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第2章 『竜夢』
6.ラマン 「人の形をしたゴミだ」(2)
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夢の中だ。
舜は気がつく。
そう言えば、『竜は街に居る』の中でも、カザルが夢の中で彷徨う場面があった。
けれど、舜は彷徨う夢を見たことがない。苦く笑う。
当たり前だ、舜にとって、現実さえも夢の中のようなものだったから。
顔が覚えられない。
だから、誰か、がわからない。
誰かがわからないから、相手との関係性も自信がない。
人の形をしているけどゴミだ。
そう言われても否定できる自信がない。
勢い、当たり障りのない無難な対応を学んで覚える。誰にでも使える、相手を不愉快にさせない『汎用』対応を。
元気が良くて明るくて物怖じしなくて親切で優しくて配慮ができて……そうな、対応。
それが通じない相手は巧みに避ける。勘が良い人間、内側を透かして見る人間、舜が自分のことを何も考えていないとわかってしまう人間を。
役者はいい役割だった、何重に演技を重ねても、仕事なんでと言い抜けられる。現実が認識できていなくとも、『そう言う仕事』を生業にしていると誤魔化せる。
だからずっと、本当に孤独だった、現実から切り離されて、『こう言う役でしょ』と思われるままに踊り続けるのは。
『竜は街に居る』は、自分が自分として生きて居る意味を奪い続けられ、お前はこう言う存在で生きていろと強制され続けた人間達が、その力に抗い続ける物語だ。
違う。
そうじゃない。
自分はそんな人間じゃない。
そんな風に生きたいんじゃない。
周囲からの期待や願いや祈りや、命令や脅迫や圧力なんかを、胸の奥で拒み続ける人間達の物語だ。
オウライカは贄となることを受け入れる自分に抗ってカザルを抱く。
カザルは人の命を奪うことしかできない能力に抗って世界を救う。
カークは破滅をもたらすべき存在となることに抗って我が身を削る。
ライヤーは全てを偽って完成されている安寧に抗って真実を見出す。
抗え。
物語は呼びかける。
誰かがお前をどんな風に定義しようと了承しなくていい、口に出せなくてもいい、行動に移せなくてもいい、胸の中で自分の本当の姿を信じればいい。
抗え。
その祈りに、現実は答えてくれるから。
夢の中で片方の掌を覗き込む。肩の位置、腕の力、足からの距離、指先に当たる吐息。
その全てをはっきり感じ取れる。
初めて地面を踏みしめた。
初めて周囲の空間を感じた。
初めて自分の体の居場所を理解した。
これが、俺か。
そういう認識。
『わかるかい?』
ふいに声が響いて顔を上げる。
目の前に後ろで手を組み、少し体を屈めて覗き込む、禄の姿があった。
『これ、僕のものなんだよ?』
舜と同じように片手を、続いてもう片手を上げて覗き込む。
練習でやったマイムだ。
初めて自分に手があることに気がついたマイム。
人によって表現は様々だった。
歩いていて何かに手をぶち当てて、痛みで気づく場面。
朝起きてぐいっと手を伸ばして、そのまま上を向いて伸ばした手を凝視する場面。
舜がやったのは、いきなり大きな音がして跳ね起きた時に床に着いた手にぎょっとする場面。
そうして禄がやったのが、立っていて、ふと見下ろした視線で手を見つけ、見ようとして無意識に持ち上げたのに凍りつき、そのまま上げ下げしつつ、まじまじまじまじ延々と眺めている場面。終わりが無さそうだったから、寺戸が途中で止めたけど、もう少しやっていたかったみたいで、休憩時間に1人で続きをしばらくやっていた。
クリスマスも大晦日もお正月も何もない人生だったと聞いた。
成長して、いろんな情報を得ても、そう言うものは禄の人生の中にずっとなかった。
けれど、一緒に歩いていた時、本当に見惚れるようにクリスマスの飾り付けを施した街を眺めていて、あんまり夢中になっているから悔しくて声を掛けると、真っ赤になって謝ってくれた。
『ごめんね、こんな光景が、世界に有ったんだなあって。今、気づいた。本当に綺麗だね』
マイムと同じく、光景の全てを飲み込むように染み込むように見つめる目が、今まで何を見てきたんだろうと思って、辛くて悲しくて。
そんなに見惚れるような世界を振り捨てても『竜夢』の芝居に突っ走ると話してくれた覚悟が、どれほど強くて厳しいものかと思って、身が引き締まって。
抗え。
抗え。
抗え。
禄は今までどれだけの否定に抗ってきたんだろう。
ただ生きるため、だけに。
だから、今は本当に、禄こそ『竜は街に居る』の主役で間違いないと思っている。
必ず勝てたはずもない、むしろ負け戦だったばかりの人生を、それでも生きていようと抗い続けた禄が眩しくて、愛しい。
『禄?』
『ん?』
舜の声に、夢の中の禄が手を眺めるのを止めて、舜を見る。
『一緒に行こうね、最後まで』
『もちろん』
笑ってくれる禄にかすかな不安が滲む。
本当に? 禄?
『竜は街に居る』が終わった後、俺を置いてったり、しないよね?
舜は気がつく。
そう言えば、『竜は街に居る』の中でも、カザルが夢の中で彷徨う場面があった。
けれど、舜は彷徨う夢を見たことがない。苦く笑う。
当たり前だ、舜にとって、現実さえも夢の中のようなものだったから。
顔が覚えられない。
だから、誰か、がわからない。
誰かがわからないから、相手との関係性も自信がない。
人の形をしているけどゴミだ。
そう言われても否定できる自信がない。
勢い、当たり障りのない無難な対応を学んで覚える。誰にでも使える、相手を不愉快にさせない『汎用』対応を。
元気が良くて明るくて物怖じしなくて親切で優しくて配慮ができて……そうな、対応。
それが通じない相手は巧みに避ける。勘が良い人間、内側を透かして見る人間、舜が自分のことを何も考えていないとわかってしまう人間を。
役者はいい役割だった、何重に演技を重ねても、仕事なんでと言い抜けられる。現実が認識できていなくとも、『そう言う仕事』を生業にしていると誤魔化せる。
だからずっと、本当に孤独だった、現実から切り離されて、『こう言う役でしょ』と思われるままに踊り続けるのは。
『竜は街に居る』は、自分が自分として生きて居る意味を奪い続けられ、お前はこう言う存在で生きていろと強制され続けた人間達が、その力に抗い続ける物語だ。
違う。
そうじゃない。
自分はそんな人間じゃない。
そんな風に生きたいんじゃない。
周囲からの期待や願いや祈りや、命令や脅迫や圧力なんかを、胸の奥で拒み続ける人間達の物語だ。
オウライカは贄となることを受け入れる自分に抗ってカザルを抱く。
カザルは人の命を奪うことしかできない能力に抗って世界を救う。
カークは破滅をもたらすべき存在となることに抗って我が身を削る。
ライヤーは全てを偽って完成されている安寧に抗って真実を見出す。
抗え。
物語は呼びかける。
誰かがお前をどんな風に定義しようと了承しなくていい、口に出せなくてもいい、行動に移せなくてもいい、胸の中で自分の本当の姿を信じればいい。
抗え。
その祈りに、現実は答えてくれるから。
夢の中で片方の掌を覗き込む。肩の位置、腕の力、足からの距離、指先に当たる吐息。
その全てをはっきり感じ取れる。
初めて地面を踏みしめた。
初めて周囲の空間を感じた。
初めて自分の体の居場所を理解した。
これが、俺か。
そういう認識。
『わかるかい?』
ふいに声が響いて顔を上げる。
目の前に後ろで手を組み、少し体を屈めて覗き込む、禄の姿があった。
『これ、僕のものなんだよ?』
舜と同じように片手を、続いてもう片手を上げて覗き込む。
練習でやったマイムだ。
初めて自分に手があることに気がついたマイム。
人によって表現は様々だった。
歩いていて何かに手をぶち当てて、痛みで気づく場面。
朝起きてぐいっと手を伸ばして、そのまま上を向いて伸ばした手を凝視する場面。
舜がやったのは、いきなり大きな音がして跳ね起きた時に床に着いた手にぎょっとする場面。
そうして禄がやったのが、立っていて、ふと見下ろした視線で手を見つけ、見ようとして無意識に持ち上げたのに凍りつき、そのまま上げ下げしつつ、まじまじまじまじ延々と眺めている場面。終わりが無さそうだったから、寺戸が途中で止めたけど、もう少しやっていたかったみたいで、休憩時間に1人で続きをしばらくやっていた。
クリスマスも大晦日もお正月も何もない人生だったと聞いた。
成長して、いろんな情報を得ても、そう言うものは禄の人生の中にずっとなかった。
けれど、一緒に歩いていた時、本当に見惚れるようにクリスマスの飾り付けを施した街を眺めていて、あんまり夢中になっているから悔しくて声を掛けると、真っ赤になって謝ってくれた。
『ごめんね、こんな光景が、世界に有ったんだなあって。今、気づいた。本当に綺麗だね』
マイムと同じく、光景の全てを飲み込むように染み込むように見つめる目が、今まで何を見てきたんだろうと思って、辛くて悲しくて。
そんなに見惚れるような世界を振り捨てても『竜夢』の芝居に突っ走ると話してくれた覚悟が、どれほど強くて厳しいものかと思って、身が引き締まって。
抗え。
抗え。
抗え。
禄は今までどれだけの否定に抗ってきたんだろう。
ただ生きるため、だけに。
だから、今は本当に、禄こそ『竜は街に居る』の主役で間違いないと思っている。
必ず勝てたはずもない、むしろ負け戦だったばかりの人生を、それでも生きていようと抗い続けた禄が眩しくて、愛しい。
『禄?』
『ん?』
舜の声に、夢の中の禄が手を眺めるのを止めて、舜を見る。
『一緒に行こうね、最後まで』
『もちろん』
笑ってくれる禄にかすかな不安が滲む。
本当に? 禄?
『竜は街に居る』が終わった後、俺を置いてったり、しないよね?
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