『朱の狩人』

segakiyui

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2. ADDICTED TO (1)

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「で、どういうことなんだか、応えてもらおうか」
 城崎は宮岸病院の奥まった一室、カンファレンスルームと札はかかっているが、その実、城崎にしか入れない部屋で紺野と向き合っていた。
 灰色のリノリウムの床、同色の壁の一方にはホワイトボードが設置され、焦茶色のテーブルを囲むようにパイプ椅子が置かれている。部屋にいるのは城崎だけではない、テレパシストのマイヤ、その恋人の念動力者のダリュー、それに別の壁に寄せて置かれた仮眠用ベッドにもなる焦茶色のカバーをかけたソファにテレポーターのさとるが、それぞれに紺野を凝視している。
「あんたは、仁を呼べ、と言った」
 城崎は院内ではめったに見せない冷ややかな表情で紺野を見つめた。
「だが、仁は、俺達にとって『特別な』人間だ。おいそれと会わせるわけにはいかない」
「でも」
 紺野は周囲の注目に怯えた様子もなく、ほんわりと微笑んだ。
「私、彼の世話をしていましたわ。重傷を負い、夜中にうなされ続けて苦しんでいた彼の」
「……」
 体の中の見えない傷に触れられた、そんな顔でダリューが顔を背け、マイヤが強ばった声で応じた。
「でも、それと仁に……・仁を危険な目にあわせることは別よ」
「大丈夫……私は彼を傷つけない。それは彼がよくわかっているはずです。そうでなければ」
 紺野は笑みを深めた。
「仁くんが私に世話されることを受け入れるはずがなかった、でしょう?」
 城崎を見返す紺野の瞳は柔らかい。
「いつだって、どんな形だって、仁くんは好きなところへ逃げられたはずだから」
「どこまで知ってんのさ」
 さとるがぽつりと吐き捨てた。
「何がわかってるんだ」
「少しだけ……あなたがどうにも周囲の現実がぴんとこないこととか、マイヤさんが看護助手として働きながら周囲の無遠慮な好奇心を感じ取るのに耐えてることとか、ダリューさんがマイヤさんが心配で夜中に何度も起きることとか……・」
 緊張が部屋に走った。
「それに、城崎先生、あなたがどれほど患者さんを大切に扱っているかということも」
「あんた……」
 ふいに城崎が瞬きして目を見開いた。
「あんたも、なのか? あんたも超能力者なのか?」
「もし、人の心のイメージを感じ取ることがそれに入るのなら」
 紺野は生真面目に頷いた。
「そうなりますけど」
「そんな…だって……」
 マイヤが茫然とした顔で呟いた。
「わからなかった……感じなかったわ。『夏越』から指示もされなかった」
「だって」
 紺野はおかしそうに唇を綻ばせた。
「私はこの世界で自分の能力をうまく生かせる仕事についてますから」
「ああ……」
 城崎は思わず唸った。
「そうか…それで、あんたは……」
「とてつもなく有能な看護師」
 紺野が城崎とことばを重ねる。
「ええ、そういうことなんです。超能力が能力の一種なら、それを生かして暮らせることができれば別に問題ではないでしょう?」
「は、はは」
 城崎が虚ろな笑い声をあげる。
「なんてこった。『夏越』はこんな近くに能力者がいたのにわかってなかったのか」
「彼、は、孤独でしたから」
 紺野は沈んだ声になった。
「そういう人間しか感じ取れなかった。私は彼を見つけたけれど……接触するのはやめたんです。彼はとても……孤独で……そういう人は私とは関れない」
「それも力?」
 さとるが咳き込んで聞く。
「そう考えるのなら。でも、私の力は仁くんにくらべればとてもささやかだし、それに」
 穏やかで優しい声がふいに強ばった。
「今回のようなことには全く無力です」
「わかった」
 城崎も顔をしかめた。
「今回のことが超能力者を狙ったものだってあんたは言ったよな?」
「ええ。それもたぶん、潜在的な、能力者です。ひょっとすると、自分でも意識していないぐらいの。たまたまとても運がいいとか、ちょっと勘が優れているとか考えている程度の人かもしれません」
「どうしてそれがわかったの?」
 紺野はマイヤに目を向けた。
「ああ……そうなのね」
「マイヤ!」
 さとるが苛立った声を上げる。
「1人でわかってないでよ、ぼくは……!」
 次の瞬間、さとるはびくっと体中を強ばらせてソファから跳ね上がった。転がり落ちるように床に降り、部屋の片隅を睨んで身構える。と、その片隅が一瞬陽炎が立ったように揺れた。続いて薄い影が実体化して2人の少年の姿に変わる。
「仁!」「内田!」「どうしたんだ、さとる?」
 ダリューの問いに、さとるは忙しく瞬きして、そろそろと立ち上がりながら瞬きした。
「あれ……」
 腑に落ちないといった顔で独り言のように続ける。
「…っかしいな……なんか、別のやつ、みたいだったんだけど…」
「遅れちまって悪かったな」
 さとるのことばに、仁がぎくりと体を竦めた。その肩を軽く抱えて押すようにした内田が、へらへらと片手を振って笑う。
「何せ、こいつときたら、途中で大学の女子更衣室に飛びやがんの、焦ったぜえ」
「え!」
「やだ、仁!」
「へえ、そうなのか」
「ち、違う、内田っっ!!」
 仁が見る見る赤くなり、両手を振り回した。
「まあ、健全な男子こーこーせーだから、俺達は?」
「君と一緒にしないでくれっ!」
 愛用のラッキーストライクの箱を叩き、煙草を銜えた内田が混ぜっ返すのに部屋の強ばった雰囲気が一気に崩れる。
「どこが違うんだよ? ところで、そちらのきれーなおねーさんは?」
 内田は煙草に火をつけ、挑発的にゆっくりと煙を紺野に向けて吹き出した。
「少々場違いなんじゃねえのか」
「彼女は……」
「まさか、城崎の彼女とか?」
「違うよ」
 仁がやんわりと割って入る。
「彼女も能力者だ……そうだよね?」
「へえ」
「それに」
 肩を竦める内田に城崎が和らいだ空気を凍らせるようなそっけなさで言い放った。
「今回の一連の事件は、彼女によると潜在性の超能力者を襲ってる人間の仕業らしい」
「!」
 仁が小さく息を呑んだ。

「……始まりはたぶん、1ヶ月ほど前……夏休みに入ったあたりだ」
 内田と仁が椅子に座ると、城崎はテーブルに資料を広げながら説明を始めた。ちらっと内田が何か言いたげに視線を投げてよこすのに、軽く頷く。
 仁がいるのだから隠し立てできるはずもなかったが、当然、反応していいはずの仁は、強ばった表情でじっとテーブルの上を見つめているだけだ。
「実は、この1ヶ月ほど、妙な死亡事故が続いていてな。ここだけでも5件、範囲を市内に広げると11件あることがわかった。年齢性別職業場所一切関係なしで、突然悲鳴を上げたり倒れたりした人間が運び込まれて来る。けれどほとんどが死んでいる。助かったのはたった1件……さとるだけだ」
「さとる?」
 マイヤがぎょっとした顔でさとるを見た。
「うん」
 さとるが立ち上がり、くるくるっとポロシャツを脱いでみせた。その幼いつるんとした背中、左肩甲骨から数cm下に、長さ5cmほどの緋色の筋が入っている。
「痛い?」
「今はへいき。だけど、この後、飛ぶのがこわくってさ」
 溜息をついてさとるはポロシャツを被り直した。凍りついたような顔で見つめている仁にそっと笑ってみせる。
「やられたのが飛ぶときだったから」
「飛ぶときだったから、それぐらいで済んだ、とも言える」
 城崎は唸って、ボードに一枚の紙を張付けた。
「CTを焼いた。わかりにくいかもしれないが、肋骨ぎりぎりの深さまで皮膚が抉られた状態だ」
「そんなに派手な傷には見えないぜ」
「見えてれば、もっと早く手が打てたんだ」
 城崎はいまいましそうな声で呟いた。
「さとるがここで診た、今のところ最後の患者だ。初めの5人はほぼ即死で、しかも解剖するまで原因が特定できなかった。まあ……解剖したからわかったというもんじゃなかったがな」
 城崎は続けて数枚の紙を提示した。だ円形をした人間の輪切り写真とでも言えばいいのだろうか。だが、テレビなどでよく見るそれとは違って、だ円形の中はぐるぐると入り組んだ迷路のように乱れていて、塊となった組織が見当たらないように見える。
「俺は専門家じゃねえんだがな」
 内田がうっとうしそうに眉をしかめた。
「でも、なんかやばそうな感じだな」
「やばいさ、めいっぱい」
 城崎は吐き捨てるように応じて、テーブルに数枚の写真を滑らせた。
「それが実物だ」
 マイヤやダリューはあらかじめ見ていたのだろう、不快そうに目を逸らせ、覗き込んだのは内田と仁だけだ。
「何だ、こりゃ? 一体どこだよ、これは」
 内田が呆れた声を上げ、ぐ、と仁は喉を鳴らした。
 平べったい皮膚に数本の緋色の筋が走っている。背中か腹部、まるでクレヨンか何かで落書きしたようなぐいぐいとした線だ。次にはそれに添ってメスの入ったところだろう、開かれた肉色の皮膚の下、朱と黄土色の入り交じるうねうねした物体が映っている。メスはどんどん物体を切り広げていくが、画面に映っているのはただひたすらに無秩序な組織の塊が乱雑に絡まりつながりあっているだけ、人間の体にあるとされている臓器らしいものが見当たらない。
 仁が耐えかねたように口元をおさえ、顔を上げた。虚ろな目で城崎を、続いて紺野を見上げる。
「どうなってんだ?」
 内田は2本目の煙草に火をつけた。
「俺には何が何だかわからねえんだが」
「体の組織が半溶解して癒合している」
 突き放すような口調で城崎が続けた。
「そういうことが可能かどうかわからないが、その『傷』は刃物や鈍器、レーザー、アルカリや酸、およそ人間が造り出したものでつけられたもんじゃない。創部は表面上は赤い筋が残るだけだが、内部は見ての通り『ぐちゃぐちゃ』だ」
「つまり?」
 内田はゆっくりと繰り返した。
「溶けてそのままくっついた、ってわけだな? プラスチックが高熱で溶けた後、急に固まるみたいに?」
「その患者は60代の男だ。タクシーに乗ろうとしてそのまま倒れた。赤い筋は大きなものが体の前面、首から腹部、腹部横一文字、左胸部から右腰部の三本だ。解剖で確認したら、心臓は紐状になって胃の中へ流れ込んでて、小腸は丸まって骨盤にめり込み、肋骨はばらばらに肺と混じりあっていた」
「ずいぶんとシュールな感覚の通り魔だな、そいつは」
「内田!」
 真っ青になった仁が内田の軽口を制した。
「へえへえ、わかってます、ふざけんなって言いたいんだろ? でもな、そーでも言わなきゃ、まともに聞けねえぜ?」
「すまん」
 城崎は我に返って資料から目を上げた。血の気が引いて白くなった顔の仁を覗き込む。
「大丈夫か?」
 弱々しく頷いた仁がテーブルからできるだけ体を離そうとするように椅子の背にもたれる。食いしばった口元から押し出すように問いかけてくる。
「……それ…で? みんな……潜在性の……能力者……なのか……?」
「紺野の言うには、な。だから、誰がやっているのかはわからないが、能力者が狙われてるってことは間違いないだろう」
「超能力者狩り、か」
「仁!」
 内田が呟いたとたん、仁が苦しそうに目を閉じた。そのままずるずると椅子から滑り落ちてしまう。慌てて立ち上がった城崎に、内田が体を翻して仁を支え、顔を覗き込む。
「おい、仁!」
 顔色は蒼白だった。手足が冷えきり、支えた内田の腕の中に力なく崩折れていく。
「こら! しっかりしろ!」
「ごめ……気分……わる……」
 微かなつぶやきを返して、仁は意識を失った。
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