『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

文字の大きさ
99 / 121
第2章 『竜夢』

9.螺旋細工 「大きく息して、私のために」(2)

しおりを挟む
 芝居が変わる。
 同じ台詞、同じ立ち位置、同じ照明、同じ音楽、同じ出入りのはずなのに。
 ほんの数秒の台詞の遅れ、わずかに高まった口調、一瞬空いた間合い、客席からの咳払い一つで空間が狂い、気配がずれる。
「ごっふん、ごほん!」
 生理的な現象は止めようがない、例えどこからかの妨害によるとしても証明しようがない、大事なのは咳が響こうともくしゃみが続こうとも急にトイレに立ち上がる客が数人現れようとも、芝居を緩ませない気力と機転。
 そうか、現実込みなんだ。
 腑に落ちた気がした。
 芝居は生きた人間が演じている。人間だから日々体調も違い予想外のことも起きる。起きて当然、けれども舞台は「あらかじめ設定し作り上げられた世界」で成り立っている。その世界を崩さぬように、役者は死力を尽くすけれど。
 がたっ!がたたっ!
 客席で何かが転げ落ちる音がした。小さな声、大丈夫、うんごめんね。それだけの会話で舞台は脅かされてしまう。何もなかったフリをして進めれば、客はこの舞台は「作り物」だと思わせて夢から覚めていってしまう。
 だからここは。
 禄は鋭く観客席を振り向く。ピリッとした緊張感が周囲に漲るのを確認してから、ゆっくりと部屋の隅々まで注意を向けたと言う顔で、舜に向き直る。舜も心得たものだ、『オウライカ』が周囲を意識するのと同じように視線を揺らせ、再び禄と視線を合わせてから、少し微笑む。
『大丈夫だよ』
 これはアドリブ、だが、秘密の会話が周囲に漏れ聞こえなかったかと言うオウライカの警戒に応じてのことばと聞こえる。そうしてまた、カザルの行く末を案じるオウライカへの慰めとも響くはずだ。現実のアクシデントは舞台に組み込まれ、舞台の完成度を上げていく。役柄に自分を持ち込んで作り上げ、その役柄を演じて自分の人生を深めていくように。
『大きく息してて。俺のために』
 萎縮しかけた観客を飲み込み、舞台を支配するのは舜の十八番芸だ。オウライカに語りかけつつ、観客にも呼びかける。間違いなんてないよ、あなたもまた、この舞台を作っている一人だから、どうぞそのまま、そこに居て。
『まさか、お前……伽京の竜を』
 だから禄も観客を舞台に呼び戻す。キスで封じられるはずの台詞をはっきり口にする。
 にっ、と舜が笑う。オウライカに向き合っている場面は、オウライカが半分背中を観客に向けているから、舜の正面に居た客は、憎たらしいほど魅力的な、したたかで可愛い笑顔を満喫できたはずだ。昨日の客は見られなかった、今日の客しか味わえなかった、僥倖。
『じゃ、行きます』
 禄と舜のパートは終わる。緑のコートを翻して舞台袖へ歩いていく舜を、禄は見つめ続ける、無言のまま、少し浮きかけた手をゆっくり下ろし、机の上で握り締めて。
 舞台の中に現実を練り込み、現実の中に舞台の意味を響かせ、二重螺旋の構造が仕上がっていく。
 これこそが、舞台が人の世に存在する意味なのだろう。
 禄の人生を大きく変えた芝居が、今終わっていく。
 ここで終わりたくない。
 口の中で響いた予定外の台詞の甘さを、禄は静かに味わった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

天の求婚

紅林
BL
太平天帝国では5年ほど前から第一天子と第二天子によって帝位継承争いが勃発していた。 主人公、新田大貴子爵は第二天子派として広く活動していた亡き父の跡を継いで一年前に子爵家を継いだ。しかし、フィラデルフィア合衆国との講和条約を取り付けた第一天子の功績が認められ次期帝位継承者は第一天子となり、派閥争いに負けた第二天子派は継承順位を下げられ、それに付き従った者の中には爵位剥奪のうえ、帝都江流波から追放された華族もいた そして大貴もその例に漏れず、邸宅にて謹慎を申し付けられ現在は華族用の豪華な護送車で大天族の居城へと向かっていた 即位したての政権が安定していない君主と没落寸前の血筋だけは立派な純血華族の複雑な結婚事情を描いた物語

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

処理中です...