『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第2章 『竜夢』

8.ラッキー・ガール 「幻は幻でいい」(6)

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「この舞台が終わったら、俺は監督を降りる」
 舞台の数時間前、寺戸からの呼び出しを受け、貢は戸惑いながら出向いて、そう告げられた。
「…え?」
 何を言われたのかよくわからないという顔で瞬き、けれども色々と腑に落ちる気がしたものの、意図がわからず、小首を傾げてみせる。
 もし考えている通りの意図だとしても、言うか、この本番前に。
「次の監督はお前だ」
「……まさか」
 無難な答えを返しつつ、そう言うことかと閃いた。
 『竜は街に居る』はようやく前半部が終わった所だ。この舞台には大きな切り替わりがあって、それまでの都市の中の群像劇から、後半は一気にファンタジー色が強くなる。龍という存在そのものに切り込んで行くし、現実遊離の感は否めない。それでも舞台が地球上だけではなく月までに至り、しかも時空が遥か過去まで広がってしまうから仕方ないとは言えるが、それでも舞台で演じて行くには難があると感じていた。
 舞台の大道具小道具に新たな解釈と才能がいる。群像劇だと思っていた客をファンタジー展開に納得させる演出に勢いと引き込みがいる。
 それでも、どれだけ頑張っても、この舞台で後半のファンタジーを満たして行くのには無理がある。だからこそのネット展開、配信手配だったのかとようやく気づく。
 舞台を建物から解き放つ。
 決められた箱の中で才覚を捻り能力を絞って作り上げるだけではなく、ロケをしながら舞台を探し、脚本を定め、映像に残して配信して行く。
 資金と人脈と舞台。
 確かに貢ならば準備できる。
「その顔なら、理解できたな?」
「…容赦ないですね」
「金も余ってる、能力も遊んでる、ついでに大事なものもあるなら預けても損はない」
「損、とか。あなたの立ち位置は」
「助監は趣味じゃない。一劇団員でいい。ブライアンは嫌いじゃない」
「………まさか」
 これだけのものを作り上げておいて、どこから流れてきたとも知れない馬の骨にさっくり任せて下に着く気か。いや。
「影の支配者とか」
「タイプじゃない」
「ですよね」
 へらりと笑った。危ない危ない、貢にはもう輝夜という弱点がある。それを掴んでいる男が使ってこないわけがない。手を打ち損ねて輝夜に嫌われるならまだしも、命懸けで芝居に恋している男からそれを取り上げてしまったら、輝夜そのものを失ってしまう。
「安心しろ、見たいんだ、芝居に惚れ込みかけているお前が、一体何を見せてくれるのか」
「…幻は幻でいいのでは?」
「幻を現実にしたいんだろう?」
 黒いハンチングの影から薄く笑われてぞっとした。
「知って?」
「ああ、ネット配信の裏で収益が得られるようなシステム作りか? 想定内だ」
 どこからの情報網と考えて、離庵と気づく。当然だ、この男には切れ者の懐刀がいる、姿形も見せないままに。でなければ助監督を名乗らせているわけがない。
 失ってはならない。
 掛け替えのないものを二度と手放さないとライヤーも決めていた。
「…輝夜さんを貰えますか」
「俺はあいつの父親じゃないぞ」
「この先何があっても手を出さないでくれますか」
「用心深いな」
「人は信じていないんですよ」
「そうか」
 駄目だ、揺らぎもしない。この先の『竜夢』を背負わせるつもりで、伊谷貢と言う男に珠玉を与えてどう踊るかを楽しみにしている性質の悪さ。これが荒破須加屋を袖にもしない男か。
「もし僕が失敗したら」
「幸運を受け取ったのに生かし切れなかった男の芝居を作る」
「でしょうね」
 ああ、なるほどと突然腑に落ちた。
「団員が少ないので、では寺戸さんに新たな役割を振りましょう」
 断らないだろうと思いつつ、笑みを向ける。
「ダグラス・ハイトは如何ですか?」
 如何も何も、寺戸はこの男を演じるために、監督などと言う無粋な役割を貢に投げてよこしたのだ。
「わかってるじゃないか」
 寺戸は微笑み、背中を向ける。
 この瞬間に、貢は『竜夢』を受け取り、寺戸は自分の人生を味わうために芝居に戻ったのだ。
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