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第2章 『竜夢』
5.羅針盤 「いつか楽になるから」(1)
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「休憩に入る」
寺戸の声が響いて、禄は振り向いた。
依然、動物園の檻の中を眺めているような荒破の視線だったし、禄やみんなが必死に演じているものに惹かれるどころか、心を動かされた様子もない。
ふと、懐かしく感じた。
よく見た顔だ、よく見た視線だ。
興味ありげにこちらを振り向きはするが、そして気遣うような声音で呼びかけてはくるが、禄がするどんな反応にも変化しない醒めた表情。
よく動くおもちゃを見ている視線。
へえ、まだそんなことができるんだ、これだけ縛り付けたのに。
おやおや不思議だ、大怪我をしたと思っていたが、まだまだ動けるんだねえ。
まだ泣いたりできるのか、やれやれ、お前の気持ちなど意味がないと言い足りなかったか。
枷をつけられ、重りを持たされ、狭い世界に、目隠しをしたまま、座らされて。
頑張っていれば、何かが起こって、いつか楽になるから。
そう教えたのは、ずっと心優しい誰かだと思っていたけれど、本当は違っていて、禄の中にいる傷ついてずたずたになった心だった。
現実を見てしまうときっともっと傷つくから。
血の繋がった親なのに、子どもが苦しみ悲しみ絶望するのを、これほど喜びに満ちて見守れるものなんだと、人間そのものを放棄したくなってしまうから。
けれど、禄はオウライカに巡り合った。
巡り合って理解した。
それもまた、刷り込まれ描き込まれた世界だった。
現実はもっと簡単で聡明ではっきりしていた。
血が繋がっていると言うことだけで、ありがたがる必要なんかなかった。
持ち上げ賛美し、無理に良いように解釈し直す必要もなかった。
禄の親は、人を大切にできない人間だった。
ただそれだけのことだった。
それが起こした世界との不具合を、禄が引き受ける必要もなかった。
彼らには、彼らの選択が導いた答えに辿り着かせてやれば良い。
でも、もし禄が彼らを好きならば、運命に抗い破滅を回避し戦ってやれば良い、彼らのために。
どうする?
視界に入ったのは舜だった。
舜だけだった。
舜のためなら、自分を削ぎ落とし見知らぬ何かになっても構わない。
人を、誰かを大切にすると言うことは、そう言うことなのだとわかった。
オウライカには、常にそれがわかっていた。
何を守るのか。
だからこそ、彼は常にライオンで、王者だった。
全てのものに対して唯一無二の選択肢を突きつける。
優先するのは『塔京』。だから贄となる。
『斎京』を守る。裏切りの懺悔を呑み込む。
カザルを抱く。世界の礎に沈む。
選択肢の先にある結末を、当然のように引き受ける。
そんな決意に誰が抵抗できるのか。
「…そうか」
「どうしたの、禄」
コーヒーを片手にした舜が訝しげに声をかけてくる。
「ちょっと…寺戸さんに提案してくる」
「何を?」
「これ脱いで、Tシャツとジーパンで通し稽古、させてくれって」
スーツを引っ張って伝えると、舜がぴょこんと跳ねた。
「ええええっ」
本当に今から作り直す気?
焦った舜が不思議な気がする。
「他の人はスーツでいいけど」
「いや、それって逆に俺達が大変ってことだけどね?」
「そうなのか?」
難しいのは禄だけじゃないのか、と戸惑っていると、
「許可する」
どこから聞いていたのか、寺戸の声が応じた。
「休憩以後、オウライカのみTシャツとジーンズで……前言撤回か、雷牙」
寺戸がハンチングの下からうっそりと唸ったが、答えはすらすらと口から出た。
「いえ、それもまた衣装なのは変わりない。そうでしょう?」
「ふむ」
寺戸はハンチングを少し上げた。
「やってみろ」
寺戸の声が響いて、禄は振り向いた。
依然、動物園の檻の中を眺めているような荒破の視線だったし、禄やみんなが必死に演じているものに惹かれるどころか、心を動かされた様子もない。
ふと、懐かしく感じた。
よく見た顔だ、よく見た視線だ。
興味ありげにこちらを振り向きはするが、そして気遣うような声音で呼びかけてはくるが、禄がするどんな反応にも変化しない醒めた表情。
よく動くおもちゃを見ている視線。
へえ、まだそんなことができるんだ、これだけ縛り付けたのに。
おやおや不思議だ、大怪我をしたと思っていたが、まだまだ動けるんだねえ。
まだ泣いたりできるのか、やれやれ、お前の気持ちなど意味がないと言い足りなかったか。
枷をつけられ、重りを持たされ、狭い世界に、目隠しをしたまま、座らされて。
頑張っていれば、何かが起こって、いつか楽になるから。
そう教えたのは、ずっと心優しい誰かだと思っていたけれど、本当は違っていて、禄の中にいる傷ついてずたずたになった心だった。
現実を見てしまうときっともっと傷つくから。
血の繋がった親なのに、子どもが苦しみ悲しみ絶望するのを、これほど喜びに満ちて見守れるものなんだと、人間そのものを放棄したくなってしまうから。
けれど、禄はオウライカに巡り合った。
巡り合って理解した。
それもまた、刷り込まれ描き込まれた世界だった。
現実はもっと簡単で聡明ではっきりしていた。
血が繋がっていると言うことだけで、ありがたがる必要なんかなかった。
持ち上げ賛美し、無理に良いように解釈し直す必要もなかった。
禄の親は、人を大切にできない人間だった。
ただそれだけのことだった。
それが起こした世界との不具合を、禄が引き受ける必要もなかった。
彼らには、彼らの選択が導いた答えに辿り着かせてやれば良い。
でも、もし禄が彼らを好きならば、運命に抗い破滅を回避し戦ってやれば良い、彼らのために。
どうする?
視界に入ったのは舜だった。
舜だけだった。
舜のためなら、自分を削ぎ落とし見知らぬ何かになっても構わない。
人を、誰かを大切にすると言うことは、そう言うことなのだとわかった。
オウライカには、常にそれがわかっていた。
何を守るのか。
だからこそ、彼は常にライオンで、王者だった。
全てのものに対して唯一無二の選択肢を突きつける。
優先するのは『塔京』。だから贄となる。
『斎京』を守る。裏切りの懺悔を呑み込む。
カザルを抱く。世界の礎に沈む。
選択肢の先にある結末を、当然のように引き受ける。
そんな決意に誰が抵抗できるのか。
「…そうか」
「どうしたの、禄」
コーヒーを片手にした舜が訝しげに声をかけてくる。
「ちょっと…寺戸さんに提案してくる」
「何を?」
「これ脱いで、Tシャツとジーパンで通し稽古、させてくれって」
スーツを引っ張って伝えると、舜がぴょこんと跳ねた。
「ええええっ」
本当に今から作り直す気?
焦った舜が不思議な気がする。
「他の人はスーツでいいけど」
「いや、それって逆に俺達が大変ってことだけどね?」
「そうなのか?」
難しいのは禄だけじゃないのか、と戸惑っていると、
「許可する」
どこから聞いていたのか、寺戸の声が応じた。
「休憩以後、オウライカのみTシャツとジーンズで……前言撤回か、雷牙」
寺戸がハンチングの下からうっそりと唸ったが、答えはすらすらと口から出た。
「いえ、それもまた衣装なのは変わりない。そうでしょう?」
「ふむ」
寺戸はハンチングを少し上げた。
「やってみろ」
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