『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第2章 『竜夢』

7.落魄 「小さな気持ちを捨てないできただけ」(2)

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 置いていかれる。
 カザルの恐怖を、今、舜は我が身で味わっている。
 完璧な演技でオウライカの下に潜り込み、庇護を受け取ろうとしたはずが、見せられていたオウライカは紛い物で実体はなく、従ってカザルが果たそうとした目論見も全て水の泡として消え失せる、その予感。
 禄は本当にど素人で、芝居のしの字も知らなくて、側に付き添い手取り足取り、色んなことを一緒に経験して積み重ねてきた。思わぬ踏み込みの強さや、芝居のために自分さえも捨てようとする激しさに呑み込まれて、それほど深く欲されている自分を感じて、舜の薄皮も剥がれていくような、そうして今まで見えていなかった現実が生き生きと輝いてきて夢中になって。
 聞こえてきた、聞こうとしなかった、小さな声。
 ここで生きてみたい。
 すぐに響いた囁き、そんなことは無理だ、それは間違っている。
 お前は芝居のために生きてきた。芝居の中で生きてきた。それは絶対の安全圏だった。
 けれど、禄に出会って身ぐるみ剥がされて、もう戻れないところまでやってきて、胸の中で小さな気持ちを捨てないできたんだと自覚して。
 もう芝居だけの人生には戻れない。
 けれど、現実の中でどう生きていけばいいのか、舜にはわからない。
 きっとカザルもそうだっただろう。
 オウライカに出会って、『塔京』の殺人機械として生きてきた自分を引き剥がされて、全く別の現実の中に放り込まれて。
 どうして生きていけばいいんだろう。
 殺しの技術は役に立たない。人を誘惑し堕とす技巧も不要だ。
 周囲にあるのは、カザルには読めない書物と理解できない「見えない力」。手を伸ばしても、それに触れることも学ぶことさえできない壁が、オウライカとの間に立ちはだかっている。
 それでもここで居たいと、オウライカと寄り添いたいと、手仕事に打ち込んでみたり、読めない書物を写してみたり、多少の役に立つのならと華街で身売りをしてみたり。
 すぐに気づいた、これでも無理だと。
 オウライカには届かない。
 届かなければ、カザルは1人、この見覚えのない理解できない『斎京』の中で取り残されていくしかない。
 何のためにいるのかなあ、俺。
 だからカザルはトラスフィに同行してオウライカの元を離れた。
『オウライカさん……俺、ほんとはここで暮らしたい、あんたの側で、細工物とか作っちゃって』
『…なら』
 尋ねるような禄の表情に微笑み返す。
『でも、無理なんだ……俺、そういうふうには生きられない』
 言いながら、もう一つのことばを胸に浮かべる。
 本当は、どのオウライカでも大丈夫だよって言いたかったよ、禄。俺ならどれにでも、なんとでも合わせられるから。けれど、そんな風に生きちゃいけないって、カザルが教えてる。
『とっさの時、ぎりぎりの時、俺は容赦なく牙を剥く、たぶんあんたにだって』
 そんな風に生きなくちゃ駄目だ。
『しかし……それなら殺されてやってもいいんだが』
 困ったようなオウライカの台詞に切なくなる。
 ああ、ほんと、オウライカってわかっちゃいない。
 オウライカを殺したくないからこそ、カザルはどんな風にでも振る舞えるのをやめて、オウライカを殺さないたった一つの道を探しに行こうとしているのに。
 禄の役者人生をこの舞台で最後にしないために、舜は禄の演技に抵抗しなければならないのに、今の舜にはそれができない。
『……あんたが……大事だ……俺、あんたが大事です』
 ああ、この台詞、こんなにはっきり口に出すのが難しいことばだったのか。
 舜はゆっくり俯いて、詰まった声で続ける。
『だから、あんたを失いたくない……どんな無茶してでも、失いたくないんだ』
 今の舜じゃ、さっきのように禄が動けなくなった時に、腕を引いてもやれないし背中を押してもやれない。大事すぎて、守ることしか考えつかない。それでは、いつか禄を駄目にする。
『だから、俺は俺の、できることを……俺が俺として一番有能なことを、する』
 禄と一緒に住む、あの家を出て実家に戻ろう、少なくとも、この舞台が終わるまで。
 離れている間、禄との芝居のことだけを考えよう。
 今まで空気みたいに演じていた全てを、一から組み直すつもりで考え直そう。
 今の禄にはきっと伝わる。
 舜が何を考えて、どんな風に変えてきたのか、きっとわかってくれる。
『オウライカさん』
『なんだ』
『キスし』
 て、のことばの前に禄が唇を重ねてきて、思わず目を見開く。禄の瞳は舜を凝視している、その視線に微笑んだ。
 ありがと、禄。
 俺のこと、好きだって思ってくれてるの、伝わってる。
 だから。
「っ」
 少し舌を差し入れて、目を丸くする禄に顔を引く。
『それを守りに置いてくよ……あんたの中のものが、無闇に暴れないように』
 禄はじっと舜を見返す。
 寺戸が止めかけて、やめた。
『あんたの中のものが、俺以外の誰かを喰わないように………あんたの贄は、俺だ』
 もう一度、少しだけ唇を触れる。
『忘れないで』
 できたら、俺以外、あの家に入れないで欲しい、けど。
『まさか、お前』
 掠れた禄の声にくらくらするほど欲しくなった、それを呑み込んで。
『じゃ…いきます』
 背中を向けた自分は、今まで一番かっこいいはず。
 滲みそうになった涙を、舜は飲み下した。
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