『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第1章 『竜は街に居る』

3.独立記念日「一人で笑う夜が辛いんだ」(3)

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「ごちそうさま?」
「うん、ありがと、美味しかったな」
 舜は夕食の器をまとめて流しに運ぶ。
「お兄ちゃん」
「うん?」
 藍奈の声に振り返る。
「夕方、お兄ちゃんの知り合いだって、女の人きてたよ」
「誰?」
「しのざきまことって言ってた」
「うーん?」
 首を捻って考えこむ。覚えがない。
「どこの知り合いだろう」
「『竜夢』じゃないよね」
「今、女の人はミコトさんしか居ないからね」
「じゃあ『三日月』」
「うううーん」
 バイト先の本屋のスタッフを思い出そうとして、なおも首を捻ったが思い出せなくて、
「どんな人だった?」
「黒いロングで、化粧バッチリで」
「…ならいいや」
「知ってる人?」
「いや、思い出せそうにないから」
「ほんっと、人の顔は覚えられないね」
「そうだね」
 溜め息混じりに食器の汚れを軽く流しながら、舜は妹の呆れ声に苦笑する。
 髪をピンクに染めているとか、腕や胸にタトゥをしているとかならまだしも、化粧が濃くて黒髪なんて要素だけで、舜の記憶に残るはずもない。
「お父さん達、今夜はのんびりだね」
 両親は旅行に出かけて、数日は妹と2人留守番だ。もっとも藍奈は昼間は大学、この後出かけて、友達の家に泊まると聞いているから、しばらく1人暮らしになる。
「洗い物しておこうか?」
「いいよ、あたしやる。何かやることあるんでしょ」
「あ…うん、ちょっと」
「やってきて…あ、」
 流しに立った藍奈がエプロンをかけながら振り向いた。
「何?」
「誰か連れてきててもいいよ、あたしは気にしないし、帰るときは電話するから」
「……ありがと」
 苦笑いしながら二階に上がる。自分の部屋に入ると、なんだかがっくり疲れてしまった。
「妹に気遣われる25歳ってどうなんだろ」
 いつの頃からか、人の顔が覚えられなくなった。仕事に就こうとしたこともあったが、とにかく人の顔が覚えられなくて続かない。芝居のことなら苦労もしないのに、現実生活は年々息苦しさを増して来る。何とか続いている本屋のアルバイトは、スタッフの顔は覚えられなくても、胸の名札で対応できるし、広い店舗の本の場所は詳細に頭に入っていて、検索をかけるより早く探し出せるから、その分重宝して使ってもらえている、だが、それだけだ。
 精一杯の笑顔で人に応対する、来る日も来る日もずっと一人で、誰とも関係を持つことができずに、笑い続けるのが、最近辛い。
「……」
 綺麗にメーキングされたベッドに寝転がった。じっと天井を眺める。
 こんな自分で誰かを好きになることなんてできるんだろうか。女の子は大好きだし、一緒にベッドに入るのも楽しいけれど、何度会っても人混みから探し出せない恋人なんて下の下だから、すぐに振られて続かない。
 だからきっと、舜には芝居をするしか能力がないのだ。
 『竜夢』は好きだ。寺戸の舞台は肌に合う。呼吸をするみたいに体にすうっと入ってきて、意識しなくてもことばが溢れ、体が動く。
 役者は天職だ、たぶん、きっと、一番生きやすい場所だ。
 けれど、収入に繋がらない、食べていけない。
 今は親の脛混じりで、追い出されはしないけれど、藍奈はいい加減に自立しろよと言う目をするようになった。遅かれ早かれ、家を出て行かなくちゃならないんだろう。
 けれど行き先がない。
 べたりと伸ばした手に本が触った。『青い雨』を演った時の脚本だ。取り上げて、パラパラと捲ってみる。
「…楽しかったなあ…」
 そりゃあ、ゲイのロボット刑事なんて異色な役柄だったけど、生きる場所が見つからない辛さとか、一人で果てていくしかない虚無感とか、犯すだけではなくて犯される感覚をどうやるのかとか、いろいろ重なったり難しかったり、本当に仕上げていくのが楽しかった。千秋楽が来るのが辛くて寂しくて、ずっと演り続けていてもいいと思っていたぐらいだ。
「『シーンが俺には惚れない? そんなことはわかっている。シーンが魅かれているのは、俺の中にあるジェシカB.P.ゆえだ』……」
 偶然開いた場面の台詞を呟いた。
「『俺は、わかってますから』………うん、わかってるさ、そんなこと」
 観客は舜を見ているのではない。舜が演じる『スープ』と言うロボットを見ている。『スープ』の気持ちに共感し、反発し、そうして『スープ』とともにその時間を生きている。
 決して舜と、ではない。
「…みんなが好きなのは、俺じゃ、ないんだよね」
 小さく呟いて、不意に空中に舞った姿を思い出した。鮮やかで綺麗で胸を貫く痛みと一緒に、今ここに居る『自分』を初めて感じた。
 彼に包まれ、彼に押し付けられ、彼に抱き締められた、自分。
 どんな役柄もどんな設定も被っていない、ただの舜を守ってくれた。
「……あいつが、ログ・オウライカを演るんだ…」
 舜にはまだ何のオーダーも出されていないが、シュン・カザルを演ることになる可能性は高い。けれどひょっとして。
「…陸斗…とか…?」
 嫌だな。
 今まで役の選り好みなんてしなかったけど、もし『竜夢』の中でシュン・カザルのオーディションをするなら、絶対頑張って手に入れよう。
 舜は初めてそう思った。
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