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第2章 『竜夢』
4.ラスボス登場 「命が欲しいならどうぞ、僕には無用のものなので」(4)
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正直言って驚いている、荒破が直接乗り込んできたことに。
貢は自分と陸斗に視線を注ぎ続ける男の気配を、頭の隅に置きながら演技を続ける。
単に貢が手駒として動かないとわかっただけじゃない、そんなことは今までもあった、他に面白い刺激があれば、貢はそっちに流れたし、そうなったら別の手を考えてきたはずだから。
なのに、今回は貢を放置も切り捨てもしないで、回収するように乗り込んできた。
それほど『竜夢』に執着しているのか。
裏切るのか。
『人心売買』を離れると告げた時の返答に、静かな脅しは続いたはずだが。
どうなっても知らないぞ。
『どうぞ』
貢の気持ちは決まっていた。『人心売買』が貢の財力を失ったところで、たいして困るわけでもないとは踏んでいたし、圧力をかけるには貢の周囲はうるさ過ぎる。それ以前に、陸斗に抱かれて、失っていた記憶の闇に光が差し込んだ今となっては、奇妙にあっけらかんとしてしまったのも確かで。
『命が欲しいならどうぞ、僕には無用のものなので』
役者として生きていけなくなろうと、同性愛者であることを晒されようと、今の貢には陸斗以上に貴重な存在などどこにもなかった、たとえ家族であったとしても。
『僕には「竜夢」だってどうでもいいけど、ただ輝夜さんだけは別格ですからね』
振り向いて微笑んで見せる、その自分の寒々しさが荒破にも伝わってほしいと強く願った。
『あの人だけは、ダメですよ』
念押しする。
『幸い、僕にはお金だけは無尽蔵に湧いて出る。世の中のルールを変えるのは容易いんです』
たかが、小劇団。
どれほど荒破が波立とうが姑息な手段を繰り出そうが、劇団を守りたいなら弱みはある。
『輝夜さんに手を出した時点で、あの人が無事であろうが死んでようが、僕にとってあなたの存在価値なんてない』
薄笑いし続けているのはライヤーが被ったままだったのかも知れない。
荒破が青ざめるのを初めて見た。
『今の時点で敵認定ってことです』
金余りの暇を持て余した青年、そういう評価だったと知った。けれど、実のところの貢の闇は、真っ当さからはほど遠かった、自覚していなかっただけで。
ライヤーが本質で、伊谷貢が、この社会で生きていくための演技だった。
だからどんな役柄にもすぐに馴染めた、そもそも伊谷と言う男などどこにもいなかったし、この社会で生きていくのに必要だったから作り上げていただけなのだ。
『殺してあげましょうか』
カークへの台詞を吐きながら、同時に荒破に呼びかける。
『私を…殺してくれ……待っていたんだ、ずっと、ずっと待っていたんだ、あなたが迎えに来てくれるのを』
台詞に応じる陸斗の甘い囁きを気持ちよく受け取りながら、観客を得てなおなめらかになる陸斗の動きにのめり込む。
わからないかな、荒破さん。
自分の全てを注ぎ込むこんな役者を目の前にして、それでも僕の奪還を目に浮かべている時点で、あなたの劇団は終わってる。劇団を守ろうとして子飼いの部下を回収するより、自分の劇団に足りないものが何なのか見抜いていくべきなのに。
今ここで、禄なり舜なり陸斗なりが、今まで脚本から必死に作り上げてきたものを、数秒ごとに破壊しつつ、脚本の新しい可能性、新しい解釈、新しい分岐を探して変貌していく、そのことにもっともっと衝撃を受けないなら、舞台ごとにどれだけ知識と理論を詰め込もうと、客は『竜夢』に魅きつけられる。
なぜなら、観客が求めているのは「予定調和」や「繊細な人物描写」ではなく、生きている限り起こり続ける変化、めまぐるしい現実の中で展開する人間の生き様そのもので、それは芝居であっても変わらない。
いや、観客だけじゃない。
芝居に関わる人間全てが望んでいるのは、決められた設定をどこまで忠実に演じ切るかということではなく、決められた設定を互いにぶつけ合う中で、ほんの一呼吸のずれ、ほんの一瞬の視線の交差、それらがロボットではなく、生身の人間でなぞられる中で起こる、幻のような『現実の読み解き』なのだから。
『オウライカさん…っ』
しがみつく陸斗の声に皮膚が粟立つ。胸が苦しくなる。陸斗と貢は十分に愛し合い求め合い、満たされた関係性のはずなのに、それでもこのわずかな片思い感を煽る台詞に、痛む胸の疼きをどう表現すればいいのか。
作られた現実が、貢のリアルな体を傷つけて、ほら、今涙が滲んでしまう、そんなことはライヤーにはあり得ない、この場面ではあり得ない、けれどこの涙は真実のものだ。
『わかりました』
零れ落ちた一雫の塩味、荒破が目を見開き、寺戸が苦々しく息を吐き、それでも2人も理解しているはずだ、この『役者の現実』を覆すことは誰にも許されない。
『その代わり、あなたは僕の言うことをちゃんと聞かなくちゃいけないんですよ?』
掠れた問いに陸斗が頷き、視線を上げて来た。
微かに唇が動く。
きっとカメラからは見えない位置だ。
ちゃんと聞いただろう、夕べだって。
我を失ってしがみついているはずのカークの体から、妖しい蠱惑が広がって、観客はさぞかし戸惑うだろう、この場面はこれでいいのか、原作通りなのか、それとも新解釈なのか、あるいは単なる気のせいなのか。
その瞬間、観客もまた、芝居の中に飲み込まれる。
個を失い、しがらみを捨て去り、物語の中でただ生きていく。
なんて自由なんだ。
貢は静かに微笑んだ。
貢は自分と陸斗に視線を注ぎ続ける男の気配を、頭の隅に置きながら演技を続ける。
単に貢が手駒として動かないとわかっただけじゃない、そんなことは今までもあった、他に面白い刺激があれば、貢はそっちに流れたし、そうなったら別の手を考えてきたはずだから。
なのに、今回は貢を放置も切り捨てもしないで、回収するように乗り込んできた。
それほど『竜夢』に執着しているのか。
裏切るのか。
『人心売買』を離れると告げた時の返答に、静かな脅しは続いたはずだが。
どうなっても知らないぞ。
『どうぞ』
貢の気持ちは決まっていた。『人心売買』が貢の財力を失ったところで、たいして困るわけでもないとは踏んでいたし、圧力をかけるには貢の周囲はうるさ過ぎる。それ以前に、陸斗に抱かれて、失っていた記憶の闇に光が差し込んだ今となっては、奇妙にあっけらかんとしてしまったのも確かで。
『命が欲しいならどうぞ、僕には無用のものなので』
役者として生きていけなくなろうと、同性愛者であることを晒されようと、今の貢には陸斗以上に貴重な存在などどこにもなかった、たとえ家族であったとしても。
『僕には「竜夢」だってどうでもいいけど、ただ輝夜さんだけは別格ですからね』
振り向いて微笑んで見せる、その自分の寒々しさが荒破にも伝わってほしいと強く願った。
『あの人だけは、ダメですよ』
念押しする。
『幸い、僕にはお金だけは無尽蔵に湧いて出る。世の中のルールを変えるのは容易いんです』
たかが、小劇団。
どれほど荒破が波立とうが姑息な手段を繰り出そうが、劇団を守りたいなら弱みはある。
『輝夜さんに手を出した時点で、あの人が無事であろうが死んでようが、僕にとってあなたの存在価値なんてない』
薄笑いし続けているのはライヤーが被ったままだったのかも知れない。
荒破が青ざめるのを初めて見た。
『今の時点で敵認定ってことです』
金余りの暇を持て余した青年、そういう評価だったと知った。けれど、実のところの貢の闇は、真っ当さからはほど遠かった、自覚していなかっただけで。
ライヤーが本質で、伊谷貢が、この社会で生きていくための演技だった。
だからどんな役柄にもすぐに馴染めた、そもそも伊谷と言う男などどこにもいなかったし、この社会で生きていくのに必要だったから作り上げていただけなのだ。
『殺してあげましょうか』
カークへの台詞を吐きながら、同時に荒破に呼びかける。
『私を…殺してくれ……待っていたんだ、ずっと、ずっと待っていたんだ、あなたが迎えに来てくれるのを』
台詞に応じる陸斗の甘い囁きを気持ちよく受け取りながら、観客を得てなおなめらかになる陸斗の動きにのめり込む。
わからないかな、荒破さん。
自分の全てを注ぎ込むこんな役者を目の前にして、それでも僕の奪還を目に浮かべている時点で、あなたの劇団は終わってる。劇団を守ろうとして子飼いの部下を回収するより、自分の劇団に足りないものが何なのか見抜いていくべきなのに。
今ここで、禄なり舜なり陸斗なりが、今まで脚本から必死に作り上げてきたものを、数秒ごとに破壊しつつ、脚本の新しい可能性、新しい解釈、新しい分岐を探して変貌していく、そのことにもっともっと衝撃を受けないなら、舞台ごとにどれだけ知識と理論を詰め込もうと、客は『竜夢』に魅きつけられる。
なぜなら、観客が求めているのは「予定調和」や「繊細な人物描写」ではなく、生きている限り起こり続ける変化、めまぐるしい現実の中で展開する人間の生き様そのもので、それは芝居であっても変わらない。
いや、観客だけじゃない。
芝居に関わる人間全てが望んでいるのは、決められた設定をどこまで忠実に演じ切るかということではなく、決められた設定を互いにぶつけ合う中で、ほんの一呼吸のずれ、ほんの一瞬の視線の交差、それらがロボットではなく、生身の人間でなぞられる中で起こる、幻のような『現実の読み解き』なのだから。
『オウライカさん…っ』
しがみつく陸斗の声に皮膚が粟立つ。胸が苦しくなる。陸斗と貢は十分に愛し合い求め合い、満たされた関係性のはずなのに、それでもこのわずかな片思い感を煽る台詞に、痛む胸の疼きをどう表現すればいいのか。
作られた現実が、貢のリアルな体を傷つけて、ほら、今涙が滲んでしまう、そんなことはライヤーにはあり得ない、この場面ではあり得ない、けれどこの涙は真実のものだ。
『わかりました』
零れ落ちた一雫の塩味、荒破が目を見開き、寺戸が苦々しく息を吐き、それでも2人も理解しているはずだ、この『役者の現実』を覆すことは誰にも許されない。
『その代わり、あなたは僕の言うことをちゃんと聞かなくちゃいけないんですよ?』
掠れた問いに陸斗が頷き、視線を上げて来た。
微かに唇が動く。
きっとカメラからは見えない位置だ。
ちゃんと聞いただろう、夕べだって。
我を失ってしがみついているはずのカークの体から、妖しい蠱惑が広がって、観客はさぞかし戸惑うだろう、この場面はこれでいいのか、原作通りなのか、それとも新解釈なのか、あるいは単なる気のせいなのか。
その瞬間、観客もまた、芝居の中に飲み込まれる。
個を失い、しがらみを捨て去り、物語の中でただ生きていく。
なんて自由なんだ。
貢は静かに微笑んだ。
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