『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第2章 『竜夢』

2.ライオンが居る 「大事なものなんて何もない」(2)

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「あれ、禄、それ着るの?」
「うん」
 着替えて出てくると、朝食の準備をしていてくれていた舜が、ひょいと眉を上げた。
「オウライカは基本的にはシャツかスーツだろ? 動きが体につかない気がして」
 まだ着慣れないカッターシャツを引っ張ると、似合うよ、と目を細められた。
「形から入るってわけだね」
 くす、と笑った舜が、並べてくれたご飯と味噌汁、卵焼きと焼き魚、ミニサラダの前に座る。
「いただきます」
 手を合わせて箸を取り上げる。舜も目の前に座って、山盛りにした茶碗を取り上げた。
「いっただきまーす」
 いつもながら、あれだけの量がどこに入るのだろうと思う。
 12月も半ば近くになって、今は繰り返し通し稽古の最中だ。きっちり舞台を借りられるのは限られた日だけなので、いつも奥の小会議室を机とパイプ椅子を整理して並べ、仮舞台を作って通している。通しながら撮影して、時間の長さの調整、画面の切り替えの場所の変更など『脚本の整理』を続けている。
 場所が狭いから本番の距離感と微妙に変わってくる、と陸斗は時々眉を寄せているが、そもそも『本番の舞台』を知らない禄にはよくわからない。脚本通りに演じ出入りを繰り返しながら、寺戸が無くすとか展開を変えると決断するのを、ただただ眺めている。その場ではどう変わっているのかよくわからないが、演じ直してみると間が入りやすくなっていたり、台詞内容は変わっていないのに口にしやすくなっていたりする。『整理』されて行く、まるで禄が一番演じやすくするためのように。
 惜しくないんですか、と聞いたことがあるが、寺戸は自分が苦労して作ったものを捨て去るのにためらいはないようだ。こちらの方がいい。さくっと応じて、それを気にするのはお前じゃないと言い放たれた。
 スチールの撮影の時も思ったが、基本的に『役者』と言うのは『駒』なのだろう。要求されるものを一番的確に演じることを要求される。禄は自分に役者の才能があるとは思えないし、『竜夢』に参加できたのもたまたまだろうし、これが終わったら次の舞台を考えるかと聞かれると、首を傾げるしかないと思う。
 ただ、それなら禄の代わりに、よりオウライカを上手く演じられる役者が出たら交代できるのかと考えると、難しいんじゃないかとも感じる。勘みたいなもので、理論があるわけでもないが。
「なあ、舜」
「ん?」
 口一杯にご飯をほうばってリスみたいに頬を膨らませていた相手が、瞬きして急いで咀嚼し、
「何?」
「何でぼく、オウライカに選ばれたのかな」
「んんんっ」
 最後の一口を飲み損ねたのか、噎せそうになった舜が慌ててお茶を一気飲みする。
「今更、それ?」
 眉を下げて悲しそうに唸った。
「何、それは俺と一緒に演るのが嫌だってこと?」
「え、いや、違うよ」
 ヤる、に昨夜の甘い声を思い出して、小さく笑う。
「十分満足してる」
「…っ」
 すうっと舜が薄赤くなる。
「ひどい」
「え?」
「からかうつもり?」
「いやその」
「そりゃ昨夜はちょっと俺だって歯止め効かなかったけど」
 ぷくっと唇を尖らせる横顔は、浴室で啼かせた顔に似ている。
『は、ああ、や、も許し、許して、ここでそこまで、や、も、無理、入らな、あ』
 しがみつくようにすがった壁、両掌を押さえつけて奥まで進めて、ずり上がるのを抱えて椅子に座り込み、より深くまで入った途端に弾けかけたのを握り締めて止めた。悲鳴が響く、弾む息に体を震わせながら熱の塊が禄の腕で溶け落ちる。
 我を失うと言う経験を、禄は舜で味わった。時間が凝縮され永遠の今に居る。吹き零れる涙を頬に伝わらせて、懇願する舜を望む場所まで追い上げる時、終わらせたくないと言う欲望とすぐに終わらせてやりたいと言う想いに引き裂かれる。
 それでも、限界を越えていると知らせるぐったりした体で、『禄、もっと』とねだる舜を守りたい気持ちが勝つ。禄の快感のために自分を捨ててくれようとする舜が、ただ愛しい。
「いやらしい顔してる」
「え?」
 気づくと舜に睨まれていた。
「すごくヤバイ顔」
「それはまずいね。ご飯と味噌汁前にして」
「そうだよ、卵焼きと焼き魚に欲情しちゃうのはまずい」
 舜が真面目に応じて、思わず2人で吹き出した。
 食事が終わって、『竜夢』へ向かいながら、禄は話した。
「オウライカはさ、眠っているライオンみたいだと思ってさ」
「ライオン…」
「王様。誰が選ぶとか選ばれるとかじゃなくて、初めから決まっている、本人も疑っていない王様」
「ふん…」
 舜が頷く。
「動物園の檻の中に居ても平然としてて、自分が何をしてても絶対の肯定感を持ってて」
「うん」
「カザルが来るまで、オウライカの生き方って揺らがなかったと思う」
「だよね。カザルが入り込んで、オウライカは檻の中で死ぬのをやめたって言うか」
 この前のオープニング映像を撮った時も考えていた。全ての舞台がオウライカのために整えられていくようにさえ見える、他の貴重なキャラクターを消費してまで。なのに、オウライカは、その犠牲さえ投げ捨てることができる、『君』のために。
「…ずっと誰かに支配されて来た、ぼくとは全然違う」
 舜が禄を見上げた。
「なのに、なぜぼくがオウライカに選ばれたんだろう?」
 ぼくの中にライオンは居なかったのに。
『大事なものなんて何もない……君以外には』
 オウライカの台詞が耳の奥に谺した。
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