『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第2章 『竜夢』

4.ラスボス登場 「命が欲しいならどうぞ、僕には無用のものなので」(1)

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「舜」
「ん?」
「僕だけ知らなかったなら申し訳ないんだけど、あれ、誰かな」
 通し稽古も順調に進み、今日は衣装合わせ兼ねての今後のスケジュールの打ち合わせ、のはずだったが、『竜夢』のいつもの会議室には見慣れぬ顔があったから、禄は思わず尋ねてしまった。
 細面の青白い顔、もじゃもじゃと乱れるアフロの黒い髪、神経質そうな風貌とは違って、会議室の折りたたみ椅子に腕を組んで座っている。隣に居る寺戸は平然としていて、いつものハンチングに黒づくめの格好、側にいる異様な気配の男を構った風もなく、脚本をゆっくり眺めている。よく見れば、アフロ男の前にも脚本が置かれているが、男は手に取る気はなさそうだ。
「荒破須加屋」
 ぼそりと唸った舜は珍しくあからさまに鬱陶しそうだ。
「何で来たのかな」
「あら…?」
「あらは、すかや」
「…えーと、それは…芸名、なのかな」
 確認したのはあまりにも日本人らしい名前ではないからだが、舜は軽く肩を竦めて見せた。
「さあ? 本名かも知れないね、お兄さんがいて、白羽須加屋って名乗ってたから」
「しらは、すかや」
 兄弟で同じ名字なのだとしたら、本名は須賀屋荒破、とでも言うのだろうか。
「『人心売買』って劇団のトップだよ。寺戸さんとは知り合いだし、結構長くやってるし、その筋じゃ色々と有名」
「その筋」
 と言うことは、劇団関係者なのか、と禄は改めて相手を見た。と同時に、相手も目を上げてきて、ぶつかった視線に思わず体が強張る。
 強い視線だった。譲れない意志のある、はっきりとした思考と動かない感情を基盤にした目。
 体の中で鳴る警報を意識した。
 こう言う視線の持ち主は、こちらの想いを尊重しない。省みることもない。自分と違った考えや感覚があることを一切認めない。しかも、自分の狭い世界で満足せず、その唯一の視界を全世界に当てはめて行くことこそ正義とする相手だ。
「寺戸さんの友人?」
「友人だったことは一度もないと思うよ」
 舜の声が冷ややかになった。
「『竜夢』が存在することを一番不快がっている人だね」
「……なぜ」
「…真琴の件かな」
「まこと? ……ああ、あの女性」
 一層警戒が強まった。確か篠崎真琴と言う女性は、一方的に舜を追い回していると聞いたことがある。
「どうやら、ここにいる全員に接触してきたみたいだから」
「…伊谷さんや輝夜さんにも? どうして?」
「……さあ」
 舜は鋭い目を荒破に向けて唇を結ぶ。好戦的な表情だ。いざとなれば噛み付く、そう言う表情だ。
「…さて」
 寺戸が唐突に口を開いた。
「今日は珍しい客を迎えた。『人心売買』の荒破さんだ。『竜は街に居る』に興味を持っているそうだ。通し稽古を見たいとの申し出を受けた」
「っ」
 伊谷が険しく眉を寄せた。輝夜も唇を引き締める。隣の舜は目を細めて黙り込む。なるほど、ここにいる誰にも荒破は歓迎されていない、なのにやってきて、うろたえるわけでもなく座っている。
「禄」
「、はいっ」
 呼ばれて禄は慌てて立ち上がった。
「構わないな?」
 構うも何もない、『竜夢』の劇団は寺戸が仕切っている。その寺戸が招き入れた時点で了承済みではないか。
 禄は訝しく寺戸を見返して気がついた。
 違う。
 これは覚悟を聞かれているんだ。
 公演前に他劇団が通し稽古を見る。切磋琢磨を重ね合う関係ではなく、どちらかと言うと敵の気配、演出も台詞回しも衣装のあれこれさえ、見抜かれて奪われるかも知れない。『人心売買』は『竜夢』より有名で、ひょっとすると大きな劇団なのだろう。ここまで苦労して作り上げてきた芝居を、小手先で盗まれて演じられてしまうかも知れない。それとも、そう言うことを考える時点で、こちらの小心が滲んでいるのか。
 ふっと篠崎真琴との会話が蘇った。
 失うほどに重ねた努力もなければ、奪われるほどに物になった才能もない。
 この、あからさまにこちらを見下す視線の中で、禄の芝居はどんな形を取っているのか。ひょっとして、踏みつけられて捨て去られるだけのものなのか。
 それは、知りたい。
 胸の奥に蘇ったのは箪笥の中だ。開かれた時に、どこへ行こうと何が待っていようと構わなかった。今いる瞬間が全てで、後のことはどうでもいい。
『命が欲しいならどうぞ、僕には無用のものなので』
 あの時の気持ちを今台詞にするならば、そんな風に呟くだろうか。
「…構いません」
 禄は応じた。
「できれば、衣装を着けた状態で見て頂きたいですし、お客様のように見て頂きたいです」
 伊谷が唸り、輝夜が息を呑む。
 そうして隣の舜は。
「ぶふーっ!!」
 演技でもなく盛大に吹いた。続いて涙が出るほどの爆笑を響かせて、笑いながら叫ぶ。
「うわ、怖っ……禄、ひどいよ、ここまで頑張って追いついたのに、こっからまだ芝居を変えてくわけ?!」
 俺、ついてけるのかなあ!
「あ…ああ、なるほど、そう言うことか……って、え?」
 一瞬ほっとした顔になった輝夜が軽く青ざめる。
「今から変える、とか……嘘だろ」
「ああ、つまり、これまでの芝居は今日で千秋楽ってことですね、寺戸さん」
 伊谷が薄く笑った。
「この後、どんなに変わるのか、そりゃあ、見ておいてもらえるのは楽しいかも知れない」
 じろりと荒破の視線が伊谷を貫いた。伊谷は堪えた風もなく、うふふん、と笑みをなおも深めて付け加えた。
「じゃあ、僕、これが終わったら今までの脚本、破棄しますね。新しいの下さい寺戸さん」
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