『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

文字の大きさ
55 / 121
第1章 『竜は街に居る』

10.ドラマが始まる 「なんで君は笑ってられるの?」(4)

しおりを挟む
「……禄のオウライカに相応しいカザル…か」
 長くて重い鎖から解き放たれたように禄に駆け寄っていく舜の背中を見ながら、陸斗の気持ちは不思議に凪いでいた。
 カフェでの一件で、どんなに真面目に息を潜めて暮らしていても、傷つける輩、それも意味のない理不尽なことを言い立てて居場所を奪ってくる人間は居るのだという現実に、否応なく向き合う羽目になって、舜に気持ちを告げられなかったのも、結局は自己保身でしかなかったと思い至った。
「気持ち悪いって思われたくなかった、だけかあ」
 禄がこちらだとは思えなかった。けれど、禄は舜を望み、欲し、その自分にどこまでも忠実だったのだ。
 嫌われようが、居場所を失おうが、生きていく世界が全く別のものになったとしても、舜の隣に立つ権利を得るために、禄は自分さえ壊すことを厭わなかった。
 まさにオウライカ。
 芝居とか役者とか演じるとか理解するとか、そんなこんなの理屈を全部投げ捨てて、禄はオウライカに飛び込んだ。あの屋上で、ためらいもせずに舜に駆け寄り、天空へ身を投げ出して辿り着いたように。
 竜とは人の欲望だ。
 力を望み、願いを吐き出し、時に破滅さえ引き寄せる。
「嘘くさいねえ」
 あのカフェで頭から水を浴びせられた時、それを屈辱と思っていない自分に気づいた。傷つけられるどころか、揺らぎさえしない自分が居た。
 なぜか?
「世界は私の掌にある」
 こんな台詞は脚本にはない。
 けれどカークはそう思っている。
 オウライカへの思慕を綺麗なガラス細工のように愛でながら、それでも自分の中にある純然とした権力への渇望を、カークは十分認識していた。オウライカのように美しくはない、けれど多分闇の中では誰より大きく花を開き香りを放つ、紅蓮の毒花。
 そのカークの成り立ちを、今陸斗は我が物のように感じ取れる。
 世界を握る?
 傲慢な笑みを浮かべて人を踏みつける?
 ああ当然だろう、それが『塔京』の主であるということなのだから。
 だからこそ、カークは自分の美貌を餌に次々と獲物を喰い殺していく、それこそが望みだと熱を込めた賛辞さえ冷笑で切り捨てて。
 そんな男が自分の中に居る。
 現れたのではない、初めから居たのだ、敗北を認めるまで薄笑いして待ち構えながら。
 こんな自分じゃなかったはずだ。
 こんな自分は知りたくなかった。

『伊谷?』
『はい』
『お詫びを……くれるかな』
 丼飯なんて伊谷にすれば侘しいばかりの夕飯だろう、けれどそれをなぜか涙ぐみながら一所懸命に掻き込む相手に、疼くものがあった。
『お詫び…ええ、何でも、幾らでも!』
 ぱっと顔を輝かせる伊谷に顔を近づけ、静かに唇を重ねる。
『シャワーなしで……俺を抱ける?』
 ごくり、と伊谷の喉が鳴って、貪りつくように押し倒され、一晩中鳴かされた。あの部屋で初めての情事、声を限りに叫んで、ああもうこの部屋にも居られなくなる、何せ壁は一枚、薄い戸板、力任せの一発といい加減にしろよの怒鳴り声、重ねるように奥へ進んでくれた伊谷に、わかってるじゃないかと身体中を震わせながら応じて鳴いた。
 開放感、全ての軛が切り飛ばされて、人の倫理も常識も、ずっと大切に守ってきたものを放り投げて、人の身体ってこんなに自由が利くものなんだと感嘆しながら伊谷を呑み込み続けた。
 朝は静かだった。
 真横でまだ爆睡している伊谷をよそに、体を起こして、カーテンの隙間から漏れた日の光で脚本を読み……一言一言が胸に沁みて嬉しくて、指で辿りながら読み続けた。
 この世界に生きていられる。
 この世界で呼吸ができる。
 陸斗は、この脚本を、寸分狂いなく、演じ切れる、リフト・カークとして。
 気がつけば、目覚めた伊谷がじっと陸斗を見上げていた。
『何だ?』
『…もう、ここでなくていいでしょう?』
 静かな問いに同じことを考えていると知らせてくれた。
『僕のマンションを準備します』
『…そうだな』
『余計な邪魔が入らない場所で、ずっとあなたを愛してあげる』
『…気が向いたらな』
『……ひどい』
 ぷくっと膨れてみせるその顔が、意外に本気でいじけていると気がついて、苦笑した。
『一つ、頼みがある』
『3日以上待ちません』
『そうじゃない。嫌だと言っていない。ただ』
『別の部屋もなしです』
『炊飯器を持っていきたい』
 一瞬固まった伊谷は、憎しみを込めて赤い塊を睨みつけ、不承不承頷いた。
『いいですよ。僕より触る回数が多いなら拗ねます』

「…陸斗」
「はい」
 呼ばれて歩き出す。
 気のせいではなくて、ふうわりと体の周囲を取り巻く気配が香るのがわかる。ボディシャンプー、香水、そういう類のものではなくて、近づくだけで人を揺さぶる衝動の香り。
「出来上がっているようだな」
 寺戸は理解していた。苦笑いしつつ、粗通しから無茶をするな、伊谷が潰れるぞ、と囁いた。
「潰れないでしょう」
 陸斗は微笑む。
「これで潰れるなら、一から鍛え直します」
「手厳しいな。本番まで、そのキレを無くすな」
「わかっています」
 ふらりと伊谷が引き寄せられるように近づいてくる。
「始めよう? オウライカとカザルに見劣りするわけにはいかないだろう」
「あ」
 夢から醒めたように伊谷が瞬きし、薄赤くなる。
「あの」
「ん?」
「トイレです、すみませんっ!」
 身を翻してダッシュする相手に呆然とすると、寺戸がほらな、と笑った。
「いくら若くても限界はあるからな」
「……ああ…その……すみません…」
 弁解しながら、一瞬素に戻って、陸斗も顔が熱くなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

天の求婚

紅林
BL
太平天帝国では5年ほど前から第一天子と第二天子によって帝位継承争いが勃発していた。 主人公、新田大貴子爵は第二天子派として広く活動していた亡き父の跡を継いで一年前に子爵家を継いだ。しかし、フィラデルフィア合衆国との講和条約を取り付けた第一天子の功績が認められ次期帝位継承者は第一天子となり、派閥争いに負けた第二天子派は継承順位を下げられ、それに付き従った者の中には爵位剥奪のうえ、帝都江流波から追放された華族もいた そして大貴もその例に漏れず、邸宅にて謹慎を申し付けられ現在は華族用の豪華な護送車で大天族の居城へと向かっていた 即位したての政権が安定していない君主と没落寸前の血筋だけは立派な純血華族の複雑な結婚事情を描いた物語

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

処理中です...