『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第1章 『竜は街に居る』

6.ドキュメント方式で「聞こえないふり、していて」(6)

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 深い眠りを貪りながら、貢は思い出している。
『春霞の鬼』
 主役ではないが準主役の『鬼』、つまりは主人公の幻の分身を演じた時の夢だ。
 貢は顔を見せることはできなかった。
 鬼は影であって本体であってはならない。勿論、役者の名前も伏せられる。
 白羽須加屋は貢に淡々と言い放った。
 つまりこの作品でお前の存在はどこにも残らない。それこそが成功だ。
 裸身に薄い紗の着物を身に付け、局部と顔には黒レースの豪奢な布を飾り付け、動きにも性別を載せるな、体つきにも男女を感じさせるなと減量し、筋肉を落とし、なおかつ始めから終わりまで、主役が眠っている時間も舞台で夢を演じ続けるハードな役回り。
 着物もレースも予想以上に動きを制限するし、擦れて痛いし、指示されたこの世ならぬ生き物の不自然な動きや体勢は苦しいし、それでなくともあちこち締め上げられて呼吸がしにくい。
 それでも楽しかった。
 意味のない不可能な役と聞くと興味が湧く、執着する。
 貢の現実はあからさまに満たされていて豊かで何不自由なく思い通りになるものだから、どうあがいてもどうにもならない存在に魅かれていく性分を、白羽は十分に理解していた。
 役者としての成功など、すぐに手に入る。
 人生の旨味など両手に溢れるほどにある。
 なのに餓えている、干涸らび空腹で、今にも死にそうになっている。
 貢は主役が切ない恋をし、運命に翻弄され、全身傷つき続ける背後で、じっとそれを眺めていた。
 ああ、僕は死にたいんだなあ。
 微笑みながら理解した。
 この命の雫は自分の手に入らない。
 影だから。幻だから。悪夢の中の1人だから。
 大事なものなど1つもない。
 守りたいものなど何1つない。
 『春霞の鬼』だって『人心売買』だって、断つのも面倒臭いこの生を紛らわせるだけのツールに過ぎない。
 けれどそんなことを凝視してしまったら、世界を滅ぼすぐらいしか楽しみがなくなってしまうから。
 だってそうでしょう、この世界は一所懸命生きている命が必死に紡いでいる複雑な構造物で、全部潰し切るなら貢の全身全霊をかけなくてはならないけれど、そうして滅ぼしてしまった後には貢を楽しませてくれるものはもう何もないのだから、そんな勿体無いことをしちゃいけない。
 ならば、いつから始めればいいだろう?
 滅ぼすことを研究するのに5年、並行してシステムを作るのに5年、実行するのに多めに見積もって10年ほどか。イレギュラーな抵抗因子に対応しても15年。50ぐらいから始めても、いや、60~70ぐらいから始めるとちょうどいいのかな、世界の終わりと一緒に逝ける。
 『春霞の鬼』は陳腐にも主人公が鬼を食い殺すところで終わる。
 予定調和も甚だしいのにがっかりしていたが演じ切って、影を喰い殺せるほど主人公は人の命で力を得たんだと解説され、挙句に食い殺されるときに局部が見えたの見えなかったので騒がれている、影の正体を知りたいとの声もある、良かったな、これで次の作品を演じる時に話題が作れるぞと褒められた瞬間に、ああこの世界もどうでもいいなと思い切った。
 その後、貢は舞台に出ていない。
 注目される「いつか」を作るのも結果が見えていて退屈だし、ずっと『人心売買』の影でいる。
 必要な人材のスカウトに絡んだり、不要な団員を追い込んで消えてもらったり。
 女なら恋愛を仕掛けて振ればいいし、男なら才能か金で劣等感を味あわせ続ければいい。
 なのに、何だろう。
 陸斗に触れれば触れるほど、その肌や声や熱にずっと触れていたくなる。
 芝居の台詞に煽られて、開いた綺麗な唇が堪えかねたようによだれを零すのに背筋がぞくぞくした。眉を寄せて見上げてくる、潤んだ瞳が涙を振り落とす、華奢で脆くて今にも粉々に壊れそうで、壊してみたい、全てをぐずぐずに磨り潰してみたい、けれどそんなことをしたら、この掌の命は二度と戻って来ない、欲望と殺意がキリキリねじれ合う頂点で揺れる、生々しい鼓動。
 ああ、生きてるんだ、これ。
 僕なんかに生殺与奪の権利を明け渡しちゃって、愚かな人馬鹿な人。
 この人にとって『竜夢』は大切なものだろう、あんな綺麗な絵を描くんだから。
 ファローズにとって『塔京』は大事なものだろう、仲間と一緒に生きている場所。
 なのにこの人は僕を受け入れた、『人心売買』から入り込んで『竜夢』を潰そうとしている男を。
 なのにこの人は僕を受け入れた、『斎京』から入り込んで主のカークを殺そうとしている男を。
 欲しい。欲しい。この愚かな人が、貢の正体を知らぬままに喘ぐこの体が、すごく欲しい。
 でも駄目だ、こんなに欲しくなったら、貢は『竜夢』を潰せなくなる。
 でも、何がまずい?
 いずれ全部壊すのだから、先にこの人を食べちゃって、あとで全部壊せばいいじゃないか。
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