『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第2章 『竜夢』

6.ラマン 「人の形をしたゴミだ」(4)

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 リビングで脚本を積み上げ、陸斗は必死に読み続けている。
 コーヒーを尋ねても、ワインを飲むかと持ち掛けても、まるで聞こえないように振り向かない背中。
 聞こえていないのだろうと思う。
 顔色は青ざめていた。冷や汗を流しているようにさえ見える。焦っていてうろたえていて、今までこんなにみっともない陸斗を貢は見たことがない。
 陸斗はいつも何をしていても仕草がきれいで、動きが滑らかで、日常動作そのものが芝居かと思うぐらい見事で、だから貢のマンションに出入りしても、住民から奇異な目を向けられたことなどなかった。
 汗じみた気配はないし、薄汚れた風もないし、確かに質素な身なりだったけれど、それもまた、そういう姿をわざとしているような品の良さがあって。
 けれど今、陸斗は滲んだ汗を擦り取り、くしゃくしゃになったシャツを腕捲りし、涙で汚れた頬を横殴りにしながら、呻くように呟いている。
「何が悪い……何が悪いんだ」
 小さくしゃくり上げる息。
「男を好きで、何が悪いんだ……好きなものに溺れて、何が悪い…っ」
 静かに歩み寄って隣を行き過ぎ、それでも気づかない相手の座ったソファの背後に蹲った。絨毯の上でにあぐらを組んで、背中で漏れる駄々っ子みたいな甘い声に目を閉じる。
 好き、なんだなあ。
 胸が切なく締め付けられて、貢は眉を寄せる。
 本当に陸斗は好きなんだ。自分がどんな風に扱われようと気にしていない、それこそ人の形をしたゴミだと言われたって、今の陸斗は止まらないだろう。
 それは呟いているように男かも知れないし、芝居かも知れないけれど、絶望的に間に合わないかもと思いながらもなお、歯を食いしばって足掻こうとするほど、かけがえがない。
 そんなものなんて、なかったなあ。
 貢はぼんやり部屋の中を眺める。
 家財道具だけで、普通のそこそこのマンションが2つ3つ買えるけど、今の陸斗ほど探して望んで拘ったものなんてありはしない。
 つまらない部屋だ。
 陸斗の赤い炊飯器ほどの価値もない部屋だ。
 明日貢がいなくなっても、この部屋は何も変わりがないだろう。まったく見知らぬ男がやってきても、生活できてしまうのだろう。貢しか使えないようなもの、貢の癖が染み付いたようなものなど、どこにもない。豪華なだけで、主が存在しない部屋だ。
 けれど、その部屋に陸斗が脚本を積み上げて居座り、一晩中台詞を読み続けるだけで、ここはもう一つの舞台になる。
 『竜は街に居る』は12月27日にゲネプロで、そこで仮初めの完成を見るわけだけど、その日までこの部屋は幾度となく陸斗演じるカークの舞台、塔京の闇の世界となる。
 ぞくりと体が震えた。まるでそれを知ったかのように、ソファの向こうから声が響く。
「『……あそこだ……あそこに『塔京』の白竜が居る』」
「っ」
 貢は息を呑む。
 場面ははっきりわかっている。ライヤーを伴い、『塔京』の下町を抜けて郊外に出たカークが、彼方の場所について話すところだ。
「『「斎京」には赤竜。昔栄えた「伽京」には青竜が、「獄京」には黒竜が居たそうだ。青竜と黒竜は自らのエネルギーで都市と自分を焼き滅ぼして消えたという………それぞれの都を支配する代償にオウライカさんは赤竜に、私は白竜に喰われる運命にある』」
 凄い。唸る風に声が攫われていくのを感じるようだ。
 マンションの一室が、今世界の果てを眺める舞台になっている。
「『なぜ……私を殺しに来た? ………オウライカさんが殺せ、と命じたか』」
 静かで穏やかで、破滅を招く男の台詞にしてはあまりにも諦念に満ちた響き。
「『殺すより、攫えばいい……私を攫って『斎京』の竜に喰わせろ。そうすればオウライカさんは助かる』」
「『「塔京」はどうするんです』」
 促されたように応じていた。もちろん、脚本は全て頭に入っているから造作もない、けれど、この台詞が陸斗の芝居に不要ならば無視されるだろう。
「『滅びてもいいだろう………こんな虚飾の愚かな都』」
 優しい掠れた声が返ってきて、また泣いていると気が付いた。
「『……殺したく、ない人達も居る』」
「『無理な話だ』」
 返した台詞に、陸斗が冷ややかに応じる。
「『二つに一つしかない。オウライカさんを助けて「塔京」を見捨てるか………オウライカさんを贄にして「塔京」を守るか』」
「……」
 ふいに、理解した。
 『竜は街に居る』はセンセーショナルな展開だ。芝居の完成度が高くても、好まれない芝居かも知れない。けれどもし、そこで演じている役者そのものが男同士の恋愛の真っ只中と見抜かれたら? そういう噂が一人歩きして、芝居ではなく単なる自分達の恋物語の吐露と思われたら?
 陸斗と貢の芝居の完成度が悪ければ、ただただ噂の種、しかも侮蔑の笑いを向けられる類の種にしかならないだろう。恋を隠してやり遂げるか、恋を晒しても圧倒するほど魅せるか、そのどちらかしかないと、陸斗は考えたのではないか?
 貢は恋を晒す方法を選んだ。ようやく自分の生きる意味を陸斗との関係に見出したのだから止めたくないと訴えた。
 どちらも、救う方法を、考えます。
 劇中のライヤーの台詞は貢こそが囁かなくてはならなかったのに、今そのために夜を徹して死に物狂いで立ち向かっているのは、陸斗1人になってやしないか?
「っ」
「え……っ」
 無理だ、と続く台詞を吐かせたくなくて、貢は立ち上がり、ソファの背を越えて陸斗に屈み込み、唇を奪った。驚きに目を見張る相手に、口を合わせながら目を細めて笑い、唇を離して言い放つ。
「飲み物準備して、摘めるものも用意します。一緒にやらなくちゃ。磨き上げるのはペア、ですよね?」
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