『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第1章 『竜は街に居る』

3.独立記念日「一人で笑う夜が辛いんだ」(6)

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「…うまくできるわけもなかったけど」
 陸斗は溜め息混じりにかつて『竜夢』で公演した『BLUE RAIN』を見ながら、茶碗に赤い炊飯器から飯を盛る。柔らかくて独特な香りが広がって、今夜もうまく炊けたことに少し微笑む。
 今夜の晩飯は卵焼きと豚肉のキムチ炒め、ポテトサラダは買って来たがきゅうりとキャベツを付け合わせれば立派に一品だ。テーブルに乗せた通帳の数字を確認し、今月の給料を頭に思い浮かべ、なんとか予定額を貯金できそうだとほっとした。
 カフェでは女の子達に人気があって、確かに遠回しに結婚を迫られることもあるし、その気になればヒモ的な関係でも食べていけるだろうけれど、女性と暮らすと考えるだけで血の気が引くし、そういう風に自分の稼ぎでないお金で生きるのも苦しい。とにかく一所懸命働いて、少しは老後資金なんてものも考えておかないと、たぶん、この先ずっと一人だから。
「…うん、まず一人、だよね」
 いただきます、と手を合わせて炊きたてのご飯をほうばりながら、PCの画面を見つめる。
 『竜夢』に居て、最初で最後の主役をやったこの作品。シーン・キャラハンの役をもらえた時は、信じられない幸運にめまいを起こしそうだった。
 実はそれまでは自分がゲイだとは自覚していなかった。女の子も十分好きなつもりだったし、男相手に何をどうするかとも考えていなかった。
 だから、シーン役はチャレンジのつもりだったし、役者の幅を広げられると思っていた。
 相手役の舜はいい役者だと思っていた。的確で安定した演技力、ゲイのロボット刑事なんて難しい役も見事にやり切るだろうと思っていたし、負けたくないと気負ってさえいた。
『これが、最初で、最後、ですから』
『うあっ』
 画面の中で自分の間抜けた悲鳴が響き渡る。初めて男に犯される場面、激痛に仰け反るはずなのにすでに甘い響きを聞き取って、未だに顔が熱くなる。それほど長い場面ではない、観客はエロだけ見に来ているのではない、シーンがスープに恋に落ちていく場面を味わってるんだと言い聞かされているから、この場面は数分もない、なのに、背後から舜に覆い被さられた時点で、陸斗は自分の体の状態に気づいて冷や汗をかいていた。
 勃っていた。
 過去に扇情的な場面をやったこともある、それで困ったことなどない、なのになぜ今ここで僅かに揺らされただけで上り詰めてしまいそうになっているのか訳が分からず混乱し、視界が眩んだ。開いた口に舜の指が滑り込む、喘ぎながら眉をしかめる自分の顔が上気して、卑猥にしか見えない。
 あの場面はねえ、と酷評された部分だ。
 あれはねえ、何だか見せられても困るよねえ、よがってるのは本人ばっかりって感じで、まあわかるよ、ああいう演り方でもいいだろうけど、舞台の上でやるもんじゃないんじゃないかなあ。
 知り合いの評論家が溜め息混じりに忠告してくれた。
 立て続けにイキそうで、そんなことになったら舞台としても役者としても終わってしまう、けれど暴走する体は制御が効かず、涙が溢れたのは二つの事実に気づいたからだ。一つ、自分は男性に犯されることで興奮する。二つ、自分は舜に夢中で、今ここで衆人環視の中で貫かれたいと願っている。
 終わっている、終わっている、終わっている。
 舜はゲイじゃない。陸斗とそういう関係を結ぶことなど金輪際ありえない。
 自分は最低の役者だ、せっかくの主役の舞台を、こんな衝動一つで投げ捨ててしまえる。
 『ひ…う…ぁっ…』
 限界を迎えかけた陸斗の状態に、舜は見事に対応した。一瞬口を押さえて上がった声を殺してくれ、さくっと股間を刺激してイかせてくれ、崩れた陸斗の首に後ろから噛みつくように台詞を吐いた。
『あなたが煽るから』
 ぞくんと震えた意味を分かっているだろうに、舜はたじろがなかった。そっとシーツの海に埋めて包んでくれながら、大丈夫だから、このまま起きて、と囁き、
『俺の、シーン』
 甘い声で暗転する場面を締めくくった。
「…」
 もぐ、と陸斗は口を動かす。
 今見ても、この場面はスープにシーンが甘い責めを受けただけ、にしか見えない。暗転の後、シーツごと舞台袖に駆け込んだ陸斗を、寺戸はちらりと見遣ったが何も言わなかったし、後々突っ込まれもしなかった。ミコトにシーツの洗濯は自分でやって、と冷たく言い渡されたぐらいだ。
 溜まってたんだ、ごめんね。
 陸斗の謝罪に、舜は何を言われたのか分からないと言う顔で瞬きし、次の瞬間薄赤くなって、すみません、面倒なことしちゃって、と謝った。
 面倒なこと、でしかなかったんだ。
 血の気の引く思いで頷いて、以後千秋楽まで同じ状況にならないために、必死だった。
 一人で生きていくしかない。
 大好きな人に気持ちを告げてはいけないし、もう二度と、こんな状況になるような役柄を引き受けちゃいけない、特に舜相手の時は。
「……っ」
 ぽろりと零れた涙に慌てて立ち上がる。
「漬物漬物…っと」
 しっかり働いて、しっかりお金貯めて、ずっと一人で生きてくしかないんだから。
 冷蔵庫を覗きながら、陸斗は苦笑いした。
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