行きましょうか」
「あ、は、はい…」
 医師に促されて、岩見夫人はうろたえたように席を立った。残されている北野に気づいたが、どこか呆然とした表情のまま頭を下げ、足早に医師と部屋を出て行った。
「なに…」
 北野は何が何だかわからなくなって、師長と大原を見た。 
「ごめんなさいね、北野さん。本当なら、岩見さんに謝ってもらいたかったところだけど…事情が事情だけに…」
 師長が歯切れ悪く語尾を濁した。
「大原さん、話してあげてくれる? 私、岩見さんのところへ行ってきます」
「はい」
 師長が部屋を出て行くのを見送って、大原は北野に向き直った。
「一体、どういうことになって…」
「すいません。もう少し早く言うべきだったんでしょうが……実は、岩見さんの通帳、弟さんが持ち出したんです」
「え!」
 今度は北野がぎょっとした。
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