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第2章 『竜夢』
2.ライオンが居る 「大事なものなんて何もない」(3)
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なぜ、禄がオウライカに選ばれたのか。
通し稽古を眺めながら舜は考える。
簡単なことだと思う。禄が、この芝居はオウライカが『主役』だと感じ取れているからだ。
理論的には簡単な構造だ。例えばカザルは『塔京』の刺客とオウライカの恋人と言う2つのキャラクターの中を行ったり来たりする。カークもそうだ、『塔京』の主とライヤーへの捧げものと言うスタンス、ライヤーに至っては『塔京』の下層、『斎京』の影、オウライカの忠実な配下、カークの主と軽く数えても4つの姿を重ねている。唯一、オウライカにはそれ以外のキャラクターが被さらない。
確かに芝居は多くの人間の視点が行き交うものだが、それでも方向を担う『流れ』は1つでないと、役者も彷徨い、観客も迷子になる。寺戸が『竜は街に居る』で『流れ』を担わせているのがオウライカで、それが『主役』の意味合いだ。
それがわからない役者は、そもそも芝居を成り立たせられない。そういう役者を主役に据えてしまうと、監督に制御能力がなければ、芝居は仕上がらないし、劇団そのものの崩壊に繋がる。
舜は禄を見ていて初めて、『主役』であるというのはこういうことかと気がついた。
芝居の流れる先をまっすぐ見つめ、全てをオウライカのためだけに準備し、整え続けられる。
『おいおい、知ってっだろ? 一番怖え奴ってのは、肝心要のとこへきても、そうそう手の内は晒さねえ。殺されかけても命令を遂行するためには間抜けのふりも色ぼけのふりもしてみせる……ライヤーがいい例だろが』
トラスフィ役は今回は他劇団にサポートを依頼している。今日は来れないから、礼新が代行している。礼新は『竜は街に居る』の原作、『ドラゴン・イン・ナ・シティ』も書いているから、キャラクターのニュアンスにはぶれがない。
『ちょっと気になることがでてきた』
『あん?』
『カザルが「龍」を抱えてる』
『なにっ……待てよ、そんな、今頃「龍」を抱えてる奴なんて……いねえはずだ』
『けれど確かだ。カザルの中には「青龍」が居る』
『………マジ……かよ……』
このやり取りを、練習中の禄は悩んでいた。それまでに説明がなく役者だけが知っている情報を、観客に飲み込ませなくてはならないから、オウライカは十分ことばの中身をわかっていなくてはならない。けれど、脚本はこの台詞の意味を知らせる部分までは完成しておらず、原作を読んで拾い上げるしかない。なのに、原作はもともと歴史物であって、『竜は街に居る』の展開とは少なからずニュアンスが違う。
どうやって、オウライカの正しい台詞として成り立たせるか、と。
舜なら「成り切った役柄」の気分のままにトラスフィとやり取りして作り上げ、ひょっとすると代役の時と本番とでは含む意味合いをずらせてしまったかも知れない。あるいはキャラクターそのものの性格が微妙に変わったかも知れない。
けれど禄は、悩んではいたが、進み方は迷わなかった。
ぼくはこの『龍』を知らないから、知らないという感じが出てしまう。だから、よく知っているものに例えて考えてみようとしたんだ。例えばファンタジーの龍や神社の龍。でも、どちらがここで正しいのか、結局わからなかった。けれど、このトラスフィはオウライカと同じ龍を知っていると台詞からわかる。だから、相手の知っている『龍』を取り込んでみようと思う。
考え込みながら呟いた禄に、舜はトラスフィ役を代行して練習をした。
舜は礼新の書いた『ドラゴン・イン・ナ・シティ』を読んでいる。書かれていた『龍』がどんなものかも結末まで知っている。けれど、脚本にどう直されるかはわからない。舜なりに解釈した『龍』を思い浮かべて演じようかと言ったが、断られた。
そうじゃなくて、舜の知っている、人間が今は体の内側に抱えられない、けれど昔は抱えられていたような生き物を思い浮かべて演じてくれないか、と頼まれて必死に考えた。
微生物じゃない。寄生虫とかでもない。そういう生物ではなくて、ひょっとしたら活動する何かでもいいのかな。昔は人が内側に保っていて、今は保てる者がいなくなったようなもの。昔はあったが、今はほとんどなくなってしまったもの。自然とか、田舎とか、故郷とか、古い技術とか、伝説とか、民話とか。人の内側にあったもの。うん……何か、見えないものへの、敬意、とか。思い浮かべると無意識に深々と頭を下げてしまうような、すごく大きくて、うん、抱えきれない、ような。
1回それを思って、トラスフィを演じて見せて。その取り込み方を練習するよ。
そうやって禄は、知らない龍を知っている顔で演じる、のではなく、礼新が『カザルが「龍」を抱えている』という台詞に応じることばで、龍を見定めたことにした。
だから今も、『カザルが「龍」を抱えてる』と『けれど確かだ。カザルの中には「青龍」が居る』の間には調整にかかった微かなニュアンスのぶれが生まれるけれど、それは始めより、より詳細な説明を繰り返した台詞の深まりに重なって、オウライカとトラスフィに気持ちが行き交った印象になる。
その努力を、禄はすべての台詞、すべての場面に1つ1つ重ねて行った。
これが「主役」だ。
芝居の方向を守り、周囲の役者を真摯に、ただただ誠実に牽引していく力。
対して自分はどうだったか。
芝居を牽引し、周囲を惹きつけ、舞台を成功させてはきた。輝かしい王冠を被り、きらびやかなマントを羽織り、並み居る臣下を平伏させて、さながら百獣の王のように。
けれど、それは本当に芝居の進みたい方向だったのか、一度も考えたことはなかった。
舞台は成功したが、二度目の声はかからなかったのは、舜が芝居を乗っ取ってしまったせいではないのか。口には出さないままで、そのくせ大声で、舜以外に大事なものなんて何もないと、観客に向けてまで叫んでしまっていたのではないか。
そんな役者を誰が何度も見たいのか。
「…俺の中に、ライオンは居なかった」
『任せる。私はもう一度、カークに連絡を取ってみよう』
穏やかに月を見上げる仕草の禄は、多くの雌ライオンに周囲を取り巻かれ、我が身の安全さえ配下に委ねる雄ライオンに見えた。眩しそうに見る礼新の表情に胸が痛む。あんな風に焦がれるような視線を浴びたことは一度もないとわかったから。
「…俺は、役者でさえ、なかったんだな」
通し稽古を眺めながら舜は考える。
簡単なことだと思う。禄が、この芝居はオウライカが『主役』だと感じ取れているからだ。
理論的には簡単な構造だ。例えばカザルは『塔京』の刺客とオウライカの恋人と言う2つのキャラクターの中を行ったり来たりする。カークもそうだ、『塔京』の主とライヤーへの捧げものと言うスタンス、ライヤーに至っては『塔京』の下層、『斎京』の影、オウライカの忠実な配下、カークの主と軽く数えても4つの姿を重ねている。唯一、オウライカにはそれ以外のキャラクターが被さらない。
確かに芝居は多くの人間の視点が行き交うものだが、それでも方向を担う『流れ』は1つでないと、役者も彷徨い、観客も迷子になる。寺戸が『竜は街に居る』で『流れ』を担わせているのがオウライカで、それが『主役』の意味合いだ。
それがわからない役者は、そもそも芝居を成り立たせられない。そういう役者を主役に据えてしまうと、監督に制御能力がなければ、芝居は仕上がらないし、劇団そのものの崩壊に繋がる。
舜は禄を見ていて初めて、『主役』であるというのはこういうことかと気がついた。
芝居の流れる先をまっすぐ見つめ、全てをオウライカのためだけに準備し、整え続けられる。
『おいおい、知ってっだろ? 一番怖え奴ってのは、肝心要のとこへきても、そうそう手の内は晒さねえ。殺されかけても命令を遂行するためには間抜けのふりも色ぼけのふりもしてみせる……ライヤーがいい例だろが』
トラスフィ役は今回は他劇団にサポートを依頼している。今日は来れないから、礼新が代行している。礼新は『竜は街に居る』の原作、『ドラゴン・イン・ナ・シティ』も書いているから、キャラクターのニュアンスにはぶれがない。
『ちょっと気になることがでてきた』
『あん?』
『カザルが「龍」を抱えてる』
『なにっ……待てよ、そんな、今頃「龍」を抱えてる奴なんて……いねえはずだ』
『けれど確かだ。カザルの中には「青龍」が居る』
『………マジ……かよ……』
このやり取りを、練習中の禄は悩んでいた。それまでに説明がなく役者だけが知っている情報を、観客に飲み込ませなくてはならないから、オウライカは十分ことばの中身をわかっていなくてはならない。けれど、脚本はこの台詞の意味を知らせる部分までは完成しておらず、原作を読んで拾い上げるしかない。なのに、原作はもともと歴史物であって、『竜は街に居る』の展開とは少なからずニュアンスが違う。
どうやって、オウライカの正しい台詞として成り立たせるか、と。
舜なら「成り切った役柄」の気分のままにトラスフィとやり取りして作り上げ、ひょっとすると代役の時と本番とでは含む意味合いをずらせてしまったかも知れない。あるいはキャラクターそのものの性格が微妙に変わったかも知れない。
けれど禄は、悩んではいたが、進み方は迷わなかった。
ぼくはこの『龍』を知らないから、知らないという感じが出てしまう。だから、よく知っているものに例えて考えてみようとしたんだ。例えばファンタジーの龍や神社の龍。でも、どちらがここで正しいのか、結局わからなかった。けれど、このトラスフィはオウライカと同じ龍を知っていると台詞からわかる。だから、相手の知っている『龍』を取り込んでみようと思う。
考え込みながら呟いた禄に、舜はトラスフィ役を代行して練習をした。
舜は礼新の書いた『ドラゴン・イン・ナ・シティ』を読んでいる。書かれていた『龍』がどんなものかも結末まで知っている。けれど、脚本にどう直されるかはわからない。舜なりに解釈した『龍』を思い浮かべて演じようかと言ったが、断られた。
そうじゃなくて、舜の知っている、人間が今は体の内側に抱えられない、けれど昔は抱えられていたような生き物を思い浮かべて演じてくれないか、と頼まれて必死に考えた。
微生物じゃない。寄生虫とかでもない。そういう生物ではなくて、ひょっとしたら活動する何かでもいいのかな。昔は人が内側に保っていて、今は保てる者がいなくなったようなもの。昔はあったが、今はほとんどなくなってしまったもの。自然とか、田舎とか、故郷とか、古い技術とか、伝説とか、民話とか。人の内側にあったもの。うん……何か、見えないものへの、敬意、とか。思い浮かべると無意識に深々と頭を下げてしまうような、すごく大きくて、うん、抱えきれない、ような。
1回それを思って、トラスフィを演じて見せて。その取り込み方を練習するよ。
そうやって禄は、知らない龍を知っている顔で演じる、のではなく、礼新が『カザルが「龍」を抱えている』という台詞に応じることばで、龍を見定めたことにした。
だから今も、『カザルが「龍」を抱えてる』と『けれど確かだ。カザルの中には「青龍」が居る』の間には調整にかかった微かなニュアンスのぶれが生まれるけれど、それは始めより、より詳細な説明を繰り返した台詞の深まりに重なって、オウライカとトラスフィに気持ちが行き交った印象になる。
その努力を、禄はすべての台詞、すべての場面に1つ1つ重ねて行った。
これが「主役」だ。
芝居の方向を守り、周囲の役者を真摯に、ただただ誠実に牽引していく力。
対して自分はどうだったか。
芝居を牽引し、周囲を惹きつけ、舞台を成功させてはきた。輝かしい王冠を被り、きらびやかなマントを羽織り、並み居る臣下を平伏させて、さながら百獣の王のように。
けれど、それは本当に芝居の進みたい方向だったのか、一度も考えたことはなかった。
舞台は成功したが、二度目の声はかからなかったのは、舜が芝居を乗っ取ってしまったせいではないのか。口には出さないままで、そのくせ大声で、舜以外に大事なものなんて何もないと、観客に向けてまで叫んでしまっていたのではないか。
そんな役者を誰が何度も見たいのか。
「…俺の中に、ライオンは居なかった」
『任せる。私はもう一度、カークに連絡を取ってみよう』
穏やかに月を見上げる仕草の禄は、多くの雌ライオンに周囲を取り巻かれ、我が身の安全さえ配下に委ねる雄ライオンに見えた。眩しそうに見る礼新の表情に胸が痛む。あんな風に焦がれるような視線を浴びたことは一度もないとわかったから。
「…俺は、役者でさえ、なかったんだな」
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