『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第2章 『竜夢』

2.ライオンが居る 「大事なものなんて何もない」(4)

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『約束する。いつかきっとあなたを「塔京」に押し上げよう。その強い意志を全世界に知らしめるために、私は全力を尽くそう』
 背中を向けたまま呟かれる台詞は、舞台で観客に届けるには苦労するものだ。
 通し稽古でまだ私服のまま演じる陸斗は、壁を見つめて思う。
 声は通らないし舞台奥に飲まれるし、動きは限られているし表情も届けられない。マイクの場所、体の向き、微かな空気感でどんどん芝居が変わってしまう。
 けれどネット公開を前提にしているから、集音も音響も簡単に細工できる。ライトの位置も影の動きも、それこそ加工しようと思えば何でもかんでも好きなように操れる、陸斗の芝居そのものも。
 そんな中で真剣に演じること、繊細な表現を気にすることに意味があるのか。
 通し稽古を始めた時に、どんな形で完成するのかを一度試し撮りしてみようとやって見た。4人のキャラクターが際立つオープニング、それらは舞台ならライト位置や暗転のタイミングを細かく調整して仕上がるものだが、それぞれの場面を別撮りして、うまく繋ぎ合わせれば事は成った。
 空気感が一転するのも当然、同日の流れで撮ったのではなくて、別日別時間に同じセットで撮ったのだから当然だ。舞台なら仕上げて賞賛される場面も、ネット公開ならばできて当たり前。逆に言えば、どれほど凄まじいスタントや、どれほど難しい気持ちの切り替えであろうと、そこに『加工』『細工』が載せられているかも知れないと言う疑いは、容易く価値を落として行く。
 あのオープニングを、陸斗は王者になったように演じろと命じられた。
 この作品はオウライカが中心だ。そんなことは十分にわかっている。だからこそ、寺戸の要求に戸惑ったし、カークが『主役』になることはあり得ないから、演技プランにもズレが出ると不安になった。カークはオウライカを望み、オウライカを王と仰ぎ見て侍ることを望んでいた。それを否定し、観衆に向かって物語を仕切るのは自分だと明言しろと。
 本来の台詞は『世界を継ぐのは私だ』だった。
 とっさに口の動きで『オウライカ』と載せ、『世界を継ぐのはあなただけだ』とアドリブで変えた。今まで寺戸の要求は絶対、変更したものは役を降ろされるか、しばらく謹慎を食らう。
 けれど寺戸はうろたえもしなかった。
 よくできた。中心になれたな。
 ぽつりと言われて、ぎくりとした。
 いつの間にか、禄に芝居を任せ、舜に華やぎを譲り、貢に運命を委ねていたとふいに気づいた。
 住んでいた場所を引き払い、貢のマンションに同棲し、それまで与えられたことがなかった豪奢な暮らしに埋められ、毎日ただ芝居だけのことを考え、貢に抱かれて満たされる、甘くて豊かな美しい暮らし。
 赤い炊飯器で飯がうまく炊けたと喜び、バイトの帰りに冷え込んだ指先を温めるためのココアを楽しみにし、独り寝の苦痛を凌いでも舜の笑顔に心を緩ませる、波立ちながらも自分しか得ることのできない日々。
 いや、場所など関係がないのだろう。
「…すみません、今のもう一度やっていいですか」
 振り向くと、寺戸が頷く。
「好きなだけやれ」
「…ありがとうございます」
 好きなだけやれ。
 それは自分が満足するまでやれ、という意味ではない。
 陸斗は深く息を吸って吐き、より小さな囁き声で壁に向かって台詞を口にする。
『…約束する。いつ…きっと…あなたを「塔京」…押し上げ…。…の強い意志……全世界に知ら…めるため……私は全力…尽くそう』
 この声は、壁に吸い込まれるレベルだ。語尾は曖昧に消え、単語は観客に届くが意味を為さない。
 なお、絞り込む。
『約束する……きっとあなたを………押し上げよう………意志を…全世界に……、私は…尽くそう』
 この台詞は、何を伝えようとしているのか。この場面でカークは何を望んでいるのか。
 陸斗の演技も努力も、画像を加工してしまえば、なんとでも変えられる。
 今頑張っている、この積み重ねは、一体どこに繋がるのか。
 カークが陸斗でなくてはならない理由、そもそもこの作品を、膨大な時間をかけて人が演じなくてはならない理由がどこにあるのか。
 『主役』は誰なのか。
「今ので完成か」
 寺戸の声に首を振る。
「次のもので行きます」
 壁に向かう。
 観客は背中の、画面の向こうに居る。
 見ているのか、見られているのかも、わからない。
 それでも自分が何者であるのか、決めるのは自分でしかない。
 自分以外に大事なものなんて何もない。
『約束する。いつかきっとあなたを「塔京」に押し上げよう。その強い意志を全世界に知らしめるために、私は全力を尽くそう』
 静かに張った声。
 叫びもしないが隅々までよく通る声。
 背筋はまっすぐに伸ばし、手足の力は十分に抜く。
 今まで積み重ねてきたものを全て、ここで再び丁寧に抜き放つ。
 この姿を一番よく知っているのは自分だ。
 この場所で、十分に表現できたと納得できる自分でありたい、いつも、どこでも、どんな瞬間でも。
 僅かな沈黙の後、振り返る。
 じっと無言で眺めている寺戸に視線を合わせて、微笑んだ。
「今の、どれでもいいので使ってください。それで、どれを使ったか、また教えて下さい」
 寺戸が大きく溜息をついた。
「そうしよう」
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