『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

文字の大きさ
78 / 121
第2章 『竜夢』

4.ラスボス登場 「命が欲しいならどうぞ、僕には無用のものなので」(4)

しおりを挟む
 正直言って驚いている、荒破が直接乗り込んできたことに。
 貢は自分と陸斗に視線を注ぎ続ける男の気配を、頭の隅に置きながら演技を続ける。
 単に貢が手駒として動かないとわかっただけじゃない、そんなことは今までもあった、他に面白い刺激があれば、貢はそっちに流れたし、そうなったら別の手を考えてきたはずだから。
 なのに、今回は貢を放置も切り捨てもしないで、回収するように乗り込んできた。
 それほど『竜夢』に執着しているのか。
 裏切るのか。
 『人心売買』を離れると告げた時の返答に、静かな脅しは続いたはずだが。
 どうなっても知らないぞ。
『どうぞ』
 貢の気持ちは決まっていた。『人心売買』が貢の財力を失ったところで、たいして困るわけでもないとは踏んでいたし、圧力をかけるには貢の周囲はうるさ過ぎる。それ以前に、陸斗に抱かれて、失っていた記憶の闇に光が差し込んだ今となっては、奇妙にあっけらかんとしてしまったのも確かで。
『命が欲しいならどうぞ、僕には無用のものなので』
 役者として生きていけなくなろうと、同性愛者であることを晒されようと、今の貢には陸斗以上に貴重な存在などどこにもなかった、たとえ家族であったとしても。
『僕には「竜夢」だってどうでもいいけど、ただ輝夜さんだけは別格ですからね』
 振り向いて微笑んで見せる、その自分の寒々しさが荒破にも伝わってほしいと強く願った。
『あの人だけは、ダメですよ』
 念押しする。
『幸い、僕にはお金だけは無尽蔵に湧いて出る。世の中のルールを変えるのは容易いんです』
 たかが、小劇団。
 どれほど荒破が波立とうが姑息な手段を繰り出そうが、劇団を守りたいなら弱みはある。
『輝夜さんに手を出した時点で、あの人が無事であろうが死んでようが、僕にとってあなたの存在価値なんてない』
 薄笑いし続けているのはライヤーが被ったままだったのかも知れない。
 荒破が青ざめるのを初めて見た。
『今の時点で敵認定ってことです』
 金余りの暇を持て余した青年、そういう評価だったと知った。けれど、実のところの貢の闇は、真っ当さからはほど遠かった、自覚していなかっただけで。
 ライヤーが本質で、伊谷貢が、この社会で生きていくための演技だった。
 だからどんな役柄にもすぐに馴染めた、そもそも伊谷と言う男などどこにもいなかったし、この社会で生きていくのに必要だったから作り上げていただけなのだ。
『殺してあげましょうか』
 カークへの台詞を吐きながら、同時に荒破に呼びかける。
『私を…殺してくれ……待っていたんだ、ずっと、ずっと待っていたんだ、あなたが迎えに来てくれるのを』
 台詞に応じる陸斗の甘い囁きを気持ちよく受け取りながら、観客を得てなおなめらかになる陸斗の動きにのめり込む。
 わからないかな、荒破さん。
 自分の全てを注ぎ込むこんな役者を目の前にして、それでも僕の奪還を目に浮かべている時点で、あなたの劇団は終わってる。劇団を守ろうとして子飼いの部下を回収するより、自分の劇団に足りないものが何なのか見抜いていくべきなのに。
 今ここで、禄なり舜なり陸斗なりが、今まで脚本から必死に作り上げてきたものを、数秒ごとに破壊しつつ、脚本の新しい可能性、新しい解釈、新しい分岐を探して変貌していく、そのことにもっともっと衝撃を受けないなら、舞台ごとにどれだけ知識と理論を詰め込もうと、客は『竜夢』に魅きつけられる。
 なぜなら、観客が求めているのは「予定調和」や「繊細な人物描写」ではなく、生きている限り起こり続ける変化、めまぐるしい現実の中で展開する人間の生き様そのもので、それは芝居であっても変わらない。
 いや、観客だけじゃない。
 芝居に関わる人間全てが望んでいるのは、決められた設定をどこまで忠実に演じ切るかということではなく、決められた設定を互いにぶつけ合う中で、ほんの一呼吸のずれ、ほんの一瞬の視線の交差、それらがロボットではなく、生身の人間でなぞられる中で起こる、幻のような『現実の読み解き』なのだから。
『オウライカさん…っ』
 しがみつく陸斗の声に皮膚が粟立つ。胸が苦しくなる。陸斗と貢は十分に愛し合い求め合い、満たされた関係性のはずなのに、それでもこのわずかな片思い感を煽る台詞に、痛む胸の疼きをどう表現すればいいのか。
 作られた現実が、貢のリアルな体を傷つけて、ほら、今涙が滲んでしまう、そんなことはライヤーにはあり得ない、この場面ではあり得ない、けれどこの涙は真実のものだ。
『わかりました』
 零れ落ちた一雫の塩味、荒破が目を見開き、寺戸が苦々しく息を吐き、それでも2人も理解しているはずだ、この『役者の現実』を覆すことは誰にも許されない。
『その代わり、あなたは僕の言うことをちゃんと聞かなくちゃいけないんですよ?』
 掠れた問いに陸斗が頷き、視線を上げて来た。
 微かに唇が動く。
 きっとカメラからは見えない位置だ。
 ちゃんと聞いただろう、夕べだって。
 我を失ってしがみついているはずのカークの体から、妖しい蠱惑が広がって、観客はさぞかし戸惑うだろう、この場面はこれでいいのか、原作通りなのか、それとも新解釈なのか、あるいは単なる気のせいなのか。
 その瞬間、観客もまた、芝居の中に飲み込まれる。
 個を失い、しがらみを捨て去り、物語の中でただ生きていく。
 なんて自由なんだ。
 貢は静かに微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

天の求婚

紅林
BL
太平天帝国では5年ほど前から第一天子と第二天子によって帝位継承争いが勃発していた。 主人公、新田大貴子爵は第二天子派として広く活動していた亡き父の跡を継いで一年前に子爵家を継いだ。しかし、フィラデルフィア合衆国との講和条約を取り付けた第一天子の功績が認められ次期帝位継承者は第一天子となり、派閥争いに負けた第二天子派は継承順位を下げられ、それに付き従った者の中には爵位剥奪のうえ、帝都江流波から追放された華族もいた そして大貴もその例に漏れず、邸宅にて謹慎を申し付けられ現在は華族用の豪華な護送車で大天族の居城へと向かっていた 即位したての政権が安定していない君主と没落寸前の血筋だけは立派な純血華族の複雑な結婚事情を描いた物語

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

処理中です...