『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

文字の大きさ
72 / 121
第2章 『竜夢』

3.乱暴な嫁 「お日様が当たるとほっとしない?」(3)

しおりを挟む
「お日様が当たるとほっとしない?」
「…」
 バス停で隣に立った女性に呟かれて、陸斗は相手を見下ろした。
 小柄で細身。くるくるした茶色の猫っ毛、頭を撫でたくなる衝動に駆られる上目遣いの瞳は鮮やかな緑のカラーコンタクト、唇は薄い紅色で全体の印象はファンタジーに出てくる猫娘。
「…ああ、そりゃあ、するだろうね、猫ならば」
 微笑みながらことばを返した。
 バスは後1時間は来ない。どこかへ行くために来たのなら、他の手段を選ぶだろう。陸斗がバスを待っているのではないことは気づいたはずだ、ずっとまっすぐ前のマンションの入り口を見つめていたから。
 今日は外食しませんか、いい店を見つけているので。
 滑らかな口調で伊谷が誘ったのは昨夜だ。寝そべった陸斗の背中に優しいキスを落としながら、まだ少し乱れた吐息で囁いて来て、何だろう、いつになく色っぽくて煽られた。何か話があるのかと尋ねると、少し、と考え込んだ口調に別れ話かと考えなくなっただけ、進歩したものだ。別れてもいいと思っているわけではなくて、もし別れ話なら、伊谷は焦らさずすぐに話してくれるだろうとわかっている。陸斗が怯えているのも諦めているのも感じてくれている。
 それだけで十分だと思っている。
 朝起きて、のんびりと身支度して、迎えに来ると言った時間まで間があるから、外で待っていようと思った。マンションの前で待つのは目立つし迷惑だろうから、向かいのバス停でいかにもバスを待っている顔で立っていた。
 そこへこの得体の知れない女性の接近だ。
「猫?」
 瞬きして陸斗を凝視する、また少し微笑んでしまう。
 この気配は伊谷にそっくりだ。醸し出す演技の色味がと言った方がいいか。
 つまりは相手は『人心売買』の団員だろうと検討がついて、それでも名乗るまで待って見ようと思った。伊谷が仕掛けたゲームなら、陸斗は喜んで乗ってみる。カークならそうするだろう、ライヤーが配置した罠に薄笑いして踏み込んでみるだろう、自分の体を引き裂かれるのもまた一興と。
「猫の話はしていないのだけど」
「奇遇だね、私もだよ」
「では何の話を?」
「君の話」
 不思議なものだ、伊谷とやり合っている間に、主導権を得る方法が知らず知らずに身に付いた。新たに覚えた方法ではなくて、元々陸斗の中にあった誇りとか過去とか経験とか、つまりは色々なものが全て武器に使えると気づかせてくれたのは伊谷だ。
「私はあなたに聞いたのよ?」
「それは君の感覚も語るよね」
 お日様が当たるとほっとするのかな。
「そうとも限らないんじゃない?」
 女性は意地悪そうに唇を曲げてみせる。
「あなたに合わせて、ことばを操ったのかも」
「ならば、君はずいぶん私との話を大事にしてくれてるんだね」
「え?」
「私の好みに合わせて、話したくもない感覚を話し、感じてもいない気持ちを作っているわけだから、大変な労力だろう?」
 ふと気づく。
「君は、私のために演じてくれているようだけど、何が欲しいのかな。賞賛? それとも嫉妬?」
「…絶望を寄越しなさい」
「…」
「伊谷貢は空っぽの駒よ。あなたを落とすためだけに踊ってるの」
「…」
「何よ」
 くすくすと笑いだした陸斗に女性は眉を逆立てる。
「何がおかしいの」
「私を落とすためだけにか。誰のために踊っているのか聞いても?」
「決まってるわ、私の為よ」
「ふうん」
 頷きながら、陸斗は微笑むのをやめられない。マンションの入り口に駆け込もうとした人影が、前のバス停に居る陸斗に気づき、離れた横断歩道とどうやら陸斗の側に誰が居るのか気づいたのとで、狼狽え慌てて次々通る車に地団駄踏んでいるのが見えるからだ。
「じゃあ、君はあの観客に報いてあげたほうがいい」
 陸斗が指差し、女性が振り向き、小さく息を引いた。
 今しも通りすぎた車と車の間を、あわや轢かれそうなタイミングですり抜けて、高級なスーツを不似合いな不恰好さで翻しながら伊谷が道路を渡ってくる。
「何してるの、あれ」
「君の為に走って来てるんじゃないのかな」
「バカじゃないの、みっともない!」
「陸斗!」
 話している間に伊谷は道路を渡り切った。ガードレールを飛び越えて、一気に陸斗に駆け寄り抱き着く。
「待っててって言ったのに!」
「伊谷、彼女がびっくりしてる」
「そんなのいいから、ご飯に行きましょう!」
「彼女は君の為に、話したくもない私に声かけてくれたみたいだよ?」
 せめて名前ぐらい知りたいな?
「……」
「何よ、教えたくないのね、なら自己紹介するわ、篠崎真琴です、どうも」
 女性は伊谷に唇を尖らせると、少し離れて優雅にお辞儀をし、名乗って見せた。
「伊谷さんと同じ『人心売買』に属しています、さあこれで如何?」
「だそうだよ、伊谷」
「……ご飯」
 相変わらず陸斗にしがみついて肩に顔を埋めていた伊谷が、のろのろと顔を上げて唸った。
「今からご飯するから、俺達」
「最後の晩餐ってわけね、ご自由に。見届けてあげるわ」
「命令なの?」
 陸斗を無視して会話は進む。
「失敗してんなら、さっさと戻れって?」
「あの人がそんなこと言うわけないし」
 真琴が唇を尖らせた。
「いつまで遊んでいるつもりかって聞いてたけど」
「ずっと。永遠に。死ぬまで。二度と戻らないって伝えて」
 伊谷がぎゅうっと力を込める。
「僕は『竜夢』で生きていくから」
「あんたはね。でも、その人がおんなじぐらい必要としていると思ったら大間違いよ。誰も影なんて必要としてないんだし」
「…いいもん」
「は?」
「それって、また別口で萌える」
 はぁ、と甘い呼吸を首筋に吹き付けられて陸斗はそれとなく視線を空へ上げた。しがみついている体の一部が、演技ではなく本能だと伝えてきている。こう言う時に男は便利だ。
「篠崎さん?」
「何」
「このまま会話を続けると、伊谷が脱ぎそうなんで、失礼していいかな」
「はあ?」
「夕食は私になりそうなんだ」
 見上げてくる瞳に視線を合わせて、僅かに眉を下げてみせる。
「少し軽く食べておかないと身が持たないから」
「…っバカっ!」
 薄赤くなった篠崎が身を翻した。足を踏み鳴らしながら遠ざかる。
「伊谷。次に逢ったら殺されるかも」
「……じゃあ、殺される前に抱いて」
 小さく呟いた伊谷の声が濡れている。
 主客逆転を押し付けたのは陸斗だ。責任を取る必要はあるだろう。
「…部屋に戻ろうか?」
 ん、と伊谷が小さく鼻を鳴らした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

天の求婚

紅林
BL
太平天帝国では5年ほど前から第一天子と第二天子によって帝位継承争いが勃発していた。 主人公、新田大貴子爵は第二天子派として広く活動していた亡き父の跡を継いで一年前に子爵家を継いだ。しかし、フィラデルフィア合衆国との講和条約を取り付けた第一天子の功績が認められ次期帝位継承者は第一天子となり、派閥争いに負けた第二天子派は継承順位を下げられ、それに付き従った者の中には爵位剥奪のうえ、帝都江流波から追放された華族もいた そして大貴もその例に漏れず、邸宅にて謹慎を申し付けられ現在は華族用の豪華な護送車で大天族の居城へと向かっていた 即位したての政権が安定していない君主と没落寸前の血筋だけは立派な純血華族の複雑な結婚事情を描いた物語

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

処理中です...