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第1章 『竜は街に居る』
7.どおおん「これ、本当のことなの?」(5)
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陸斗は気づいた、気づいてしまった。
伊谷は『人心売買』の団員で、『竜夢』に入って来る時にはそのことに一切触れていないから、あからさまにする気はないのだろう。伊谷が朝シャワーを浴びている間、そっと検索してみて確認したし確信した。伊谷はネットで当たれるぐらいの金持ちの息子で、プロと違ってスポンサーを確保できない劇団にとって貴重な団員だ。その伊谷を『人心売買』が手放すはずもない。あるいはもっとまずい状況、『人心売買』から何かの役割を持って入り込んで来た可能性さえある。
舜を一時期『人心売買』が欲しがっていたのは知っている。結果的にそれが叶わなかったのも覚えている。
伊谷は舜を、ひょっとしたら『竜夢』そのものを狙っているのかも知れない。
そんな男と関係を持ってしまい、しかも今は魅かれつつある自分が、苦しい。
ファローズはこんな気持ちだっただろうか、と思った。
『その臍んとこの蝶………夕べ初めて気づいたんだけど、妙なとこに彫り物してんな』
ライヤーと過ごした翌朝にファローズが指摘する。エバンスと言う別の男のところへ、カークへの足がかりを求めて去っていくライヤーを、まだ早いと引き止める場面だ。
『お前はもう……要らねえのかよ……』
自分がただの駒だと気づいた台詞。
『……足りねえのは……お前が他の奴のことを考えてる……からだ』
目の前の伊谷は陸斗の気持ちに気づかない。男を抱いたことがない、経験値稼ぎのために一夜を共にした相手が、その翌朝どんな惨めな気持ちになっているのか想像もしない。どうしたの、と優しく聞ける。
どうしたのかは明らかだ。
自分は道具でしかないのだと、明るい朝日の中で、温かなコーヒーを淹れてもらって思い知らされているからだ。
『……こういうときは……ごまかすもんだろ…っ』
ファローズは詰る。
『それが礼儀ってもんだろが、ばかやろてめ』
自分に奉仕させたまま、カークのことを想うライヤーを涙ながらに怒る。
けれど陸斗には、怒る資格さえないのだろう、初めから演技の勉強と言われて応じただけだから。
キスさえ、ねだれない。
ふいに赤い炊飯器が頭を過ぎった。
こんな風に朝を迎えることは二度とない。いや、ないことにしよう。
「…頑張って……来たんだっけ…」
「え?」
「…伊谷?」
「はい」
「お前、『人心売買』に居た?」
「…」
伊谷が体を起こした。コーヒーカップを置く。
「……それとも、居る、かな?」
「…思ったより鋭いなあ」
へらりと伊谷が笑った。背筋がぞわりとする得体のしれない笑みだった。
胸の中で声が響く。
こいつは誰だ?
いや、よく知っているはずだ、陸斗はこの男を、人ではないような、この奇妙な作り物の笑みを浮かべる男を、とてもよく知っている。
「…ライヤー……?」
「今の僕はそうですね。ミシェル・ライヤー。『斎京』の刺客」
セリフのはずだったが、全くそう聞こえなかった。微笑みを浮かべて陸斗を見つめる瞳が、虚ろで光がなくて、けれど親しげな顔つきで。無性に怖くなったが、ことばを続ける。
「見たことがあるんだよ、『春霞の鬼』」
「それは嬉しいなあ」
全然嬉しくなさそうな声で、通り過ぎた景色を見やるように伊谷は目を細める。
「顔は出なかったはずだけど」
「でも同じだ、あれと」
「それも心外。同じ役柄なんてやりませんよ、退屈だから」
ああ、確かにライヤーならそう言うだろう。薄笑みを浮かべながら、『塔京』を内側から食い破っていく男なら。
「他言しませんね?」
そっと唇に当てられた指に目が吸い寄せられる。
「だって僕、輝夜さん好きですもん」
なんと邪気なく酷い台詞を騙るのか。不安になる、伊谷の中身がどこにも触れなくなって。
「帰ってこい、いた……ん」
重ねられた唇で陸斗は封じられた。
「如何ですか?」
陸斗は我に返り、先ほどのシャツに伊谷が差し出した布地を合わせた。
「あ、ああ。これは綺麗、だな」
「お似合いですよ」
『Murano』の副店長も声を揃える。
鏡の中から伊谷を見ると、にこりと明るく笑み返される。
「イタリアンクラシコで。華やかな感じがいいな」
「おい」
思わず振り返った。
「カークなら華やかさとは無縁じゃないのか?」
「カーク?」
伊谷は訝しげな顔をする。
「僕はカークになんてスーツ買いませんよ。輝夜さんに買うんです」
「え?」
陸斗は戸惑う。どこまでが演技の熟成のためのやり取りで、どこからがプライベートな生活なのかわからなくなってくる。
「俺に……私に……君が……?」
「…少し離れてて」
「はい」
副店長が引き下がる。陸斗の手からシャツと布地を受け取った伊谷が、静かにそれを外のテーブルに置いて近寄ってきた。
「何…」
「陸斗?」
どおん、と鏡に張り付けられていきなり唇を貪られる。同時に膝で押し込まれて、体が一気に熱くなった。舌を吸い出されて弄ばれる。驚きに見張ったつもりの目が霞む。
「次はいつ?」
「…っ」
口を離されて喘いだ。
「脱がせるために服を買うんだ。次はいつ逢えるか教えて」
「あ…した…」
「じゃあ今は我慢する」
耳元で低く笑った声に陸斗は崩れかけた足を必死に踏みしめた。
伊谷は『人心売買』の団員で、『竜夢』に入って来る時にはそのことに一切触れていないから、あからさまにする気はないのだろう。伊谷が朝シャワーを浴びている間、そっと検索してみて確認したし確信した。伊谷はネットで当たれるぐらいの金持ちの息子で、プロと違ってスポンサーを確保できない劇団にとって貴重な団員だ。その伊谷を『人心売買』が手放すはずもない。あるいはもっとまずい状況、『人心売買』から何かの役割を持って入り込んで来た可能性さえある。
舜を一時期『人心売買』が欲しがっていたのは知っている。結果的にそれが叶わなかったのも覚えている。
伊谷は舜を、ひょっとしたら『竜夢』そのものを狙っているのかも知れない。
そんな男と関係を持ってしまい、しかも今は魅かれつつある自分が、苦しい。
ファローズはこんな気持ちだっただろうか、と思った。
『その臍んとこの蝶………夕べ初めて気づいたんだけど、妙なとこに彫り物してんな』
ライヤーと過ごした翌朝にファローズが指摘する。エバンスと言う別の男のところへ、カークへの足がかりを求めて去っていくライヤーを、まだ早いと引き止める場面だ。
『お前はもう……要らねえのかよ……』
自分がただの駒だと気づいた台詞。
『……足りねえのは……お前が他の奴のことを考えてる……からだ』
目の前の伊谷は陸斗の気持ちに気づかない。男を抱いたことがない、経験値稼ぎのために一夜を共にした相手が、その翌朝どんな惨めな気持ちになっているのか想像もしない。どうしたの、と優しく聞ける。
どうしたのかは明らかだ。
自分は道具でしかないのだと、明るい朝日の中で、温かなコーヒーを淹れてもらって思い知らされているからだ。
『……こういうときは……ごまかすもんだろ…っ』
ファローズは詰る。
『それが礼儀ってもんだろが、ばかやろてめ』
自分に奉仕させたまま、カークのことを想うライヤーを涙ながらに怒る。
けれど陸斗には、怒る資格さえないのだろう、初めから演技の勉強と言われて応じただけだから。
キスさえ、ねだれない。
ふいに赤い炊飯器が頭を過ぎった。
こんな風に朝を迎えることは二度とない。いや、ないことにしよう。
「…頑張って……来たんだっけ…」
「え?」
「…伊谷?」
「はい」
「お前、『人心売買』に居た?」
「…」
伊谷が体を起こした。コーヒーカップを置く。
「……それとも、居る、かな?」
「…思ったより鋭いなあ」
へらりと伊谷が笑った。背筋がぞわりとする得体のしれない笑みだった。
胸の中で声が響く。
こいつは誰だ?
いや、よく知っているはずだ、陸斗はこの男を、人ではないような、この奇妙な作り物の笑みを浮かべる男を、とてもよく知っている。
「…ライヤー……?」
「今の僕はそうですね。ミシェル・ライヤー。『斎京』の刺客」
セリフのはずだったが、全くそう聞こえなかった。微笑みを浮かべて陸斗を見つめる瞳が、虚ろで光がなくて、けれど親しげな顔つきで。無性に怖くなったが、ことばを続ける。
「見たことがあるんだよ、『春霞の鬼』」
「それは嬉しいなあ」
全然嬉しくなさそうな声で、通り過ぎた景色を見やるように伊谷は目を細める。
「顔は出なかったはずだけど」
「でも同じだ、あれと」
「それも心外。同じ役柄なんてやりませんよ、退屈だから」
ああ、確かにライヤーならそう言うだろう。薄笑みを浮かべながら、『塔京』を内側から食い破っていく男なら。
「他言しませんね?」
そっと唇に当てられた指に目が吸い寄せられる。
「だって僕、輝夜さん好きですもん」
なんと邪気なく酷い台詞を騙るのか。不安になる、伊谷の中身がどこにも触れなくなって。
「帰ってこい、いた……ん」
重ねられた唇で陸斗は封じられた。
「如何ですか?」
陸斗は我に返り、先ほどのシャツに伊谷が差し出した布地を合わせた。
「あ、ああ。これは綺麗、だな」
「お似合いですよ」
『Murano』の副店長も声を揃える。
鏡の中から伊谷を見ると、にこりと明るく笑み返される。
「イタリアンクラシコで。華やかな感じがいいな」
「おい」
思わず振り返った。
「カークなら華やかさとは無縁じゃないのか?」
「カーク?」
伊谷は訝しげな顔をする。
「僕はカークになんてスーツ買いませんよ。輝夜さんに買うんです」
「え?」
陸斗は戸惑う。どこまでが演技の熟成のためのやり取りで、どこからがプライベートな生活なのかわからなくなってくる。
「俺に……私に……君が……?」
「…少し離れてて」
「はい」
副店長が引き下がる。陸斗の手からシャツと布地を受け取った伊谷が、静かにそれを外のテーブルに置いて近寄ってきた。
「何…」
「陸斗?」
どおん、と鏡に張り付けられていきなり唇を貪られる。同時に膝で押し込まれて、体が一気に熱くなった。舌を吸い出されて弄ばれる。驚きに見張ったつもりの目が霞む。
「次はいつ?」
「…っ」
口を離されて喘いだ。
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「あ…した…」
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