『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第2章 『竜夢』

8.ラッキー・ガール 「幻は幻でいい」(3)

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 うっわあ、こんなの初めてじゃない? 俺は本当に使い物になるのかな?
 舜は舞台袖で轟く胸を抱きかかえる。
 舞台が怖い。台詞が全部抜け落ちそう。手足が震えて息が上がって声が出ないかもしれない、この血の気が引くような不安感。
 舜にとって役者は仕事ではない日常でもない何より自分の中身そのものだったから、緊張とはほぼ無縁だったはずなのに。

 昨夜は眠っていない。禄なら何やってるんだと罵倒するところだけれど、その禄もいなくて藍奈もいない両親もいない一人の部屋で、舜は考えられる限りのカザルを演じ続けていた。何十もの台詞何百もの言い回し、思いつく限りのカザルを、これじゃないとかこういう風じゃないとか、そういうことを一切考えずに、ひたすら演じて演じて演じ続けた。
 演技には終わりがある。どれほど工夫をし続けようと、ある一点でどうしても動かせなくなる演じ方が出てくる、それがその演技の終着駅だ。それしかないというのではなく、風柳舜という役者がシュン・カザルを演じる上でそこまでしか行き着けないと定まる場所。
 思いつく限りのカザルで思いつく限りの選択肢で思いつく限りのイメージで、もうこれ以上は動かせないという場所まで一つ一つ辿り切る。
 終わらないかと思った。終わらなかったら、ここで役者として終わろうと思っていた。
 けれど朝日が差し込んで部屋の中が明るくなりだした頃、最終の場面まで辿り着けて、舜は呆然と光に照らされた街を全く知らないもののように眺めた。
「終わった……」
 できたんだ。
 この『竜は街に居る』に描かれたカザルの運命の分岐を全てなぞり終えた。
 こんなことをしたのは初めてで、自分が何か変わったのか、それとも何も変わらなかったのかさえよくわからないまま、シャワーを浴びて、トーストを焼いて食べて、着替えて、舞台に向かった。
 足の裏が腫れているのか、踏んでいる地面が柔らかいような安定しないような妙な感覚だ。道路を歩きながら、とんとんと軽く跳ねてみると、空気の密度が薄いと感じた。もう少し高く飛んでも大丈夫な気がした。とん、とんと跳ねてみる。ふいと頭の中に広がったイメージは『竜は街に居る』の中の場面、『塔京』の下町、オウライカの前でチンピラとやりあった光景。ああ確かに、あの光景にこの空気密度なら、翻る体を簡単に舞わせられる。カザルの周囲は密度が薄く、それは多人数が動き回って空気を流しているからで、対してオウライカの周囲は空気の密度が濃くて重く、だからオウライカは静かに穏やかな動きを選び、カザルの目からオウライカの居る場所は闇の中でも深い闇に見えただろう。自分が光のようにオウライカの視線を魅きつけているとカザルは確信しただろう、だから、そのまま光に背中を向けて去っていこうとするオウライカが信じられなかった、どうしても引き止めすにはいられなかったんだ。
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