『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

文字の大きさ
51 / 121
第1章 『竜は街に居る』

9.どこかへ行きたい 「優しい声が欲しい」(7)

しおりを挟む
「どうぞ」
「…お邪魔します…」
 狭い玄関を抜けて、短い廊下の奥はリビングで、その向こうにはもう突き当たりの窓。リビング右隅にベッド、左側にテレビ。
「シャワー浴びる?」
「…うん」
「はい」
 タオルを渡されて示されたのは玄関横の扉、入ると、ウォークインクローゼットではなくて洗面所が1つ、左右に扉がある。右がトイレ、左が風呂場。洗面所の前で服を脱いで、狭い浴槽を眺めつつシャワーを浴びた。
 シャンプーとボディソープの匂いがいつかの陸斗と同じで、体は勝手に期待したけれど、もう2度とないかもと考えると元気をなくす。正直なものだ。
 シャワーを終えると、バスタオルとトレーナーとトレパンが準備されていて、新しい下着の封を破り、身につけてリビングに戻った。
「少し早いけど」
 部屋の左側から声がして、覗き込むと小さなキッチンに陸斗が向かっている。右隣に置かれた赤い炊飯器が可愛い。
「夕飯作るから、食べて行ったら? ……ホテルほどじゃないけどね」
「ありがとう…」
 これはあれだ、最後の晩餐と言う奴かな。
 座る所に悩んで、テレビ前のテーブルに向かって腰を下ろすと、竦む気がした。
 とてもプライベートな空間に入れてもらえて、十分舞い上がっていいはずなのに、いつ別れようと言われるのかとそればかり気になる。しかも理由はあの馬鹿女達で、けれども貢も彼女らを切り離してなかったのだから、言い訳のしようもない。
「くそっ…」
 悔しい。どうしてあの馬鹿女達をさっさと切り捨てておかなかったのか。貢の金にも見かけにも十分執着していたから、貢と陸斗が距離を縮めれば当然勘付く。勘付いてどのような行動をとるかは、新参の女が増える時に繰り返し見たから知っていたのに、手配りを忘れて陸斗に辛い思いをさせた。
 忘れていたのか、本当に?
 それとも、あんな馬鹿女達でも陸斗のいないベッドには欲しいと願ってしまっていたのか、本当に欲しいおもちゃがもらえない子どもが二番目三番目に示された『ほどほどの選択肢』を選ぶように?
「こら」
「っ」
 髪の毛を掴んでいた手にふんわりと優しく触れられて驚いた。慌てて顔を振り上げると、陸斗が奇妙な顔で微笑んでいる。
「何をしてる?」
「……自分を、責めてる」
 優しく聞かれて素直に答えてしまった。
「何を」
「あいつら、殺しとけば良かった」
「ばか」
 とん、と軽く頭を叩かれた。
「そんなことを言っちゃいけない。馬鹿でもチョンでも命だからな」
 苦く笑った唇が、
「言われる方の身になれよ」
 さらりと言い捨てられて、また血の気が引いた。
 ああそうか。
 死ねばいいのにって、そんなことまで言われたことがあるんだ、あなたは。単に性的嗜好のせいで。単に男が好きなだけで。
 悔しくて、唇を噛む。視界が滲む。
「かっこよかった」
「ん?」
 漏れた声にキッチンに戻った陸斗が振り向く気配がした。
「かっこよかった、あなた」
 たった数日のことで、陸斗が視界にいないのが我慢できなくて、嫌がるかも知れないと避けていたカフェを訪ねた瞬間、目に飛び込んだ光景は鮮烈、それこそまるでドラマの1シーンのようで。
 傲慢な指先がひっくり返すコップの水を頭から浴びて、激情に視界が眩んだ貢も噛み付くマスターも、しなやかな手の動き一つで抑え切って。
『……お洋服は濡れませんでしたか』
 震えた、ぞくぞくした、体が一気に沸騰した。
 抱きたい、押し倒したい、澄み渡る気配の、この細身を。
 揺れる体で容赦なく理解する、これこそがリフト・カーク、濡れそぼって薄いシャツを素肌に張り付かせて、無防備に背中を向けて蹂躙してみろと唆しながら、その実格下の男など寄せ付けもしない大輪の花。
 舐めたい、跪きたい、踏みにじられたい、矜持の全てを。
 欲しい欲しい欲しい欲しい、ああそうだとも、今なら貢はカークを抱いた全ての男の気持ちになれる。犯して、奪って、咲かせ散らして、それでもこの掌に何も残らないと確信できる。
 あの瞬間、はっきりわかった。
 足りない。
 貢では、このカークには全然足りない。
 ようやく全てを役者に投げ込もうと決心した矢先、こんな巨大な相手にぶつかるなんて、敗北する以外の結末が見えない。
 この人こそ龍、この人こそ支配者、この人こそ、僕の、愛しい…。
 ぽん。
「っ」
 不意に頭に乗せられた重みに貢は我に返った。
「ありがとう。飯出来たよ、親子丼。鶏、嫌いか?」
「…吐くほど嫌いでも絶対食べます」
「そうか」
 陸斗が穏やかに頷いて、乗せた手をゆっくり引く。いつもならそれを掴んで引き寄せて、唇を奪うところなのに動けなかった。
「はいどうぞ」
「…頂きます」
 添えられた箸は割り箸じゃなかった。陸斗と揃いの箸、二膳。
 一体誰と。
 でももう、貢にはそんな資格はないのかも知れない。
 最後の晩餐。
 とても美味しい。
「……伊谷……」
「…っく、あぐ…っ……え……っく」
 陸斗の呆然とした声にも構わず、貢は吹き零れる涙とともに親子丼を掻き込んだ。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

天の求婚

紅林
BL
太平天帝国では5年ほど前から第一天子と第二天子によって帝位継承争いが勃発していた。 主人公、新田大貴子爵は第二天子派として広く活動していた亡き父の跡を継いで一年前に子爵家を継いだ。しかし、フィラデルフィア合衆国との講和条約を取り付けた第一天子の功績が認められ次期帝位継承者は第一天子となり、派閥争いに負けた第二天子派は継承順位を下げられ、それに付き従った者の中には爵位剥奪のうえ、帝都江流波から追放された華族もいた そして大貴もその例に漏れず、邸宅にて謹慎を申し付けられ現在は華族用の豪華な護送車で大天族の居城へと向かっていた 即位したての政権が安定していない君主と没落寸前の血筋だけは立派な純血華族の複雑な結婚事情を描いた物語

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

処理中です...