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第1章 『竜は街に居る』
7.どおおん「これ、本当のことなの?」(4)
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これは、本当のことなのか?
「違うな……そっち持って来て」
「かしこまりました」
「それとあれと……ああ、奥に新作あったよね? あれも」
「かしこまりました」
「あ…の」
鏡の前で不安になって陸斗は振り向く。
「もう、いいけど?」
「何が?」
背後で店員になおも新しい布地を用意させている伊谷は平然と手にしたものを突き返す。
「こんな下品なものが彼に合う? 冗談でしょ」
「も、申し訳ありません」
副店長だと言う青年は冷や汗を浮かべながら駆け戻って来た。店長不在に大した災難だ。彼が悪いわけではない。この『Murano』が十分に格式のある店で、フルオーダーのスーツとなれば25万はくだらないことを知っている身にすれば、伊谷が何を思って自分をこんなところに連れて来たのかわからない。
「シャツも」
「はっ」
副店長が動く。数枚のものを抱えて戻って来て、今度は伊谷の好みを満たしたのだろう、ふうん、と満足そうに唸る声に陸斗はもう一度繰り返す。
「もういいよ」
「そうはいきません」
伊谷は目を細めて笑う。
「お詫びの気持ちと言ったでしょう?」
「…うん」
「合わせて見て。これがいいと思う」
「……うん」
渡されたシャツは薄紫のドレスシャツ、自分には不似合いだと感じたが、カークなら似合うと気づいて感覚を変える。鏡に向き合ってシャツを当て、そうかこれはカークの身の回りを整えるライヤーとしてのやり取りか、と思いついた。
『次の読み稽古の後で一緒に出かけましょう。無理なことをお願いしたから、お詫びをしたいんです』
そう誘われて、現在に至っている。
『「春霞」か』
『違いますよ、苦しい思いをさせたでしょう。『Murano』あたりは如何ですか」
くすりと笑われ、腰のあたりを眺められて腹立たしくなり、
『フルオーダースーツで口封じか』
『その台詞の感じ、良いですね。カークが言いそう。そんな感じで僕とあなたでライヤーとカーク、作っていってみませんか?』
逸らされるような宥められるような、結局は掌の上で転がされるような感じで扱われている。
陸斗をファローズに見立てて一夜を過ごした翌朝、伊谷は何事か考え込み、淹れたコーヒーを静かに含んでいた。柔らかく乱れた髪、ラフな姿、微かに香るコロン、なめらかな肌を陽射しに照らされて、一分の隙もない上流階級の男の気配、こいつならきっとカザルだってカークだって、いやオウライカでさえさらりと演じてしまうだろうと思いながら目の前に座っていると、視線に気づいたのだろう、ちらりと目を上げて一瞬ふっと、ひどく人懐こい笑顔で応じられてどきりとした。
昨夜と別人。
あんなに激しくてあんなに酷くて、なのにあんなに溺れるように抱かれたのは初めてだ。
キスが欲しいな、とぼんやり思った。
コーヒーカップに触れている唇が、今はもう体のどこにも触れていない熱さが恋しい。
「どうしたの?」
「え?」
「泣きそうな顔してる」
「あ…そうか、な」
慌てて視線を落として淹れてもらったコーヒーを見つめた。
「違うな……そっち持って来て」
「かしこまりました」
「それとあれと……ああ、奥に新作あったよね? あれも」
「かしこまりました」
「あ…の」
鏡の前で不安になって陸斗は振り向く。
「もう、いいけど?」
「何が?」
背後で店員になおも新しい布地を用意させている伊谷は平然と手にしたものを突き返す。
「こんな下品なものが彼に合う? 冗談でしょ」
「も、申し訳ありません」
副店長だと言う青年は冷や汗を浮かべながら駆け戻って来た。店長不在に大した災難だ。彼が悪いわけではない。この『Murano』が十分に格式のある店で、フルオーダーのスーツとなれば25万はくだらないことを知っている身にすれば、伊谷が何を思って自分をこんなところに連れて来たのかわからない。
「シャツも」
「はっ」
副店長が動く。数枚のものを抱えて戻って来て、今度は伊谷の好みを満たしたのだろう、ふうん、と満足そうに唸る声に陸斗はもう一度繰り返す。
「もういいよ」
「そうはいきません」
伊谷は目を細めて笑う。
「お詫びの気持ちと言ったでしょう?」
「…うん」
「合わせて見て。これがいいと思う」
「……うん」
渡されたシャツは薄紫のドレスシャツ、自分には不似合いだと感じたが、カークなら似合うと気づいて感覚を変える。鏡に向き合ってシャツを当て、そうかこれはカークの身の回りを整えるライヤーとしてのやり取りか、と思いついた。
『次の読み稽古の後で一緒に出かけましょう。無理なことをお願いしたから、お詫びをしたいんです』
そう誘われて、現在に至っている。
『「春霞」か』
『違いますよ、苦しい思いをさせたでしょう。『Murano』あたりは如何ですか」
くすりと笑われ、腰のあたりを眺められて腹立たしくなり、
『フルオーダースーツで口封じか』
『その台詞の感じ、良いですね。カークが言いそう。そんな感じで僕とあなたでライヤーとカーク、作っていってみませんか?』
逸らされるような宥められるような、結局は掌の上で転がされるような感じで扱われている。
陸斗をファローズに見立てて一夜を過ごした翌朝、伊谷は何事か考え込み、淹れたコーヒーを静かに含んでいた。柔らかく乱れた髪、ラフな姿、微かに香るコロン、なめらかな肌を陽射しに照らされて、一分の隙もない上流階級の男の気配、こいつならきっとカザルだってカークだって、いやオウライカでさえさらりと演じてしまうだろうと思いながら目の前に座っていると、視線に気づいたのだろう、ちらりと目を上げて一瞬ふっと、ひどく人懐こい笑顔で応じられてどきりとした。
昨夜と別人。
あんなに激しくてあんなに酷くて、なのにあんなに溺れるように抱かれたのは初めてだ。
キスが欲しいな、とぼんやり思った。
コーヒーカップに触れている唇が、今はもう体のどこにも触れていない熱さが恋しい。
「どうしたの?」
「え?」
「泣きそうな顔してる」
「あ…そうか、な」
慌てて視線を落として淹れてもらったコーヒーを見つめた。
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