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第1章 『竜は街に居る』
4.ドミノ倒し「魔法を見たくないか」(1)
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「えっ」
これが脚本。
渡されたものの分厚さに禄は凍りついた。
「これ…」
「世界の設定。背景の情報。キャラクターの経歴」
「あ、あの…」
次々と長テーブルの上に積み上げられる冊子に、思わず引いた体の下でパイプ椅子が軋んだ。
オーディションを行った建物の奥にある小会議室は、『竜夢』の普段の練習場所だ。長テーブル4本を四角に囲い並べ、それぞれにパイプ椅子1~2脚添え、正面にホワイトボード、地域の会合にも使われる小部屋はそれで一杯一杯だ。
「裏設定、これはベースとしてあるけど、芝居には出てこないから」
「は?」
「キャラクターの生育歴とかもほとんど台詞に出ない」
「え、えーと」
「ああ、それと」
冊子を座った人間の前に配っていた礼新は、ちょっと薄くなりかけた頭を軽く撫で、少し顎を上げて見せた。
「今渡したのは1~2話目の分だから」
「………」
禄はもう一度、目の前に2つに分けて積まれた冊子を眺め、恐る恐る取り上げた。資料集はそっけない無地の表紙だが、脚本の方はあのポスターと同じイラストが使われている。
「行き渡ったか」
奥に座った寺戸が黒のハンチングの下から視線をよこす。にこりともしない視線は冷えていて、役柄が決まった後でもなお、それにふさわしいのかふさわしくないのかを見定めようとしているようだ。
「改めて顔合わせをしておこう。俺が監督を務める寺戸だ。メイク・衣装・助監督を離庵ミコト、大道具小道具・音響・照明のまとめを礼新清隆。他の数人、臨時スタッフを入れるが、その度紹介する。配役を確認しておこうか」
禄は唾を飲み込んだ。
脚本の1話目の表紙をそっと捲る。飛び込む名前に胸が高く打つ。
シュン・カザル、風柳舜。
ああ、良かった。胸に安堵が広がった途端、
「ログ・オウライカ、雷牙禄」
「あ、あのっ」
急いで立ち上がり、ズレかけた眼鏡を直して慌てて頭を下げた。
「あのっ、いろいろ初めてですが、頑張りますっ、よろしくご指導っ、お願いしますっ」
息を切らせながら何とか言い切り腰を下ろすと、正面に居た風柳と目が合った。にこ、と大きな目を細めて笑いかけられ、一気に顔に血が上る。整えたはずの息が再び上がって、呼吸を弾ませながら座り、変な奴だと思われている、と体を竦めた。
「シュン・カザル、風柳舜」
「はい! この役を凄くやりたくて楽しみにしてました。絶対いいものに仕上げたいです!」
明るい宣言にさすがの寺戸も僅かに雰囲気を緩ませる。軽く咳き込んでから、次を読み上げた。
「ミシェル・ライヤー、伊谷貢」
「はい、よろしくお願いします」
滑らかな動きで椅子を引いた気配さえなく立ち上がった伊谷が頭を下げる。柔らかな青色のモヘヤセーター、まだ早いだろうと思える装いなのに、色味で暑苦しく感じさせない、それとも仕草の気配だろうか。微かに笑って、禄に目線を合わせ、
「雷牙さんのログを楽しみにしています」
「っ」
言い放たれてどきりとした。確か設定ではライヤーはログの影のような動きをする男だ。あの人がぼくの影だなんて、と考え、違う違うと禄は首を振った。ぼくじゃない、ログの影だ、と自分に言い聞かせる。風柳が恋人役というだけで奇跡みたいなことなのに、そんな夢みたいなこと。
「リフト・カーク、輝夜陸斗」
「あ、はい」
ほっそりとした姿が立ち上がって頭を下げた。
「なかなか上手くならない役者ですが、努力を重ねたいと思います。私もまた、雷牙さんのログをとても楽しみにしています」
「っ?」
いつぞやのエプロンの人だよね、と会釈を返そうとした矢先、鋭い視線を向けられて禄は固まる。それから、ああそうだ、と思い出した。
カークというのはログの敵のような味方のような微妙な立ち位置の友人だ。ひょっとすると、今から役作りというものをしているのかも知れない。たぶんそうだ、『青い雨』で主役のシーン・キャラハンを演じ切ったような役者が、素人の禄などを敵視するはずもない。
自意識過剰に苦笑いが零れた。
風柳が恋人で、伊谷が影で、そして輝夜が友人だなんて、いやいやいやいや、そんなことはあり得ない、そんな魔法みたいなこと。
に、に、と必死に笑い返そうとした瞬間、
「魔法を見たくないか?」
寺戸がぼそりと呟いて、禄は目を見開いた。
これが脚本。
渡されたものの分厚さに禄は凍りついた。
「これ…」
「世界の設定。背景の情報。キャラクターの経歴」
「あ、あの…」
次々と長テーブルの上に積み上げられる冊子に、思わず引いた体の下でパイプ椅子が軋んだ。
オーディションを行った建物の奥にある小会議室は、『竜夢』の普段の練習場所だ。長テーブル4本を四角に囲い並べ、それぞれにパイプ椅子1~2脚添え、正面にホワイトボード、地域の会合にも使われる小部屋はそれで一杯一杯だ。
「裏設定、これはベースとしてあるけど、芝居には出てこないから」
「は?」
「キャラクターの生育歴とかもほとんど台詞に出ない」
「え、えーと」
「ああ、それと」
冊子を座った人間の前に配っていた礼新は、ちょっと薄くなりかけた頭を軽く撫で、少し顎を上げて見せた。
「今渡したのは1~2話目の分だから」
「………」
禄はもう一度、目の前に2つに分けて積まれた冊子を眺め、恐る恐る取り上げた。資料集はそっけない無地の表紙だが、脚本の方はあのポスターと同じイラストが使われている。
「行き渡ったか」
奥に座った寺戸が黒のハンチングの下から視線をよこす。にこりともしない視線は冷えていて、役柄が決まった後でもなお、それにふさわしいのかふさわしくないのかを見定めようとしているようだ。
「改めて顔合わせをしておこう。俺が監督を務める寺戸だ。メイク・衣装・助監督を離庵ミコト、大道具小道具・音響・照明のまとめを礼新清隆。他の数人、臨時スタッフを入れるが、その度紹介する。配役を確認しておこうか」
禄は唾を飲み込んだ。
脚本の1話目の表紙をそっと捲る。飛び込む名前に胸が高く打つ。
シュン・カザル、風柳舜。
ああ、良かった。胸に安堵が広がった途端、
「ログ・オウライカ、雷牙禄」
「あ、あのっ」
急いで立ち上がり、ズレかけた眼鏡を直して慌てて頭を下げた。
「あのっ、いろいろ初めてですが、頑張りますっ、よろしくご指導っ、お願いしますっ」
息を切らせながら何とか言い切り腰を下ろすと、正面に居た風柳と目が合った。にこ、と大きな目を細めて笑いかけられ、一気に顔に血が上る。整えたはずの息が再び上がって、呼吸を弾ませながら座り、変な奴だと思われている、と体を竦めた。
「シュン・カザル、風柳舜」
「はい! この役を凄くやりたくて楽しみにしてました。絶対いいものに仕上げたいです!」
明るい宣言にさすがの寺戸も僅かに雰囲気を緩ませる。軽く咳き込んでから、次を読み上げた。
「ミシェル・ライヤー、伊谷貢」
「はい、よろしくお願いします」
滑らかな動きで椅子を引いた気配さえなく立ち上がった伊谷が頭を下げる。柔らかな青色のモヘヤセーター、まだ早いだろうと思える装いなのに、色味で暑苦しく感じさせない、それとも仕草の気配だろうか。微かに笑って、禄に目線を合わせ、
「雷牙さんのログを楽しみにしています」
「っ」
言い放たれてどきりとした。確か設定ではライヤーはログの影のような動きをする男だ。あの人がぼくの影だなんて、と考え、違う違うと禄は首を振った。ぼくじゃない、ログの影だ、と自分に言い聞かせる。風柳が恋人役というだけで奇跡みたいなことなのに、そんな夢みたいなこと。
「リフト・カーク、輝夜陸斗」
「あ、はい」
ほっそりとした姿が立ち上がって頭を下げた。
「なかなか上手くならない役者ですが、努力を重ねたいと思います。私もまた、雷牙さんのログをとても楽しみにしています」
「っ?」
いつぞやのエプロンの人だよね、と会釈を返そうとした矢先、鋭い視線を向けられて禄は固まる。それから、ああそうだ、と思い出した。
カークというのはログの敵のような味方のような微妙な立ち位置の友人だ。ひょっとすると、今から役作りというものをしているのかも知れない。たぶんそうだ、『青い雨』で主役のシーン・キャラハンを演じ切ったような役者が、素人の禄などを敵視するはずもない。
自意識過剰に苦笑いが零れた。
風柳が恋人で、伊谷が影で、そして輝夜が友人だなんて、いやいやいやいや、そんなことはあり得ない、そんな魔法みたいなこと。
に、に、と必死に笑い返そうとした瞬間、
「魔法を見たくないか?」
寺戸がぼそりと呟いて、禄は目を見開いた。
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