『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第1章 『竜は街に居る』

3.独立記念日「一人で笑う夜が辛いんだ」(5)

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 浮いたようにしか見えなかった。
 鋭い動きで頭を下げてすぐ上げる、その動きで髪が流れた瞬間、背中が膨らみ、前のめりになり、堪えるように掴むように前へ突き出された両手、驚きに目を見張って指を強張らせたまま、床を蹴った音さえ立てずに背後へ飛び退る。
 ありえないだろう。
 貢は呆然としていた。重心はまだ前に残っている、そう見える。なのにあからさまに力は背後へ飛びすさり、蹴ったはずの両足は引きずられたように重力を消して、舜の体が吹っ飛んで行く。しかも、
「う…ぁっ」
 小さな声が漏れて、とん、と突いた片足の先で舜は体を『背後に吹き飛ばされたまま』保った。もちろんそれは一瞬で、すぐに一気に前のめりに転がり込み、這いつくばるように床に爪を立てる。
「くう…っ」
 舜の呻きと同時に周囲の人間が、思わず体を前のめりにするのを貢は眺めた。
 飛ばされちまう。
 動きはそう語っている。
 舜が演じた風速40メートルを、周囲の人間も感じている。
 そういう自分も拳を握っていると気づいて冷や汗が出る。
 何だ、これは。
 これは、オーディションじゃない、これは芝居だ、風速40メートルという『お題』の、芝居…。
 ダン!
 いきなり荒破が足を踏み鳴らした。同時に叫ぶ。
「壁っ!」
「…っ…」
 舜がほっとした顔で力を緩める。
「…助かった……飛ばされちゃうかと思った…」
 呟く声に周囲が我に返り、見る見る青ざめて静まり返るその中で、舜はのそのそと体を起こし、滲んだ汗を拭きながら、明るい笑顔で笑った。
「…風速40メートルって、半端ないっすねえ…」

「……」
 『青い雨』のDVDを見ながら、貢は鳥肌を立てている自分に気づいている。
 白羽が事故死し、荒破が後を継ぎ、『人心売買』はますます芝居とは無縁の、得体の知れない集団になって行く。あちらこちらから名前のあるゲストを呼んで、素人に理解しがたい芝居を続け、評論家を巻き込んで提灯持ちの記事を書かせる。それに引かれた役者崩れを抱き込んで、あれやこれやと金を集め、そうして今、『竜夢』を根こそぎ奪い去ろうとしている。
 もっとも必要なのは舜だけで、他のは金づるに使うだけだろうが。
 別に文句を言う気はない、『人身売買』だって時間潰しの一つにしかすぎないし、刺激的な展開をしてくれるなら、他の事はどうでもいい。
 なのに、なぜわざわざこれを雷牙に渡したのか。
『その記憶はB.P.のもんだ』『っあ!』
 画面の中で寝そべった舜が跳ね上がる。ロボット刑事スープが犯人に四肢を打ち飛ばされる場面だ。効果音は入っている、けれどTVじゃないからいきなり手足を消せるわけもない。薄くスモークを焚いて舞台を煙らせ、喉にはありがたくない状況だ。四肢は確かに残っている、なのに、銃声が響くたび、舜の動きが奇妙なものになる。1発目が右脚を打ち飛ばす。2発目は左脚、その瞬間、右腰だけが軽く大きく浮く、まるで、その先に『重いもの』が何もついていないかのように。右手が撃たれる、激痛に顔を歪ませる舜の体全体が浮く、そして左手に銃声が響く頃には身動きさえしない。
 普通なら、1発ずつ、全身びくびく震えて成り立つ場面だ。
 けれど舜は1発ごとに跳ね上がり方を変える、当たり前だ、体が少しずつ『減って』いくのだから、同じ動きになるわけもない。
 舜の演技には全編この要素が入っている。紛れもない現実が。
 同じ役者として、これを目の当たりにして落ち込まない者なんていない。
「ふ…ふふ」
 貢は顔を歪めて嗤う。
『この瞬間、観客は誰を見る? お前か、あいつか』
 寺戸の声が耳の奥に蘇る。
「違うよ、観客が見るのは風柳舜だ、彼でも僕でもない…僕はそれでも平気だけどね」
 この男と比較されて同じ舞台に乗り続ける相手役、貢なら演れる、自分など無くしてしまった男なら。
「しっかり見て、さっさと諦めて欲しいな」
 こんな男と演り合えないって。
「そうして譲ってくれないかな、手に負えないって」
 ログ・オウライカは、この舜を圧倒する存在、素人にできるわけがない。
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