『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第1章 『竜は街に居る』

3.独立記念日「一人で笑う夜が辛いんだ」(4)

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「さあて、今頃、禄くんはこれを見てどう思ってるかなあ」
 貢はリモコンを弄びながら、70Vの画面を眺める。 
 『竜夢』の『青い雨』はネットにもう流れていない。探しているのに見つからないと困っていたから、悪戯心も手伝って、つい収録したDVDをコピーして渡してしまった。『人心売買』の荒破須加屋が聞いたら、わさわさのアフロ頭を掻きむしって苛立ちそうだが、『竜夢』攻略のためと言い抜けることもできる。
 ヒステリーを起こすのはひょっとすると舜に固執している篠崎真琴かも知れないが、
「これ見て、凄さがわからないような人間に惚れる権利なんてないって」
 くすくす嗤った。
 そうだ、貢は知っている、風柳舜の素晴らしさを。
 いや、恐ろしさを、と言った方が良いかもしれない。
 宣伝に巧みで話題作りにも余念がなく、コネを作るためには何でもやる荒破須加屋が、なぜここまで『竜夢』を敵視しているかと言えば、単に寺戸と同期で大学で演劇を演っていたと言うだけではなく、もう少しで『人心売買』に攫えそうだった舜を、まんまと目の前で持って行かれたばかりか、舜の演じる役演じる役、何かと話題に残り、噂に上がってくるからだ。
 舜は体一つで観客を別世界へ連れ込む。
 それがどんな役柄であろうと、舜の演じる役に観客はのめり込みはまり込み、それまでの自分を捨て去って芝居の世界で生き始める。

 貢は今も覚えている、舜が役者のやの字もわかっていない時に『人心売買』のオーディションに来た時のことを。今はもう居ない、荒破の兄の白羽須加屋が劇団を仕切っていた頃だった。メディアへの巧みな露出で、毎年十数人はオーディションを受けにやってくる、その中の1人が舜だった。
 明るい笑顔で、楽しく芝居がやりたいんです、と志望動機を言い放ち、見た目の良さも相まって、タレントへの足掛かりに劇団を踏むつもりだとすぐに皆の反感を買って、貢にしてみれば、ああこいつは落とされるなと受ける前から察しがついた。
 白羽のお題は『風に吹き飛ばされろ』。
 難しいとわかった者もわからなかった者も居た。次々演じていく周囲の動きを見もせずに、舜は少し考え込んで、その場でとんとん跳ねてみたり、ゆっくり屈伸運動をしたり。うわあ、とか、ひええとか言う声が響き、どたどたと転がる人間の中で、舜の番が回ってきて。
「あの、すみません」
 聞き損ねました、と困惑顔で手を挙げた。ここで反感ポイント倍増し。何だ、と眉を潜められても、やっぱり明るくはっきりと尋ねた。
「風速何メートルぐらいですか」
 さすがに役者志望が集まっていただけある、いきなり静まり返ったのは、それぞれに考えを巡らせたからだ。俺は今、何メートルの『風』に吹き飛ばされたつもりだった?と。真っ青になった奴も居た、それが大きな問題じゃないかと気づいて。
 だが、白羽はむっつりと言い返した、お前が好きな風速でいい。
 会場にはほっとした気配が流れていた。あ、良かった、大事なのはそこじゃなかったんだ。
 荒破は舌打ちしていた。貢は薄笑いをしていた。
 『お題』を深く考えもしない役者を鍛え上げていくのは、感覚から仕込むのと同義だ。手間がかかって実りが少ない。つまりは使い物にはならない。集まった十数人のうち、青ざめたのは1人2人、今年は不作だったな、と互いの目に倦怠感を読み合う。
 もっとも気づいたからと言って、今の白羽のオーダーを生かせるかどうかはわからない。
 舜はまた考え込み、あっけらかんと、それじゃあ風速40メートル、やってみます、と宣言した。
 白羽が眉を寄せたのは当然だ。荒破も苦り切っている。
 興味を抱いたのは貢だけだったかもしれない。
 風速40メートル、それは台風直下を意味する。普通の人間は、そんなものに遭遇しないし、してもおそらく再現できない。なぜならそれは『人を浮かせる』レベルだからだ。
 では、と言った舜がゆっくりと白羽に向かって歩き出し、周囲は息を呑んで見守った。
 いつ吹き飛ばされるんだ、今か、それともこのすぐ後か。
 白羽がますます嫌な顔をした。自分が世界の中心で居たい男だ、この注目と沈黙は不愉快だっただろう。
 てくてくと歩く舜がふと白羽の目を見たとたん、
「…っ!」
 ぶわ、と体が浮いた。
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